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1話 巡り始める
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気が付けばここにいた。見渡しても特に何も無く、見覚えのない平野だった。さっきまで何をしていたか、どこにいたのかよくわからない。学校で授業を受けていたのか、バイト中だったか、家でゴロゴロと何もしていなかったのか。ポケットには財布も携帯電話もなかった。
何が起きてるのかわからず、いつもの生活とはかけ離れた状況に僕はこれを夢だと判断をした。
「明晰夢って本当にあるんだなぁ。」
とりあえず、歩こう。
どれくらい歩いたか、周りには木々か生い茂っていた。普段ならこんな知りもしない森にずかずかと入ったりなんかしないけれど、せっかくたくさん歩いてたどり着いたのに引き返すのも嫌だったし、それにそもそも夢だからと危機感なんてものはまるで無かった。
腹を裂かれ左腕を千切られるまでは。
残った右腕でお腹を押さえ、僕は走る。森の中で見かけた人影に声をかけると、いつの間にかそれは僕の前にいて、驚くとともに腹部が熱くなるのを感じた。目をやると白地でシンプルな僕のシャツの腹部には裂け目が入り、赤に染まっていた。
原因が目の前の彼だと理解する前に、それは作物を採るかのように僕の左腕に手をかけて千切る。突然の出来事に痛みと恐怖が追いつくと僕はフラフラと後退り、膝をついてへたりこんだ。そこで助けを乞うようにはじめて彼の顔を見ると、それは人と呼ぶにはあまりに異形で、僕の知っているものに例えるなら、それは鬼だった。
僕は死ぬのか。
状況の理解は及ばずもはや諦念を浮かべる僕に鬼は歩み寄り、見据えた。
その行動に何の意味があるのかわからなかったけれど、その目線はいつのまにか僕に合っていないように思えた。
僕ではなく、僕の後方。鬼が目を向ける僕の後ろに何があるのかは当然わからない。わからないけれど、今だと思った。
僕は立ち上がり右へ駆け、鬼から逃げ出した。
血が流れ続けるお腹を右手で押さえながら木々を避け走った。今僕がこうして走って逃げられているということは、鬼は僕を追いかけてはいないんだろう。目で追うことすらできないほどあいつは速く、加えて僕は手負いだ。追っているならば僕はもう捕えられているはず。
だけどこんなところで止まっていられない、少なくともこの森を出て誰かに助けを求めるんだ。しかしそんな思いとは裏腹に視界は暗くなり意識は遠くなっていく。僕は立ち止まり、木にもたれて座り込んだ。
肘から先が無くなった左腕と裂かれた腹部から血が流れるのを見て、小さい頃によく鼻血を出していたのを思い出した。日差しの強い日に気付けば出していたり。押さえていても鼻血がなかなか止まらずにいると、このまま血が無くなって死ぬんじゃないかと当時は考えたりしたけれど、今はきっと本当に死んでしまうんだろう。
走り出してからは感じていなかった痛みも再びやってきた。死にたくないと咄嗟に逃げ出したけれど、あのまま首でも飛ばされていた方が楽だっただろうに。全くさんざんな夢だ。こんなの夢であってもらわないと困るが。
遠のく意識の中ではやく目が覚めろと願ったとき。
「良い匂いがすると思ったのに、あなた誰?」
女性の声が聞こえた気がした。
――――――――――――――――――――――――――――
「知らない天井だ。」
僕は呟いた。自分史上最悪の夢からやっと覚めたと思ったら、そこは自分の部屋ではなかった。8畳程の簡素な部屋。窓の傍には椅子に腰掛けている女性がいた。20歳前後だろうか。視線を向けていると彼女は僕に気付いた。
「起きた?」
彼女もうたた寝をしていたのか開ききらない瞳で僕に声をかける。彼女はそんな間抜けた顔ですら綺麗で、なんだか気圧された。
「まぁ」
悪夢から覚めたにもかかわらず、相変わらず続く状況の訳分からなさから適当に返事をしてしまう。
「元気?」
「まぁ、うん」
「そう、よかった」
彼女は椅子ごと僕が寝ているベッドの側に移動して座った。その動作が少しぎこちなく思えたが、その理由は彼女の身体を見るとすぐにわかった。
彼女には左腕がなかった。
「あの、ここは?」
聞きたいことはたくさんあったがとりあえず彼女に問うと
「サルハミの宿よ」
正直何それとは思ったが口をつぐむ。初対面だし、というより目の前にした彼女が綺麗すぎて返す言葉が出なかった。
「あなたあそこに何しに行ったの?」
次は何を聞こうかと決める前に彼女から問われた。
「あそこって?」
「森のことに決まってるでしょ」
これはさっきの夢の話?
