モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 8

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 ゴールデンウィーク初日の朝である。
「なんだ、智加。朝っぱらから揚げ物でも食べたのか? 唇めちゃくちゃ光ってるぞ? 拭いた方がいいんじゃないのか?」
 天馬に視覚的な誘惑を与え、俺にキスをしてもらおうという作戦はあっけなく失敗に終わった。
 どれくらいあっけなかったのかと言えば、食後に歯を磨き、唇にリップを塗って一分だった。
 せっかく溝口さんにアドバイスをしてもらいながら、数ある中からようやく一本を選び出したというのに……。
 その労力が全て無駄、徒労に終わっただけだとわかると悲しくも遣る瀬なくもなる。
(しかも、揚げ物って……)
 ほんの少し前に一緒に朝御飯を食べたばかりなのに、どうしてそういうことになるの? 今日の朝御飯に揚げ物なんてなかったじゃん。俺と天馬、いつも一緒の物を食べてるんだよ?
「これは油じゃないもんっ! リップ塗っただけなのっ!」
「そうなのか? リップってそんなにテカテカ光るものだったっけ?」
「うぅ……」
 女の子用だからっ! 普通のリップじゃなくてリップグロスだからっ! だからテカテカ光ってるのっ!
 とはさすがに言えない。
(溝口さんの嘘つきっ! 全然誘惑されてくれないじゃんっ!)
 溝口さんの
『俺なら普通のリップよりリップグロスの方が可愛いって思うかな。唇がキラキラぷるぷるしてて誘われる』
 って言葉を信じて、迷った挙句、普通のリップより高いリップグロスを買ったのに。
 誘惑されるどころか
『揚げ物でも食べたのか?』
 だもん。おまけに
『拭いた方がいいんじゃないのか?』
 だよ? 買った意味っ!
 男の俺がリップグロスなんてものを唇に塗るのには結構勇気がいったのにさ。それを揚げ物を食べた後の油だとしか思ってもらえなかった時の虚しさと言ったら半端ないよ。
「~……。ちょっと出てくる」
「は? どこ行くんだ?」
「光稀のところっ!」
「?」
 この悲しみを一人で胸の内にしまっておくことが辛すぎる俺は、すぐ向かいの部屋に住んでいる光稀に慰めてもらおうと思った。ちょうど光稀も今日はバイトが休みで家にいるはずだもん。
 光稀に天馬の鈍感さを聞いてもらって俺を慰めてもらおう。
(天馬の馬鹿っ!)
 まさか俺の《天馬にキスしてもらおう大作戦》がこんな形で失敗するとは思わなかった。ほんっと天馬ってば鈍感なんだからっ!



「あははははっ! 智加ってばほんと可愛い。っていうか、天馬も揚げ物はないよね」
 俺が思った通り、光稀は家にいた。家にいて、俺を快く家の中に上げてくれた。
 そして、俺の話を聞くなり大爆笑だった。
「笑わないでよ。俺、結構ショックだったのに」
「ごめんごめん。でも、初々しい二人が微笑ましくてさ。二人のやり取りが手に取るように想像できちゃうとおかしくて」
「もう……」
 まあ、笑われても仕方ないとは思う。これが自分のことじゃなければ俺も笑っていたような気がするし。
 でも、他人事じゃなくて自分のこととなるとやっぱり笑えない。自分が間抜け過ぎて泣きたくもなる。
「せっかくバイト先の先輩にアドバイスをもらって買ったのにさ。買って損しちゃったよ」
「そのまま使えば? 今や男もスキンケアが当たり前の時代だよ? 智加の唇が少々光っていても誰も変だなんて思わないよ」
「でも、天馬は変だと思ったじゃん。揚げ物食べた後だと思われたし、拭いた方がいいって言われたし」
