閃くソトアオの翼 悪役令嬢ですけど、戦争だから悪役やってる場合じゃない! 

ブラックウォーター

文字の大きさ
40 / 64
06 反逆

泥縄の負債

しおりを挟む
01

 2020年8月28日
 
 ユニティア連邦首都、アシュトン。
 中央情報局第三小会議室。
 「まずいことになった。
 マット・オブライアンという記者、あの戦争の暗部に確実にたどり着きつつある。
 ライズインフォ本社はまだなにも言ってこないのか?」
 ユニティア中央情報局のエージェント、アンダーセンは苛立ちも露わだった。
 「なにも言ってきませんし、これからも言ってくることはないでしょう。
 今までもオブライアンが問題のある取材をしている事実はない、の一点張りでしたから」
 内務省から派遣されているエージェントが他人事のように応じる。
 メディアは内務省の所管だが、得に許可や認証を必要としないネット放送局に対して強いことは言えないというのが彼の言い分だった。
 (実際、こいつにとっては他人事か)
 アンダーセンは内心で舌打ちする。
 内務省にとっては、デウス戦争の真実が隠されようが明らかになろうが、大して腹は痛まない。
 だが、情報局にとっては組織の死活問題と言えた。
 なぜなら、国民に対してデウス戦争に関する情報を隠蔽し、嘘を重ね続けて来たのは他でもない情報局だったからだ。

 アンダーセンのキャリアは、デウス戦争までは順風満帆だった。
 いずれ情報局の理事官に出世し、そのコネを使って政界へ進出。
 そんな野望を抱いていた。
 だが、デウス国内に8発の核爆発が起きたとき、風向きは一転して向かい風へと変わった。
 金で手なずけていると思い込んでいたデウスの内通者たちが、突然ユニティア情報局の意向を無視して暴走し始めたのだ。
 SLBMの発射など、全く寝耳に水の話だった。
 そして、情報局は気づく。内通者たちの真意は、初めから自分たちを利用することにあったと。
 イカサマをしかけているつもりが、自分たちがイカサマにはめられていた。
 その責任はアンダーセンに被せられることになる。
 出世の道は閉ざされ、閑職に廻されリストラを待つか、汚れ仕事をこなしても組織に必要な存在であるかを選ぶはめになる。
 アンダーセンは後者を選び、メディアの操作や、国益にかなわない者たちへの脅迫、買収工作、時には暗殺までこなしてきた。
 デウス戦争の真実を覆い隠し、カバーストーリーを構築してきた成果はあったと自惚れてもいる。
 それらの努力が、マット・オブライアンという人間の行動で全て水泡に帰そうとしているのだ。
 「くそ!売国奴め!
 報道の自由を振りかざして平気で国益を侵害する。
 自分がなにをやっているのか全くわかっていない!」
 「俺はオブライアンじゃないよ。そう言われても仕方ないさ」
 アンダーセンの罵倒に、傍らにいた大統領補佐官が冷たく答える。
 “情報局の無能が招いた事態だろう”と言外に付け加えながら。
 実際彼の仕事は、アンダーセンとは次元が違う。
 アンダーセンがデウス戦争のカバーストーリーを最後まで守れるのなら良し。
 それができないなら、君はここまでだと告げる。
 それだけだった。
 「わかっているとも…」
 アンダーセンは、無理にでも自分を冷静にする。
 補佐官が自分をかばう気が全くないのがわかったからだ。
 デウス戦争の真実が明るみに出るようなことがあれば、アンダーセンはいよいよ用済みということになる。
 カプリ海の孤島の収容所に、裁判なしで死ぬまで収監されることになるかも知れない。
 「こうなった以上、ドラスティックな手段も止むなしと思うが、あんたらはどうだ?」
 「総論としては異議はない。
 だが、政府が関わっていると発覚するようなやり方はごめんだぞ」
 アンダーセンが言葉を選びながら問う。補佐官もまた、言葉を選びながら返答する。
 取りあえず言質を取れたアンダーセンはにやりとする。
 「それは心配ない。
 オブライアンは自分から危ない領域に踏み込んでいくだろう。
 そこでならどうにでもなる」
 自信ありげなアンダーセンに、会議室に列席する者たちは賛同も反対もしなかった。
 結果がどうなろうと、責任をとるのは自分たちではないと開き直っているのだ。
 だが、アンダーセンにとってはそれは好都合だった。
 誰も彼の邪魔をしないし、オブライアンの報道をなんとかすることができれば自分の手柄ということになる。
 とにかくオブライアンをどうにかすることが肝要。
 そう考えていた。
 彼の雇い主であるライズインフォの意向がどうあろうと、取材の当事者であるオブライアンがいなくては報道は不可能のはずだった。
 アンダーセンは頭の中で作戦を練り始めた。


