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05 逆侵攻
逸脱する力
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09
2018年10月10日
デウス公国首都、エヴァンゲルブルグ。
国防省庁舎内、将校クラブ。
「連合軍は核を使った!諸君、このまま座視していていいのか!?」
酒に酔った青年将校たちが大声をあげていた。
先鋭化し、やり場のない怒りとわだかまりが部屋に満ちている。
「このままでは、やつらはデウス国内に核攻撃をしてくるぞ!」
「そうだ。これに味を占めて次は地上を攻撃してくるに決まっている!」
「いっそこちらから核で攻撃してしまえ!」
「もっと早く核の使用を決めていれば、栄えあるデウスの領土が汚されることもなかった!」
自国に逆侵攻を受けてもなお、いや、逆侵攻を受けているからこそ、自分たちは栄えある国の国民、選ばれた民族なのだという歪んだプライドにしがみつく。
そして、敗北を意識してヒステリックになっていることもあり、将校たちの愚痴の言い合いはどんどん物騒になっていく。
「みんな聞いてくれ!
この戦争、いまだ勝機あり!俺はそう信じるし、みなも同じと思う。
だが、うわさでは敗北主義者どもが連合軍との和平を模索していると聞く!
今和平交渉などすれば、降伏も同然の結果となる!
そんなことを許していいのか!?」
その日の酒宴のホストである、デウス空軍パイロット、アウグスト・バロムスキー中佐が、立ち上がって大きな声で呼びかける。
それが、将校たちの苛立ちと狂気に油を注いだ。
「そんなことが認められるか!」
「当然だ!前戦であまたの将兵が命を落としたのだ。
彼らの犠牲になにも報いずに負けを認めるのか!?」
「我々軍人を戦わせておいて、なにもしていない連中がのうのうと生き延びるのか!
冗談じゃない!全国民をあげて徹底抗戦だ!
女や子供、老人も戦うべきじゃないか!
勝手に終わらせてなるものか!」
「この戦争を始めたのは政治家だ!
なのに、やつらはなんの責任もとらずに逃げのびるつもりか!
冗談じゃないぞ!」
フランク・レーマ戦争の敗戦以来、政治に振り回されてきたと思っている将校たちの怒りは、もはや飽和状態に達していた。
デウス戦争開戦の時、政治家たちは自分たち軍人を英雄扱いし、褒め称えた。
“祖国にかつてに栄光を取り戻すのは君たちだ”
“勝利か滅亡のその日まで、我々は君たちとともにあることを誓う”
“例え国を焦土としようとも、デウス公国の誇りを守り抜くのだ”
そんな甘い言葉を信じて前戦に送り出された将兵たちにしてみれば、連合国との和平を模索する政治家たちの動きは裏切りだった。
勝利か死かと覚悟して戦い、多くの戦友が戦場に命を捧げた。その事実が一顧だにされず和平が模索される。
それは、前戦の将兵たちの屍を踏みつけにして、のうのうと自分たちだけ未来へと歩いて行こうとする態度にしか見えなかった。
「諸君らの無念、そして愛国心は痛いほどわかる!
数で転ぶ政治屋や、保身しか頭にない官僚たちに国の尊厳を守ることは不可能だ!
万一の時は我々心ある軍人が、義によって立つべきではないか!?
売国奴、敗北主義者たちを退場させ、祖国の過ちを正すのは我々なのだ!
