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番外編 モノグサ男子の恋
モノグサ男子の恋(8)
しおりを挟む(智加の唇、柔らかくて甘かったな……)
修学旅行二日目。昨夜、智加に内緒でしてしまったファーストキスの余韻に浸る俺は
「ねえねえ天馬っ! あの橋っ! テレビや雑誌でよく見るよっ!」
「おー。渡月橋な。俺もテレビや雑誌で何度も見たよ」
今日は一日嵐山の観光スポットを巡るスケジュールの中、始終嬉しそうな智加にメロメロだった。
今日も朝からいろんな女子に声を掛けられてはいるのだが、俺の視線と心は智加に釘付けで、いつも適当な相槌具合が今日は更に酷かった。
っていうか、話し掛けてくるな。俺は今、好きな奴の修学旅行を楽しむ姿を見るのに忙しいんだ。
「ねぇ、今日の天馬、なんかおかしくない? 心ここにあらずっていうか、心智加にしかあらずって感じで、いつもより智加に熱い熱視線を送っているように見えるんだけど」
「やっぱり、昨日智加と一緒にお風呂に入ったのが効いたんじゃない? 一緒に入るだけならまだしも、背中まで洗ってあげてたし」
「ってことは、もしかして天馬……」
「それはどうだろう。天馬のことだから、俺達の想像とは別のことを考えているような気もするけど」
「ありえるね。天馬のことだから、智加の裸を見ても何か別の生き物を連想して、僕達が好ましくない妄想をしている可能性も高いよね」
何やら外野がうるさいが、とりあえず放っておこう。今日こそは、俺は智加と一緒に修学旅行を楽しみたい。
「でもま、女の子達は面白くないだろうね。素っ気ないどころか、ほぼ無視してるみたいになってるから」
「昨日はひたすら女子に捕まってばっかりだったからね。天馬も昨日の二の舞にならないよう、今日はスルーの方向で行くんじゃない?」
「今日の天馬の素っ気なさに懲りて、女子が“明日の自由行動は別行動がいい”って言い出してくれたらいいのにね」
別に狙って女子に素っ気なくしているわけでもないのだが、さっきも言ったように、俺は智加の姿を目で追うことに忙しいし、今日はずっと智加と一緒にいたい。
昨日はかなり女子の相手をしたんだから、今日は俺の好きなようにさせてくれてもいいだろう。俺だってストレスだらけの修学旅行なんて御免だ。
「この橋を渡ったら、次は竹がいっぱいあるところに行くんだよね? 楽しみ~」
「そうだな。そこもよくテレビや雑誌で見るよな」
「天馬と一緒に有名な観光スポットを回れるのって嬉しいな~」
「そ……そうか?」
「うんっ!」
「……………………」
可愛い。可愛過ぎる。俺、よく今までこんな可愛いことばっかり言ってくる智加に、「ああ」とか「おー」とか、平然とした顔で答えられていたものだよな。
まあ、毎回しっかり“可愛い”とは思っていたわけだが。それはあくまでも俺に懐いている智加が可愛いと思っていただけで、俺が智加を恋愛対象として見ている意識は全くなかった。
しかし、いざ恋愛対象として見た時の智加の可愛さと言ったら、なんかもう……今までとは破壊力が全然違うって感じがするよな。
おまけに、昨夜は無断だったとはいえ智加にキスをしている。その前には一緒に風呂に入って智加の裸を見ているし、背中を洗うついでに智加の可愛い尻もしっかり観察させてもらっている。
智加への気持ちを自覚すると同時に、今まで知らなかった智加の部分まで知ってしまった俺は、完全に智加に参っている状態だった。
もっとわかりやすく言うと、一緒に風呂に入って、キスまでした智加のことが、俺は可愛くて大好きで仕方がない状態だった。
まさか、自分の中にこんなに誰かのことを強く“大好きだ”と思えるほどに情熱的な部分があるとは思わなかった。自分が誰かのことを恋愛的な意味で“好きだ”と思えること自体、想像もつかなかったというのに。
智加のことを好きだと自覚したことで、浮かれてしまっている自分にも驚きが隠せない。
実際は浮かれてばかりもいられない状況で、自分の気持ちを自覚したのはいいが、その感情をどうするべきかは悩みどころだし、智加が俺のことをどう思っているのかも気になる。
智加が俺のことを大好きであることは間違いないと思っているが、その“大好き”が俺の“大好き”と一緒かどうかとなると、自信はないからな。
俺の身近には一臣と光稀という、一般的な恋愛から外れた実例がいると言えばいるが、だからと言って、俺と智加も一臣と光稀のような関係になれるとは限らないし。第一、智加にはまだ色恋沙汰は早いというか、「恋愛って何?」と思っていそうな雰囲気がある。
