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六限目 禍を転じて福と為す
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しおりを挟む俺と結月、その兄と姉、元近所の兄ちゃんとその恋人、更には元秀泉のアイドル――という七人の集団は、ただ歩いているだけでも充分に周囲からの視線を集めてしまったし、七人も一緒にいるから普通に目立つ。
「どういう集団?」
「どうやらあの二人、篠宮の姉ちゃんと早乙女の兄ちゃんらしい」
「マジ? 篠宮の姉ちゃんクソ可愛いじゃん」
「それを言うなら、早乙女の兄ちゃんもヤバいだろ。オーラっていうの? カリスマオーラみたいなものが半端ねーじゃん」
「っていうか、何でまた篠宮と霧島が一緒にいんの? 篠宮って霧島のこと振ってるんだよな?」
「俺が知るかよ。振りはしたけど〈友達でいよう〉ってやつなんじゃねーの? それもふざけた話だし、あいつの周りにいる人間が美男美女揃いってのも何か腹が立つけど」
「あの大学生風の二人との関係も気になるよな」
うーん……。目立つのも避けたいところだが、俺が悪者扱いされているっぽいのは何故だろう。俺は今、好きでこんな状況になっているわけじゃないというのに。
「なかなかいろんな出し物があって面白いね。模擬店がメインなのかと思っていたけれど、アトラクション系やミニゲームをやっているクラスがほとんどだね」
「模擬店は中庭でやっている部活の出し物が担当するから、校内で模擬店ができるクラスは二、三クラスしかないんですよ。模擬店の数だけは決まっているので」
「なるほどね。学園祭に使える予算も限られているから、そこは学校側の都合ってやつなのか」
「そういう事だと思いますよ」
高校の学園祭というものが懐かしいのか、校内を歩く夜明さんと孝兄、透さん、そして、去年までは高校生だった姉ちゃんまで、教室の前で呼び込みをしている高校生の姿を眩しそうに見ていた。
俺も高校を卒業したら、制服を着た高校生の姿が懐かしくて、輝かしいものに見えてしまうのだろうか。
まだあまり昔を懐かしむことがない俺には、ちょっと想像ができない自分の姿ではあるけれど。
「どこかお勧めのクラスはないの? っていうか、普通、まずは自分達のクラスに案内しない?」
「そう言えば、篠宮君達のクラスは何をやっているの?」
「え。えーっとぉ……」
少数派の女の子同士だからだろうか。あっという間に仲良くなってしまった姉ちゃんと霧島に言われ、俺は非常に反応がし辛い。
何故ならば、俺はできることなら自分のクラスにこの五人を連れて行きたくないからだ。
俺と結月が自分の姉ちゃんや兄ちゃんを連れて来たというだけでも注目を集めてしまいそうだし、散々噂された霧島を連れて行くのも気が引ける。
孝兄と透さんなら問題ないようにも思えるが、それはそれで「誰? どういう関係?」と思われてしまうのは避けられない。
「結月達のクラスはお化け屋敷をやるんだったよね?」
「あうぅ……」
俺が霧島からの質問に答えなくても、代わりに答えてしまう人間はいたようだし
「んじゃ、まずはそこから行ってみようぜ」
ということにもなってしまうようだけれども。
俺が渋々五人を連れて自分達の教室に足を運ぶと
「え⁉ 篠宮君のお姉さんと早乙女君のお兄さん⁉」
「っていうか、霧島さんも一緒じゃんっ!」
「そちらの大学生っぽいイケメン二人は誰⁉」
やはりそういう感じで騒がれてしまった。この時間帯の呼び込み係が女の子でまだ良かった。
「なるほどね。狭いから一人ずつ入らなくちゃいけないのか。じゃあ、まずは孝太郎、君から入ってよ」
「え⁉ 何で俺⁉」
俺と結月は端からお化け屋敷に入るつもりはなかったが、他の五人はしっかり入場する気満々でいた。この集団の中では一番リーダー格っぽい夜明さんに促され、トップバッターは孝兄になっていた。
孝兄の次が霧島で、透さん、姉ちゃん、夜明さんと続くことになったようである。
五人が一人ずつ教室の前の扉からお化け屋敷の中に入って行き、最後の夜明さんが後ろの扉から出てくるまでは十分くらいのものだったが
「それなりに怖かったね」
「メイクや衣装も頑張ってたよね」
「手作りのわりにはセットにも力が入っていたな」
「室内に冷房が効いていて肌寒かったのも、感じが出ていて良かったよね」
「思った以上にちゃんとお化け屋敷だった」
あっという間のお化け屋敷はそれなりに評価が高かった。
お化け役は事情があって事前準備に参加できなかった人間が引き受けてくれているのだが、時間を掛けてクラスメイト達が作ってくれたセットや衣装のために、ちゃんと頑張ってくれているようだ。
「御影と結月は入らないのか?」
「うん。だって、クラスメイトに驚かされるのも何か嫌だし」
「確かに、それは言えてるな」
せっかくお化け役の人間が頑張ってくれているのだから、その雄姿を見てあげるのが優しさだとも思うけれど、学園祭前日の準備で中がどうなっているのかは知っているし、元々怖いものが苦手な俺は、高校の学園祭でやるお化け屋敷如きでビビる自分の姿を見られたくなかった。
「驚かされるのが嫌なんじゃなくて、クラスメイトに怖がる姿を見られるのが嫌なんでしょ? ミカって怖いの苦手だから」
「ああ、そうか。御影はホラー苦手だったな」
「ぐぅ……」
またしても、俺の知られたくない本性を……。俺の姉ちゃんってこんなにお喋りな奴だったっけ?
