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裏切り者
裏切り者②
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ダグマが松明を持って自室から宿にした広い部屋へと向かっていた。今夜も雪が深々と降り続いていた。
アデリーの部屋を通る時、女たちの明るい話し声が漏れ聞こえてきて、なんとなく足を止めたが、直ぐに歩みを進めていた。声を掛ければ水を差すことになるだろう。アデリーもそうだが、他の二人もそれぞれ重い過去を背負っている。それでもこの地で一時でも過去から開放されて笑えるならそれに越したことがない。
白い息を吐きながら空を見上げれば、まるでダグマを目指して雪が舞い落ちてくるようだった。
「アンナもあの輪に入りたいだろうな」
腹違いの妹が大口を開けて笑う姿が思い浮かび、目を細めた。いつも思い出すのは楽しそうな姿なのは救いだった。
顔を揺すると雪が四方に飛び散る。ダグマは顔に残った雪を手で拭うと階段を下りて、やはり騒いでいる部屋へと向かっていった。
入口に松明を挿すくぼみがあるので、そこに松明を入れるとダグマは戸を開けた。
「おー、来た来た。ダグマ隊長のお出ましだぞ」
「わかった、わかった。俺のことはいいからお前らは勝手に飲んでろよ」
ダグマが人をぬうように奥に進む「パイ食いました? 洋ナシのパイが最高に美味いですよ」と言うものもいれば「プラムの方が美味いって言ってるだろ!」と、言うものもいる。
「そうかそうか。俺は林檎のパイだったよ。ほら、ちょっと退けって」
ダグマは先ほど夕飯終わりに貰ったパイを部屋で食べてきた。ロセとアデリーとベッラが銘々好きな味で焼いたらしい。なかなかに良い出来だった。
「愛しのベッラが焼いた林檎のパイがやっぱり一番だ」
トニが歯を見せてニカッと笑ってから自慢気に言ったが、ダグマはそんな惚気には答えず隣に腰を下ろした。
「それより、ニコラス。情報のことを──」
ニコラスは杯にエールを注いでダグマへと差し出した。
「石工のリルはあちこちに形跡を残していたから辿りやすかった。なんせどこに行ってもトラブルを起こしているからな」
「俺とは面識がないが、相当悪党だったんだな」
トニがイメージする悪党と、リルはかなりかけ離れているのではないかとダグマは感じていた。なんせ、王都に居るような悪い輩は人を騙し人殺しなんてなんとも思わない、見るからにヤバそうな奴が多い。世間の人は関わらないようにするし、多くは居場所を求めて場末の悪党が悪党を相手する飲み屋に屯していた。
「リルは一見、どこにでも居る単なる若造だ。だから街にもすんなり馴染むが、まともに生きる気がないから悪さを働き追い出されるんだろうな。変に普通だから気持ち悪さが残って皆覚えているんだよ、トニ」
ニコラスもダグマ同様、トニの想像とは違うのだと説明していた。ダグマは石工として仕事をこなしていたリルを思い出していた。どこにでもいる普通の職人だった。生真面目とまではいかないが、言われた仕事はこなしていたし、腕だって悪くはなかったのだ。話せば普通に受け答えもするのだから、あんな事をするまではそこまで警戒していなかった。まぁなんとなく薄っぺらさや、変な違和感がなかったわけではないが。
「へぇ、確かに生まれた瞬間から悪党って奴も稀にいるかもしれないが、多くは生きていく過程でそうなるんだろうからな。そのリルとかって奴はこれからどんどん堕ちていくのかもしれないな」
「俺の集めてきた情報だと、最近は盗みをする際に見つかると容赦なく斬りつけるらしい。今のところまだ人は殺していないが、時間の問題だろうな」
人というのは慣れる生き物なのだ。戦いの際、人を殺めて苦しむのは最初だけで次第に麻痺してそれほど痛みを感じなくなっていく。ダグマは自分の経験でそれを知っていた。
「それよりニコラス。足取りが途絶えたとかいうのは?」
ニコラスはそこまで饒舌だったが、にわかに顔をしかめて首を掻いてみせた。
「面白いように隣の街から隣の街へと悪評が続いていたのに、あるところでぱったりと途切れた。トリダム領だ」
トニが「アデリーの故郷じゃなかったか?」と即座に反応する。
「ああ。荒れちまっているから話を聞き出しにくいってのもあるが、なかなか情報がなくてな。ただ一人だけ似たような男を見たと言った人がいたんだ。その人曰く、領主館に居るのを見たらしい」
