マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき

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第八章 眼

第十六話

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 住宅街から少し離れた雑木林に挟まれるように、その廃病院は今も建っていた。所々朽ちて荒らされてはいるものの、元の造りはしっかりしていたようで、使われなくなってから三十年程は経っているが人が入れる程の強度は残っているようだった。

 中に入ると外の茹だるような暑さに対して、カビ臭く湿った生ぬるい空気が満ち、薄暗い建物の中のあちこちの染みや錆が廃墟独特の不気味さを引き立てている。
 四人は奥に進んで行くと、大量の古びた資料が残る保管室の様な部屋にたどり着いた。姉弟はここが先ほど葛丘亮太が話していた、男を見た場所だと二人に教える。すると樹は更に建物内を探索したいと申し出ると、
 「竹田殺害現場の人形に入っていた記憶。あれで見た場所もここなのか、ちょっと確かめたいんです」
 そういう樹を舞果は心配する。
 「一人で大丈夫なの?」
 「これだけの資料の山だし、三人で先調べててよ。少し見てくるだけだからさ。あ、姉さんこれ」
 樹は先ほど亮太の記憶を入れた人形を、舞果に渡すと部屋を出る。三人は長年放置され、荒らされた形跡のあるカルテなどに手を付けだす。ただ、亮太の見た男が何者で何を調べていたのか分からない以上、三人には意味のない個人情報が並ぶだけで、途方に暮れそうになる。
 
「奴がここで男を目撃したのは、人形殺人が途絶えた頃だ。そいつが事件の犯人だとしたら、ここに何があるっていうんだ?」
 屋代はそう呟きながら、気になる資料がないか手当たり次第に目を通す。すると舞果が二人に、
 「樹がこの子に保存した記憶で、ある程度の場所を見当を付けて探してみましょう?」
 舞果は人形片手に記憶を呼び出しながら部屋を歩くと、ある棚の前で止まった。
 「この辺りを調べるの手伝ってもらってもいいかしら?ここの前で例の男が何か呟いているのよ」
 そう舞果に言われ、二人は棚にある箱をいくつか降ろす。箱の中には多くのファイルが並び、それには管理番号と患者名のタグが付けてある。ファイルを手に取り開くと、中の紙には虫食い跡が多く付いており、所々変色もしているのが時の流れを感じさせた。
 いくつか調べる中、真琴はある箱で違和感を感じた。ファイルの並び順が一部だけ不揃いなのだ。そしてそこに目をやると、舞果達の母の名前を見つける。
 「舞果さん、これってお母さんのカルテじゃないですか?ここだけ並び順が違ったのが気になって」
 舞果は真琴の近くへ歩み寄り、その母のカルテを手にする。そこに丁度、樹が戻ってきた。

 「二階に例の記憶と同じ部屋がありました。ここに竹田を殺した犯人が来ていた可能性があります。何か思い入れのある場所なんでしょうか・・・・」
 皆に報告を伝える樹に向かって舞果は手招きをする。
 「樹、人形を持った男が調べていた辺りに、母さんのカルテがあったわ」
 「母さんの?」
 真琴が気になった違和感を箱の中身を見せながら樹に伝える。
 「この部分、星与さんのカルテを中心に、数冊のファイルだけが順番がバラバラで戻されています。もし、星与さんの情報だけが目当てなら、タグに名前も書いてありますし、ちょっと不自然です。先ほどから見ていて分かったのですが、この辺の箱のものは、ここで出産があった日付順で管理されてたみたいなんです」
 舞果は少し考えながら、
 「つまり、母さんと同時期に出産した人物に、この男は用があったのかしら?」
 樹もそれを聞き、
 「もしくは生まれた子供の方か」
と、続けた。舞果は母親の事が書かれたカルテを捲ると、一通り目を通す。

 「母さん、兄さんを産むとき一時意識不明になったのね・・・・。難産だったとは聞かされていたけど、私たちを産むときも不安だったでしょうね」
 「父さんって確か、兄さんの時も僕らの時も、仕事で出産には立ち会えなかったって言ってたっけ」
 真琴はそんな二人の母の気持ちを想像して声を掛ける。
 「一人で心細かったでしょうね。まさに母は強しです」

 三人が話していると、屋代はその順番がズレたファイルを調べていた。するとその中の一冊に目が留まった。
 「ん?この名前どっかで・・・・。思い出せん、年だな」
 「昨日の夜、何食べました?」
 「からかうんじゃねぇ、日笠」
 ため息をつきながら、屋代は手帳を取り出すとその名前をメモすると、
 「さて、他に手掛かりになりそうなものは無さそうだし、戻るとするか。ここはカビ臭くてたまらん」
 そうして去っていく四人。この時は誰一人気づかなかった。天井の隅の闇の中の小さな人影。漆黒に浮かび上がる二つの眼は、彼らを見ていた。


