廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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陶器屋カリーナと大工カルロ

陶器屋カリーナと大工カルロ④

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 ダグマが何度も運んできた藁のお陰で、木枠の中はこんもりと藁の山が出来上がった。シーツはないが、横になれるのだから十分お釣りがくるといえる。

 隣のダグマの部屋にも藁を運び込んで、先にダグマは厨房に戻っていた。アデリーはダグマの部屋も一通り掃除を済ませてから、少し悩んでダグマの部屋のドアと雨戸を閉めた。ダグマ用のベッドは残念ながら一部だけ折れてしまっている。だから、藁を詰めることが不可能なのだ。運ばれてきた藁は部屋の隅に積み上げられているだけなので、強風が部屋の中に吹き込んだらせっかく片付いた部屋が藁だらけになってしまうのだ。

(今夜もダグマさんはベッドで眠れないのね)

 アデリーは心苦しい気持ちだが、今夜だけはベッドを譲ることは出来ないと考えていた。なんせ一週間ほどベッドなしの地べた生活だったのだから、今夜はどうしてもベッドで眠りたかった。

(でも明日はダグマさんに譲ろう。一日交代でもいいわよね)

 本来はダグマのものなのだから一日交代は悪い気もしたが、ここは大目に見てもらうことにした。

 そこで階下がにわかに騒がしくなったので、アデリーは背筋にゾクリと冷たいものを感じた。
 あの日も何でもないのどかな時間を過ごしていたのに突如としてミーナが駆け込んできたのだ。不吉なことはなんの前触れもなくやってくる。
 アデリーは恐る恐るドアの所まで近寄って聞き耳を立てた。ダグマが誰か相手に話している。内容は聞き取れないが話している相手が女性であるのは間違いない。さらに耳をそばだてると、もう一人誰か居ることにも気がついた。怒号ではないし、声に緊張感も感じない。アデリーはとうとう顔を出し、さらには部屋から出て状況を把握しようとした。

「──そうそう、だからアタシらはそれならここに行ったらどうかって言われたんだよ。部屋はあり余ってて住み放題らしいじゃないか」

「誰に言われたんだ?」

「ニコラスっていう若い行商人だよ。ニコニコ愛想がよくてあっちにもこっちにも愛人がいるって話さ!」

 石の手すりまで出てきたアデリーが大砦跡の横で天を仰ぐダグマを見た。

「ああ、ニコラスは人タラシだからな。アイツの紹介ならいいだろう。馬車は悪いが中には入らんから、早々に荷下ろしをしないとな」

「野盗が出るのかい?」

 かっぷくの良い中年女性がダグマと話している。その横で馬車から馬を外している若い男もいた。

「いや、これまでは狙われるものなんかなかったしな。そもそも一人で住み着いてただけだし、誰も来やしなかったんだがな」

「あらま、あんなところに若いお嬢さんがいるわ」

 女性はアデリーのことを目ざとく見つけて手を振った。アデリーは軽く頭を下げてから、階段を駆け下りる。

「昨日たまたま二人拾ったんだ。あ、悪いが服を貸してやってくれないか? 森を彷徨ったらしくて服がかなり汚れちまってるんだが、なんにももってないんだ」

 二人はやたらと大きな声で話している。だから、まだ離れているところにいるアデリーの耳にも話は入ってくるし、馬を外している若い男にも当然聞こえていないはずがない。アデリーが汚れているという話を聞かれているとわかると、足の動きが遅くなった。近寄るのが急に気恥ずかしくなったのだ。

「ああ、あるにはあるよ。ただ、サイズが合わないと思うんだけどねぇ」

「一日くらい腰の辺りで括っておけばわけないだろ」

「ま、そうだね。じゃあ、ここに住み着くのは許可してくれるってことでいいかい?」

 ダグマは女性に料理が出来るか聞いて、女性は破顔して笑う。

「そりゃ愚問だねぇ。料理が出来ない女なんて娼婦か貴族ぐらいのもんさ! ちなみにアタシは陶器屋をやっていたから、陶器を作るのもお手のもん。で、これは息子で大工をしてたんだよ。まぁ、うちのカルロは若いが大抵のものはつくれるはず。ね、カルロ?」

 馬の手綱を持ったカルロが「師匠から仕事を任せてもらうようになって一年くらいです」と空いている手を差し出した。

「そうか、それは助かる。俺はダグマだ」

 ダグマがカルロと握手を交わし、その後恰幅の良い中年女性がダグマと握手をした。

「アタシはカリーナ。夫は戦で亡くなっていないから、カルロと二人きりの家族なのよ。よろしく」

 自己紹介しあう姿が見えていたものの、アデリーは立ち止まって動けなくなっていた。料理が出来ないアデリーが、今自己紹介の輪に入るのはとても勇気がいることだった。よって、振り返り、見上げたダグマが笑って手招きしたときもまだその場に向かう勇気が出なかった。なにせ、服は汚れていて、料理も出来ない取り柄のないアデリーだ。

「あらあら、恥ずかしがりやなのかい? ほら、お嬢ちゃんいらっしゃいな。アタシにその可愛らしいお顔を見せてよ」

 カリーナは女性にしては低い声の持ち主で、とても落ち着いた優しい声をしていた。

「たぶん料理が出来ないことを引け目に感じてるんだ。悪く思うな」

 なかなか一歩が踏み出せないアデリーに、ダグマの的確な言葉が届いた。その通りだが、恥ずかしいからといって避けているわけにはいかない。これから生活を共にするのだから。
 アデリーは意を決し、階段を再び駆け下りて皆の元までやってきた。

「私はアデリーです。なにぶん出来ないことばかりで、皆さんの手を煩わせると思いますがよろしくお願いします! あ、なんでもやりますから教えてください」

 一気にまくし立てると、頭を下げた。そうすれば見えるのは石畳みだけ。そう、恥ずかしくてカリーナとその息子カルロを見ないで済むのは頭を下げておくのが一番だった。

「あらあら、これはこれは良いところのお嬢ちゃんなのね」

 カリーナに言われて頭をそっと持ち上げた。

「わかりますか……その、やはり服でしょうか」

 ずっとなんとも思わず着ていた服がこんなにみんなの物と違うなど、ダグマに言われるまで意識したこともなかった。

 カリーナは顔を上げたアデリーを胸に抱き寄せてハグして言う。

「可愛い子。そうね、服も言葉使いもアタシらとはちょいと違うわ。さぁ、アデリー。私にもハグを返して頂戴な」
「あの……私は汚れていて──」

 戸惑いながら見上げると、カリーナは片手でアデリーを抱き、空いた手でアデリーの腕を掴んで巻き付かせる。

「良いのよ。女の子っていいわねぇ。アデリーはいくつなの?」

 人の温もりを感じるのはあの日以来なので、アデリーは予期せぬ涙に慌てながら「十七歳です」と答えた。

「あら、カルロと同じじゃない」

 アデリーを抱きしめたままカリーナは顔だけで振り返りカルロに笑いかけた。カルロはアデリーの潤んだ目に気が付き、困惑した顔で微笑んだ。

「母さん、アデリーが苦しんで涙目だ。離してあげなよ」

 あらぁと身体を離すと、カリーナはアデリーの顔を覗き込んでニッコリ微笑んだ。

「ま、近くで見たら本物のべっぴんさんだわ。あ、じゃあ服を出してあげましょう。今から着替えてそっちのは洗ってしまいましょ」

 下働きのミーナに似た、快活さにまた泣きたくなったアデリーだったが、無理矢理笑みを作ると、自分を鼓舞するために「はい!」と大声で返してみせた。


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