「この世界でオノキの森に入るなんてイカれた馬鹿か何も知らない赤子くらいよ」
「目的は特に、ただ入っただけで」
「イカれた馬鹿なの?」
「危ないだなんて知らなかったんだ」
彼女はやっぱりとでも言いたげな目で僕を見つめた。
「死なずにすんでよかったわね」
僕が鬼に襲われた話を知っているかのような彼女。
「すごく込み入った夢を見てるみたいです」
「夢?何が?」
「この今の状況が。鬼に襲われる夢から覚めたと思ったら綺麗なお姉さんとおしゃべりする夢が始まって」
なんだか映画を思い出す。
「あなたが森で襲われて死にかけたのも、今綺麗で美しい私とおしゃべりしてるのも全部現実よ」
彼女は諭すように続ける。
「この世界はあなたにとって異世界。信じられないかもしれないけど、あなたも夢じゃないことくらいは本当はわかってるでしょう」
僕にとって異世界?何を言っているんだ、と言い返したかった。けれど森まで歩いたときの疲労感、襲われ感じた痛みと恐怖、流れ出る自分の血、今肌に感じるシーツの感触、全てがリアル過ぎる。
僕は夢だ夢だと自分に言い聞かしているだけだった。
でもあの森で鬼に殺されかけたというのはやはりおかしい。
「あれが現実だったらこんなに元気なわけないよ。お腹は切られてたくさん血を流したし、左腕はそもそも千切られたんだ。」
僕は証拠とばかりに左腕を彼女に見せつけた。細く、白い綺麗な腕を。
咄嗟に右腕を見た。それは10数年共に成長し過ごしてきた見慣れた右手だった。
もう一度左手を見た。鍵盤の白黒に映えるだろうピアニストのような指。明らかに僕の手ではなく、それは目の前にいる右手しかない女性にこそ似合う左手だった。
「貸してあげたのよ」
困惑する僕に彼女は言う。
「貸すって、どういうこと・・・?」
「あなた死にそうだったから」
「わけわかんないよ」
僕が死にそうだったから文字通りに手を貸したって?
「私、傷を負ってもすぐに治るのよ。不死身ではないんだけど。」
彼女は右手の親指に口をつけて噛み、その傷口を僕に見せた。
「ほら」
親指のお腹に出来た傷からは赤い血が滲み出ていたが、その雫は重力に逆らって傷口に戻っていく。赤が見えなくなる頃には親指に傷はなかった。
「どういうこと…?」
「さっき傷ついても治るって言ったでしょう。」
言ったけど…
「この私の力を左腕と一緒に貸してあげたってことよ」
助けてもらったことには変わりないんだろうけど、方法が特殊過ぎて納得が追いつかないし、異世界だとかわからないことが多すぎる。
それでも言っておかなければならない気がした。
「ありがとう」
彼女がいなければ僕はきっとあそこで死んでいたから。
「気分でしただけのことだからお礼はいらないわ。」
彼女は口角をすこし上げた表情で言う。気分で知らない人に自分の腕ひっつけたりするかな。
「色々考えたいことがあるでしょうけど」
彼女は小首をかしげ、見た目からは少し幼くも感じる表情で言う。
「お腹空かない?」
――――――――――――――――――――――――――――
「おいしい?」
僕が寝ていた部屋は宿屋の1室だったようで、部屋を出て階段を下りると1階には料理店が併設されていた。色白の美人と2人で食事。日本ではしたことないのにまさか異世界でこんないい思いをするなんて。料理も僕の知らない謎の魚の香草焼きではあったけれど美味しい。
「おいしいよ」
パンを主食にランチを過ごしながら彼女は顛末を語ってくれた。
散歩中に血を流す僕を偶然見つけ、気分がよかったために傷を治す力を持つ自分の腕を僕に移植することで助けてくれたらしい。
「助けたというか、私は手を貸してあげただけで傷を治したのはあなた自身よ」
と白身魚をフォークでつつきながら彼女は言っていたが違いがよくわからなかった。