デウス公国万歳!」
バロムスキーのアジテーションに、その場のボルテージは最高潮になる。
「デウス公国万歳!」が大声で連呼される。
先鋭化した将校たちは、自分たちこそ救国の志士であるという自己陶酔に浸っていた。
そんな自分たちを否定する者はすべて売国奴、敗北主義者である。
自分たちは正しい。その自分たちを邪魔する者を排除するためには何をしてもいい。
そんな偏執的で、逸脱した考えに凝り固まっていたのである。
“人は見たいものしか見ず、信じたいものしか信じない”。
バロムスキーは、歴史の偉人の言葉を思い出しながらこっそりほくそ笑んだ。
同時に、正に現実を否定して見たいものしか見えなくなっている将校たちを、内心で嘲笑していた。
(いい年をした大人が、ヒステリックで幼稚でみっともないことだ。
まあ、こういう馬鹿どもがいるから我々の悲願が成就できるわけだが)
バロムスキーは、ことが予定通りに運んでいることに満足して、ビールを飲み干した。
将校クラブでの酒宴がお開きとなった後、バロムスキーは飲み直しと称して繁華街に繰り出していた。
足を運んだバーのカウンターには、目当ての肥満の男が待っていた。
ジャーマンポテトを肴に、ウィスキーの水割りをあおっている。
バロムスキーはその隣の席に腰を下ろす。
「よう、いよいよ時の到来ってやつかい?」
肥満の男は、レンバウムだった。
デウス政府や軍のセキュリティの開発を請け負うソフトウェア開発会社、「エピオン」の主任エンジニアが、彼の表向きの立場だ。
「ああ、今こそ“売り”の時だ」
バロムスキーは株の取引のような調子で短く応じると、ウィスキーのロックを注文する。
「で、銘柄は?」
レンバーグの言葉に、バロムスキーは一枚のメモをカウンターの上に置くことで答える。
メモを見たレンバウムは一瞬目を疑い、次いで狂気じみた笑みを浮かべた。
「素晴らしい。面白くなりそうだな」
「だろう?」
バロムスキーもまた、狂気を称えた笑顔を浮かべ、レンバウムと笑いあう。
「我々の悲願に」
「乾杯だ」
2人は、笑ってウィスキーのグラスをぶつけ合う。
これで世界が変わることを確信しながら。
2018年10月15日
レンバウムは、副業のためという名目で借りた貸しオフィスで一心不乱にパソコンを叩いていた。
彼がデウス政府と軍のセキュリティに取り付けたバックドアからは、いかなるネットワークやシステムにも侵入ができる。
この時のために、デウス政府と軍から格安で仕事を受け続け、傲慢な官僚や軍人たちの横暴にも耐えてきた。そして、一度として信頼を失うような仕事をしたことはない。
それもこれも、このバックドアのため。そして、バックドアを用いた計画のためだったのだ。
長かった。だが、堪え忍んできた甲斐はあった。
「在庫一掃だ」
つぶやきながら、誰にも気づかれないように首相官邸のサーバーに侵入し、あるセクションにアクセスする。
それは、核ミサイル発射を管理するシステムだった。
デウス軍の軍人には、核ミサイル発射の権限は与えられていない。
首相が直々に発射命令を下し、極秘のパスコードを入力しない限り発射はできないのだ。
だが、しょせんは人のやること。
ミスも欺罔もついて回る。
首相の命令と極秘のパスコードという体裁さえ整っていれば、それで核ミサイルの発射はできてしまう。
それが本物かどうかわざわざ確認するようにもできていない。
「ただちに核ミサイルの発射を命令する。
目標は…」
レンバウムは、首相名義の命令を入力していく。
不自然な点があってはならない。
いくら盲従を美徳とする軍人であっても、核兵器の使用となれば慎重になる。
正式の命令と、誰が見ても信じるように体裁を整えなければならない。
「ショータイムだ」
文面を確認したレンバーグは、送信をクリックする。
これで核ミサイルの発射命令は送られた。
まもなく巨大でまばゆい花火が上がる。
