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第四章 浮気のけじめを

04 美しさに心乱され

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 一通りお宝を買いあさったふたりは、カラオケボックスに入っていた。
(すごい……ちゃんと女の声で歌ってる……うまいし……)
 女装した梓は、歌まできれいで素敵だった。
 ファルセットでもちゃんと音程が取れているし、腹に力が入っている。
 今すぐプロの歌手としてデビューできそうなほど素晴らしかった。知らない人間が見れば、どうみても女の子のシンガーだろう。
(梓……きれいでかわいい……)
 湊は完全に魅せられていた。かつて、男色が公家や武家のたしなみであり、麗しい若衆(同性の妾)を侍らせることは自慢だったとされる。
 仏教においても、美しい少年には神仏の力が宿るとされる。かの最澄と空海が、美貌の弟子の帰属を巡ってケンカ別れしてしまったのは有名な話だ。
 先人たちの気持ちが、少しわかった気がした。
「ん? どしたの、湊?」
「いや……歌うまいなと思ってさ……」
 すぐ横ではにかまれると、理性が持たなくなりそうになる。男でもいい。抱きしめてキスしたい。そんな自分を必死で抑える。
(いかん……落ち着け俺……。どれだけかわいくても……梓は男だぞ……。それに……俺には雪美ちゃんというれっきとした彼女がいるんだ……)
『誰かを好きになるって気持ちは、動物としての本能。理屈じゃどうしようもないってこと』
 舞の言葉が、猛烈な説得力を持ってこみ上げてくる。
 かわいい梓が自分は大好きだ。この気持ちは、理屈でどうこうなるものじゃない。
 なんとか気を逸らそうと、リモコンを取って曲を入力する。
(ん……?)
 歌に集中していた湊は、股間に感じる心地いい感触に気づく。
 視線だけを動かして見る。
(あ……梓……?)
 なんと、梓が自分の股間に指を這わせている。
 美しい男の娘は目線はスクリーンを眺めたまま、器用に湊を愛撫していた。
(や……やばい……すごく興奮して……気持ちいい……)
 ただでさえ梓の美貌と色気に当てられていた。股間はたちまちテントを張ってしまう。
「湊……」
「梓……」
(もうがまんできない……。いいよな……梓……かわいいもの……)
 名前を呼ばれたことで、湊は理性を手放した。互いに見つめ合い、きつく抱き合って唇を重ねる。
「口を開けて……」
 もう湊は、美貌の男の娘の言いなりだった。口を開けると、舌が入ってくる。たまらず、舌同士を絡め合わせる。
 その間も、指での股間への刺激は続いている。
「湊……お口でしてあげるね……」
 そう言った梓は湊の脚の間に細い身体を滑り込ませ、ひざまずく。この体勢だと、個室の防犯カメラからはうまいこと死角になる。
 ジッパーが下ろされ、猛り狂ったものが解放される。
 梓のかわいい口が先端にキスし、咥え込む。
(うわ……なんだ……? こんなに気持ちいいなんて……)
 信じられないほどの快感だった。
 勃起したものが、このまま美しい男の娘の口の中で蕩けてしまいそうだった。
(うそだろ……? もう出そう……やばい……)
 そう思った時には遅かった。
 湊は、梓の口の中で意思に関係なく果てていた。
「ごちそうさま」
 美貌の女装少年は、口の中に放たれたものを飲み下すと妖艶に微笑む。
 湊は不思議な気分だった。
 自分はゲイではない。だが、梓の美しさと色気、そして素晴らしい手管の前には、性別など些末なことに思えてしまう。
(やばい……梓にはまりそう……。ていうか、もうはまってるかも……。あんな気持ちいい射精……初めてだった……)
 湊は、美しく色っぽい幼なじみの素晴らしさを知ってしまった。そして、もう梓なしでは生きていけない。そんなことを思った。
「そろそろ……時間だな……」
「うん……出ようか……」
 少し気まずい気分の中、ふたりはカラオケボックスを後にした。