なまじ智加と仲がいいだけに、自分の気持ちを智加に伝えて、智加との関係が崩れてしまうことも避けたい。
だが、今はそういう煩わしいあれこれは後回しにして、せっかく自覚したばかりの恋心に身を任せようと思う。
つまり、今は俺の中で片想いを楽しむ期間なのだ。
もちろん、智加のことを好きだと自覚してしまった以上、いつまでも片想いのままでいいとは思わないが、自覚してすぐに「告白しよう」とはならないし、密かな恋心を抱いたまま、好きな相手と接する時間も、それはそれで楽しいと思うんだよな。
今のところ、俺と智加の関係は頗る良好だから、俺に懐いている可愛い智加を見放題だし。
まあ、ぶっちゃけ振られるのが怖いから、このままの関係を続けていたいという、臆病な思いがあるだけなのかもしれないが、そういうことを考えるのも全部後回しだ。
「なんかさ、緑がいっぱいって癒されるね」
「そうだな」
今は智加と一緒にいられればそれでいいと思っている俺がいるから。
昨日自覚したばかりの智加への恋心をどうするかは、今後智加と一緒に過ごす時間の中で決めていけばいい。
修学旅行二日目は、俺の頭の中が智加一色だったおかげか、初日のようにはならなかった。
むしろ、智加のことしか考えていなかっただけに、俺は一日中智加の姿しか目に入らなかったし、智加ともずっと一緒にいられて非常に満足だった。
やっぱり旅行は一緒にいて楽しい人間と行動を共にするのが一番だよな。グループ行動なんてクソ喰らえだ。
嵐山という、超がつくほど有名な観光地を智加と一緒に満喫できた俺は、この調子で明日の三日目と最終日の四日目も、誰にも邪魔されることなく智加と一緒に楽しみたい、と思ったわけだが――。
「それは甘いよ、天馬。むしろ、今日一日、天馬が智加にばっかり構ったことで、女子のフラストレーションはかなり溜まっちゃったみたいだから、明日は初日より強硬な手段に出てくる可能性があるよ」
「え」
今日一日を締め括る風呂に入り、部屋に戻って今日の楽しかった余韻に浸っている俺に向かって、光稀がそんな怖いことを言ってきた。
俺と智加が一緒にいることでフラストレーションが溜まるってなんだ。初日に散々俺にストレスを与えてきた奴らが何を言う。それは勝手というものだ。
「そ……そうなの? 俺、全然そんな空気に気付かなかった。どうしよう……」
俺も全く気が付いていないことだったが、今日はずっと俺と一緒にいた智加も、周りの女子がどうなっていたのかには全く気が付いていなかったようで、不安そうな顔になった。
「智加が悪いわけじゃないから心配しなくても大丈夫だよ。ただまあ、智加と一緒にいる時の天馬が物凄く楽しそうにしてたから、そこは女子的には面白くなかったかもね」
「ヤバいっ! 俺、絶対女子に恨まれたじゃんっ!」
心配しなくても大丈夫、と言っておきながら、智加にしっかり不安を与える光稀ってなんなんだ。いじめっ子か。
そもそも、俺と一緒にいることで、智加が恨まれる世界があっていいものか。智加は俺の好きな奴だぞ。
俺は修学旅行だけじゃなく、この先もずっと――いや、第一俺と智加は入学式の朝に運命的な出逢いをして以来、ずっと行動を共にしている仲だぞ。今更俺と智加が一緒にいることでフラストレーションを溜めることの方がおかしいだろう。
「心配するな。俺と一緒にいることで智加を恨む奴なんていないし、もし、そんな奴がいるとしたら、俺も一緒に恨まれてやるから」
智加が“女子に恨まれた!”と怯える理由はよくわからないが、智加が誰かから恨まれるようなことがあれば、俺も智加と一緒に恨まれてやる覚悟はある。
だから、気休めにもならないかもしれないが、そんな言葉で智加を励ましてやろうと思ったら
「あれ? 随分と男前な発言だね。もしかして、天馬は昨日と今日、智加と一緒にお風呂に入ったから智加にメロメロなの?」
光稀にすかさずからかわれた。
馬鹿言うな。俺が智加にメロメロなのは昨日今日に始まったことじゃない。自覚をしたのこそ昨日今日の話だが、自覚がなかっただけで、俺は多分、初めて出逢った時から智加にメロメロだ。
なんてことは、とても今この場では言えないから
「そういうことじゃない。そもそも、智加と一緒に風呂に入ったから智加にメロメロになっていたら、俺が物凄い変態みたいじゃないか」
と言っておいた。
一緒に風呂に入ったから智加にメロメロになった、では、俺が智加の身体だけに魅力を感じているように思われそうで嫌だしな。
「なんだ。そういうことじゃないんだ」
俺の言葉にがっかりする光稀。
光稀は俺が智加の身体にメロメロになるような変態であって欲しいのか?
