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07 復讐の翼
インタヴュー フューリーベース
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06
2020年9月18日
アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地
マット・オブライアンは、防衛機密を理由に取材が許可されてこなかったこの基地に足を踏み入れることができていた。
衛星が落下したときにこの場所にいたアンジェラ・モラレスが、基地司令に口添えしてくれた結果だった。
前回マットが取材を申し入れたときは、今回の企画がユニティア政府のちょうちん番組だと誤解され門前払いされた。
だが、アンジェラの言葉を基地司令は信じてくれたのだ。
「彼は2年前の戦争の真実を明らかにしようとしているのです」
彼女の説得に、取材の許可を下ろしてくれたのだ。
「ガートルード・“ヘルキャット”ベイツ。
元アキツィア空軍第5航空師団第8飛行隊1番機。
“アキツィアのアマゾネス”の異名を取ったエースのひとり。
フューリー空軍基地に衛星が落下した際、“雷神”とともに出撃。
“自由と正義の翼”の飛行隊に対し、多勢に無勢の情勢の中善戦するも撃墜される。
そして、この地に眠る」
基地の敷地の外れ、焼け焦げて、青い迷彩がわずかに確認できるだけのF-2の主翼の残骸。
それが、ガートルード・ベイツというエースパイロットの唯一の残滓だった。
彼女の乗っていたF-2は空中でばらばらに飛散し、死体も確認できなかったのだ。
この主翼には、ビールやらつまみやらウィスキーの瓶やらがそなえられている。
マットも、ブランデーの小瓶をそなえてこうべを垂れる。
「アンジェラさんの口添えがあったからこうして話してるけど…。妙なこと報道されちゃ困るからなあ…」
現アキツィア空軍第5航空師団第8飛行隊1番機、ニック・ハートモア二等空尉がぼやく。
傭兵パイロットで構成される第5航空師団の中でも、特に荒くれ者だったといううわさとはだいぶ違って見える。
クルーカットにした暗めの金髪と、まくった袖から覗くタトゥー。フルミラーのサングラスもよく似合っている。
見た目はいかにもという印象だ。
だが、いささか、よく言って思慮深い、悪く言って事なかれ主義的な物言いだった。
「お忙しいところ申し訳ないとは思っています。
でも、ここで起きたことを当事者からどうしても聞きたいと思っています」
「わかってるよ。基地司令にも、あんたの質問には極力答えてやるように言われてっからさ」
ハートモアは、これまでのいきさつを語り始める。
この基地に衛星が落下したことに関しては、徹底した報道管制が敷かれた。
マスコミはこの基地で起きたことを積極的に報道しないばかりか、各国政府の隠蔽工作に協力しているむきさえあった。
たまに骨のありそうなノンフィクションライターやフリーのジャーナリストが訪ねて来て、真相を聞いてくることもあった。
「燃料の爆発事故というのはうそなのでしょう?」
「教えてもらえませんか?あの日なにがあったのか」
だが、オフレコで彼らの取材に応じたこの基地の将兵たちは失望することになる。
真相が書かれないばかりか、各国政府が書いたカバーストーリー通りに歪曲された記事が臆面もなく雑誌に載る。
はては、取材に来た者たちがいつの間にか廃業して姿を消している。
そんなことが一度ならず起こったのだ。
「表現の自由とやらなんぞ、おためごかしだと良くわかったよ。
それ以来、取材に応じるのがばかばかしくなっちまってさ。
ま、俺たちは軍人で守秘義務があるって建前もあったがな」
ハートモアが苦々しげに言う。
「メディアに圧力をかける方法なんていくらでもありますからね。
同じジャーナリストとしては恥ずかしい話ですが、恫喝に屈せずに真実を伝えるって言うのは難しい。
僕は家族もいないし出世にも興味がない、会社で冷や飯を食うことになってもかまわない。
そういう立場だから、ここまで取材できてるってだけなんです」
「へっ!
女房と娘を二目と見られない顔にするって言われて、びびらねえやつはいないってか。
理解はできるにしても、嫌な話だぜ」
ハートモアは肩をすくめる。
悪いのは、脅迫を行ってまで報道を邪魔する者たち。
それはわかるが、それによって真実がたやすく歪曲されるのは納得できないのだ。
実際、彼の上官で恋人でもあったガートルードの死は、“自由と正義の翼”との戦いの中での戦死ではなく、対空ミサイルを使ったテロに遭っての殉職とされたのだ。
「でも、僕はそうはならないと決めています。
もしあなた方に取材した内容を報道できなかったら、メディアから足を洗う予定です。
歪曲した事実を大衆に伝え続けるようなことはしたくない」
「その言葉、信じていいんだな?
