廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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訪問者

訪問者②

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 カゴいっぱいに枝を集めたところで二人は廃城に戻り、アデリーはいつもの粉挽きに着手する。ロセは浴場を掃除して湯を沸かすと言っていた。

 貯蔵庫は整理されているが冬用の物資でぎゅうぎゅうだ。これは見た目にも幸せなことだし、燻製肉や乾燥林檎などもあるせいかフワリといい香りがして鼻腔すら幸福にした。それも、粉を挽き始めるまでで、粉を挽き始めれば小麦の匂いが全てに打ち勝ってしまう。

「あら、トーマス。びっくりしたわ」

 粉を挽き始めたら、棚からピョンと飛び降りてきた黒い物体に驚いて鳥肌がたった。よくよく見たら黒猫のトーマスだった。冬になってからは厨房か貯蔵庫に居ることが多くなっている。それだけネズミもそのどちらかにやってきているということだろう。

「相変わらず艶々の美男子ね。もう仔猫とは呼べないくらい立派よ」

 猫のトーマス相手にお喋りをしながら石臼を回す。猫だっていないよりいい。とにかく時間が途方もなく長く感じられる作業だ。そんなアデリーの気持ちを汲んだのか、トーマスはアデリーの脚に体を擦り寄せる。

「ああ、掻いてほしいのね。んん、でも手を止められないのよ。ごめんね」

 手を止めたら進まないし、粉をひかなきゃパンは作れない。

「明日のパンはね、レーズンを入れるのよ。きっと美味しいんだから」

 パンに乾燥フルーツを入れるコツをカリーナから教わったので、試してみるつもりだった。

「ねぇ、あなたも知っているでしょ? ここにどれだけ美味しいものが蓄えてあるか」

 トーマスは擦り寄ることに飽きたのか、今度は熱心に毛繕いをしている。耳がアデリーの方へと向いているということは、知らぬ顔をしながらも聞いているということだ。

「塩漬け肉と林檎のコンポートを一緒に炒めるとビックリするほど美味しいって知ってた? 甘じょっぱくて最高なのよ。これは簡単だから私にも作れそうなの。ベッラさんが肉を軽く洗ってから一対一の割合で焼けばいいって」

 ここでトーマスは大欠伸をする。どうやら猫にはこの話が楽しくないようだ。

「あ、わかった。川で魚が罠にかかったらしいわよ。これなら楽しいでしょ? あなたは魚が好きだって聞いたわ」

 これにも反応がない。アデリーはここで獲れる魚が新鮮で美味しくて大好きだった。肉はずっと食べてきたが、魚は塩漬けを時々食べる程度だった。しかも生臭さがあってかなり味付けが濃くないと食べられなかった。

「あなたはとても贅沢な猫ちゃんね。あんなに美味しい魚をしょっちゅう食べているんだもの」

 そこでピンとトーマスの背筋が伸びた。周囲を気にしている様子を見せるトーマスに、アデリーは食料庫を見回した。

「やだ、ネズミ? カリーナさんがこの前上からネズミに飛びかかられたって──」

 まだ話し終えていないのに、黒猫のトーマスはピョンと棚に飛び乗って、部屋と部屋を行き来する事のできる天井近くの隙間を潜って行ってしまった。

「薄情ね、トーマスったら。撫でてあげなかったからかしら。ネズミが出たらどうしよう」

 石臼を動かすのをやめて、耳を澄ませてみた。ネズミが出す特有の小さな足音は聞こえてこない。その代わり、外が騒がしいことに気がついた。

 まずは手をパンパンと叩いて粉を落とし、次に服の粉を払い落とした。それから、外へと出て様子を覗ってみる。

 隣の厨房からベッラも顔を出していて、二人は顔を見合わせた。

「なんだか賑やかですね」
「ええ、あの一団ね」

 ベッラが指さした先には二頭建ての馬車と、それを守るように馬に跨がる男たちの一団がいた。

「あ、ニコラスさんだわ」

 アデリーは荷馬車の御者がニコラスなのを認めて安堵していた。知らない男たちが大勢押しかけたとなると少しばかり不安を抱く。しかし、ニコラスが一緒にいるなら、きっと悪い人達ではないだろう。

 ベッラが腰に手を当てて息を大きく吐いた。

「アデリー、今から厨房は戦場さながらの忙しさになるわ。あなたも手伝って!」
「そうなんですか!?」

 ベッラは男たちを見下ろして「あの数の厳つい男たちの胃袋を満たさなきゃならないのよ。ねぇ、パンケーキみたいなものを用意出来ないかしら」と提案したが、アデリーには対応出来るレシピがない。

「おやまぁ、騒がしいと思ったら」

 カリーナもいつもいる陶器用の部屋から出てきていた。

「ねぇ、カリーナ。パンの代わりになるレシピを何か知らないかしら?」

 カリーナは男たちの数をブツブツと数えていたが、それを止めてベッラの問いに答える。

「そうだね。緊急だから、ガレットはどうだろう。水で小麦粉を溶いて薄いのを焼くんだよ。真ん中に、肉でも魚でもあるものを置いて包むようにしたらパンほどじゃないが腹の足しになるはずだ。あとはもうオート麦の粥を食べさせりゃいいさ」

 ベッラが顔を歪ませて「私、オート麦の粥って苦手なの」と身震いするふりをした。

「ああ、だから出てこないんだね。アタシはあの素朴な味が嫌いじゃないよ」

 カリーナはそういうと、窯の様子を見なきゃならないと部屋へと引き返していった。



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