「そんなことを言うのは天馬くらいだって。天馬の基準で考えたらダメだよ。天馬はそういうことに本当に疎いんだから」
「そうだけど……」
 肝心の天馬にいいと思ってもらえないんじゃ、俺が唇を光らせる意味がない。いいと思ってもらえないどころか、揚げ物を食べた後みたいで拭いた方がいいと思われるようじゃ、わざわざ唇を光らせる方が恥ずかしいよ。
「それにしても、未だにキスもまだだなんて。それじゃ智加がそういうものに手を出しても仕方ないよね」
「俺って魅力ないのかなぁ……。天馬は俺のこと、手を出したいと思うほどには好きじゃないってことなのかなぁ……」
 天馬に愛されている自信はちょっとだけついたものの、その愛情は俺が天馬を想う気持ちに比べたらまだまだ足りないって感じで……。自信はついたけれど、その自信もすぐに消えてしまいそうだった。
「そんなことないよ。天馬が奥手なだけ。もしくは、度胸がないチキンなだけだよ」
「そうなのかなぁ……。でも、一緒に住んでてここまで何もないって……。俺としては自信がなくなっちゃうし凹んじゃう」
「本当に何もないの?」
「うん。俺がお願いしたから、おはようとおやすみのキスはしてくれるけど、それ以外はたまにギュってしてくれるくらいで……」
「なんだ。キスしてるじゃん」
「おでこにね。まあ、おでこでいいって言ったのは俺なんだけど……。でも、記念すべきファーストキスをお願いしてしてもらうのって嫌じゃん」
「それもそうだね。僕的には、智加にお願いされたからって天馬がそんな習慣を身に付けていることがちょっと意外だったりもするけどね。天馬、そういうの絶対面倒臭がりそうだから」
「うん。はあ……」
 確かに、俺も絶対に面倒臭がるだろうと思っていたおはようとおやすみのキスを、天馬がちゃんと毎日してくれることには正直驚いている。言われた直後はしてくれるだろうけれど、三日もすれば面倒臭くなってしてくれなくなるんじゃないかと思っていたから。
 ところが、天馬は新しくできたこの習慣を面倒臭がるどころか結構気に入ってくれているらしい。むしろ、最近では俺の方がこんな習慣を作り出してしまったことを若干後悔しているくらいだ。
 もちろん、毎日朝と晩に天馬からおでこにキスをしてもらえるのはめちゃくちゃ嬉しい。こんな習慣でもなければ、天馬が丸一日全く俺に触れてくれない可能性だってあるわけだから。恋人同士感がやや希薄な俺達には必要な習慣だとも思っている。
 でも……でもね、いつも天馬が俺のおでこにキスするたびに思っちゃうんだ。そこじゃなくてもっと下……唇にしてよっ! って。
 せっかく天馬がキスをしてくれているのにそんなことを思ってしまう自分が嫌になっちゃう。
「ひょっとして天馬、俺とは一生何もするつもりがないのかな。俺と付き合ってくれてるし、俺のことも好きだって言ってくれたけど、本当はそういう意味での好きじゃないのかも……」
「それはない」
 全然俺に手を出してくれない天馬に落ち込み、ついつい弱気なことばかりを言ってしまう俺だけど、そんな俺に光稀がピシャリとそう言い切った。
「智加も知ってるでしょ? 高校時代、天馬が自分に告白してきた女の子の誰とも付き合わなかったこと。あれ、中学の時から一緒だから。天馬は好きじゃない子とは絶対に付き合わないよ」
「そう……なの?」
「うん。一度天馬に言ったことがあるよ。試しに付き合ってみたら? 案外楽しかったりするかもよ? って。そしたら天馬、なんて言ったと思う?」
「えっと……面倒臭い?」
「正解。そもそも誰かと付き合うこと自体が面倒臭そうなのに、好きでもない子と付き合うなんてもっと面倒だ。絶対に無理。だってさ」
「ははは。天馬らしいね」
