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03 首都の空で
記憶は雷のように
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06
2018年8月17日
エスメロードはケンに連れられて、首都ヨークトーのはずれの住宅街に向かっていた。
首都解放戦の前に、家族の無事を知らせてくれたお礼にデートをすることになったのだ。
「本当にこっちでいいの?」
「真にうまいところは、立地条件なんかに頼らないもんさ」
そう言うケンに着いて歩くことしばし。
和食の小料理屋と思しい店が見えてくる。
「ほお、なかなか店の雰囲気もいいじゃない」
エスメロードは素直に感心する。
住宅街の中にひっそりと営業する料理屋。
なにか根拠があるでもないが、穴場という雰囲気だったのだ。
余談だが、こちらの世界にも日本に相当する国家はある。
当然和食という文化もある。
「まあ、深く考えたら負けだろうけど」
「え、なにがだ?」
「いえ、なんでもないわ」
エスメロードはついメタいぼやきが出たのをごまかす。
のれんをくぐって入ると、なかなかにいい店だった。
狭すぎず広すぎず、内装も落ち着いている。棚に日本酒や焼酎などが嫌みでない程度に置かれているのがいい。
「ビールとモズクお願い」
「かしこまりました」
40前後と思しい器量よしのおかみさんが愛想良く、妖艶に応じて支度を始める。
(おかみさんが美人ていうのもポイントが高いか)
自分のような小娘には出せない色香にあてられたか、エスメロードはそんなことを思う。
「うん、いける」
「でしょ?
あれ、箸使えたんだ?」
箸でモズクを口に運ぶエスメロードを見て、ケンが意外そうな顔をする。
(そう言えば、和食や中華なんてほとんど食べたことなかったな…)
今になってそれに気づく。箸が使えるのは、前世の記憶と習慣があるからだ。
が、それを説明することはできなかった。
酒を飲む前から酔っているのかと思われてしまうだろう。
「ま…まああれよ。これも貴族のたしなみってやつでね」
「うーむ。そう言うことまでしつけられるものか…」
金持ちの息子ではあるが、貴族の家柄ではないケン(厳密に言って彼の父親は貴族だが、一代に限った叙爵だ)には通じるごまかしであるようだった。
「うーん、てんぷらか…」
エスメロードは、続いて出されたボリュームのあるてんぷらの盛り合わせとにらめっこになる。
(太りそうだな…)
そんなことを思ってしまう。
パイロットは常に筋肉を鍛えることを怠らない。
そして、戦闘機を乗り回していれば、Gによって自然に筋肉は鍛えられる。
だが、有酸素運動を行う機会があまりない。
つまり、相撲取りやシンクロ選手のように、筋肉の上に脂肪がついてしまう、いわゆる堅太りをしがちなのだ。
「食べないの?」
「いえ、頂きます」
エスメロードは即答して、キスの天ぷらをつゆにつけて頂いていく。
ケンがあまりに美味しそうに食べるので、欲望に勝てなかったのだ。
「美味しい」
その言葉が自然と口を突いて出る。
いい油を使っているのだろう。思ったよりさっぱりしている。
なにより、キスもいいものを使っている。舌触りが素晴らしい。
「さすがね、ケン。こんないいお店知ってるなんて」
「ふふ。
僕はあんまり華美なのとか金がかかった雰囲気が得意じゃなくてね。
こういう雰囲気の店が好きなんだわ」
ケンがビールを飲み干しながら言う。
(たしかにいいかも)
ケンにビールを注ぎながら、エスメロードは思う。
前世の記憶が蘇って舌が庶民的になってしまったから、というのでもないが、純粋にこういう落ち着いた店はいいと思える。
(てんぷらもずいぶん懐かしい気がするしね)
実家では和食はほとんど食べる習慣がなかった。
前世で死んでから、ずっと和食を口にしていなかったことになる。
「ケンさん、テレビつけてもいいかしら?
今日って、あれの日でしょう?」
「ああ、そうだったね。つけてくれ。
僕も見たい」
おかみさんがそう言って、テレビのリモコンを操作する。
(今日なにかあったっけ?)
エスメロードは、8月17日になにか特別なことがあったか、どうにも思い出せなかった。
『本日、ここセムマリノでは、世に言う“悪魔の花火大会”の犠牲者の鎮魂祭が行われています』
画面に、何千本ものロウソクが立てられた慰霊碑が映し出される。
(どういうこと?)