 2018年10月20日

 アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地。
 「海路と空路からの同時攻撃作戦?」
 ブリーフィングルームでこれから始まる作戦の説明を受けたエスメロード・ライトナー一等空尉は、あからさまに渋面を浮かべる。
 「そうです。核攻撃というデウス軍の暴挙によって、陸路でデウス北部へ侵攻することは当面不可能となりました。
 ですが、我が国の機動部隊と、連合軍の航空隊を持ってすれば、デウス北部への同時多発攻撃が可能となります」
 いかにも幕僚畑の人間という印象のユニティア空軍の参謀が、耳につく高い声で言う。
 だが、エスメロードたちパイロットにとってはこの作戦は画餅にしか思えなかった。
 「空母打撃群2部隊では戦力が不安だ。
 カプリ海の第3艦隊と合流するか、そうでなくとも今北海にむかっているアキツィアとイスパノの合同艦隊と合流してからにすべきだろう?
 この戦力で北部の軍事拠点とエヴァンゲルブルグを制圧するのは無理だ」
 ジョージが理路整然と作戦の不備を指摘する。
 デウス軍の主力部隊は、核爆発のどさくさに紛れて北部へと逃げおおせた。
 デウス北部にたてこもるには充分な戦力がデウス軍には残されているのだ。
 敵に対して数の優位を確保する、戦力三倍の法則を、ユニティアがごり押しする今回の作戦では満たすことができないのだ。
 「ご心配なく、デウス海軍艦隊は手足を引っ込めた亀のようにキーロン湾から出てきません。
 デウス軍はたび重なる敗走に怯えています。
 連合軍とまともに事を構えるガッツはすでにありませんよ」
 「希望的観測は聞けないな」
 参謀の推測でしかない言葉をエスメロードは遮る。
 「戦力そのものが少ないこともそうだが、潜水艦による護衛が足りない。
 デウス軍の潜水艦隊は優秀だと聞く。
 空母打撃群2部隊なんか、彼らが本気になればたちまち海の藻屑だぞ?」
 エスメロードの言葉に、参謀があからさまに不愉快な顔になる。
 「口を慎んで下さい。
 我が国の機動部隊に対する侮辱はやめて頂きたい。
 対潜訓練も欠かすことなく行われています。
 一方的にやられることなどあり得ない」
 夢根拠な楽観論を並べ続ける参謀に、エスメロードは「だめだこりゃ」と肩をすくめ、ジョージと顔を見合わせる。
 恐らく、政治的な理由から軍事的な問題が無視されているのだろう。
 デウスの核攻撃によって多くの将兵が戦死したことを受けて、ユニティア国内では政府と軍に対する非難が強まっていると聞く。
 「自国への核攻撃という暴挙を実行したのはデウス軍でも、そこに至る流れを作った責任はユニティア政府と軍にもある」
 という世論の高まりを無視できなくなっている。 
 もともと、ユニティア国内でもデウスへの地上軍の投入には消極的な声が少なくなかったのだ。
 ここにきて「それ見たことか」という声が上がるのは必然だった。
 それらの非難をかわすために、短期間でわかりやすい戦果をあげて国民の機嫌を取る。
 要するにまともなビジョンなどない。国民の人気取りのための作戦というわけだ。
 「参謀殿。
 一応確認しておきたい。
 作戦は予定通りに進むのだろうな?」
 「もちろんですとも」
 航空隊指令のシュタイアー一佐の問いに、参謀は自信満々に答える。
 「では、作戦が予定通りに進まなかった場合、わがアキツィア軍は独自の行動を取らせてもらう。それでいいな」
 シュタイアーの物言いに、参謀は眉間にしわを寄せる。
 希望的観測に凝り固まっている彼にとって、作戦が予定通りに行かないなどあり得ないことなのだ。
 プランBが論じられること自体が不快らしい。
 「お好きに。
 ただし、作戦が予定通りに進んだ場合は相応の責任を取って頂きますよ」
 「いいとも」
 シュタイアーは冷静に応じる。
 その表情は、作戦の失敗を確信しているものだった。
 そして、ブリーフィングルームに集まったアキツィア自衛空軍将兵たちも、全く同意見だったのである。
 
 かくして、デウス軍に対して圧倒的な数の優位を確保するのを待たずに、拙速な作戦が強行されることとなるのである。
 それは、ギャンブルの負けをギャンブルによって取り返そうとするに等しい愚挙。
 そのことを、連合軍は身をもって知ることとなる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

処理中です...