「でしょ? だから天馬が智加のことを恋愛的な意味で好きじゃないなんてことは絶対にないよ。安心して」
「うん。ありがと、光稀」
 天馬のことは中学の頃から知っている光稀が言うなら間違いない。光稀の言葉で俺も少しは安心できた気がする。
 そうなんだよね。俺が知る限り、天馬って告白してきた子、告白してきた子、全員ことごとく振っているんだよね。もちろん、理由は「面倒臭い」一択。他の理由なんてなかった。
 高校時代の天馬のモテっぷりは当然俺も知るところではあるし、天馬に片想いをしていた俺は、天馬がラブレターを受け取るたび、告白の呼び出しをされるたびにハラハラとしたものだった。
 でも、そうか。天馬は中学の時から既にモテモテだったんだ。
 だけどまあ、そりゃそうだよね。って感じではある。だって天馬、俺と出逢った高校の入学式の時点で既に完璧な容姿をしていたもん。高校生になりたての頃に完璧な容姿をしていたってことは、中学の時から相当なイケメンだったってことだよね。モテないはずがないか。
 っていうか、きっと天馬にイケメンじゃなかった時代なんてないんだ。中学、高校でモテモテだった天馬が、小学校や幼稚園時代に不細工だったなんて考えられない。おそらく天馬はこの世に生を受けた瞬間から、イケメンになるべくお顔をしていたに違いない。
(見てみたいなぁ……子供の頃の天馬……)
 天馬にお願いしたら見せてくれるかな? 今度実家に帰った時にでもアルバムを持って帰ってきて欲しい。
 子供の頃どころか、俺と出逢う前の天馬を一度も写真で見たことがない俺は、俺が知っている天馬より幼い顔の天馬を想像しただけでもよだれが出そうだった。子供の頃の天馬なんて絶対可愛いに決まってるよ。
「……智加? なんか今変なこと考えてない? 顔がヤバいんだけど」
「はっ!」
 しまった。俺はまた天馬でお得意の妄想を……。頭の中で俺の知っている天馬を勝手に幼児化し、自分の妄想で作り出した子供天馬の姿に勝手に萌えてしまっていた。
 いけないいけない。天馬との妄想歴が長くなると、すぐ天馬で妄想する癖がついちゃって。一瞬現実の世界を忘れちゃうこともあるから気をつけないと。
「ぅ……ううん。なんでもない。そ……それより一臣は? 俺、ここに来てからまだ一臣に会ってないと思うんだけど」
 俺が自分の妄想でだらしない顔になり、光稀に引かれるような気持の悪い笑みを浮かべていたことについて、これ以上追究されても困る。ここは一つ話題を変えてしまおう。
 そう思った俺が、今日はまだ姿が見えない一臣の所在を尋ねれば、光稀からは
「まだ寝てるよ」
 の返事。
「そうなんだ……」
 なんだ。同じベッドで一緒に寝てるって話だから、当然起きる時間も一緒なんだとばかり思っていたのに。そうじゃない時もあるんだ。
「休みの日の一臣は結構生活リズムがめちゃくちゃだよ。今朝も朝方まで部屋でごそごそしてたみたいだし。ま、僕は一臣に合わせて自分の生活リズムを崩すつもりはないから勝手に寝るし、勝手に起きるけどね」
「ふーん……」
 どうやら寝る時間が別々なこともあるらしい。だったら同じベッドを使う意味って? せっかく二人で使う寝室を作ったのに、一緒に寝なかったら意味ないって感じがするけど。
 それに、ちょっと意外かも。一臣って光稀のことが大好きだもん。その一臣が光稀を一人先に寝させて、自分は他のことをしているなんてちょっと考えられない。
「ねえ、光稀」
「うん?」
「光稀ってどうして一臣と付き合おうと思ったの?」
 天馬はいない。一臣も寝ていると聞いた俺は、ずっと光稀に聞いてみようと思っていたことを今ここで聞いてみることにした。
 光稀は俺からの質問に答えてくれるかな?