エスメロードは困惑する。
記憶をどれだけ検索しても、今日慰霊を行わなければならないようなことがあったとは思出せないのだ。
「ねえケン、“悪魔の花火大会”ってなに?
今日ってなにがあったの?」
エスメロードの言葉に、ケンがにわかに真剣な表情になる。
「覚えてないの?
あ…いやまあいいか…。
おかみさん、チャンネル変えないか?」
「え…?ええ…」
おかみさんがチャンネルをバラエティー番組に変える
(どういうことなの?)
エスメロードにはわからなかった。“悪魔の花火大会”という言葉の意味が。
そして、いつも軟派なケンの真剣な表情の意味が。
スマホを取り出して、“悪魔の花火大会”を検索してみる。
(2006年8月17日に起きた、当時の交戦国同士の弾道ミサイルの撃ち合い…?)
エスメロードは目を疑った。
ネット辞書で検索した結果は、以下のようなものだった。
2005年に勃発したフランク・レーマ戦争の終盤。
2006年8月12日から17日の間。
同盟国と連合国は、講和交渉を行う傍らで、通常弾頭の弾道ミサイルの撃ち合いという暴挙を演じていた。後に“悪魔の花火大会”と呼ばれる。
賠償金や領土、技術。当時のデウスとヴェステンレマから少しでも多くむしり取りたい連合国と、それに抵抗する同盟国。
それは、講和交渉を自陣営に少しでも有利とするための、愚かなロシアンルーレットだった。
(わけても、8月17日に行われた弾道ミサイルの飽和攻撃は苛烈だった)
読み進めていく内に、エスメロードは妙な頭痛を感じ始めていた。
なぜこんな重大なことを自分は覚えていない?いや、思い出すのを怖がっている?
8月17日に発射された弾道ミサイルは、同盟国がわ、連合国がわ取り混ぜて400発にも及んだ。
しかも、ターゲットは大都市や軍事施設ではなく、あろうことか一般人が暮らす街や村だった。
両陣営とも、愚かにも戦闘員ではなく一般人を虐殺することで相手を揺さぶろうとしたのだ。
弾道ミサイルの飽和攻撃の前にミサイル防衛は無力で、100発単位が両陣営の領土に着弾した。
死者は同盟国がわで2万、連合国がわで1万とされる。
(なぜこんなやり方が取られたの?)
エスメロードはひどくなる頭痛に耐えながら、ネット辞書を読み進める。
「エスメロードさん、大丈夫かい?なんだか顔色が悪いけど」
「え…ええ。大丈夫よ」
心配するケンに、そう答えるのが精一杯だった。
それどころではないのだ。
(戦術も戦略もない、ただの恫喝の応酬だった…)
ネットの評論でも、“悪魔の花火大会”は議論の対象になっていた。
戦いの趨勢は、包囲網を強いた連合国がわに決している。
だが、同盟国を完膚なきまでに屈服させる力は当時の連合国にはなかった。
同盟国もそれを知っていた。
(でも、まともな戦闘を行う意味はすでになかった)
だんだん話が見えてくる。
講和交渉は進めなければならない。だが、相手の言いなりに要求を呑むわけにはいかない。
さりとても、通常の戦闘を行えば、意味もなく必要もない犠牲を重ねるだけだ。
すでに講和交渉は始まっているのだから。
ではどうすればいいか?
(手軽で恫喝の効果が高い、そして、ローリスクである弾道ミサイルの飽和攻撃。
それが答えだった)
エスメロードは、当時の顛末を知って愕然とした。
「講和を有利に進めたい、だが、兵力を失いたくはない」
「だったら弾道ミサイルで敵の一般人を殺して脅しつければいい」
そんな愚劣なやり方が選択され、3万もの犠牲が出たとは。
(私はその時どうしていた?)
エスメロードは、その時気づく。
当時自分は8歳だった。
が、冷静に思い出してみると、その頃の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。
(頭が…頭が痛い…!)
頭痛はいよいよひどくなる。
だが、一度ひびが入った記憶の封印は、後は割れるだけであるようだった。
(あの日…私は…!)
頭の中に雷が落ちたように錯覚する。
怖ろしい記憶が、今現在起きていることのように蘇ってきたのだ。
「お爺ちゃま…ああ…!い…いやああああああーーーーーーーーーっ!」
エスメロードは両手で頭を抑えて叫び始めていた。
「エスメロード、どうしたんだ?大丈夫か!?」
ケンの声が遠くに聞こえる。
(あの日…あの日…!)
