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閉ざされた改札
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終電を逃した夜、俺は新宿駅の地下で途方に暮れていた。時計は午前1時を回り、改札はシャッターで閉ざされている。タクシー代をケチりたくて、始発まで駅のベンチで時間をつぶすことにした。地下のコンコースは静まり返り、蛍光灯の薄い光がタイルの床を冷たく照らす。遠くで、換気扇の低いうなり音だけが響いていた。
ベンチに腰掛け、スマホをいじっていると、どこからかカチ、カチと音が聞こえた。改札の自動改札機が動いているような、硬い機械音。だが、改札は閉まっているし、駅員の姿もない。音は一瞬で止まり、俺は気のせいだと自分を納得させた。
しばらくして、喉が渇いたので自販機へ向かった。コンドームを買おうと財布を探っていると、またカチ、カチと音が聞こえた。今度ははっきり、改札の方向からだ。振り返ると、シャッターの隙間から青白い光が漏れている。まるで改札機が勝手に稼働しているみたいに。好奇心と不安が混じり、俺はシャッターに近づいた。
隙間から覗くと、改札の向こうにホームが見えた。だが、いつも見慣れたホームじゃない。薄暗く、壁のタイルが剥がれ、錆びた看板が揺れている。ホームの端に、ぼんやりとした人影が立っていた。背中を向けた女で、長い黒髪が不自然に揺れている。風もないのに。女がゆっくり振り返り、顔が見えた瞬間、俺は息を呑んだ。目がなかった。黒い穴が顔の半分を覆い、口が裂けるように開いている。
慌てて後ずさると、シャッターがガタガタと鳴り始めた。まるで誰かが内側から叩いているように。「…出て…おいで…」低く、濁った声がシャッター越しに聞こえた。俺は走ってコンコースの反対側へ逃げた。だが、背後でシャッターが軋む音が追いかけてくる。振り返ると、シャッターが少しずつ開いている。女の影が、這うように近づいてくる。
エスカレーターを駆け上がり、地上の出口を目指した。だが、出口のガラスドアは鍵がかかっていて動かない。ドアを叩きながら叫んだが、夜の街は静かで誰もいない。背後で、カチ、カチと改札の音が近づいてくる。エスカレーターの下から、女の影がゆっくり上がってくる。手が床を這い、首が不自然に傾いている。「…一緒に…乗ろう…」
俺は脇の非常階段に飛び込み、ひたすら上った。だが、階段は延々と続き、出口が見えない。足音が重なり、女の声が耳元で囁く。「逃げても…同じ…」息が切れ、膝をついた瞬間、冷たい手が俺の足首をつかんだ。振り返ると、目のない顔がすぐそこにあった。口が開き、黒い穴が俺を飲み込もうとする。
次の瞬間、目が覚めた。ベンチに座ったまま、スマホが膝に落ちている。時計はまだ午前1時半。夢だったのか? 汗でシャツがびっしょりだった。安堵したのも束の間、カチ、カチと改札の音がまた聞こえた。恐る恐る見ると、シャッターが開いている。ホームの奥に、女が立っていた。今度は俺をじっと見つめ、ゆっくり手を振っている。
その日から、俺は新宿駅を使えなくなった。あの夜、改札を通らなかったはずなのに、財布の中のSuicaが一回分減っていた。時々、夜中に女の囁きが聞こえる。「次は…乗るよ…」今も、駅の音が耳から離れない。
ベンチに腰掛け、スマホをいじっていると、どこからかカチ、カチと音が聞こえた。改札の自動改札機が動いているような、硬い機械音。だが、改札は閉まっているし、駅員の姿もない。音は一瞬で止まり、俺は気のせいだと自分を納得させた。
しばらくして、喉が渇いたので自販機へ向かった。コンドームを買おうと財布を探っていると、またカチ、カチと音が聞こえた。今度ははっきり、改札の方向からだ。振り返ると、シャッターの隙間から青白い光が漏れている。まるで改札機が勝手に稼働しているみたいに。好奇心と不安が混じり、俺はシャッターに近づいた。
隙間から覗くと、改札の向こうにホームが見えた。だが、いつも見慣れたホームじゃない。薄暗く、壁のタイルが剥がれ、錆びた看板が揺れている。ホームの端に、ぼんやりとした人影が立っていた。背中を向けた女で、長い黒髪が不自然に揺れている。風もないのに。女がゆっくり振り返り、顔が見えた瞬間、俺は息を呑んだ。目がなかった。黒い穴が顔の半分を覆い、口が裂けるように開いている。
慌てて後ずさると、シャッターがガタガタと鳴り始めた。まるで誰かが内側から叩いているように。「…出て…おいで…」低く、濁った声がシャッター越しに聞こえた。俺は走ってコンコースの反対側へ逃げた。だが、背後でシャッターが軋む音が追いかけてくる。振り返ると、シャッターが少しずつ開いている。女の影が、這うように近づいてくる。
エスカレーターを駆け上がり、地上の出口を目指した。だが、出口のガラスドアは鍵がかかっていて動かない。ドアを叩きながら叫んだが、夜の街は静かで誰もいない。背後で、カチ、カチと改札の音が近づいてくる。エスカレーターの下から、女の影がゆっくり上がってくる。手が床を這い、首が不自然に傾いている。「…一緒に…乗ろう…」
俺は脇の非常階段に飛び込み、ひたすら上った。だが、階段は延々と続き、出口が見えない。足音が重なり、女の声が耳元で囁く。「逃げても…同じ…」息が切れ、膝をついた瞬間、冷たい手が俺の足首をつかんだ。振り返ると、目のない顔がすぐそこにあった。口が開き、黒い穴が俺を飲み込もうとする。
次の瞬間、目が覚めた。ベンチに座ったまま、スマホが膝に落ちている。時計はまだ午前1時半。夢だったのか? 汗でシャツがびっしょりだった。安堵したのも束の間、カチ、カチと改札の音がまた聞こえた。恐る恐る見ると、シャッターが開いている。ホームの奥に、女が立っていた。今度は俺をじっと見つめ、ゆっくり手を振っている。
その日から、俺は新宿駅を使えなくなった。あの夜、改札を通らなかったはずなのに、財布の中のSuicaが一回分減っていた。時々、夜中に女の囁きが聞こえる。「次は…乗るよ…」今も、駅の音が耳から離れない。
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