「今更? って感じもするけど。そうだね。智加には僕がどうして一臣と付き合うことにしたのかって話をしてないもんね」
「うん。一臣や天馬からの話なら聞いたことがあるけど、光稀本人からは聞いたことがないから、なんでかな? って思ってて」
「そうだなぁ……」
 光稀は俺からの質問に答えてくれるようだった。これでずっと気になっていた真実が明らかに……。
「一言で言ってしまえば、押しの強さに負けた。かな」
「え……」
 そ……そんな理由? 光稀らしいっちゃ光稀らしいけど、俺はもっと大恋愛的なエピソードがあると思っていたのに。
「ちょっとがっかりした? そういう顔してる」
「いや……別にがっかりなんて……」
「正直に言っていいよ。自分でも随分と投げ遣りな理由だなって思ってるから」
「うぅ……す、少し……。でもっ! ほんの少しだけだからっ!」
「素直でよろしい。僕は智加のそういう素直なところって好きだよ」
「ごめんね。なんか俺、勝手に物凄く壮絶なエピソードっていうか、光稀の運命を変えるほどの何かがあったんだと思っちゃって……」
 ほんともう……俺って最低。自分から聞いておいて勝手にがっかりするなんて。
 普通に考えたらそんなものだよね。誰かと誰かが付き合うなんて。俺と天馬だって付き合うまでにあっと驚くようなエピソードなんてなかったもん。
 そりゃもちろん、俺としてはめちゃくちゃ頑張った結果だし、俺の人生史上最大の大恋愛って感じではあるけどさ。それはあくまで俺の視点から見た時にそう感じるだけのこと。天馬に一目惚れした俺が、勝手に天馬との出逢いに運命を感じてしまったり、三年間の高校生活を全て天馬への片想いに捧げ、人生最大とも言える勇気を振り絞って天馬に告白したからそう思うのであって、天馬にしてみれば他の女の子から好きになられるのと大差なかったと思う。天馬的には俺と付き合うまでの道は大恋愛でもなんでもなかったと思うんだよね。
 だけど、最初は一臣になんの興味も抱いていなかったどころか、あまりいい印象も持っていなかった光稀が、どうして一臣のことを好きになり、一臣と付き合うまでに至ったのか……。そこには光稀の考え方や価値観をくつがえすほどの劇的な何かがあったんじゃないかと、勝手に想像してしまってもおかしくはないって気がする。
「そんなに運命的な何かがあったわけじゃないよ。僕的には運命の出逢いどころか最悪の出逢いって感じだったし。なんで僕がこんなわけのわからない相手から好かれなくちゃいけないんだろうって、自分の運命を呪いたくなったくらい」
「そ……そこまで?」
 運命を感じるどころか、運命を呪いたくなるほどだったらしい。
 一体一臣は光稀にどんな猛アタックを仕掛けたんだろう。自分の運命を呪いたくなるだなんて。光稀にとって一臣からの好き好き攻撃は相当不快な思いをするものだったらしい。
「今でこそ、一臣もだいぶ僕達と同じ目線で物事が考えられるようになったけど、僕や天馬と出逢った頃は全然。僕達庶民とは完全に考え方も価値観もズレてて、学校ではかなり浮いた存在だったよ。だから僕、一臣とはなるべく関わらないようにしたいと思っていたんだよね」
「でも、惚れられちゃった?」
「そう。一体僕の何が良かったんだろうね。こう言っちゃなんだけど、僕、一臣には愛想のない塩対応しかしていなかったのに」
「うーん……」
 一臣にとって光稀の何が良かったのか……。それはまあ……顔……だろうな。だって一臣、光稀には一目惚れだったらしいから。
 一目惚れで好きになった相手の何が良かったのかと言えば、それはもう容姿。間違いなく顔でしかないと思う。天馬に一目惚れをした俺が言うんだから、この説には信憑性があると思う。現に光稀は一瞬息を呑んでしまうほどのとびっきりの美少年だし。非の打ち所がないイケメン天馬同様、光稀を好きになった理由の一つに“顔”が入ってしまうのは避けられないだろう。
「これは後から聞いた話なんだけど、どうもその塩対応が良かったみたいなんだけどね。ほら、一臣って日本が誇る大企業、高城グループのご子息だから。それまで誰かに塩対応なんてされたことなんてなかったんだよ。小学校まではお金持ちの家の子しか行けないような私立に通っていたみたいだし。そんな学校なら先生やクラスメートからちやほやされることはあっても、塩対応なんて絶対にされないから新鮮だったんだろうね」
「へー……そうなんだぁ……」
 お金持ちの家の子しか行けないような私立……。本当にそんな学校がこの世の中には存在するんだ。