そして命を取り留めた僕を抱えてこの町にまで運び宿で寝かせてくれていたという。
どうして僕にそこまでしてれるのか、彼女は何者なのかと聞いたけれど彼女は軽く唇を尖らせただけで答えてはくれなかった。
「それでこれからどうするの?」
僕より先に食べ終わった彼女は僕に問う。
「どうするって言われてもなぁ」
「帰りたくないの?」
「そりゃ帰りたいよ」
「じゃあ、あなたをこの世界に呼んだ『時の魔女』を探さないとね」
なにそれ。
「時の魔女?」
「あなたを呼び寄せた犯人ね。推測だけど。」
「何でその魔女が僕を呼んだってわかるの?」
「だって異世界から人が来るなんてそれくらいしかないでしょ。それで、そんな芸当ができるのは時空を操る時の魔女だけでしょ?」
僕はその魔女とやらを知らないからその理論で納得するのはちょっと難しい。
「魔女は何のために僕を?」
「そんなの本人に聞けばいいじゃない。」
えぇ…
「じゃあ、その人はどこに?」
「知らない。そもそもいるかどうか。」
えぇ…!?
「さっきまでの話はなんだったの!?」
もはや憶測ですらないレベル。
僕の声なんて聞こえてないのか水をぐっと飲み干して彼女は立ち上がる。
「じっとしてたって帰られやしないんだから」
「ちょ、待って」
聞こえているはずなのに彼女は出口へと向かい歩き始める。
「行くわよ」
「待ってってば!」
このときにはもう気まぐれな彼女と僕の『時の魔女』を探す、巡り廻る異世界の旅は始まっていたんだと思う。
何が起きてるのかわからず、いつもの生活とはかけ離れた状況に僕はこれを夢だと判断をした。
「明晰夢って本当にあるんだなぁ。」
とりあえず、歩こう。
どれくらい歩いたか、周りには木々か生い茂っていた。普段ならこんな知りもしない森にずかずかと入ったりなんかしないけれど、せっかくたくさん歩いてたどり着いたのに引き返すのも嫌だったし、それにそもそも夢だからと危機感なんてものはまるで無かった。
腹を裂かれ左腕を千切られるまでは。
残った右腕でお腹を押さえ、僕は走る。森の中で見かけた人影に声をかけると、いつの間にかそれは僕の前にいて、驚くとともに腹部が熱くなるのを感じた。目をやると白地でシンプルな僕のシャツの腹部には裂け目が入り、赤に染まっていた。
原因が目の前の彼だと理解する前に、それは作物を採るかのように僕の左腕に手をかけて千切る。突然の出来事に痛みと恐怖が追いつくと僕はフラフラと後退り、膝をついてへたりこんだ。そこで助けを乞うようにはじめて彼の顔を見ると、それは人と呼ぶにはあまりに異形で、僕の知っているものに例えるなら、それは鬼だった。
僕は死ぬのか。
状況の理解は及ばずもはや諦念を浮かべる僕に鬼は歩み寄り、見据えた。
その行動に何の意味があるのかわからなかったけれど、その目線はいつのまにか僕に合っていないように思えた。
僕ではなく、僕の後方。鬼が目を向ける僕の後ろに何があるのかは当然わからない。わからないけれど、今だと思った。
僕は立ち上がり右へ駆け、鬼から逃げ出した。
血が流れ続けるお腹を右手で押さえながら木々を避け走った。今僕がこうして走って逃げられているということは、鬼は僕を追いかけてはいないんだろう。目で追うことすらできないほどあいつは速く、加えて僕は手負いだ。追っているならば僕はもう捕えられているはず。
だけどこんなところで止まっていられない、少なくともこの森を出て誰かに助けを求めるんだ。しかしそんな思いとは裏腹に視界は暗くなり意識は遠くなっていく。僕は立ち止まり、木にもたれて座り込んだ。
肘から先が無くなった左腕と裂かれた腹部から血が流れるのを見て、小さい頃によく鼻血を出していたのを思い出した。日差しの強い日に気付けば出していたり。押さえていても鼻血がなかなか止まらずにいると、このまま血が無くなって死ぬんじゃないかと当時は考えたりしたけれど、今はきっと本当に死んでしまうんだろう。