俺らは傭兵だ。
戦争は仕事。名誉も勲章も興味はない。
だが、戦死をテロによる殉職と歪曲されるのはあんまりだ。
あの時はまだ講和条約は結ばれてなかったから、戦時だったはずだよな?
相手が正規軍でなくて武装ゲリラだったとしても、戦って死んだなら戦死扱いしてもよさそうなもんだ」
そこまで大きな声で言って、やり場のない怒りをぶつけるのはマットではないと気づいたらしいハートモアは言葉を句切る。
「でも、公式記録に載ったガートルードの死因は、訓練中テロに遭っての殉職ってことになってた。
連合国、とくにユニティアは、あの時点で戦争は終わってたって言い張りたかったのさ。
こっちは敵の航空隊と命がけで戦ってたってのにな。
そして、アキツィア政府も後難を怖れて真実を歪めることに同意した」
そう言ったハートモアの無念が、マットにはわかる気がした。
国家の威信やら面子やらのために、現場の兵士たちの人格は軽んじられている。
特に死んだ人間は自己主張もできないから、歪曲にはもってこいというわけだ。
「それが嫌で、僕は取材を始めたんです。
上司から言われましたよ。“取材中になにかあっても会社は無関係”だって。
それだけ真実を隠蔽しておきたい人たちが多いってことですね。
でもあなたの話を聞いて、それではいけないと改めて思いましたよ。
アキツィアのエースのひとりだった人が、敵の戦闘機と戦って戦死した。
その事実は多くの人に知られて然るべきです。
それで彼女が生き返るわけじゃないけど、彼女の名誉のために真相は明らかにされるべきだと思います」
「いいこと言うじゃねえの。
気に入ったぜ。ついてきなよ」
案内された格納庫で、マットは彼のハートモアの愛機を紹介される。
「本当はガートルードが乗るはずの機体だったんだけどな」
哀しげにそう言いながら、ハートモアはSu-57のコックピットのコンソールにイヤホンをつなぐと、マットに手渡す。
『こちらAWACS。
西北西より新たな機影を確認。所属は不明。
敵と見て間違いない。フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
『赤外線反応はあるのにレーダーの反射が小さい。
ステルス機のようです』
『わかっている。ショートレンジでしとめるぞ!
ブリュンヒルデ隊、援護せよ!』
『ブリュンヒルデ1ラジャー』
マットは、無線の会話の合間に聞こえるエンジン音や爆発音で確信する。
これは戦闘中の交信記録だ。
「これが、あの日の戦闘中の会話ですか?」
「そうだ。
ユニティアの圧力で、当時の交信記録は破棄されることが決まった。
だが、サーバーの記録は破棄しても、コピーを残して置くことまで許可しないとは命令されてない。
屁理屈だが、そういう論法で自分の機体のシステムの空き容量に隠しておいたってわけさ。
システムの中枢は外部と繋がってないからばれないし、ばれたとしてもハッキングやらなにやらで干渉するのは不可能。
破壊したけりゃハードごと壊すしかないが、空軍基地の格納庫の中でそうそうはでなことができるわけじゃない。
な、安全だろ?」
ハートモアの狡猾さに、マットは舌を巻いた。
当時の連合国は真相の隠蔽と都合のいいカバーストーリーの作成に血眼になっていた。
これぐらいしなくては記録を隠し持つことは不可能だったということだ。
「この交信記録、コピーを頂けますか?」
「もちろんだ。ソースを聞かれたら、このハートモア様だと言ってくれてかまねえぜ。
それで俺をぶち込んだりクビにしたりっていうなら、いよいよこの国にも軍にも未練はねえ。
そんな雇い主ならこっちから願い下げだ」
ハートモアはそう言いながら、機体のコンソールにスタンドアロンのノートパソコンをつなぐと、データをダウンロードし始める。
これは、連合国が嘘をついていたことの有力な証拠となるはずだった。
交信の中には、「フューリー基地」「衛星落下」「“自由と正義の翼”の航空隊」という、真相を示す言葉が何度も出て来るからだ。
「じゃ、これを託すぜ」
「ありがとうございます。
必ず真実を報道して見せます」
USBメモリを受け取りながら、マットは丁重に礼を述べる。
「まあ…俺もガートルードも褒められた人間じゃなかった。
でも、人間ですらない扱いを受けるいわれはねえ。