「今日は取りあえずお口だけ。湊がご所望なら、お尻も捧げてもいいよ? お互い、彼女には内緒でね」
 梓が耳元でそんなことを囁く。
 さすがにそれは、と思う一方、どんな感じだろう、と心のどこかで胸を躍らせている。湊は自分が怖かった
「名残惜しいけど、ボクはここで。帰る前に男に戻らないと……」
「そ……そうか……」
 駅前、梓と湊はここで解散とする。
 梓は、女装のことを家族や友達には秘密にしているのだろう。
「好きだよ、湊」
「俺も……梓が好きだよ」
 拒むことができなかった。目を閉じた梓に、吸い寄せられるようにキスをする。
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(浮気……しちまったな……)
 返りの電車の中、ぼんやりとそんなことを考える。女であったときレイプされかけたのとは、状況が百八十度違う。自分の意思で梓の誘惑を受け入れてしまった。
 さっきまでの自分は美貌の男の娘の色気に当てられて、彼女である雪美のことを完全に忘れていた。
 なぜか、後悔も罪悪感もなかった。
 小さいころからずっと一緒だった幼なじみの美しい姿を見ることができた。梓が自分を好きだと言ってくれた。キスをして、口奉仕までしてくれた。
 そんな悦びと、満足感に包まれていた。
(俺……これからどうしたらいいんだろう……?)
 途方に暮れる。雪美のことは今でも好きだ。優しくてかわいい、そして包容力のある自慢の彼女だ。
 だが、梓のことも好きだし、あれっきりにはしたくない。というかできない。
(いっそハーレムでも作るか……)
 内心につぶやいて、すぐにそんな度量は自分にはないと思い直す。
 雪美にはひっぱたかれて愛想を尽かされ、梓には身の程知らずと呆れられる。そんな未来しか想像できない。
 自分の心の弱さが、身の丈に合わない欲深さが、心底嫌になった。
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(ううう……今ごろ興奮して恥ずかしくなってきた……。落ち着け……ボク……)
 ネットカフェのシャワールームの中、梓は真っ赤になった顔を両手で覆う。
 湊に奉仕している最中は、年季の入った男妾のように余裕を持って振る舞うことができた。
 だが、時間が経つと自分がしたことを思い出して、胸がいっぱいになる。
(あんなやり方して……良かったのかな……)
 やっておいてなんだが今更疑問に思う。
 女装して色仕掛けで籠絡、既成事実を作る。そのやり方は今になって卑怯に思えてきた。
(でも……ボクにはああするしか……)
 男の素顔のままで湊に思いを伝える自信などなかった。
 手前味噌だが、女装した自分はそんじょそこらの女の子よりずっとかわいい。湊も抗えないという読みは当たった。
 湊は自分の愛撫を受け入れてくれた。好きだと言ってくれた。それはうれしい。
 だが、大変なのはこれからだろう。
 湊にはれっきとした彼女がいる。もちろん自分にも東村がいる。
 お互い彼女たちには隠してこっそり付き合うのか。はたまた、彼女とは別れて真面目に本命としてお付き合いするのか。
 それさえ考えていなかったのだ。
(でも……こうしなかったらもっと後悔してた……)
 そこは間違いない。
 湊に気持ちを伝えたかった。恋愛や性の対象として見て欲しかった。
 その一心で、女装して誘惑するというやり方までした。なにもせず後悔するより、踏み出して後悔する方がましだと。
(後のことは……その時に考えればいいか……)
 そう思考停止して、今やるべきことに梓は集中する。
 ウイッグとアクセサリーを外してケースに収める。化粧を落とし、まつげを元に戻す。
 鏡を見て、ちゃんと男に戻っているかどうか確認する。
 時が来たら、女装のことも湊が好きであることも公にしよう。
 だが今はまだその時じゃない。男の娘であった痕跡は、完璧に消しておく必要があった。
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