「へー。篠宮君ってホラーダメなんだ。意外だけど可愛いー」
多分、霧島がいるから余計なことを言ってくれるのだろう。せっかく仲良くなった霧島に、弟の情報を垂れ流しにしているわけだ。
垂れ流しにする情報は自分のものにしろよ、である。
俺達のクラスの出し物を体験した後は、他のクラスの出し物も見て回った。
そして、結月のことがお気に入りである渡辺先生のクラスにも、ついに足を運ぶことになり――。
「お、早乙女じゃないか。遊びに来てくれたのか?」
そこで俺達は渡辺先生と鉢合わせしてしまった。
何で先生がクラスの出し物に参加しているんだよ。クラスの出し物は生徒が主役になってやるものだろう。うちの担任の真島先生なんて、俺達の出し物には一切関与していないぞ。
「な……何で渡辺先生がいるんですか?」
これまで渡辺先生の前で礼儀正しい優等生キャラを演じてきた結月は、急にキャラ変するわけにもいかないから、身内や孝兄達の前でも優等生キャラを演じるしかなかった。
優等生ぶる結月の姿を見たことがない孝兄と霧島が、全く同じタイミングで「誰⁉」という顔になっている。
結月のことをまだ良く知らない透さんはそこまで違和感を覚えていないようではあるが、「ん?」と小さく首は傾げていた。
「いやな、生徒達から〈ちょっとだけでもいいから参加して〉って頼まれちゃってさ。担任としては無視できないから、少しだけ手伝ってあげているんだよ」
「そ……そうですか……」
まさか結月もここで渡辺先生と遭遇するとは思っていなかったようだから、身内や孝兄達には見られることがないと思っていた新キャラを披露しなくてはいけないことが、苦痛で堪らなさそうな顔だった。
もっとも、自分の蒔いた種というやつなので、俺は同情なんかしないけどな。
「早乙女君って渡辺先生と仲良かったっけ?」
自分が秀泉に通っている時は、先生と話す結月の姿なんて見たことがない霧島に聞かれたが
「んん……最近な。最近よく帰り道で一緒になることが多くて。それで少しずつ仲良くなっていった感じなんだよ」
と答えるしかなかった。
実際その通りでもあるし。
「へー、そうなんだ。まあ、渡辺先生って早乙女君のことがお気に入りみたいだから、早乙女君の姿を帰り道で見掛ければ、そりゃ声も掛けてくるだろうね」
どうやら一学期の間しか秀泉にいなかった霧島にも、渡辺先生の結月贔屓は知られてしまっているようだった。
(一体、どんだけ結月のことがお気に入りなんだよ……)
と呆れる。
俺のクラスでバレバレならまだわかるが、他のクラスの生徒にまで渡辺先生の結月贔屓が広まっているということは、うちのクラス以外のところでも結月の話をしているということなんだよな?