 言っても、俺みたいな庶民の子供からしてみれば、私立なんて基本的にはお金に余裕のある家の子が行くものだって感覚だから“私立=お金持ち”のイメージが強いけど。
(でも、その中でもお金持ちの家の子しか行けない学校って……)
 一体どんな学校なんだろう。ちょっと気になる。校舎とか物凄く綺麗そうだよね。
 だけど、普通そういう学校って幼稚園から大学まで完全エスカレーター式だったりもするよね? 一臣はどうして中学からは私立じゃなくて俺達が通うような公立学校に通うことにしたんだろう。
 一臣を溺愛している父親が一臣の授業料をケチるなんてありえないし。何か理由でもあったのかな? そのまま私立に通い続けていれば、考え方や価値観の違いで一臣がクラスの中で浮くこともなかっただろうに。
 まあ、その代わり光稀と出逢うこともなかったわけだから、一臣的には公立に通って正解だったのかもしれないけどさ。
「ちなみに、一臣と天馬が仲良くなったのもそういう理由かな。あの二人、高城と高杉だから出席番号で言ったら前と後ろでしょ。入学してすぐの席って出席番号順だったりするから、一臣の席の後ろが天馬だったんだよ。一臣が最初に天馬に声を掛けた時、あまりにも普通の対応をされたのが嬉しかったんだってさ。もっとも、天馬は一臣が高城グループのご子息だなんてことは全然知らなかったし、知っても特になんとも思わなかったみたいだけどね」
「なるほど……」
 ああ、それでか。天馬に一臣の金銭感覚にドン引きしたことがあるって話を聞いた時、だったらどうして天馬と一臣が仲良くなったんだろうって不思議だったんだよね。
 入学してすぐの頃って席が近い者同士で仲良くなったりするから、天馬と一臣もそれで仲良くなったんだ。
「僕は二人とは少し席が離れていたし、最初は全然交流なんてなかったんだけどね。ある日突然一臣がやたらと僕に話し掛けてくるようになって、正直ちょっと迷惑だった。だから、なるべく一臣が僕に話し掛けてこないようにって冷たい態度を取り続けていたんだけど、結局それが逆効果になっちゃって。一臣がどんどん僕に夢中になっていっちゃったんだよね」
「へー……」
 素っ気ない態度が逆効果って……。一臣はよっぽど光稀にメロメロだったってことかな。それってなんだか自分と被るところがあって共感しちゃう。
「でも、嫌々ながら対応しているうちに、一臣の世間ずれしてて温室育ちなところが気になり始めてね。こういうところは直させたい、って思うようになったんだ。で、一臣の軌道修正に乗り出してみたら、これが意外と楽しくなってきちゃって」
「え……まさか、それで好きになったとかなの?」
「そうみたい。だって、一臣ったら僕の言葉に従順なんだもん。なんか可愛くなってきちゃってさ」
「……………………」
 そ……そんな馬鹿な。光稀が一臣を好きになった理由って、そんな師弟愛みたいなものから始まっているの? 押しの強さに負けたって言うから、もっと強引に迫られたからなのかと思ったのに。
(自分に従順な一臣が可愛いって……)
 もしかして光稀、実はドSなの? 家来をひざまずかせることに快感を覚える女王様タイプ? これはまたちょっと……いや、かなり意外かも。
「それで、あまりにも一臣が僕のことを健気に好きな姿も可愛くなり始めて、付き合ってあげてもいいなって思ったから付き合い始めたんだよ」
「はあ……」
 凄い。凄い上から目線。人は愛されている自信があるとここまで傲慢になれるものなのか。
 でも、そんな光稀の態度は光稀らしくもあり、妙にサマになってもいるから俺も感心するしかなかった。
 やっぱり綺麗な顔をしてる子は違うなぁ……。傲慢な態度も自信過剰な発言も格好良く見えちゃうもん。
 もし、俺が
『天馬ったら俺のことが大好きで仕方ないみたいでさ』
 なんて言ったら、天馬から
『何言ってるんだ? この白玉わんこ』
 って言い返されそうな気がするよ。そして、きっと転がされる。
『お前丸いんだからよく転がるだろ? 転がして遊んでやるよ』
 とか言って、俺が泣いて許しを請うまで転がされるよ。
 ああもうっ! 何その発想っ! 我ながら卑屈過ぎるっ! 卑屈だし自虐的過ぎるよっ! 天馬はそんなことしないっ! 俺に肉体的かつ精神的苦痛を与えてくるようなことなんてしないよっ! なんで俺の思考はこうなっちゃうの? 自信が持てない人間の思考ってどうしてこうネガティブなんだっ!