走り出してからは感じていなかった痛みも再びやってきた。死にたくないと咄嗟に逃げ出したけれど、あのまま首でも飛ばされていた方が楽だっただろうに。全くさんざんな夢だ。こんなの夢であってもらわないと困るが。
遠のく意識の中ではやく目が覚めろと願ったとき。
「良い匂いがすると思ったのに、あなた誰?」
女性の声が聞こえた気がした。
――――――――――――――――――――――――――――
「知らない天井だ。」
僕は呟いた。自分史上最悪の夢からやっと覚めたと思ったら、そこは自分の部屋ではなかった。8畳程の簡素な部屋。窓の傍には椅子に腰掛けている女性がいた。20歳前後だろうか。視線を向けていると彼女は僕に気付いた。
「起きた?」
彼女もうたた寝をしていたのか開ききらない瞳で僕に声をかける。彼女はそんな間抜けた顔ですら綺麗で、なんだか気圧された。
「まぁ」
悪夢から覚めたにもかかわらず、相変わらず続く状況の訳分からなさから適当に返事をしてしまう。
「元気?」
「まぁ、うん」
「そう、よかった」
彼女は椅子ごと僕が寝ているベッドの側に移動して座った。その動作が少しぎこちなく思えたが、その理由は彼女の身体を見るとすぐにわかった。
彼女には左腕がなかった。
「あの、ここは?」
聞きたいことはたくさんあったがとりあえず彼女に問うと
「サルハミの宿よ」
正直何それとは思ったが口をつぐむ。初対面だし、というより目の前にした彼女が綺麗すぎて返す言葉が出なかった。
「あなたあそこに何しに行ったの?」
次は何を聞こうかと決める前に彼女から問われた。
「あそこって?」
「森のことに決まってるでしょ」
これはさっきの夢の話?
「この世界でオノキの森に入るなんてイカれた馬鹿か何も知らない赤子くらいよ」
「目的は特に、ただ入っただけで」
「イカれた馬鹿なの?」
「危ないだなんて知らなかったんだ」
彼女はやっぱりとでも言いたげな目で僕を見つめた。
「死なずにすんでよかったわね」
僕が鬼に襲われた話を知っているかのような彼女。
「すごく込み入った夢を見てるみたいです」
「夢?何が?」
「この今の状況が。鬼に襲われる夢から覚めたと思ったら綺麗なお姉さんとおしゃべりする夢が始まって」
なんだか映画を思い出す。
「あなたが森で襲われて死にかけたのも、今綺麗で美しい私とおしゃべりしてるのも全部現実よ」
彼女は諭すように続ける。
「この世界はあなたにとって異世界。信じられないかもしれないけど、あなたも夢じゃないことくらいは本当はわかってるでしょう」
僕にとって異世界?何を言っているんだ、と言い返したかった。けれど森まで歩いたときの疲労感、襲われ感じた痛みと恐怖、流れ出る自分の血、今肌に感じるシーツの感触、全てがリアル過ぎる。
僕は夢だ夢だと自分に言い聞かしているだけだった。
でもあの森で鬼に殺されかけたというのはやはりおかしい。
「あれが現実だったらこんなに元気なわけないよ。お腹は切られてたくさん血を流したし、左腕はそもそも千切られたんだ。」
僕は証拠とばかりに左腕を彼女に見せつけた。細く、白い綺麗な腕を。
咄嗟に右腕を見た。それは10数年共に成長し過ごしてきた見慣れた右手だった。
もう一度左手を見た。鍵盤の白黒に映えるだろうピアニストのような指。明らかに僕の手ではなく、それは目の前にいる右手しかない女性にこそ似合う左手だった。
「貸してあげたのよ」
困惑する僕に彼女は言う。
「貸すって、どういうこと・・・?」
「あなた死にそうだったから」
「わけわかんないよ」
僕が死にそうだったから文字通りに手を貸したって?