自分たちにとって栄光と復讐の花火が。
虹海海上。
ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC。
「確かなのか?やつら本当に核を撃つ気なのか?」
『希望的観測はしないほうがいいでしょう。
デウス軍の規律は崩壊寸前と聞いています。
核の使用もやむなし、という安直な主張がなされているのは事実です』
艦長のバーナードは、情報活動に当たっているケンと連絡を取っていた。
エヴァンゲルブルグに潜入した情報員からの連絡と、衛星と地上の電波基地が捉えたデウス軍の通信。
これらを照らし合わせた結果、デウス軍が核ミサイルの発射準備をしている可能性が濃厚と判断されたのだ。
バーナードも最初は信じなかった。が、ついにミサイル防衛体勢が命令されるに及んで、ケンと個人的に連絡を取った。
そして、ケンの話を聞いて確信した。
デウス軍は本気で核を撃つ気だと。
「デウス軍の唯一の核戦力は、SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)だが…。
厄介だ。どこから発射されるのか、全く予測がつかん。
当然対処も困難になる」
『こちらも可能な限り潜水艦の位置を特定するよう探りを入れます。
海さんには、核弾頭がヨークトーを直撃することがないよう頑張ってもらいますよ』
ケンの返答を聞いたバーナードは、内心頭を抱えていた。
再軍備を進めるデウス軍は、潜水艦建造の経験を活かし、核戦力をSLBMに絞った。
元々他の核戦力を保持するような予算がなかったことに加え、SLBMは核戦力として非常に有用だったからだ。
潜水艦は常に動いているから、発射位置を特定しにくい。作戦行動中は浮上する必要のない原子力潜水艦であればなおのこと。
加えて陸上の核サイロや爆撃機よりもはるかに秘匿性が高いため、一度の攻撃で全滅してしまう危険はほとんどゼロと言えた。
つまり、敵の攻撃が激しい中でも核戦力を容易には喪失することがないのだ。
このことは、抑止力としても、先制攻撃能力としても、また報復戦力としても非常に重宝した。
「それを相手にしなければならないか…」
万一アキツィアに向けて核ミサイルの飽和攻撃が行われた場合、現状10隻のイージス艦では力不足と言えた。
現在、デウス海軍の戦略原子力潜水艦が航行中の北海には、連合軍の潜水艦隊が派遣されている。
だが、命令を待って息を潜めている戦略原子力潜水艦を発見できることを期待しない方が良さそうだった。
バーナードは、改めて頭の中でミサイル発射の時のシュミレーションを行い始めた。
北海。
デウス北部沿岸より北70キロの海域。
“フリーデン”級戦略原子力潜水艦三番艦“ホフヌング”。
全長 167メートル。
水上排水量 10,210トン
水中排水量 12,100トン
機関 原子炉2基、蒸気タービン2基、スクリュー2基
武装 魚雷発射管4門
弾道ミサイル発射管16基
地球のロシア海軍所属の原子力潜水艦、“デルタ”級そのものの姿をしている。
発令所では、重苦しい空気が立ちこめていた。
「艦長、本当に撃つのですか?」
「副長、我々は軍人だ。撃てと言われれば撃つのが仕事だ」
艦長のリッセンの言葉に、副長は「ですが…」と食い下がる。
だが、発令所にいる誰もが、SLBM発射の予定は動かせないのはわかっていた。
バロムスキーのようなアジテーターに煽動され過激化した分子は、デウス海軍にも多数存在している。
そして、この“ホフヌング”の士官たちが過激分子で固められているのも、いざという時に中途半端な良心から発射をためらうことがないようにという意図がある。
「諸君、艦長として改めて命じる。発射だ」
すでに発射キーは2つとも差し込まれている。
リッセンはコンソールのパネルの鍵を開け、発射用のトリガーを取り出す。