「ま、これが僕が一臣と付き合うことになった経緯かな。この話、一臣や天馬には内緒ね。二人には僕が根負けしただけってことにしてるから」
「うん。言わない」
 っていうか、言えないよ。一臣は自分の猛アタックで光稀を堕としたと思っているのに、実は光稀に「従順で可愛い」と思われたから付き合ってもらえるようになっただなんて話。一臣のプライドが崩壊しちゃうよ。
「あれ~? 智加来てたの? おはよ~」
「はうっ!」
 ずっと気になっていた光稀視点からの一臣との馴れ初めを聞かせてもらった俺は、その意外な経緯に少しばかり混乱していた。
 そこへ足音もなく一臣がやって来たものだから、俺は心臓が飛び出しそうなくらいにびっくりした。
 タイミング……タイミングが悪いよ。
「おはよう、じゃないよ。もう十時だよ。寝過ぎ」
「え~? もうそんな時間? 起こしてくれても良かったのに」
「嫌だよ。休みの日くらい僕ものんびりしたいし。智加が来たから楽しくお喋りしてたしね」
「なるほど。光稀は智加が大好きだもんね」
「まあね」
 あわわ……あんな話を聞いた後じゃ、なんだか一臣を見る目がちょっと変わったっていうか……。二人の会話に凄く聞き耳立てちゃうよ。
 っていうか、一臣ってば服……上の服着てないんだけど。いくら暖かくなったからって上半身裸で寝てるの? しかも、そんな格好で出てこられたら、二人の生々しい性生活を目の当たりにしているようで目のやり場に困っちゃうんだけど。
「一臣。服くらい着てきなよ。智加もいるんだから」
「おや? もしかして、俺の裸を他の男に見られるのが嫌だったりする?」
「馬鹿なこと言わないで。一臣の裸なんて誰に見られても構いはしないよ。ただ、智加に見苦しいものを見せないで欲しいだけ。ね? 智加。智加だって目のやり場に困っちゃうよね?」
「あうぅ……俺は別に……えっと……その……ちょっと困る……かも……」
「ほらね。いいから服着てきて」
「はいはい。わかりました。仰せのままに」
 どぉぉぉ~っ! まさに女王様とその家来っ! 日常生活の中で「仰せのままに」なんて言葉を遣うことなんてある⁈ 一臣は不満に思う光稀の機嫌を直しているだけのつもりなんだろうけれど、光稀から二人の馴れ初めを聞いた直後の俺には一臣が光稀に従わされているだけにしか聞こえないっ!
「光稀のこと、女王様って呼ばせてもらっても?」
「なんで? 嫌だよ」
「ですよね……」
 光稀の一臣に対する態度は最早当たり前になっているからなのか、光稀は自分の女王様っぷりに気付いていないようだった。
「ところで智加。旦那ほったらかしでいいの? うちにはいつから来てるの?」
 光稀に言われた通り、ちゃんと服を着て出てきた一臣は、ここには天馬と一緒にではなく、俺一人で来たことに気付いたらしくそんなことを言ってきた。
「え? えっと……九時くらい……かな」
 言われてみると確かにそうだ。俺、機嫌を損ねて部屋を出てきたまま、一時間近くも天馬をほったらかしにしているんだ。天馬は今何をしているんだろう。
(っていうか、旦那って……)
 そんな甘い言葉で俺を喜ばせないで欲しい。俺がまた色々とおかしな妄想を始めちゃうじゃん。
「その旦那さんがお嫁さんの健気な努力に気付いてくれないから、嫁が怒ってうちに来たんだよね」
「べっ……別に俺は怒ったわけじゃ……」
 ああ……その夫婦設定やめてったら。顔が勝手ににやけちゃいそうになるから。
「なんだ。天馬の奴、また智加に何か無神経なことでも言ったの? ほんと、あいつの鈍さと無神経さはどうにかならないものかねぇ」
「さあ? ならないんじゃない? 天馬の鈍さも無神経さも異常だから。特に色恋沙汰になるとポンコツもいいところだし」
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「とりあえず、天馬に電話して嫁を迎えに来させるか。嫁を怒らせておいて放置はないだろ」
「えっ⁈」
 いやいやいやっ! そこまでしてもらわなくてもいいよっ! 自分の足で帰るよっ! 俺と天馬の家ってすぐ向かいだしっ!