戦後、ユニティアの幕僚どもがずかずか基地に押しかけてきて、見舞金だの謝礼金だのって名目で、高額の小切手を押しつけようとするんだ。
ようするに口止め料だ。
そいつらをぶん殴ってやりたかった。
仲間の死、その生き様と魂まで金で買おうとするのか、ってな。
まあ、丁重にお引き取り願ったがね。
やつらを仰天させることができるなら、喜んで協力するさ」
その言葉に、マットは事前に調べた彼らの経歴を思い出していた。
ガートルードは元はユニティア空軍のパイロットだったが、降伏した敵を虐殺しようとした上官を後ろから撃墜。
軍上層部を当時のフライトレコーダーを証拠に脅迫して、不名誉除隊も軍法会議も免れたという壮絶な過去を持つ。
その後は傭兵パイロットとしてアキツィア空軍に入隊。
“アキツィアのアマゾネス”と呼ばれるまでに実力をつけた。
ハートモアは両親の顔も知らない戦災孤児で、施設に預けられて育ち、生活のために傭兵を始めた。
やがてパイロットとして頭角を現し、向こう見ずで荒っぽい飛び方で評判のガートルードについて行ける数少ないパイロットとなった。
「あなた方にも絆や仲間意識、それに愛情はあったんですね。
それを侮辱され、金で買えると思われたんだ。
怒って当然です。
“アマゾネス”の無念、きっと晴らして見せます」
そう言って、マットはハートモアと握手を交わす。
真実の歪曲と隠蔽という病根は、各国政府だけでなくメディアにも蔓延しているのが、今日の取材でわかった。
ジャーナリストのはしくれとして、見逃してはおけなかった。
ガートルード・“ヘルキャット”ベイツ。
最後までおのれの生き方を曲げず、準じた女戦士。
その荒々しさとは裏腹に、彼女は多くの人間に慕われていた。
今日も、その墓標であるF-2の主翼には、あまたの酒やつまみが備えられている。
2020年9月18日
アキツィア共和国南部、フューリー空軍基地
マット・オブライアンは、防衛機密を理由に取材が許可されてこなかったこの基地に足を踏み入れることができていた。
衛星が落下したときにこの場所にいたアンジェラ・モラレスが、基地司令に口添えしてくれた結果だった。
前回マットが取材を申し入れたときは、今回の企画がユニティア政府のちょうちん番組だと誤解され門前払いされた。
だが、アンジェラの言葉を基地司令は信じてくれたのだ。
「彼は2年前の戦争の真実を明らかにしようとしているのです」
彼女の説得に、取材の許可を下ろしてくれたのだ。
「ガートルード・“ヘルキャット”ベイツ。
元アキツィア空軍第5航空師団第8飛行隊1番機。
“アキツィアのアマゾネス”の異名を取ったエースのひとり。
フューリー空軍基地に衛星が落下した際、“雷神”とともに出撃。
“自由と正義の翼”の飛行隊に対し、多勢に無勢の情勢の中善戦するも撃墜される。
そして、この地に眠る」
基地の敷地の外れ、焼け焦げて、青い迷彩がわずかに確認できるだけのF-2の主翼の残骸。
それが、ガートルード・ベイツというエースパイロットの唯一の残滓だった。
彼女の乗っていたF-2は空中でばらばらに飛散し、死体も確認できなかったのだ。
この主翼には、ビールやらつまみやらウィスキーの瓶やらがそなえられている。
マットも、ブランデーの小瓶をそなえてこうべを垂れる。
「アンジェラさんの口添えがあったからこうして話してるけど…。妙なこと報道されちゃ困るからなあ…」
現アキツィア空軍第5航空師団第8飛行隊1番機、ニック・ハートモア二等空尉がぼやく。
傭兵パイロットで構成される第5航空師団の中でも、特に荒くれ者だったといううわさとはだいぶ違って見える。
クルーカットにした暗めの金髪と、まくった袖から覗くタトゥー。フルミラーのサングラスもよく似合っている。
見た目はいかにもという印象だ。
だが、いささか、よく言って思慮深い、悪く言って事なかれ主義的な物言いだった。
「お忙しいところ申し訳ないとは思っています。
でも、ここで起きたことを当事者からどうしても聞きたいと思っています」
「わかってるよ。基地司令にも、あんたの質問には極力答えてやるように言われてっからさ」
ハートモアは、これまでのいきさつを語り始める。
この基地に衛星が落下したことに関しては、徹底した報道管制が敷かれた。