そりゃまあ、確かに智加の裸に魅力は感じている。昨日今日と智加と一緒に風呂に入って、智加の裸はしっかりと脳内にインプットしておいたしな。
おそらく、今後の俺のオカズは智加になるであろうこともわかってはいる。
だがしかし、智加の魅力は身体だけではない。そこは声を大にして言いたいところだ。
「まあいいや」
いいのかよ。
「そんなことより……」
そんなことより? 「まあいいや」とか「そんなことより」とか、今日は随分と引き際がいいな。いつもならもっと引っ張るところなのに。
別に構わないし、その方が俺も助かるっちゃ助かるけどな。
「今日のことがあったから、明日の自由行動にちょっと不安を感じなくもないんだよね。明日の作戦について、改めて考え直してみようよ」
「明日の作戦?」
「何? 忘れたの? 迷子作戦」
「ああ……」
そう言えば、そんな作戦を立てていたな。智加のことばっかり考えていて、そんな作戦を立てていたこと自体、うっかりすっかり忘れてしまっていた。
しかし、作戦を考え直すと言っても、一臣が行き当たりばったりで思い付いたような迷子作戦は、そんなに複雑な作戦ではなかったと思うのだが。
「天馬には最後まで女の子達と一緒にいてもらうつもりだったけど、それだと逆に天馬の方が女の子に連れて行かれそうだから、そこは一臣とチェンジした方がいいと思うんだよね」
「お」
ぶっちゃけた話、もう作戦なんてどうでも良くて、俺が今日みたいに女子を無視して――無視したつもりはない――、智加と一緒に居続ければいいだけのような気もしているが、作戦の練り直しで俺の損な役回りが変更になってくれるのは嬉しい。
だが、迷子役になるはずの一臣が迷子役から外れてしまうと、迷子役はやっぱり智加……ということになってしまうのか?
だったら、もういっそのこと、俺と智加が一緒に迷子になればいいと思う。
その方が俺も安心できるし、男子四人のうち二人がはぐれてしまったら、迷子を捜すよりも別行動を取った方が楽って感じだよな。
「で、迷子役は不本意ではあるけど僕が……」
「なあ。俺と智加が一緒に迷子になったら良くないか?」
なので、そのように提案してみた。
「……………………」
光稀は俺が何か提案してくるとは思っていなかったようで、俺が口を挟んできたこと自体に驚いた様子だったが、瞬時に頭の中を整理したらしい。
「そうだね。そうしようか」
俺からの提案をあっさり受け入れることにもしたらしい。
元々光稀は迷子役を嫌がっていたからな。この提案が受け入れられる可能性は高いと思った。
「でも、明日は今日みたいにいかないと思うから、女の子に捕まらないように気をつけてね」
「お……おう。大丈夫だろう」
「ま、もし天馬が女子に捕まって身動き取れなくなったら、その時はその時で何か考えてあげるから」
「わかった」
俺が女子に捕まって身動き取れない状況ってどういう状況だろう。想像しただけで怖過ぎる。そんな状況にだけは絶対にならないで欲しい。
だが、今日だってなんだかんだと人に邪魔されることなく智加と心置きなく修学旅行を楽しめたんだから、明日だってそんなに心配して構えることもないだろう。
いざとなったら俺だって
『俺に構わないでくれ』
くらいは言うし。
だから、俺は明日の自由行動に関して、他の三人よりは楽観的に考えていたし
(まあ、なんとかなるだろう)
とも思っていた。のだが――。
(すみません。俺が甘かったです……)
翌日になると、俺はそんな自分の認識の甘さに激しく後悔することになった。
「ねーねー、天馬君っ! 次はあのお店に入ってみようよっ!」
「ちょっ……おい、引っ張るなよ。っていうか、腕を組むのはやめてくれ」
「えー? いいじゃん。せっかく京都に来たんだから」
「腕を組むのと京都に来たのは関係ないだろ」
ホテルから出て自由行動が始まるなり、俺はずっとこんな調子で女子に連れ回され、智加と一緒に迷子になるどころか、智加に全く近付けない状態だった。