「発射!」
そして、一呼吸置いてトリガーを引いた。
SLBM発射の知らせは、フューリー基地にももたらされていた。
航空機は全て上空に退避させることとし、他の者は核シェルターとしても機能する地下倉庫に避難した。
上部は厚さ3メートルのコンクリートと断熱材で覆われている。
核ミサイルの直撃にも耐えられるはずだった。
が…。
「警報解除!ここには落ちないぞ!」
情報将校の言葉に、地下に避難していた者たちは騒然となった。
「やつら一体どこを狙ったんだ?」
飛行隊司令のシュタイアーの問いに、情報将校は一瞬ためらってから口を開く。
「デウス国内です」
その言葉の意味を、シュタイアーは一瞬理解できなかった。
次の瞬間、電子機器や無線が一斉に使えなくなり、非常灯がダウンして地下は暗闇に包まれた。
2018年10月10日
デウス公国首都、エヴァンゲルブルグ。
国防省庁舎内、将校クラブ。
「連合軍は核を使った!諸君、このまま座視していていいのか!?」
酒に酔った青年将校たちが大声をあげていた。
先鋭化し、やり場のない怒りとわだかまりが部屋に満ちている。
「このままでは、やつらはデウス国内に核攻撃をしてくるぞ!」
「そうだ。これに味を占めて次は地上を攻撃してくるに決まっている!」
「いっそこちらから核で攻撃してしまえ!」
「もっと早く核の使用を決めていれば、栄えあるデウスの領土が汚されることもなかった!」
自国に逆侵攻を受けてもなお、いや、逆侵攻を受けているからこそ、自分たちは栄えある国の国民、選ばれた民族なのだという歪んだプライドにしがみつく。
そして、敗北を意識してヒステリックになっていることもあり、将校たちの愚痴の言い合いはどんどん物騒になっていく。
「みんな聞いてくれ!
この戦争、いまだ勝機あり!俺はそう信じるし、みなも同じと思う。
だが、うわさでは敗北主義者どもが連合軍との和平を模索していると聞く!
今和平交渉などすれば、降伏も同然の結果となる!
そんなことを許していいのか!?」
その日の酒宴のホストである、デウス空軍パイロット、アウグスト・バロムスキー中佐が、立ち上がって大きな声で呼びかける。
それが、将校たちの苛立ちと狂気に油を注いだ。
「そんなことが認められるか!」
「当然だ!前戦であまたの将兵が命を落としたのだ。
彼らの犠牲になにも報いずに負けを認めるのか!?」
「我々軍人を戦わせておいて、なにもしていない連中がのうのうと生き延びるのか!
冗談じゃない!全国民をあげて徹底抗戦だ!
女や子供、老人も戦うべきじゃないか!
勝手に終わらせてなるものか!」
「この戦争を始めたのは政治家だ!
なのに、やつらはなんの責任もとらずに逃げのびるつもりか!
冗談じゃないぞ!」
フランク・レーマ戦争の敗戦以来、政治に振り回されてきたと思っている将校たちの怒りは、もはや飽和状態に達していた。
デウス戦争開戦の時、政治家たちは自分たち軍人を英雄扱いし、褒め称えた。
“祖国にかつてに栄光を取り戻すのは君たちだ”
“勝利か滅亡のその日まで、我々は君たちとともにあることを誓う”
“例え国を焦土としようとも、デウス公国の誇りを守り抜くのだ”
そんな甘い言葉を信じて前戦に送り出された将兵たちにしてみれば、連合国との和平を模索する政治家たちの動きは裏切りだった。
勝利か死かと覚悟して戦い、多くの戦友が戦場に命を捧げた。その事実が一顧だにされず和平が模索される。
それは、前戦の将兵たちの屍を踏みつけにして、のうのうと自分たちだけ未来へと歩いて行こうとする態度にしか見えなかった。
「諸君らの無念、そして愛国心は痛いほどわかる!
数で転ぶ政治屋や、保身しか頭にない官僚たちに国の尊厳を守ることは不可能だ!
万一の時は我々心ある軍人が、義によって立つべきではないか!?
売国奴、敗北主義者たちを退場させ、祖国の過ちを正すのは我々なのだ!