マスコミはこの基地で起きたことを積極的に報道しないばかりか、各国政府の隠蔽工作に協力しているむきさえあった。
たまに骨のありそうなノンフィクションライターやフリーのジャーナリストが訪ねて来て、真相を聞いてくることもあった。
「燃料の爆発事故というのはうそなのでしょう?」
「教えてもらえませんか?あの日なにがあったのか」
だが、オフレコで彼らの取材に応じたこの基地の将兵たちは失望することになる。
真相が書かれないばかりか、各国政府が書いたカバーストーリー通りに歪曲された記事が臆面もなく雑誌に載る。
はては、取材に来た者たちがいつの間にか廃業して姿を消している。
そんなことが一度ならず起こったのだ。
「表現の自由とやらなんぞ、おためごかしだと良くわかったよ。
それ以来、取材に応じるのがばかばかしくなっちまってさ。
ま、俺たちは軍人で守秘義務があるって建前もあったがな」
ハートモアが苦々しげに言う。
「メディアに圧力をかける方法なんていくらでもありますからね。
同じジャーナリストとしては恥ずかしい話ですが、恫喝に屈せずに真実を伝えるって言うのは難しい。
僕は家族もいないし出世にも興味がない、会社で冷や飯を食うことになってもかまわない。
そういう立場だから、ここまで取材できてるってだけなんです」
「へっ!
女房と娘を二目と見られない顔にするって言われて、びびらねえやつはいないってか。
理解はできるにしても、嫌な話だぜ」
ハートモアは肩をすくめる。
悪いのは、脅迫を行ってまで報道を邪魔する者たち。
それはわかるが、それによって真実がたやすく歪曲されるのは納得できないのだ。
実際、彼の上官で恋人でもあったガートルードの死は、“自由と正義の翼”との戦いの中での戦死ではなく、対空ミサイルを使ったテロに遭っての殉職とされたのだ。
「でも、僕はそうはならないと決めています。
もしあなた方に取材した内容を報道できなかったら、メディアから足を洗う予定です。
歪曲した事実を大衆に伝え続けるようなことはしたくない」
「その言葉、信じていいんだな?
俺らは傭兵だ。
戦争は仕事。名誉も勲章も興味はない。
だが、戦死をテロによる殉職と歪曲されるのはあんまりだ。
あの時はまだ講和条約は結ばれてなかったから、戦時だったはずだよな?
相手が正規軍でなくて武装ゲリラだったとしても、戦って死んだなら戦死扱いしてもよさそうなもんだ」
そこまで大きな声で言って、やり場のない怒りをぶつけるのはマットではないと気づいたらしいハートモアは言葉を句切る。
「でも、公式記録に載ったガートルードの死因は、訓練中テロに遭っての殉職ってことになってた。
連合国、とくにユニティアは、あの時点で戦争は終わってたって言い張りたかったのさ。
こっちは敵の航空隊と命がけで戦ってたってのにな。
そして、アキツィア政府も後難を怖れて真実を歪めることに同意した」
そう言ったハートモアの無念が、マットにはわかる気がした。
国家の威信やら面子やらのために、現場の兵士たちの人格は軽んじられている。
特に死んだ人間は自己主張もできないから、歪曲にはもってこいというわけだ。
「それが嫌で、僕は取材を始めたんです。
上司から言われましたよ。“取材中になにかあっても会社は無関係”だって。
それだけ真実を隠蔽しておきたい人たちが多いってことですね。
でもあなたの話を聞いて、それではいけないと改めて思いましたよ。
アキツィアのエースのひとりだった人が、敵の戦闘機と戦って戦死した。
その事実は多くの人に知られて然るべきです。
それで彼女が生き返るわけじゃないけど、彼女の名誉のために真相は明らかにされるべきだと思います」
「いいこと言うじゃねえの。
気に入ったぜ。ついてきなよ」
案内された格納庫で、マットは彼のハートモアの愛機を紹介される。
「本当はガートルードが乗るはずの機体だったんだけどな」
哀しげにそう言いながら、ハートモアはSu-57のコックピットのコンソールにイヤホンをつなぐと、マットに手渡す。
『こちらAWACS。
西北西より新たな機影を確認。所属は不明。
敵と見て間違いない。フレイヤ隊、ブリュンヒルデ隊、交戦せよ!』
『赤外線反応はあるのにレーダーの反射が小さい。
ステルス機のようです』
『わかっている。ショートレンジでしとめるぞ!
