侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾

文字の大きさ
17 / 19
パーティー

パーティー4

しおりを挟む
 青い目でヴィンセントを見つめたクリスティンは続けて「あれだけ美しい方ですもの当然だわ」とニッコリ笑みを浮かべた。ヴィンセントが返答に戸惑う間もなく、隣にいた女性が口を挟んできた。

「まぁ、クリスティン様! クリスティン様に比べたらまるで道端の小石のような存在ですわ」

 ソフィアが小石なら、どうして次々に男性たちがダンスに誘うのか、ヴィンセントは言い放った女性に説明してもらいたかった。しかも、ソフィアは形ばかりとはいえヴィンセントの妻なのだ。自分の妻を小石呼ばわりされて、気にならないほうがどうかしている。

 言い返したい衝動に駆られたが、反論したのはヴィンセントではなくクリスティンだった。

「いいえ、そんなことはないわ。見てご覧なさい、男性たちが群がっているじゃないの」

 クリスティンが指さす先にソフィアがいて、今まさに次の男性の手を取るところだった。

 取り巻きの女性が「色目を使っているに違いないわ。今夜は次の結婚相手を探すのにもってこいだもの」と言い、「はしたないわ」と貶す者も居た。

「悪いがちょっと挨拶をしてきたい人が居たから失礼する」

 ヴィンセントは口実を作ってその輪からそそくさと抜け出した。人の悪口を聞くのは不愉快だし、なんとなく身内を悪く言われたようで気分が悪かった。
 
「思ったより──」大股で去っていくヴィンセントの背を見つめながら耳の横に垂らしたブロンドを指に絡めながらクリスティンが呟く。

「ヴィックは奥様がお気に召されたようね」

 数人の取り巻きが顔を見合わせてから「クリスティン様から心変わりするなんて、あり得ません。あんな田舎娘、ヴィンセント様が気に入るわけないじゃありませんか。ここにこんなに洗練されたクリスティン様がいらっしゃるのに」とその中の一人が焦ったように擁護した。

 弓なりの眉をピクリと動かしたクリスティンは手を口にあてがって、さも可笑しそうに返す。

「そうね、ヴィックは私に夢中なの。そこは心配してないのよ。今夜だって、呼んだらすぐに飛んできたわ。奥様の初披露の日だというのに……困った人なの」

 クリスティンは階下を見下ろして続けた。

「でも、彼はあの方の婿なのよね。せっかく侯爵になれても、奥様が居たのでは私たちは一緒になれないわ。やっと近づけたと思いましたのに」

「ああ……お可哀想に。愛し合っていらっしゃるのに、こんな試練あんまりだわ」

 我が事のように嘆く女たちはこの手の話が大好きなのだとクリスティンは承知していた。

 悲恋は女たちの興味をそそり、しかもヴィンセントは完璧な容姿の持ち主ゆえに夢を見るにはもってこいなのだ。いつだって二人の恋愛模様は噂の的だった。それがクリスティンにはなんともおかしくて、あえて皆が思い描きたいように振る舞うようにしていた。ここにいる女性たちは公爵家と男爵家の叶わぬ恋模様に一喜一憂し、いつか身分を超えて一緒になることを夢見ているのだ。クリスティンに自分たちを投影して、ヴィンセントと結ばれることを願っている。

「どこまでいっても叶わぬ恋なのよ」

 憂いを浮かべて女たちに背を向けたクリスティンはそっと笑いを吐き出した。ヴィンセントの富と容姿は魅力的だ。誠実な恋人だし、文句はない。女たちが身分差の悲恋に酔いしれているからクリスティンとしては演じているだけで、男爵など初めから遊び以外の何ものでもなかった。

「私、ちょっと酔いたいわ。皆さん、いかが? 私は座ってお酒を飲んでくるわね」

 クリスティンはいま一度、ダンスフロアで踊っているソフィアに目をやった。軽く目を閉じ頭を振る。

(家業の為とはいえ、爵位を売るような真似をするなどもってのほか。侯爵のくせにプライドはないのかしら。貴族とも言えぬような下層の男爵を婿養子にとるなんて、恥を知るべきよ)

 クリスティンの心の内を知る由もない取り巻きの女性たちは、眉間にシワを寄せて顔を歪めたクリスティンを気の毒そうに見つめていた。

 女たちの輪から離れた後、ヴィンセントは柱に寄りかかってソフィアを見つめていた。生き生きとした表情に、踊り続けたゆえの頬の赤らみ。小柄なソフィアはどの男性に対しても見上げたまま笑みを絶やさなかった。ヴィンセントに対してはそんな表情を一つもみせなかったのに、他の男達にはするのかと苛立ちさえ覚えていた。

(あれでは、男どもが勘違いするに決まっている。ソフィアは自分が結婚している自覚はないのか)

 今も踊りが終わっても名残惜しそうに男が手を離そうとしない。

 そこでふとソフィアのネックレスに目がいった。小粒だがダイヤモンドをふんだんに使った豪華なものだ。

(執事のトンプソンは結婚した証に贈るネックレスはルビーにしたと話してなかったか。だとしたら、他にも宝飾類を持っているということだな。それで生活費を支援して欲しいなどとよく言うもんだ)

 愛らしい笑みを湛えたまま男と談笑するソフィアから、それでもヴィンセントは目が離せなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

処理中です...