 それに、一臣からそんな電話で呼び出されたら、天馬も
『面倒臭いな……』
 って思っちゃうじゃん。
 せっかく天馬が
『俺は智加のことを面倒臭いなんて思ったことは一度もないよ』
 って言ってくれているのに、こんなことで手を焼かせたくない。機嫌を損ねた恋人を迎えに来させるなんて、誰がどう考えても面倒臭い奴でしょ。想像しただけでもゾッとするよ。
 今までは一度も俺のことを面倒臭いと思ったことがない天馬でも、この先ずっとそうである保証はない。むしろ、天馬と付き合い始めて我儘になったと思われている俺は、面倒臭いと思われる日もそう遠くないのではないかと懸念している。
「えっと……天馬の電話番号は……」
「いやぁぁぁ~っ! やだっ! やめてぇぇぇ~っ!」
「お?」
 ズボンのポケットからスマホを取り出し、画面をタップしスクロールし始めた一臣に焦った俺は、悲鳴を上げながら一臣に飛び掛かっていった。
 天馬に電話なんて掛けさせて堪るかっ!
「何々? どうしたの? 智加」
「電話はダメっ! 電話はやめてぇっ!」
「はあ?」
 急に興奮した犬の如く飛び掛かってくる俺に一臣は驚き、スマホを持った手を反射的に頭の上に掲げたけど、天馬とそんなに身長が変わらない一臣にそうされると、俺がいくら手を伸ばしても一臣からスマホを奪うことができなくなる。
「くっ……!」
 一臣の頭の上に掲げられたスマホに向かって手を伸ばす俺は、手が届かない悔しさにぴょんぴょんと跳ねたりもするわけだけど――。
「ヤバい。なんか凄く可愛い構図になってる」
 それを見た光稀に笑われてしまってもう泣きたい。
 っていうか、やっぱり光稀ってドSなの? 俺が必死になって一臣を止めようとする姿を見て可愛いって……。
 言っとくけど、光稀だってこの状況になったら俺みたいになるんだからねっ!
 天馬と一臣は天馬の方がちょっと一臣より背が高いだけでほとんど身長差がないけれど、俺と光稀の身長差だってほとんど変わらないんだから。俺と光稀は二人からしてみればどっちもチビで、こんな風に何かを取り上げられてしまったら、いくら飛んだり跳ねたりしても絶対に届かなくなるんだから。
「待て待て、智加。わかったから落ち着こ。な?」
 最早一臣に天馬に電話を掛ける気はなくなっていると思うけど、興奮状態からなかなか醒めてくれない俺は、一臣がスマホをズボンのポケットにしまってくれるまで、この状況を変えようとしないみたいだった。
「まるで大型犬と小型犬が戯れてるみたい。ゴールデンレトリバーとチワワって感じ」
 自分でもどうしていいのかがわからなくなってきた状況だから、できれば光稀に止めに入って欲しいのに。光稀は優雅にソファーに腰を下ろしたまま、俺と一臣のやり取りを微笑ましそうな顔で見て笑うだけだった。
「ちょっと! 光稀っ……」
 見てるだけじゃなくて止めてよっ! と言おうとした俺は、視線を一臣から光稀に移した瞬間――。
「っ⁈」
 全く予期してしていなかった光景を目にしてしまい、頭の中が一瞬にして真っ白になってしまった。
 俺が全く予期していなかった光景とは――。
「何やってるんだ? 白玉」
 光稀の座るソファーのすぐ後ろに天馬の姿があったことだった。
 そう言えば、俺を家の中に上げてくれた後、光稀は玄関のドアに鍵を掛けていなかったよね? 俺が中にいるとわかっている天馬は、鍵が開いているなら……と、あえてインターフォンを鳴らさなかったんだろうか。
 でも、前に天馬は勝手に人の部屋に入るのはどうのこうのって言ってなかった? 部屋じゃなくて家ならいいの?
(いやいや。もっとダメでしょ)
 同じ屋根の下に住んでいる相手の部屋に勝手に入るより、人様の家に勝手に入る方が非常識っていうか、下手すると犯罪。天馬の基準がわからないよ。
 鍵が開いている友達の家に勝手に入るなら、一緒に暮らしている俺の部屋にも勝手に入ってよ。勝手に入って俺を襲ってくれればいいのに。
 っていうか、今天馬、俺のこと「白玉」って呼んだ? 俺が一臣にじゃれている姿を見て――正確にはスマホを取り上げようと必死になっていた――、光稀のように大型犬と戯れている小型犬に見えたとでも?
