マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき

文字の大きさ
19 / 24
第九章 魂と願い

第十八話

しおりを挟む
 生き人形の向かう先、その延長線上に目を向けた舞果は、ある事を思いカウンターへ向かうと池橋が持っていた母の作った人形を手に取った。それを動かすと、その動きに釣られるように生き人形は進行方向を変える。
 そして生き人形の届く場所にその人形を置くと、生き人形は置かれた人形の頭に手伸ばし、暫くすると動きを止めた。
 「姉さん、これは何が起きたと思う?」
 「わからないわ。人形に興味を示すなんて初めてね。それに今までの攻撃性のようなものも見られなかったわね」
 床の上で留まる二体の人形を真琴は見て、そこに少し見慣れた光景を重ねた。
 「まるでお二人がいつも記憶を覗く様な姿勢で止まってますね」
 そう言われ樹は、
 「まさか!」
と、人形達の元に歩み寄ると、生き人形が触れている方の記憶を覗いた。
 「これは!?姉さん!記憶が前見たものと変わってるよ!」
 舞果も歩み寄るとすぐさま記憶を覗いた。

 二人が見たのは、まだ赤ん坊の舞果を抱っこして、こちらを見て笑っている兄の姿。そして、その傍らのベビーベッドでは、小さな樹がスヤスヤと寝息を立てている光景だった。
 
 「樹、これはこの子が記憶を改ざんしたって事かしら?」
 「改ざんというより、これは復元じゃないかな。母さんが見た記憶だとすれば、これ以上ないくらい自然な印象だったと思うけど」
 「復元・・・・。だとすれば、あの火事の日にあった方の子にも使えるかもしれないわ。生き人形にならないよう、私の記憶だけをあの子に戻すわ」
 「わかった。すぐ準備しよう」

 樹が事件のあった実家から回収された人形を取りに向かうと、話に一人ついていけない真琴は何が起こっているのか舞果に尋ねた。
 「元々人形に入っていた記憶に変化が起きたのよ」
 「それって生き人形の制御に成功したって事ですか?」
 「まだよくは分からないのだけれど・・・・。真琴さんの助言が無かったら気が付かなかったかもしれないわ。さすが名探偵ね!」
 「いえ、刑事なんですけど・・・・」

 樹があの大きな人形を抱えて戻ってくる。真琴が黙って見守る中、舞果はその人形に一度は回収したあの悍ましい記憶を移した。そして再び別の人形に願いを込めて、生き人形を生成する二人。

 動き出した人形は、母の人形に近づくと先ほどと同じように頭に触れる。次に右手の人差し指を伸ばし、その人形のお腹の辺りを何度もつつく。そして腹部を指差したまま動きを止めた。
 最後の行動を不審に思いながらも、母の人形に戻した記憶の方が気になり、早速二人はその記憶を覗いた。


 幼い頃の舞果が樹を伴い、夜中に物音のした兄の部屋に向かう。中から母の叫び声が聞こえ、恐る恐る半開きのドアを開けると、母が作ったものではない人形が刃物を持って、ベッドで眠っていた兄に馬乗りになり何度もそれを突き立てている。
 樹と舞果に気づいた母は二人を連れ、急いで自分の作業部屋へと駆け込んだ。中にあったいくつかの人形の中の一体を生き人形にして「侵入者を排除して。」と命令する。部屋の外に人形が飛び出て行くと、母はドアにカギを掛けた。そこで記憶は途絶えてしまう。


 「兄さんを殺したのは人形だった・・・・。じゃあ父さんも人形にやられた!?」
 「やっぱり心中事件なんかじゃなかったのよ。母さんは兄さんが助からないと思って、私達だけでも助けようとした、そういう事よね・・・・。でもどうして私達に関わる記憶だけ改ざんされていたのかしら」

 姉弟から事の次第を説明してもらった真琴は、
 「じゃあ、お二人のご家族も人形殺人の被害者だったって事ですか!?その頃を境に事件は止んでいましたよね。きっと犯人にとって犯行中断に至る、特別な何かがそこであったんですよ」
 樹は今見た記憶を思い返しながら、
 「僕らを火災から助け出したこの人形より前に、母は一体の生き人形を生成して部屋の外へ放っていた。犯人がそれと遭遇したとなれば、自分以外の能力者の存在に気づいて、何か誤算が生じたのかもしれませんね」
 「ありえますね。それで自分の犯行以外の事件と思わせるために火を点けた・・・・」
 「犯人の人形も燃えてしまったのだろうか」
 「犯人が自分の犯行スタイルを貫いているとすれば、それは無いですよ。お二人のこれまでの話からすると、お母さんも殺されたとすれば、それは最後のはずです。ならば、人形を玄関先にでも残していってもいいはずです」
 「違う事件に見せかける都合上、自分の人形は持ち去るしかなかった。そして他の能力者がいる事が分かった以上、人形から自分の情報がバレるかもしれないと思った犯人は、持ち去る事の出来ない他人の記憶である母さんの記憶を、何らかの方法で改ざんする事で、万が一に備えて事件をかく乱しようとした」
 「それなら犯人の行動に納得がいきますね」

 推理を進めていた二人の話を聞いて舞果は疑問に思う。
 「ねえ、それじゃあ池橋のおば様が持っていた人形の記憶の改ざんは、誰が何のためにしたの?池橋のおば様は事件と関係なさそうだけれど」
 「池橋さんはどこかで犯人と接触していた・・・・!?」
 樹のその言葉を聞き、真琴は舞果に質問する。
 「その方、交友関係とかどうなんでしょうか?」
 「あまりいなかったと思うわ。と言っても、私達も二回しか会ってないのだけれど。それに今日、私達が見守る中、息を引き取ったの。だからもう聞くことは出来ないわ・・・・」
 「そうだったのですか・・・。せめてその人形に接触出来た人物くらい、分かればと思ったのですが」


 三人が生き人形の実験を繰り返していた頃、屋代は非番だと言うのに職場のデスクで古い資料と睨めっこしていた。その片隅には手帳が広げて置かれ、そこには「廃病院カルテ、坂下麻美さかしたあさみ」と書かれている。
 「そうだ、これだ。二十五年も前の事だったか・・・・。山納とパトロールの最中の事だったんだな。旦那は、坂下和哉かずや。パチンコ店の駐車場にて、車中に児童放置で夫婦を厳重注意。子供にアザがあるのを確認。この件は当時の若手に引き継いでいたか」
 手帳に書き込みながら、屋代は呟き続けている。
 「その七年後には、この夫婦から息子に暴力を振るわれたとの通報・・・・。夫婦共に軽微の骨折などを確認。少年は暴行の罪で少年院に収監。暴行理由は語られず。親からの虐待については調べられていないのか・・・・」
 ひと息をつきながら天井を眺めていると、職場の後輩から声を掛けられる。
 「屋代さん、休みの日はこんな所居ないでしっかり休んだ方がいいですよ?」
 「年寄りを邪魔者扱いすんなよ」
 「定年近いのに体壊したらどうするんですか」
 「はいはい、ありがとよ。じゃ、調べもんも済んだし帰るとすっか」


 そうは言ったものの家には帰らず、屋代は一軒の古びた平屋の前に車を停める。車から降りると蝉の声がけたたましく響いている。薄汚れた表札には、坂下と書かれていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

処理中です...