ブリュンヒルデ隊、援護せよ!』
『ブリュンヒルデ1ラジャー』
マットは、無線の会話の合間に聞こえるエンジン音や爆発音で確信する。
これは戦闘中の交信記録だ。
「これが、あの日の戦闘中の会話ですか?」
「そうだ。
ユニティアの圧力で、当時の交信記録は破棄されることが決まった。
だが、サーバーの記録は破棄しても、コピーを残して置くことまで許可しないとは命令されてない。
屁理屈だが、そういう論法で自分の機体のシステムの空き容量に隠しておいたってわけさ。
システムの中枢は外部と繋がってないからばれないし、ばれたとしてもハッキングやらなにやらで干渉するのは不可能。
破壊したけりゃハードごと壊すしかないが、空軍基地の格納庫の中でそうそうはでなことができるわけじゃない。
な、安全だろ?」
ハートモアの狡猾さに、マットは舌を巻いた。
当時の連合国は真相の隠蔽と都合のいいカバーストーリーの作成に血眼になっていた。
これぐらいしなくては記録を隠し持つことは不可能だったということだ。
「この交信記録、コピーを頂けますか?」
「もちろんだ。ソースを聞かれたら、このハートモア様だと言ってくれてかまねえぜ。
それで俺をぶち込んだりクビにしたりっていうなら、いよいよこの国にも軍にも未練はねえ。
そんな雇い主ならこっちから願い下げだ」
ハートモアはそう言いながら、機体のコンソールにスタンドアロンのノートパソコンをつなぐと、データをダウンロードし始める。
これは、連合国が嘘をついていたことの有力な証拠となるはずだった。
交信の中には、「フューリー基地」「衛星落下」「“自由と正義の翼”の航空隊」という、真相を示す言葉が何度も出て来るからだ。
「じゃ、これを託すぜ」
「ありがとうございます。
必ず真実を報道して見せます」
USBメモリを受け取りながら、マットは丁重に礼を述べる。
「まあ…俺もガートルードも褒められた人間じゃなかった。
でも、人間ですらない扱いを受けるいわれはねえ。
戦後、ユニティアの幕僚どもがずかずか基地に押しかけてきて、見舞金だの謝礼金だのって名目で、高額の小切手を押しつけようとするんだ。
ようするに口止め料だ。
そいつらをぶん殴ってやりたかった。
仲間の死、その生き様と魂まで金で買おうとするのか、ってな。
まあ、丁重にお引き取り願ったがね。
やつらを仰天させることができるなら、喜んで協力するさ」
その言葉に、マットは事前に調べた彼らの経歴を思い出していた。
ガートルードは元はユニティア空軍のパイロットだったが、降伏した敵を虐殺しようとした上官を後ろから撃墜。
軍上層部を当時のフライトレコーダーを証拠に脅迫して、不名誉除隊も軍法会議も免れたという壮絶な過去を持つ。
その後は傭兵パイロットとしてアキツィア空軍に入隊。
“アキツィアのアマゾネス”と呼ばれるまでに実力をつけた。
ハートモアは両親の顔も知らない戦災孤児で、施設に預けられて育ち、生活のために傭兵を始めた。
やがてパイロットとして頭角を現し、向こう見ずで荒っぽい飛び方で評判のガートルードについて行ける数少ないパイロットとなった。
「あなた方にも絆や仲間意識、それに愛情はあったんですね。
それを侮辱され、金で買えると思われたんだ。
怒って当然です。
“アマゾネス”の無念、きっと晴らして見せます」
そう言って、マットはハートモアと握手を交わす。
真実の歪曲と隠蔽という病根は、各国政府だけでなくメディアにも蔓延しているのが、今日の取材でわかった。
ジャーナリストのはしくれとして、見逃してはおけなかった。
ガートルード・“ヘルキャット”ベイツ。
最後までおのれの生き方を曲げず、準じた女戦士。
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