もはや、ちょっとした危ない先生である。
「でも、変だなぁ……。私が秀泉に通っていた頃は、渡辺先生って車通勤だったと思うんだけど」
「え」
「夏休み中に事故でも起こして車の運転を控えているのかな? それとも、運動がてらに電車通勤にでもしているのかしら」
「さ……さあ? 俺は渡辺先生が車通勤ってことを知らなかったから、どうして今は電車通勤をしているのかなんて聞いていないな」
渡辺先生が一学期までは車通勤だったという話は初耳である。
これまで車通勤だった人間が急に電車通勤に変える理由は、今霧島が言ったような理由くらいしか俺も思い付かない。
が、二学期に入ってからやたらと結月に急接近してきたように思える渡辺先生だから、電車通勤に変えた理由は〈結月と仲良くなるため〉かもしれない。
本当は一学期の間に結月と仲良くなりたかったが、週に二回しかない授業の中で結月と仲良くなるのは難しいし、授業以外ではなかなか結月との接点もないから、同じ電車通勤――俺達は〈通勤〉ではなく〈通学〉――同士という接点を作って、結月に近付く作戦だったりしたのだろうか。
だとしたら、ガチで狙われているな。結月は渡辺先生に。
「なあ、御影。あの先生ってお前らの担任? 俺、結月が先生に敬語を使っている姿って初めて見るんだけど」
霧島の何気ない発言に動揺していた俺は、今度は驚いた顔で渡辺先生と話している結月を見ている孝兄に聞かれて
「いや、違う。あの人は俺や結月の担任じゃないよ」
と答えた。
四つ年上の孝兄と同じ学校に通っていた時なんて、小学校時代の二年間だけではあったけれど、その頃から〈変わり者〉として有名だった結月のことは孝兄もよく知っているし、結月が先生相手でも平気で無視をすることも、たまに口を利いても全く敬語を使わないことは孝兄も知っていた。
だから、結月が先生に向かって敬語で話している姿に孝兄が驚いて、渡辺先生のことを俺達のクラスの担任だと勘違いしてしまう気持ちはわからないでもない。
だが、そもそも俺達のクラスの担任なら、他のクラスの手伝いをしていることもおかしな話だろう。
おそらく、女子生徒から人気が高いうえにノリもいい渡辺先生だから、自分が受け持つクラスの女子生徒達に「先生も一緒にやろうよ~」と誘われ、快く承諾してしまったのだろう。
渡辺先生の人気は全学年の女子生徒共通のものだから、渡辺先生が手伝ってくれれば、自分達のクラスに遊びに来る生徒も増えそうだし。
「ふーん……担任でもない先生と結月が口を利くなんて考えられないな。もしかして、御影のピンチか?」
「は? 一体どういう意味でのピンチだよ」
驚きついでに何を言い出すのやら。そう言えば、孝兄も俺と結月にくっついて欲しいと思っている人間の一人だったよな。
どうして俺の周りにいる人間は俺と結月をくっつけたがるのかが、心の底からよくわからないけれど。
「またまた~。わかっている癖に」
「あのなぁ……」
せっかく久し振りに再会したというのに、結月のことで俺をからかわないで欲しい。
でも、こういうことを言ってくるということは、孝兄も変わっていないのだとわかってホッとする。
「ひょっとして、こちらの恐ろしく美形な青年は早乙女の兄ちゃんか?」
「はい……」
「どうも。結月の兄の早乙女夜明です」
「やっぱりそうか。そうなんじゃないかと思ったんだよね。顔立ちが似ていると思ったし。あ、俺は渡辺信哉。早乙女達のクラスで数学を教えているんだ」
「数学の先生でしたか。名門と名高い秀泉学院で教鞭を振るうということは、さぞかし優秀な先生なのでしょうね」
「いやいや。学校始まって以来の天才児と謳われる早乙女の優秀さに比べれば凡人も同然だよ。そちらの可愛らしいお嬢さんは彼女かな?」
「ええ。彼女は彼女ですが、そこにいる篠宮御影の姉でもありますよ」
「へー。篠宮のお姉さんか。それはちょっと気が付かなかったなぁ」
はいはい。どうせ俺と姉ちゃんはあまり顔が似ていないよ。俺は父さん似、姉ちゃんは母さん似だし。同じ親から生まれてきた姉弟でも、性別が違えばどちら似だろうが顔つきは少し変わってしまうものだし。
しかし、俺が霧島や孝兄と言葉を交わしている間に、渡辺先生が夜明さんや俺の姉ちゃんにまで目を付けてしまうとは。
おかげで俺の姉ちゃんと夜明さんが恋人同士であることが渡辺先生にバレてしまった。
まあ、元々付き合っていることを隠す二人でもないからな。そもそも隠す必要だってないし。「彼女(彼氏)か?」と聞かれれば「彼女(彼氏)です」と素直に認めてしまう二人なのだ。