ニコラスの報告にトニもダグマも口を閉ざす。嫌な予感しかしなかった。
アデリーの部屋を通る時、女たちの明るい話し声が漏れ聞こえてきて、なんとなく足を止めたが、直ぐに歩みを進めていた。声を掛ければ水を差すことになるだろう。アデリーもそうだが、他の二人もそれぞれ重い過去を背負っている。それでもこの地で一時でも過去から開放されて笑えるならそれに越したことがない。
白い息を吐きながら空を見上げれば、まるでダグマを目指して雪が舞い落ちてくるようだった。
「アンナもあの輪に入りたいだろうな」
腹違いの妹が大口を開けて笑う姿が思い浮かび、目を細めた。いつも思い出すのは楽しそうな姿なのは救いだった。
顔を揺すると雪が四方に飛び散る。ダグマは顔に残った雪を手で拭うと階段を下りて、やはり騒いでいる部屋へと向かっていった。
入口に松明を挿すくぼみがあるので、そこに松明を入れるとダグマは戸を開けた。
「おー、来た来た。ダグマ隊長のお出ましだぞ」
「わかった、わかった。俺のことはいいからお前らは勝手に飲んでろよ」
ダグマが人をぬうように奥に進む「パイ食いました? 洋ナシのパイが最高に美味いですよ」と言うものもいれば「プラムの方が美味いって言ってるだろ!」と、言うものもいる。
「そうかそうか。俺は林檎のパイだったよ。ほら、ちょっと退けって」
ダグマは先ほど夕飯終わりに貰ったパイを部屋で食べてきた。ロセとアデリーとベッラが銘々好きな味で焼いたらしい。なかなかに良い出来だった。
「愛しのベッラが焼いた林檎のパイがやっぱり一番だ」
トニが歯を見せてニカッと笑ってから自慢気に言ったが、ダグマはそんな惚気には答えず隣に腰を下ろした。
「それより、ニコラス。情報のことを──」
ニコラスは杯にエールを注いでダグマへと差し出した。
「石工のリルはあちこちに形跡を残していたから辿りやすかった。なんせどこに行ってもトラブルを起こしているからな」
「俺とは面識がないが、相当悪党だったんだな」
トニがイメージする悪党と、リルはかなりかけ離れているのではないかとダグマは感じていた。なんせ、王都に居るような悪い輩は人を騙し人殺しなんてなんとも思わない、見るからにヤバそうな奴が多い。世間の人は関わらないようにするし、多くは居場所を求めて場末の悪党が悪党を相手する飲み屋に屯していた。
「リルは一見、どこにでも居る単なる若造だ。だから街にもすんなり馴染むが、まともに生きる気がないから悪さを働き追い出されるんだろうな。変に普通だから気持ち悪さが残って皆覚えているんだよ、トニ」
ニコラスもダグマ同様、トニの想像とは違うのだと説明していた。ダグマは石工として仕事をこなしていたリルを思い出していた。どこにでもいる普通の職人だった。生真面目とまではいかないが、言われた仕事はこなしていたし、腕だって悪くはなかったのだ。話せば普通に受け答えもするのだから、あんな事をするまではそこまで警戒していなかった。まぁなんとなく薄っぺらさや、変な違和感がなかったわけではないが。
「へぇ、確かに生まれた瞬間から悪党って奴も稀にいるかもしれないが、多くは生きていく過程でそうなるんだろうからな。そのリルとかって奴はこれからどんどん堕ちていくのかもしれないな」
「俺の集めてきた情報だと、最近は盗みをする際に見つかると容赦なく斬りつけるらしい。今のところまだ人は殺していないが、時間の問題だろうな」
人というのは慣れる生き物なのだ。戦いの際、人を殺めて苦しむのは最初だけで次第に麻痺してそれほど痛みを感じなくなっていく。ダグマは自分の経験でそれを知っていた。
「それよりニコラス。足取りが途絶えたとかいうのは?」
ニコラスはそこまで饒舌だったが、にわかに顔をしかめて首を掻いてみせた。
「面白いように隣の街から隣の街へと悪評が続いていたのに、あるところでぱったりと途切れた。トリダム領だ」
トニが「アデリーの故郷じゃなかったか?」と即座に反応する。
「ああ。荒れちまっているから話を聞き出しにくいってのもあるが、なかなか情報がなくてな。ただ一人だけ似たような男を見たと言った人がいたんだ。その人曰く、領主館に居るのを見たらしい」
ニコラスの報告にトニもダグマも口を閉ざす。嫌な予感しかしなかった。
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