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第3章 母の足跡

15話 (挿絵あり)

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 イナホ達の新学期が始まる。近衛候補生コースを選んだ生徒達が、学校内の第一講堂に集う。
 一年時にはクラスが別で、あまり見慣れない面々が並び、きょろきょろと辺りを見回す新二年生達。一人の教員が始業式開始の合図を告げると、ざわざわとした雰囲気が収まる。

 すると壇上に、貫禄のある強面の男性が上がり、スピーチを始めた。
 「諸君、おはよう。私は近衛候補生を担当する、主任教官の佐江崎さえざきだ。新二年生には、まだ私を見慣れない者も居るだろうが、まずはこうして、皆で新学期を迎えられた事を祝福しよう。さて、諸君も知っての通り、昨今のクバンダによる脅威は、日に日に増している。それはつまり近衛隊、それを目指す諸君等にとっては、より一層の覚悟と負担が強いられる事となる。事実、先のA級クバンダ校内侵入事件の恐怖がきっかけで、今年は近衛コース辞退者が少なくなかった。生徒の身を案じる立場として、それを咎める気は一切ない。そんな中、近衛候補生を選択した、諸君らの勇気と志には、敬意を示したい。そして、今年度から、対クバンダ兵装を使用した実習を、通常の近衛隊員育成内容と並行し、取り組む事となった」
 生徒たちがざわざわとし、口々にある心配事を呟く。
 「ねぇ、それって、通常の近衛隊員もクバンダの対応させられるってこと?」
 「えー、私、卒業後の進路今から考え直そうかな。特務隊って、毎年のように人死んでるじゃん?」
 皆似たような内容の事を呟いているようだが、学校側もそれは想定していたようで、教官は続ける。

 「まだ若い諸君らにとって、クバンダの脅威に立ち向かう覚悟を決めるのは、難しいことだと承知している。だがこれは、貴重だった装備量産が徐々に整い、それに伴う近衛隊の再編がなされる予定がある以上、避けられない事だと思ってほしい。この流れを考慮し、学校側の対応として、今年度は今日から一週間以内であれば、コース変更希望を特例的に認める事にした。この後クラス分けがあるが、短い期間で自分自身とよく向かい合ってほしい。以上だ」

 教官の話が終わり、講堂の出口付近に張り出されたクラス分けが書かれた掲示板の前には、生徒たちが群がっている。その中で不憫そうに踵を浮かせ、掲示板を見ようと背伸びを繰り返しているイナホの横にツグミがやって来た。
 「イナホ、また同じクラスのようです」
 「ほんと?知らない子たちばっかに囲まれたらどうしようと思ってたけど、良かったー」
 「先ほどの教官の話ですが・・・」
 「私はこのまま進むつもりだよ。少しでも早くこの秋津国を平和にすれば、あとどれくらい残された時間があるか分からない、母さんと過ごせる時間を増やせるからね」
 「そうですね。共に頑張りましょう」
 ツグミが少し微笑むと、そこに一人の女子生徒がやって来る。眼鏡をかけた、地味目な少女が二人に話しかける。
 「あ、豊受さんに八幡さん。私も同じクラスみたいで、知ってる顔がいて良かった」
 イナホは少し驚いた表情を見せた。
 「斐瀬里ひせりちゃんも近衛候補生コースだったんだ。意外だよ」
 「えへへ、そうかな。一年の時はあまり交流なかったけど、名前覚えててくれたんだね」
 「当然だよ。でも斐瀬里ちゃん、いっつも読書してたから」
 「あー、ちょっと反省してるんだ。二年からは人付き合いも、ちゃんとしなきゃなって」
 「じゃあ、改めてよろしくね。でも、斐瀬里ちゃんは、てっきり巫女候補生コースに行ってると思ってたよ」
 「うん、ちょっと憧れがあってね。卒業後は、そのまま進むかはわからないんだけど。それに苦手も克服したくて」
 爽やかな笑顔で語る彼女の前で、イナホはまたも劣等感をこじらせる。
 「取り柄のない私の前で、ただでさえ勉強のできる斐瀬里ちゃんが、苦手克服宣言・・・。私どうしたら・・・。あ、目の前に優等生が二人。詰んだよ・・・・」
 見かねたツグミがイナホの手をギュッと引き寄せ、
 「イナホは強い人間です。伸びしろはまだあるはずです」
 「うう・・・、ツグミちゃんはこれだから。大好きだよ。チュッチュー!」
 「イナホ、キャラが変わっています。これが“二年生でびゅー”というものですか?」
 ツグミがイナホのじゃれ合いを軽くあしらっている傍ら、それを見ていた斐瀬里は鼻にハンカチを当てる。

 そのハンカチには、人知れず赤いものが滲み、口元がだらしなく緩む。
 「ん、斐瀬里ちゃんどうしたの?」
 イナホの声に、スっといつもの優等生顔に戻り、何事もなかったように振舞う。
 「ん?うんん、何でもない」

 少し顔を背けた斐瀬里から、小声が漏れる。
 「お、ふ、午前中から良いものを見させてもらいました・・・」
 優等生の鞄からは、教科書ではなく、美少女同士が抱き合う表紙の漫画本が見え隠れしていた。
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