別にそれは構わないが、そこに俺の姉ちゃん(結月の兄ちゃん)であることは、いちいち付け加えて欲しくないとも思う。
それにしても、夜明さんが結月の兄ちゃんだとわかった途端、夜明さんに対しても随分とフレンドリーである。
渡辺先生は誰にでも気さくに話し掛けてしまう先生だから、相手が自分の勤める学校の生徒でなくとも、気軽に話し掛けてしまうのだろう。
もちろん、結月の兄である夜明さんと親しくなれば、結月とより親密な関係になれる、という計算があるとは思うけれど。
(こうなってくると、全ては渡辺先生の思惑通りというか、世の中は渡辺先生の望みを叶えるために回っている気さえしてくるな……)
渡辺先生と結月が言葉を交わすようになったのはわりと最近の話ではあるが、思った以上にすんなり結月とコミュニケーションを取れるようになった渡辺先生としては、思わぬ展開でラッキーだっただろうし、自分が生徒達に頼まれ、クラスの出し物を手伝ってあげている時に、結月が自分のクラスに遊びに来てくれたことも運が良かったと言える。
しかも、自分のクラスに顔を出した結月は自分の兄まで連れている。結月の家族とまで仲良くなれるチャンスが回ってくれば、渡辺先生と結月の仲もより急接近って感じになるよな。
「……………………」
何だろう。それが俺にはちょっと面白くないと思ってしまう。
結月に渡辺先生と口を利くように促したのは俺だし、結月には俺以外の人間ともコミュニケーションを取って欲しいと思っている。
実際、あまり仲がいいとは言えなくても、霧島と言葉を交わしてくれる結月には安心しているし、今日で会うのは二回目になる透さんに懐いている結月のことも、よくわからないなりに微笑ましく思っている。
だが、俺達が通う学校の先生でもある渡辺先生と結月が親しくなっていく姿はどうも俺の中でしっくりこないものがあるし、心のどこかで不満に思う気持ちもあるようだ。
(渡辺先生が結月に特別な感情を抱いているからか?)
渡辺先生と他の人間の違いと言えばそれくらいしかない。そのことが俺は気に入らないのだろうか。
思い返してみれば、俺は結月にただならぬ執着心を見せていた犬神に対しても、あまりいい感情を持っていなかった。
それってつまり、俺は結月に特別な感情を持って近付く人間が気に入らないということなのだろうか。
(何でだ?)
自分でもよくわからない。結月とは生まれた時からの幼馴染みで、言ってしまえば腐れ縁のようなもの。俺は結月に甘いし、結月の我儘を最終的には何でも聞き入れてやってしまう人間でもあるが、結月に特別な感情を持っているわけではないはずなのだが……。
「どうした? 御影」
「へ? ああ、いや……」
いつの間にか思考の世界に入り込んでしまっていた俺は、気が付けばみんなでヨーヨー釣りを楽しんでいる孝兄に声を掛けられ、ハッと我に返った。
(どうして今、そんな事なんかを考えるんだよ……)
自分でも思いもよらない思考を巡らせていたことにびっくりする。びっくりするし、呆れもした。
結月に頭を悩まされることなんて日常茶飯事なのだから、何も学園祭の最中にまで悩まなくても良さそうなものである。
それでも
「釣れたっ! 見て見て、御影っ! 僕、ヨーヨー釣ったよっ!」
「おー、良かったな」
「御影のも釣ってあげるねっ!」
「おー」
最初は学園祭を楽しむ気なんて全くなかった結月が、心を許した人間の中にいるとしっかり学園祭を楽しんでいる姿を見ると、複雑な気持ちにならざるを得なかった。
その後、少し遅めの昼御飯を食べ終わった頃に霧島の友達とやらがやって来て、霧島は俺達と別れて友達と一緒に行動をすることになったし、午後から秀泉祭に顔を出した俺の両親と結月の両親が姉ちゃんや夜明さんと合流。
俺と結月は呼び込み係として自分達のクラスに顔を出さなくてはいけない時間になったので、目立つ七人組は一度解散。姉ちゃん達とはまた後で合流することにして、俺と結月は自分達の教室に向かった。
予定通り、一時間だけ入り口に立って呼び込みをした後、姉ちゃんに連絡をしようと思ったのだが――。
「篠宮君っ! ちょっとお願いがあるんだけどっ!」
血相を変えたクラスメイトの女の子から声を掛けられてしまい、俺と結月は思わず顔を見合わせた。
これは何やら嫌な展開の予感である。
応援ありがとうございます!
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