デウス公国万歳!」
バロムスキーのアジテーションに、その場のボルテージは最高潮になる。
「デウス公国万歳!」が大声で連呼される。
先鋭化した将校たちは、自分たちこそ救国の志士であるという自己陶酔に浸っていた。
そんな自分たちを否定する者はすべて売国奴、敗北主義者である。
自分たちは正しい。その自分たちを邪魔する者を排除するためには何をしてもいい。
そんな偏執的で、逸脱した考えに凝り固まっていたのである。
“人は見たいものしか見ず、信じたいものしか信じない”。
バロムスキーは、歴史の偉人の言葉を思い出しながらこっそりほくそ笑んだ。
同時に、正に現実を否定して見たいものしか見えなくなっている将校たちを、内心で嘲笑していた。
(いい年をした大人が、ヒステリックで幼稚でみっともないことだ。
まあ、こういう馬鹿どもがいるから我々の悲願が成就できるわけだが)
バロムスキーは、ことが予定通りに運んでいることに満足して、ビールを飲み干した。
将校クラブでの酒宴がお開きとなった後、バロムスキーは飲み直しと称して繁華街に繰り出していた。
足を運んだバーのカウンターには、目当ての肥満の男が待っていた。
ジャーマンポテトを肴に、ウィスキーの水割りをあおっている。
バロムスキーはその隣の席に腰を下ろす。
「よう、いよいよ時の到来ってやつかい?」
肥満の男は、レンバウムだった。
デウス政府や軍のセキュリティの開発を請け負うソフトウェア開発会社、「エピオン」の主任エンジニアが、彼の表向きの立場だ。
「ああ、今こそ“売り”の時だ」
バロムスキーは株の取引のような調子で短く応じると、ウィスキーのロックを注文する。
「で、銘柄は?」
レンバーグの言葉に、バロムスキーは一枚のメモをカウンターの上に置くことで答える。
メモを見たレンバウムは一瞬目を疑い、次いで狂気じみた笑みを浮かべた。
「素晴らしい。面白くなりそうだな」
「だろう?」
バロムスキーもまた、狂気を称えた笑顔を浮かべ、レンバウムと笑いあう。
「我々の悲願に」
「乾杯だ」
2人は、笑ってウィスキーのグラスをぶつけ合う。
これで世界が変わることを確信しながら。
2018年10月15日
レンバウムは、副業のためという名目で借りた貸しオフィスで一心不乱にパソコンを叩いていた。
彼がデウス政府と軍のセキュリティに取り付けたバックドアからは、いかなるネットワークやシステムにも侵入ができる。
この時のために、デウス政府と軍から格安で仕事を受け続け、傲慢な官僚や軍人たちの横暴にも耐えてきた。そして、一度として信頼を失うような仕事をしたことはない。
それもこれも、このバックドアのため。そして、バックドアを用いた計画のためだったのだ。
長かった。だが、堪え忍んできた甲斐はあった。
「在庫一掃だ」
つぶやきながら、誰にも気づかれないように首相官邸のサーバーに侵入し、あるセクションにアクセスする。
それは、核ミサイル発射を管理するシステムだった。
デウス軍の軍人には、核ミサイル発射の権限は与えられていない。
首相が直々に発射命令を下し、極秘のパスコードを入力しない限り発射はできないのだ。
だが、しょせんは人のやること。
ミスも欺罔もついて回る。
首相の命令と極秘のパスコードという体裁さえ整っていれば、それで核ミサイルの発射はできてしまう。
それが本物かどうかわざわざ確認するようにもできていない。
「ただちに核ミサイルの発射を命令する。
目標は…」
レンバウムは、首相名義の命令を入力していく。
不自然な点があってはならない。
いくら盲従を美徳とする軍人であっても、核兵器の使用となれば慎重になる。
正式の命令と、誰が見ても信じるように体裁を整えなければならない。
「ショータイムだ」
文面を確認したレンバーグは、送信をクリックする。
これで核ミサイルの発射命令は送られた。
まもなく巨大でまばゆい花火が上がる。
自分たちにとって栄光と復讐の花火が。
虹海海上。
ミサイル護衛艦“タンホイザー”CIC。
「確かなのか?やつら本当に核を撃つ気なのか?」
『希望的観測はしないほうがいいでしょう。