しかも
「へー。じゃあ高城君と藤岡君は初めての京都じゃないんだぁ~」
「う……うん……」
「私も初めてじゃないんだよね。一回家族旅行で来たことあるもん。いいよね、京都って」
「そ……そうだね……」
今日は向こうも何かしらの作戦を立ててきたのか二手に分かれ、二人は俺の両隣り、後の二人は智加、一臣、光稀の三人の前に立ちはだかるようにして歩き、俺達男子まで分裂させている。
これは俺と智加を接触させないための作戦だったりするのか?
だとしても、どうせ二手に分かれるなら、男女二人ずつに分けてくれないものだろうか。どうして俺は男一人で女子二人の相手をしなくちゃいけないんだ。
俺は一人しかいないのに、二人の女子を同時に相手にしなくちゃいけないとか、俺への負担が大き過ぎるだろ。辛い。
おまけに、こいつらときたら
「なあ……いい加減、腕を離してくれないか?」
一度組んだ俺の腕をなかなか離してくれない。それも、両サイドから一人ずつ組んできた腕を。
(なんだ、これ。どういう状況?)
腕を組んで歩く仲睦まじいカップルの姿ならよく見掛けるが、一人の男が両サイドから二人の女子に腕を組まれて歩いている姿はテレビの中でくらいしか見たことがない。
ので、いくらここが普段生活している東京都からは遠く離れた京都府であっても、こんな状態で街中を歩くという行為が恥ずかしくて仕方がない。
さっきから何度も自分の腕に絡みつく彼女達の腕をさり気なく解いてはいるのだが、解いても解いてもめげずに絡みついてくる腕に、腕を解く、という行為そのものが段々面倒臭くなってきた。
「嫌だよ。昨日は全然天馬君と一緒に観光地巡りができなかったもん。今日はそのぶんいっぱい天馬君と観光地巡りするんだから」
「だからって、腕を組む必要はないよな?」
「これは天馬君が逃げないように必要なの。天馬君を自由にしたら、すぐに男子のところに行っちゃうじゃん」
「~……」
自由行動のはずなのに、俺の自由が奪われている。どうしてそうなる。
そもそも、俺達は男女別行動を望んでいるというのに、一緒に観光地巡りがしたいも何もないだろう。本当にこっちの都合は悉く無視だな。
「はぁ……」
昨日とは雲泥の差である。俺はうんざりとした溜息を吐きながら、いつも自分勝手で、俺の都合なんて全く考えてくれなかった幼馴染みのことを思い出してしまった。
そいつは俺の家の近所に住んでいた女で、親同士の仲が良かったせいで、何かと一緒に遊ぶ機会も多かったのだが、こいつらみたいに強引で、俺が嫌がることもお構いなしでしてくるし、俺に対するスキンシップも過剰だった。
俺が同年代の女子を面倒臭いと思うようになったのは十中八九そいつのせいだと思う。
小学五年生の時に引っ越して行ったから、それ以降は一度も会っていない。今はどうしているのかも知らないが、あいつがいなくなっても、俺の周りには必ずそういう女が何人かいて、俺は同年代の女子というものに益々興味が持てなくなっていったんだよな。
(でも、同年代の男には興味を……と言うか、恋愛感情を持ったんだよな、俺は……)
自分の将来のことを真剣に考えたことはなかったが、同年代の女子が恋愛対象にならないらしい俺は、自分はきっと遠い未来には歳の離れた……それも、十歳くらい歳の離れた年上の女性と結婚するのだろう、くらいに思っていた。
ところが、実際に俺が好きになった相手は自分と同い年の男だった。
俺としては予想外だったものの、同年代の女がダメなら男、という発想があっても良かったのかもしれない。
智加はこのうるさい女子に比べると控えめで、おとなしい性格をしているし、発言や仕草も頗る可愛い。俺にとっては智加の容姿もストライクゾーンのド真ん中みたいだから、そりゃ俺も好きになってしまうというものだ。
(あぁ……俺、智加と一緒に京都の街を歩きたい……)
