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第3章 母の足跡

13話

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 再び母の姿が鏡に投影される。

 大社からほど近い丘陵地。少し開けた場所で、武御磐分たけみいわけとメイアは、球根に人間の頭と細い根の様な手足が生えた姿の、小型のクバンダと対峙している。それは、メイアから何度攻撃を受けても、反撃や回避どころか、何もする様子さえ見せない。だがそれが、その容姿も相まって、逆に不気味に映る。
 メイアは少し離れて、様子を見る。
 「抜け殻相手でさえこの様か。治安管理局や近衛隊の撃った銃弾も全く通らなかったな」
 抜け殻と呼ばれた低級クバンダ。それ相手でさえ、振るったその刀を見ると、たった数回の攻撃で刃が欠けていた。武御磐分も腕を組みながら、
 「この黒き異形共の身体、まことに厄介」
 歯が立たないクバンダを前にして、二人が頭を悩ませていると、後ろから声がかかる。

 「ほっほっほ、待たせたのう」
 透ける体に、ぼろきれの様な外套と翁面を被った姿の物創りの神、御産器老翁神むみきおじのかみが沢山の荷物を持って現れる。振り返ったメイアは、
 「遅かったな、御産器の爺さん」
 そんな態度の彼女に、御産器老翁は一振りの刀を差し出す。
 「相変わらずじゃの、ツンケン娘よ。ほれ、これが完成した響影斬ひびきかげきりじゃ。うちの工房の奴らはレゾナンスブレードと呼んでおった。わしもちーっとばかし、そっちの呼び名の方が格好ええのうと思うてな」
 「どっちでもいい。三月みつきが残した解析データは役に立ったか?不自然に破損していたものを、出来る限り復旧したつもりだったが」
 「おお、あれが無ければ、ここまで順調に開発は出来なかったぞい」
 「そうか、とにかく試せば判るな」

 イナホが以前に目にした現在のレゾナンスブレードより、付随する装置が大きい事や、有線のケーブルが何本か出ている事から、それが旧式、あるいは試作機だという事が窺える。
 メイアは装置を起動し、クバンダにスキャン装置を向ける。ディスプレイには何かの数値が表示された。次に刀と繋がった装置を操作すると、刀からは甲高い音が鳴った。メイアはその業物を握り、クバンダに向かい構えをとった。

 素早い抜刀の直後、クバンダから悲鳴が上がる。間髪入れずに、幾重にも太刀筋が光った。するとクバンダはバラバラに崩れ落ちた。
 「斬ったか!なんと、黒き異形を斬る夢、弟子に越されようとは!」
 驚きと称賛の声を上げる武御磐分に続き、御産器老翁は納得したように、
 「ほっほ、おまえさんの伴侶の見立ては正しかったようじゃな。大したもんじゃ、三月と言う人の子は。実に惜しい才能を亡くしたものぞ」
 メイアがクバンダの屍骸の前で何か呟いているが、聴き取れない。そこに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 「見事でしたよ。人の子の叡智と執念、それと同胞、仲津神との力の結晶ですね。ついに黒き異形を退ける術を手にしましたか」
 賞賛する愛数宿あすやどりは、メイアに歩み寄る。
 「あなたの剣の腕は、隊の者と比べても、抜きん出ています。この黒き異形を狩る事を主とした、近衛隊特別組織設立の話があるのですが。あなたの様な強者に率いてもらえれば、士気も上がることでしょう。考えてはもらえませんか?」
 「私は人を率いるような器ではありません。それに、私が戦うのは個人的な理由です・・・」
 「人望など、後に付いてきますとも。今や、あなたの私情は、秋津の皆を守る事に繋がります。それにメイア・・・」
 「・・・・?」
 「今のあなたは、いかに強くなろうとも、儚く脆い。人と繋がり、あなたも守られるべきなのです。救いの道は、一つではありませんよ?」
 「・・・・・・、入隊は前向きに考えておきます」
 愛数宿は温かい眼差しをメイアに向けた。


 記憶の投影がそこで終わる。イナホは、
 「そうだったんだ。父さんはクバンダの研究も進めてた。母さんが父さんの事ほとんど話さなかったり、写真も無いのって、悲しい記憶を思い出さないためって思ってたけど、もしかして」
 隣でイナホの手を握り、無言で励ましていたツグミも気になっていた事を話す。
 「例の盗聴記録、いくつかの内容が絡んでいるとは思っていましたが、今日知った件で、少し全貌が鮮明になりました。そこから考えるに、イナホのお母様が、お父様の事を知らせないのは、感情的な面より、何か、イナホを遠ざけねばならないため、という印象を持ちました」
 「父さんに関することを私から遠ざける・・・?クバンダによって命を落とした。破損したデータ。クバンダの特性に気付いた父さん・・・。父さんは誰かにとって、都合の悪い情報を知ってしまって殺されたとしたら、母さんが私に何も知らせない理由にならないかな!?そんな悪い人が、まだこの秋津国で何か企んでるなら私、許せないよ!」
 「そうですね、その仮説を元に考えれば、今までの盗聴記録において、言葉の結びつきがはっきりしてきます。珍しく冴えていますね、イナホ」
 「珍しく!?ってもう!その言い方、こんの癖でも移った?」
 「どうでしょうか。ふっ」
 「あ、今笑ったなー。ん?ツグミちゃんが、・・・笑った?」
 母の話で落ち込んでいたと思えば、今度はツグミの感情が豊かになった事に歓喜するイナホを見て、武御磐分はやれやれという顔をしながらも、どこか安堵していた。

 改まってイナホの顔を見るツグミ。
 「イナホ、その坤の言葉を思い出してください。一人で突っ走るなです。事態は思っている以上に、複雑で危険なようです。今、私たちが下手をすれば、悪い事に巻き込まれる事は、確実と言っていいでしょう」
 「そうだね、ここからはもっと慎重に行こう。坤にも知らせておかないと」
 それを聞いていた武御磐分は腕を組み頷く。
 「うむ、事情は概ね察しがついた。我も出来る限り、力添えしよう」
 「ありがとうございます!やったー!心強いよ」
 そうイナホは歓喜し、ツグミに飛びついた。若者らしい感情を爆発させるイナホに、呆れる武御磐分は「忙しない娘よ・・・。」と呟き、日が暮れそうになっている事を伝えた。
 二人は武御磐分に感謝を告げると、その場を後にした。

 帰宅するとイナホ達は、坤にメッセージを送り、調査は暫く盗聴だけに留める事を改めて誓った。そうして春休みは過ぎていき、新学期を迎えようとしていた。
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