デウス軍の規律は崩壊寸前と聞いています。
核の使用もやむなし、という安直な主張がなされているのは事実です』
艦長のバーナードは、情報活動に当たっているケンと連絡を取っていた。
エヴァンゲルブルグに潜入した情報員からの連絡と、衛星と地上の電波基地が捉えたデウス軍の通信。
これらを照らし合わせた結果、デウス軍が核ミサイルの発射準備をしている可能性が濃厚と判断されたのだ。
バーナードも最初は信じなかった。が、ついにミサイル防衛体勢が命令されるに及んで、ケンと個人的に連絡を取った。
そして、ケンの話を聞いて確信した。
デウス軍は本気で核を撃つ気だと。
「デウス軍の唯一の核戦力は、SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)だが…。
厄介だ。どこから発射されるのか、全く予測がつかん。
当然対処も困難になる」
『こちらも可能な限り潜水艦の位置を特定するよう探りを入れます。
海さんには、核弾頭がヨークトーを直撃することがないよう頑張ってもらいますよ』
ケンの返答を聞いたバーナードは、内心頭を抱えていた。
再軍備を進めるデウス軍は、潜水艦建造の経験を活かし、核戦力をSLBMに絞った。
元々他の核戦力を保持するような予算がなかったことに加え、SLBMは核戦力として非常に有用だったからだ。
潜水艦は常に動いているから、発射位置を特定しにくい。作戦行動中は浮上する必要のない原子力潜水艦であればなおのこと。
加えて陸上の核サイロや爆撃機よりもはるかに秘匿性が高いため、一度の攻撃で全滅してしまう危険はほとんどゼロと言えた。
つまり、敵の攻撃が激しい中でも核戦力を容易には喪失することがないのだ。
このことは、抑止力としても、先制攻撃能力としても、また報復戦力としても非常に重宝した。
「それを相手にしなければならないか…」
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現在、デウス海軍の戦略原子力潜水艦が航行中の北海には、連合軍の潜水艦隊が派遣されている。
だが、命令を待って息を潜めている戦略原子力潜水艦を発見できることを期待しない方が良さそうだった。
バーナードは、改めて頭の中でミサイル発射の時のシュミレーションを行い始めた。
北海。
デウス北部沿岸より北70キロの海域。
“フリーデン”級戦略原子力潜水艦三番艦“ホフヌング”。
全長 167メートル。
水上排水量 10,210トン
水中排水量 12,100トン
機関 原子炉2基、蒸気タービン2基、スクリュー2基
武装 魚雷発射管4門
弾道ミサイル発射管16基
地球のロシア海軍所属の原子力潜水艦、“デルタ”級そのものの姿をしている。
発令所では、重苦しい空気が立ちこめていた。
「艦長、本当に撃つのですか?」
「副長、我々は軍人だ。撃てと言われれば撃つのが仕事だ」
艦長のリッセンの言葉に、副長は「ですが…」と食い下がる。
だが、発令所にいる誰もが、SLBM発射の予定は動かせないのはわかっていた。
バロムスキーのようなアジテーターに煽動され過激化した分子は、デウス海軍にも多数存在している。
そして、この“ホフヌング”の士官たちが過激分子で固められているのも、いざという時に中途半端な良心から発射をためらうことがないようにという意図がある。
「諸君、艦長として改めて命じる。発射だ」
すでに発射キーは2つとも差し込まれている。
リッセンはコンソールのパネルの鍵を開け、発射用のトリガーを取り出す。
「発射!」
そして、一呼吸置いてトリガーを引いた。
SLBM発射の知らせは、フューリー基地にももたらされていた。
航空機は全て上空に退避させることとし、他の者は核シェルターとしても機能する地下倉庫に避難した。
上部は厚さ3メートルのコンクリートと断熱材で覆われている。
核ミサイルの直撃にも耐えられるはずだった。
が…。
「警報解除!ここには落ちないぞ!」
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