 だとしても、一臣や光稀の前で白玉はない。二人とも「なんのこと?」ってなるじゃん。
「あれ? 天馬。もしかして、嫁を迎えに来たの?」
「まあな。智加が一向に帰って来る気配がないからちょっと心配になって。っていうか、嫁って……」
「安心して。天馬の愛しい智加に変なことなんてしてないから」
「別に俺はそんな心配はしてないよ」
 どうやら天馬は俺の様子を見に来てくれたらしい。俺が天馬を置いてここに来てから一時間だもんね。少しは俺のことを心配してくれた天馬に嬉しくなる。
 俺がさも機嫌を損ねたようにして家を出て行ったから、天馬も気にしてくれていたんだろうか。なんか悪いことしちゃったな。もう全然怒ってないのに。
 いや。まだちょっとは不満に思っているけれど。でも、天馬に悪気があったわけじゃないのはわかっているから、もう許してあげることにする。
 だって俺、天馬に面倒掛けたくないし。面倒臭いって思われるのだけは嫌だもん。一臣が俺のことで天馬に電話を掛けようとしたのを見て、必死に止めようとした自分がいたことでよくわかった。
 俺は自分の努力に天馬が気付いてくれないことよりも、天馬に面倒臭いと思われる方が嫌なんだって。
「ところで、これはどういう状況だ? どうして智加が子犬よろしく、一臣に飛び掛かったりなんかしてるんだ?」
 やっぱり俺が子犬に見えたらしい。いくら俺と一臣に身長差があるからって、こんなに大きい子犬はいないよ。むしろ、普通の大型犬よりは大きいと思うんだけど。
「まあ……これにはちょっと理由があるんだけど、天馬が智加を迎えに来たなら解決って感じかな」
「?」
 一臣が天馬を電話で呼びつけようとしたからこうなった。と知っている光稀は、今更そこを説明する必要はないと思ったらしい。
 あるいは、俺が天馬に電話をされることを極端に嫌がったから、天馬には言わない方がいいと思ってくれたのかもしれない。
 何にせよ、これで事態は一件落着……。
「それよりさ、僕もちょっと天馬に聞きたいことができたんだけど」
「なんだ?」
「さっきさ、智加のこと白玉って呼ばなかった? あれ、どういう意味?」
 でもなかった。天馬が余計なことを言うから、耳聡い光稀に気付かれちゃったじゃん。一体どう説明するつもり?
「ああ。それな……」
 かくして、天馬は光稀に問われるがままに俺を「白玉」と呼んだ理由を説明し始めてしまい、家の中では恋人扱いというよりもペットに近い扱いを受けている俺を二人に知られてしまった俺は、再び機嫌を損ねる羽目になってしまったのである。
 全くもう……どうしてこうなるの。せっかくのゴールデンウィークなのに初日から散々じゃん。俺、こんな目に遭うような何かした? 全く身に覚えがないんだけど。
 大学が休みのゴールデンウィーク中に天馬と少しでも進展して、密かに天馬に想いを寄せ、あわよくば天馬を我が物にしてやろうと画策する白石さんに差をつけたかったのに。
 白石さんがナチュラルに使いこなしているリップグロスも有効活用できない俺にははなから無理な話だったんだろうか。
 ほんと、こういう時の男って損だよね。メイクが基本装備の女の子とは違って、自分を可愛く見せる習慣もなければ、男を誘惑するためのスキルも方法も持ち合わせていないんだもん。
 天馬と付き合い始めて二ヶ月になる俺は、天馬をメロメロにするためのスキルがまだまだ全然身についていなくて、天馬とのラブラブ生活を手に入れるためには課題が山積み……といった感じであった。
 一体いつになったら俺は天馬との恋人らしいイチャラブ生活を手に入れられるのだろう。そもそも、俺にそんな日なんて来るのだろうか……。
「白玉ってそういう意味? 酷いけどわかる気がする。いや、でもほんと酷いけど」
「なあなあ。俺も智加のこと白玉って呼んでいい?」
「それはダメ。智加を白玉って呼んでいいのは俺だけだ」
 少なくとも、天馬が抱く俺のイメージの中から白玉や子犬を追い出さないと無理って気がする。頑張ろ……。


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ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

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