マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき

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第六章 籠の中の鳥は

第十二話

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 姉弟のその不可解な行動に呆気に取られている屋代達を樹は傍へ呼ぶ。
 「この人形、新品なのを確認してもらっていいですか?」
 「あ、ああ、確かに傷一つない新品に見える。一体何を始めようというんだ?」
 「では、少し離れていてもらえますか?危ないかもしれないので」
 「危ないだぁ?」
 言われた通り屋代達は数歩後ろへ下がると、樹は人形の前にしゃがみ込み数秒手をかざした。
 「始まるわよ」
 屋代達の横に立つ舞果がそう言うと、人形の手足がピクリピクリと動き始め、胸は小さく脈を打ち出す。人形は立ち上がるとカタカタと歪な歩き方で腕を振り回しながら、屋代達に向かい進んで行く。その様子を見た真琴と屋代は驚愕する。
 「やや、屋代さん!う、動いてますよ!?ただの人形が!」
 「確かに動いてるが・・・。樹、これは手品か何かか!?」
 その問いに樹は首を横に振る。人形は柱と繋がる麻紐を、今にも引きちぎらんばかりにその不気味な歩みを止めない。尚も屋代達を目指し進もうとしている。困惑する二人の横で、樹は腕時計に目を落とすと、
 「そろそろ止まるはずです」
その言葉通り、人形は腕を振り上げた格好のままピタリと止まり、その場に転がり静止した。樹は人形に括った麻紐を解き、拾い上げた人形を屋代達の前に差し出した。
 「見えますか?この独特な摩耗跡が」
 「ああ、これは確かにあれと似たものだ。それより、俺たちは今何を見せられたんだ!?」
 「樹さん、どーやって動かしたんですか?それに何だか今の初めて見た気がしないような・・・・」
 真琴のその違和感を拭う様に、今度は舞果が話し始める。
 「確かに、真琴さんは初めてではないかもしれないわね。私達は人形に人間の記憶を入れられるの。そして今見てもらった現象は、生き人形。私達はそう呼んでいるわ」
 「僕らもこの現象を実際確認したのはつい最近で、人間の記憶を一体の人形に二つ以上入れると勝手に動き出すみたいなんです」
 真剣に話す姉弟を前に、理解の追いつかない屋代は何かの冗談だろうと捉え、笑い混じりに姉弟に聞き返す。
 「待て待て、話がさっぱり見えん。記憶を入れる?生き人形?一体何の話をしているんだ?そんな冗談はいいから、仕掛けを明かしてくれ」
 至って真面目に樹は答える。
 「どういう仕掛けなのかは僕らだって知りたいですよ。人形を縛ったのは、記憶を提供した人間以外には敵対行動をとる事が分かったからです。詳しい理由はまだわかりませんが」
 「あーもう、何が何だか・・・。日笠、任せるぞ」
 「えっと、お二人の話を全部信じるとして、初めて会ったあの日、私の人形恐怖症を治してくれたのも、その能力のようなものと関係があるのですか?」
 真琴の問いかけに樹と舞果は小さく頷く。
 「あの時、僕がした事。それは真琴さんがトラウマの原因として抱えていた記憶の一つを、人形に移したんです」
 「真琴さんがあの日お迎えした子。あの子が今はあなたの怖い記憶の肩代わりしているから、覚えていないでしょうけど。真琴さん、あなた小さいとき一度、生き人形に襲われているのよ。つまり人形殺人との何らかの関りがあるかもしれないわ」
 「え?私がですか?」
 再び困惑する真琴達を、舞果は、
 「詳しい事は座って話をしましょう」
 テーブルを囲み落ちついたところで、姉弟はこの不思議な力と事件の推測について二人に聞かせた。