頭が割れそうな感覚に耐えられず、エスメロードはケンの胸に倒れ込み、そのまま意識を失った。
2018年8月17日
エスメロードはケンに連れられて、首都ヨークトーのはずれの住宅街に向かっていた。
首都解放戦の前に、家族の無事を知らせてくれたお礼にデートをすることになったのだ。
「本当にこっちでいいの?」
「真にうまいところは、立地条件なんかに頼らないもんさ」
そう言うケンに着いて歩くことしばし。
和食の小料理屋と思しい店が見えてくる。
「ほお、なかなか店の雰囲気もいいじゃない」
エスメロードは素直に感心する。
住宅街の中にひっそりと営業する料理屋。
なにか根拠があるでもないが、穴場という雰囲気だったのだ。
余談だが、こちらの世界にも日本に相当する国家はある。
当然和食という文化もある。
「まあ、深く考えたら負けだろうけど」
「え、なにがだ?」
「いえ、なんでもないわ」
エスメロードはついメタいぼやきが出たのをごまかす。
のれんをくぐって入ると、なかなかにいい店だった。
狭すぎず広すぎず、内装も落ち着いている。棚に日本酒や焼酎などが嫌みでない程度に置かれているのがいい。
「ビールとモズクお願い」
「かしこまりました」
40前後と思しい器量よしのおかみさんが愛想良く、妖艶に応じて支度を始める。
(おかみさんが美人ていうのもポイントが高いか)
自分のような小娘には出せない色香にあてられたか、エスメロードはそんなことを思う。
「うん、いける」
「でしょ?
あれ、箸使えたんだ?」
箸でモズクを口に運ぶエスメロードを見て、ケンが意外そうな顔をする。
(そう言えば、和食や中華なんてほとんど食べたことなかったな…)
今になってそれに気づく。箸が使えるのは、前世の記憶と習慣があるからだ。
が、それを説明することはできなかった。
酒を飲む前から酔っているのかと思われてしまうだろう。
「ま…まああれよ。これも貴族のたしなみってやつでね」
「うーむ。そう言うことまでしつけられるものか…」
金持ちの息子ではあるが、貴族の家柄ではないケン(厳密に言って彼の父親は貴族だが、一代に限った叙爵だ)には通じるごまかしであるようだった。
「うーん、てんぷらか…」
エスメロードは、続いて出されたボリュームのあるてんぷらの盛り合わせとにらめっこになる。
(太りそうだな…)
そんなことを思ってしまう。
パイロットは常に筋肉を鍛えることを怠らない。
そして、戦闘機を乗り回していれば、Gによって自然に筋肉は鍛えられる。
だが、有酸素運動を行う機会があまりない。
つまり、相撲取りやシンクロ選手のように、筋肉の上に脂肪がついてしまう、いわゆる堅太りをしがちなのだ。
「食べないの?」
「いえ、頂きます」
エスメロードは即答して、キスの天ぷらをつゆにつけて頂いていく。
ケンがあまりに美味しそうに食べるので、欲望に勝てなかったのだ。
「美味しい」
その言葉が自然と口を突いて出る。
いい油を使っているのだろう。思ったよりさっぱりしている。
なにより、キスもいいものを使っている。舌触りが素晴らしい。
「さすがね、ケン。こんないいお店知ってるなんて」
「ふふ。
僕はあんまり華美なのとか金がかかった雰囲気が得意じゃなくてね。
こういう雰囲気の店が好きなんだわ」
ケンがビールを飲み干しながら言う。
(たしかにいいかも)
ケンにビールを注ぎながら、エスメロードは思う。
前世の記憶が蘇って舌が庶民的になってしまったから、というのでもないが、純粋にこういう落ち着いた店はいいと思える。
(てんぷらもずいぶん懐かしい気がするしね)
実家では和食はほとんど食べる習慣がなかった。
前世で死んでから、ずっと和食を口にしていなかったことになる。
「ケンさん、テレビつけてもいいかしら?
今日って、あれの日でしょう?」
「ああ、そうだったね。つけてくれ。
僕も見たい」
おかみさんがそう言って、テレビのリモコンを操作する。
(今日なにかあったっけ?)
エスメロードは、8月17日になにか特別なことがあったか、どうにも思い出せなかった。
『本日、ここセムマリノでは、世に言う“悪魔の花火大会”の犠牲者の鎮魂祭が行われています』
画面に、何千本ものロウソクが立てられた慰霊碑が映し出される。
(どういうこと?)
エスメロードは困惑する。
記憶をどれだけ検索しても、今日慰霊を行わなければならないようなことがあったとは思出せないのだ。
「ねえケン、“悪魔の花火大会”ってなに?