「私、傷を負ってもすぐに治るのよ。不死身ではないんだけど。」
彼女は右手の親指に口をつけて噛み、その傷口を僕に見せた。
「ほら」
親指のお腹に出来た傷からは赤い血が滲み出ていたが、その雫は重力に逆らって傷口に戻っていく。赤が見えなくなる頃には親指に傷はなかった。
「どういうこと…?」
「さっき傷ついても治るって言ったでしょう。」
言ったけど…
「この私の力を左腕と一緒に貸してあげたってことよ」
助けてもらったことには変わりないんだろうけど、方法が特殊過ぎて納得が追いつかないし、異世界だとかわからないことが多すぎる。
それでも言っておかなければならない気がした。
「ありがとう」
彼女がいなければ僕はきっとあそこで死んでいたから。
「気分でしただけのことだからお礼はいらないわ。」
彼女は口角をすこし上げた表情で言う。気分で知らない人に自分の腕ひっつけたりするかな。
「色々考えたいことがあるでしょうけど」
彼女は小首をかしげ、見た目からは少し幼くも感じる表情で言う。
「お腹空かない?」
――――――――――――――――――――――――――――
「おいしい?」
僕が寝ていた部屋は宿屋の1室だったようで、部屋を出て階段を下りると1階には料理店が併設されていた。色白の美人と2人で食事。日本ではしたことないのにまさか異世界でこんないい思いをするなんて。料理も僕の知らない謎の魚の香草焼きではあったけれど美味しい。
「おいしいよ」
パンを主食にランチを過ごしながら彼女は顛末を語ってくれた。
散歩中に血を流す僕を偶然見つけ、気分がよかったために傷を治す力を持つ自分の腕を僕に移植することで助けてくれたらしい。
「助けたというか、私は手を貸してあげただけで傷を治したのはあなた自身よ」
と白身魚をフォークでつつきながら彼女は言っていたが違いがよくわからなかった。
そして命を取り留めた僕を抱えてこの町にまで運び宿で寝かせてくれていたという。
どうして僕にそこまでしてれるのか、彼女は何者なのかと聞いたけれど彼女は軽く唇を尖らせただけで答えてはくれなかった。
「それでこれからどうするの?」
僕より先に食べ終わった彼女は僕に問う。
「どうするって言われてもなぁ」
「帰りたくないの?」
「そりゃ帰りたいよ」
「じゃあ、あなたをこの世界に呼んだ『時の魔女』を探さないとね」
なにそれ。
「時の魔女?」
「あなたを呼び寄せた犯人ね。推測だけど。」
「何でその魔女が僕を呼んだってわかるの?」
「だって異世界から人が来るなんてそれくらいしかないでしょ。それで、そんな芸当ができるのは時空を操る時の魔女だけでしょ?」
僕はその魔女とやらを知らないからその理論で納得するのはちょっと難しい。
「魔女は何のために僕を?」
「そんなの本人に聞けばいいじゃない。」
えぇ…
「じゃあ、その人はどこに?」
「知らない。そもそもいるかどうか。」
えぇ…!?
「さっきまでの話はなんだったの!?」
もはや憶測ですらないレベル。
僕の声なんて聞こえてないのか水をぐっと飲み干して彼女は立ち上がる。
「じっとしてたって帰られやしないんだから」
「ちょ、待って」
聞こえているはずなのに彼女は出口へと向かい歩き始める。
「行くわよ」
「待ってってば!」
このときにはもう気まぐれな彼女と僕の『時の魔女』を探す、巡り廻る異世界の旅は始まっていたんだと思う。
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