 まだ少し疑った様子で姉弟を見ながら頭を抱える屋代の横で、真琴は状況を飲み込みつつあった。
 「つまり話を整理すると、生き人形と化した人形に残る摩耗跡から考えるに、人形殺人で残された人形は何らかの象徴ではなく、殺人の道具そのものの可能性があると。そして本来、人形に残るはずの記憶が消えていた事から、犯人もお二人同様、特殊能力を持っているかもしれないと考えている。こんなところでしょうか?」
 「日笠、俺は何を信じたらいいんだ?長年刑事をやってきて、定年間際でこんな超常現象紛いの事に付き合わされるとは思ってもみなかったぞ・・・・」
 「俄かには信じがたいかもしれませんが、我々は出来る事をしましょう。お二人が嘘をついているとも、とても思えませんし。何より今の話、合点がいくと思いませんか?」
 「確かにな。ほとんど証拠を残さない犯行といい、竹田死亡の件といい」
 「それなんですが、留置所の窓枠に何かが這ったような跡があって、あの人形にも土埃が付いていたのが気になったんです」
 「人間にとっては密室、だが人形なら・・・か」
 「あの、樹さんに舞果さん。生き人形というのは自由に操れるものなのですか?」
 姉弟は首を横に振った。
 「僕らの把握している限りでは無作為に暴れるだけで、離れた場所から対象者を狙って襲わせるのは難しいんじゃないでしょうか。もっと研究を進めるつもりではいますけど」
 「遠隔操作できるとしたら相当恐ろしいものね。足の付かない殺人なんてやりたい放題でしょうね」
 「今回の留置所の件で残された人形って、僕らが見る事は出来ないですかね?」
 樹の要望に真琴は横で考え込む屋代に返事を仰ぐ。
 「捜査中の事件だから難しいが、なんとかしよう。ただし、正規のルートでってのは厳しい。お前ら一般人だしな。考えといてやるからそれなりの心の準備をしておけ」
 協力的な姿勢を見せた屋代の顔を、真琴は少し嬉しそうに覗き込む。
 「屋代さんも、少しは信じ始めましたか?」
 「馬鹿言え日笠、俺はまだ全部は信じちゃいねーよ。ただ、山納の子供が人形殺人解決に一役買ったのなら、捜査の半ばで逝っちまったあいつの、何かしらの意志じゃねぇかと思っちまって」
 「亡くなった人の意志だなんて、屋代さんもちょっとはそういうの信じてるじゃないですか」
 「はは、お前も中々生意気な口きくようになったじゃねぇか」
 姉弟は浮かない表情になると、樹が屋代に切り出す。
 「その父の事もなんですが、実家であった心中放火事件の詳細を聞きたかったんです。どういう経緯で心中事件という結論に至ったのか。それと兄さんに何か問題行動が無かったか知りたくて」
 「兄貴に何か思うところでもあったのか?」
 「この前返してもらった人形、あれに入っていた記憶は、僕らの両親が兄さんに手を掛けていた光景でした。両親がそこまでした理由が僕らには未だに分からなくて・・・。もしかすると、兄さんは何か恐ろしい秘密を抱えていたのかと思うと・・・・」
 「そうか。家族が何を抱えていたか解き明かす手掛かりになるかは分からないが、後で当時の捜査資料のコピーを持って来てやる。当時の捜査手法には俺も気に食わん所が色々あってな。俺の知っている事であれば何でも話そう」
 舞果が屋代と真琴の空になったティーカップを見て紅茶のおかわりを勧めると、真琴は時間を気にして遠慮した。席を立つ屋代達に樹が言いかける。
 「あの、今日ここで見聞きしたことは・・・・」
 「誰にも言わねぇよ。それにこんな嘘みたいな話、職場で喋ったら精神鑑定でクビになっちまう」
 「あはは・・・、そうですね。樹さん達も犯人がどこにいるか分からない以上、気を付けて下さいね」

 屋代達は工房をでる。車へと向かう途中、真琴は立ち止まり見送る姉弟の方へ振り返る。
 「えっと、私が買った人形、う、動き出したりしないですよね!?」
 樹はそれは心配ないと笑顔で伝えると、彼女は胸をなでおろした様子で去って行った。

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