昨日は一日中一緒だったから、今俺の隣りに智加がいないことが余計に辛い。
自由行動開始から、かれこれ二時間。全く智加の傍に行かせてもらえない俺は、せめて視界の中には愛しい智加の姿を映しておこうと思い、俺の五メートルほど後方を歩く一臣達の集団を振り返った。
この一緒に行動しているのかなんなのかがよくわからない微妙な距離も彼女達の計画なのか。おかげで俺は二時間もの間、智加どころか一臣や光稀ともまともに会話ができていない。
しかし、頻繁に後ろを振り返って、智加がどうしているのかはチェックしていた。
今から五分ほど前も後ろを振り返り、珍しく女子と話している智加の姿を見て、若干モヤモヤしたばかりだったりする。
だがまあ、智加は女子に話し掛けられても困った顔をするだけだったから問題はないだろう。今はもう女子との会話も切り上げて、一臣や光稀とお喋りしているはずだ。
と、思ったのだが――。
「おい。智加はどうした?」
五分ぶりに後ろを振り返った俺の目に、智加の姿は映らなかった。
小柄な智加が一臣や光稀、女子二人の影に隠れて見えなかっただけ……というわけではない。五分前までは五人組だった集団が、五分の間に四人組になっていたのである。
「え?」
智加がいなくなっていることを俺に指摘されるまで一臣と光稀も気が付かなかったのか、二人ともピタリと足を止めると、慌てて後ろを振り返った。が、俺達の目が届く範囲に智加はいなかった。
(まさかの迷子⁈ それも、リアル迷子なのか⁈)
迷子作戦の話が出た時、「迷子になるのは得意」と言っていた智加を思えば、俺がそう思ってしまうのも無理はない。
一瞬、この状況を打破するべく、一臣と光稀の二人が智加を使って迷子作戦を発動させたのかとも思ったが、俺に智加がいないと指摘された時の二人の反応は素だった。
と言うことは、俺がちょっと目を離した五分の間に、智加は普通に迷子になってしまったということだ。
(さすが迷子のプロっ!)
五メートル先を歩いていた俺が気付かなかったのは仕方がなかったとしても、智加のすぐ傍にいたはずの一臣や光稀にすら気付かれずに迷子になるとは……。
確かに、特技と言っても間違いがないのかもしれない。
「あれ? さっきまでいたはずなんだけど……」
「いついなくなったの? どこでいなくなっちゃったんだろう?」
「マジか……」
迂闊だった。と言うか、面倒臭い女子なんかに構っている場合じゃなかった。
俺は智加が迷子になりやすいと知っていながらも、自分が智加と一緒に迷子になるつもりでいたから、早く女子から上手く逃げ出すことばかりを考えて、智加への監視の目を怠ってしまっていた。
自分が智加の傍にいてやれない状況なら、もっと智加に気を配るべきところだった。
「えー? 何々? 桐生君いなくなっちゃったの?」
「マジ? 高校生にもなって迷子とかヤバくない?」
「でも、桐生君ってぼんやりしてるから、迷子になってもおかしくないって感じ」
「修学旅行で迷子とかウケる」
智加が迷子になったと知って俺は気が気じゃないのに、うちのグループの女子ときたら、智加を心配する様子が皆無だった。
その薄情っぷりには些か嫌悪感を抱く。
「とりあえず、智加に電話を……」
俺はこんな状況になってもまだ俺の腕に絡みついている女子二人の腕をやや乱暴に振り解くと、急いで智加に電話を掛けようとした。
ところが
「いいって。どうせそのへんで気になるお店でも見てるよ。そのうち追いついてくるって」
「そうだよ。子供じゃないんだから、ちょっとくらい一人でも平気だって。自分が迷子になってるって気付いたら、向こうから連絡してくるよ」
「大体、迷子になる方が悪いじゃん」
「それな。高校生にもなって迷子とかマジでないから。そこはもう自己責任でしょ」
うちのグループの女子四人は智加を心配する気がないどころか、智加を探す気すらゼロだった。
これにはさすがに俺もムッとしたし、普通に腹が立った。