今日ってなにがあったの?」
エスメロードの言葉に、ケンがにわかに真剣な表情になる。
「覚えてないの?
あ…いやまあいいか…。
おかみさん、チャンネル変えないか?」
「え…?ええ…」
おかみさんがチャンネルをバラエティー番組に変える
(どういうことなの?)
エスメロードにはわからなかった。“悪魔の花火大会”という言葉の意味が。
そして、いつも軟派なケンの真剣な表情の意味が。
スマホを取り出して、“悪魔の花火大会”を検索してみる。
(2006年8月17日に起きた、当時の交戦国同士の弾道ミサイルの撃ち合い…?)
エスメロードは目を疑った。
ネット辞書で検索した結果は、以下のようなものだった。
2005年に勃発したフランク・レーマ戦争の終盤。
2006年8月12日から17日の間。
同盟国と連合国は、講和交渉を行う傍らで、通常弾頭の弾道ミサイルの撃ち合いという暴挙を演じていた。後に“悪魔の花火大会”と呼ばれる。
賠償金や領土、技術。当時のデウスとヴェステンレマから少しでも多くむしり取りたい連合国と、それに抵抗する同盟国。
それは、講和交渉を自陣営に少しでも有利とするための、愚かなロシアンルーレットだった。
(わけても、8月17日に行われた弾道ミサイルの飽和攻撃は苛烈だった)
読み進めていく内に、エスメロードは妙な頭痛を感じ始めていた。
なぜこんな重大なことを自分は覚えていない?いや、思い出すのを怖がっている?
8月17日に発射された弾道ミサイルは、同盟国がわ、連合国がわ取り混ぜて400発にも及んだ。
しかも、ターゲットは大都市や軍事施設ではなく、あろうことか一般人が暮らす街や村だった。
両陣営とも、愚かにも戦闘員ではなく一般人を虐殺することで相手を揺さぶろうとしたのだ。
弾道ミサイルの飽和攻撃の前にミサイル防衛は無力で、100発単位が両陣営の領土に着弾した。
死者は同盟国がわで2万、連合国がわで1万とされる。
(なぜこんなやり方が取られたの?)
エスメロードはひどくなる頭痛に耐えながら、ネット辞書を読み進める。
「エスメロードさん、大丈夫かい?なんだか顔色が悪いけど」
「え…ええ。大丈夫よ」
心配するケンに、そう答えるのが精一杯だった。
それどころではないのだ。
(戦術も戦略もない、ただの恫喝の応酬だった…)
ネットの評論でも、“悪魔の花火大会”は議論の対象になっていた。
戦いの趨勢は、包囲網を強いた連合国がわに決している。
だが、同盟国を完膚なきまでに屈服させる力は当時の連合国にはなかった。
同盟国もそれを知っていた。
(でも、まともな戦闘を行う意味はすでになかった)
だんだん話が見えてくる。
講和交渉は進めなければならない。だが、相手の言いなりに要求を呑むわけにはいかない。
さりとても、通常の戦闘を行えば、意味もなく必要もない犠牲を重ねるだけだ。
すでに講和交渉は始まっているのだから。
ではどうすればいいか?
(手軽で恫喝の効果が高い、そして、ローリスクである弾道ミサイルの飽和攻撃。
それが答えだった)
エスメロードは、当時の顛末を知って愕然とした。
「講和を有利に進めたい、だが、兵力を失いたくはない」
「だったら弾道ミサイルで敵の一般人を殺して脅しつければいい」
そんな愚劣なやり方が選択され、3万もの犠牲が出たとは。
(私はその時どうしていた?)
エスメロードは、その時気づく。
当時自分は8歳だった。
が、冷静に思い出してみると、その頃の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。
(頭が…頭が痛い…!)
頭痛はいよいよひどくなる。
だが、一度ひびが入った記憶の封印は、後は割れるだけであるようだった。
(あの日…私は…!)
頭の中に雷が落ちたように錯覚する。
怖ろしい記憶が、今現在起きていることのように蘇ってきたのだ。
「お爺ちゃま…ああ…!い…いやああああああーーーーーーーーーっ!」
エスメロードは両手で頭を抑えて叫び始めていた。
「エスメロード、どうしたんだ?大丈夫か!?」
ケンの声が遠くに聞こえる。
(あの日…あの日…!)
頭が割れそうな感覚に耐えられず、エスメロードはケンの胸に倒れ込み、そのまま意識を失った。
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