 帰りの車の中で樹が何気なく屋代に尋ねる。
 「ところで屋代さんって、どうしてそんなに人形殺人にこだわるんですか?」
 真琴も運転しながら助手席に座る屋代へ続けて聞く。
 「そういえば、一度も聞いた事無いですね。私も知りたいです」
 屋代は何かを思い出したのか、夕日が眩しかったのかはわからないが顔をしかめた。
 「別に面白れぇ話じゃねぇからよ・・・。ま、でもせっかくだし話してやるか」
 そう言うと仕方なさそうに少しづつ語り始めた。


 屋代 つとむ。仕事熱心で警察では現場第一主義を掲げている。現場から遠ざかってしまうような昇進は、自ら避けてきた男だ。
 仕事にかまけているようだが、結婚はしていて妻とも仲は良い。しかしながら、二人の間には子供はいなかった。その代わり、現在可愛がっているのは、いつからか家に居着いた三毛猫が一匹。
 その猫が家にやって来る大分前の事、屋代夫妻には家族ぐるみで仲良くしていた近所の家族が居た。そこの家には幼い姉妹がいて、屋代夫婦はその姉妹を自分の子供の様に大事に思っていた。
 だがある日、その家を訪ねに行った屋代の妻は、息を切らして青ざめた顔で家へと戻ってきたのだった。屋代が妻から話を聞き、家に駆けつけるとそこは地獄絵図だった。
 室内の壁や床を真っ赤に染め上げる、親しかった者達の血液。幼い姉妹は皮一枚で首が胴と繋がっていた。屋代は声にならない声を上げ、血だまりの中に膝から崩れ落ちた。
 その様子をあざ笑うかのように、無垢な笑みを浮かべた幼子を模した人形が鉈を握り、一家の死体が転がる真ん中で座っていたのだった。
 それが二件目の人形殺人だと解ると、事件解決を胸に誓ったらしい。


 そんな話を聞いた真琴は、葛丘亮太が子供に手を出した事が分かった時の、屋代の感情的な行動を思い納得した。

 続けて屋代は語る。
 「その後も一年半ほどで五件。必ず一家皆殺しにするのが奴のスタイルだ。なのにそれほどの奴が、ある時ぱたりと犯行を止めた。とにかく俺は奴を捕まえたかった。不謹慎かもしれないが、また事件を起こしてくれないかと思ったこともあった。それだけ犯人に繋がる証拠が無かったんだ。どこかでミスを犯せ、そう願った」

 樹は軽々しく聞いてしまった事を詫びると、屋代は気にするなと言った。舞果も話を聞き、何かを胸に決めた目をして、車窓を眺めながら言った。
 「私たちの父さんも、この事件を追っていたのよね?なら、私たちに出来る事があるのならやるわ。それが私達がこの力を持つ意味かもしれないもの」
 「そうだね、姉さん。でも、この犯人の上を行くためには、僕らはこの能力をもっと知らないと」
 そんな二人の決意を聞いた真琴は、改めてに姉弟の能力が気になって樹と話す。
 「お二人の能力って、一体何なんでしょうね?あの生き人形でしたっけ?あれだけで言うと、昔本で読んだ式神を思い出しちゃいますよ」
 「式神って確か陰陽術のですよね?」
 「はい、有名なのは何といっても安倍晴明ですよね。一度は憧れちゃいますよ、あんな力」
 「派手な部分は、後に脚色されたものがほとんどでしょうけど」
 舞果は前を向くと真面目な顔でその話に加わる。
 「あながちいい線なんじゃないのかしら、着想としては。式神って言わば、紙で作った人形でしょう?それを操ったり命令したり。犯人は人形を操ってる可能性もあるし、あの記憶の中では母さんも命令を出して動かしていたわ」
 「でも姉さん、陰陽術だなんて流石にオカルトじみてるよ」
 「私たちの能力だって、世間からすれば十分オカルトじゃない」
 「まあ、そうか」
 真琴は何か思いつき、
 「そういう事なら以前、竹田の事件で現場写真を勝手に撮った、あのオカルトサイトの運営に聞いてみるっていうのはどうですかね?」
 屋代はその発言に呆れた顔をする。
 「おいおい、あんなガセばっか載せてそうなとこが、そんなの知ってる訳ねぇだろ。結局、事件については全部的外れな事ばっかりだったじゃねえか。殺人を客寄せに使いやがって、ろくでもない連中だ」
 「ですよね・・・。そういう事知ってそうな知り合いもいませんし・・・・。お二人の能力研究の助けになればいいなと思ったんですけど」
 にこやかな表情で樹は、ルームミラーに映る真琴の顔を見ながら感謝の言葉を伝えた。


 工房へ着くと屋代達は姉弟に、今日の協力を感謝して帰って行った。すると同時に、舞果の携帯端末にメッセージが届く。
 それは栗原からだった。あの一件の後、連絡を再び取り合っていた池橋の容体が悪化し、思わしくないとの事。何度も樹と舞果の話をしていたらしく、出来ればもう一度、会えるうちに会ってほしいとの内容が書かれていた。

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