「何それ。智加をほっとくつもり? それこそありえないんだけど」
「そうだよ。智加は今回の修学旅行で初めて京都に来たんだよ? ほっとくわけにはいかないよ。それに、高校生でも知らない場所だと迷子になることだってあるよ」
俺が「いいから智加を探しに行く」と言い出す前に、俺同様、女子四人の発言が聞き捨てならなかった一臣と光稀が言い返すと
「だったら、二人のどっちかが桐生君を探しに行ってよ。二人は京都が初めてじゃないから、桐生君みたいに迷子にはならないでしょ?」
「その間、私達は天馬君とこの辺のお店とか見てるから。見つかったら連絡してよ」
「ぶっちゃけ、私達的には桐生君がいない方がいいしね。桐生君がいたら、天馬君は桐生君ばっかり気にするもん」
「昨日は一日中天馬君を独占してたんだから、今日は私達に譲るべき」
とまあ、なんとも自分勝手な返事が返ってきて、俺達は唖然となった。
なんだ、こいつら。言うに事欠いて、智加がいない方がいいだと? 正気か?
(でも、まあ……うん、そうだな……)
こいつらがそういう奴らだとわかったら、こっちも気を遣わなくてもいいよな。
今の今まで、せっかくの修学旅行だから揉めたりせず、さり気なく彼女達と別行動を取る方向に持って行こうと、多少は優しさみたいなものを見せていたつもりだったが、そっちがそういう態度なら、俺ももう遠慮はしない。
「好きにしなよ。ただし、天馬が智加を探すより、君達と一緒にいる方を選べばね」
どちらか、という話だったのに、一臣と光稀の二人とも智加を探しに行くつもり満々だった。
既に身体が来た道を戻り掛けている光稀に言われた女子四人は
「行こうよ、天馬君」
四人で俺を取り囲むようにして先に進もうとするのだが――。
「断る」
当然のことながら、俺は彼女達を押し退けて、一臣と光稀に向かって歩き始めた。
「なんで⁈ 桐生君は高城君と藤岡君が探しに行ってくれるんだからいいじゃんっ!」
「そうだよっ! 二人が桐生君を見つけた後で、また合流すれば良くない?」
俺には当たり前過ぎる行動なのだが、自分勝手な女子四人には俺の取った行動が理解できないらしい。
だから、俺は教えてやることにした。
「俺にとって智加は大事な存在だ。その智加を“いない方がいい”なんて言う奴と一緒に行動なんてできるか」
本当は“大事な存在”ではなく“好きな奴”と言いたかったが、それを言ってしまうと色々と面倒なことになるだろうから、“大事な存在”で我慢しておいた。
つまり、そういうことだ。俺が惚れている智加のことを「いない方がいい」なんて言う人間と、俺は一緒にいたくない。
「だってさ。そんなわけだから、ここからはそのまま別行動でいいよね」
当初の予定通りではなかったが、智加が迷子になってくれたおかげで、俺達は当初の目的通り、女子と別行動を取ることに成功した。
「なんかさ、昨日から智加に関する天馬の発言がやたらと男前だよね。一体どういう心境の変化?」
「格好良かったよ、天馬。“俺にとって智加は大事な存在だ”だなんてさ。智加が聞いたら泣いて喜ぶよ」
「うるさい」
やっと女子から解放された俺は、先程の自分の発言を早速一臣と光稀の二人から冷やかされることになったが、そこは適当にあしらって、まともに取り合わなかった。
俺は気付いたばかりの智加への恋心を、この二人に言うつもりはなかった。少なくとも、俺が智加に片想い中の間は。
そんなことより、今は智加だ。
智加が俺達とはぐれてから、かれこれもう十分くらいは経っている。さすがに智加も自分が迷子になっていることに気が付き、不安になっていることだろう。早く智加と合流してやらなければ。
そう思った俺が、来た道を引き返しながら智加のスマホに電話を掛けると、二回目の呼び出し音が鳴る前に、スマホから智加の声が聞こえてきた。
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