上 下
25 / 117

青鬼竜 

しおりを挟む
「おや、おまえ、傷はすっかり良くなったね。」
青鬼竜のバルドルが擦り寄ってくる。
「元気に走れるようで、嬉しいよ。」
ひとしきり挨拶を済ますと、竜は愉しげに散っていった。
 残っているのは、ぽかんとした兵ばかりだ。

「ああ、すみません。竜の挨拶が先になってしまいました。」
シリンは花のように笑うと優美にカーテシーをする。
「シリンと申します。神殿へと騎乗する竜を選ぶように申し渡されました。よろしくお願いします。」
竜に押し付けられた顎のせいで、竜の涎が髪や体にまとわりついてベタベタしている。
でもその笑顔は、兵達の心に女神にすり替わるほど眩しかった。

「斎王様。」
聞いた事のある声がして、青年が跪く。
「あや、バルドルの騎士様ですね。」
「はい。覚えて頂き光栄です。ソールと申します。あの時はありがとうございました。」

        ****

「それで神殿へと通われるのに青鬼竜が。」
「はい、私は戦う訳ではありませんし、何かあった時は、逃げる方向かな、っと。」
「確かに。」
竜騎士団長は、ソールに命じる。

「青鬼竜を前に並ばせて、選んで頂け。」

青鬼竜達が綺麗に整列している。
訓練の一端が見えるようだ。
目をキラキラさせて、シリンを見上げてくる。

(可愛いなぁ。)

とりあえず、今相棒のいない仔で、三歳をこえた落ち着いた仔がのぞましいな…。
と、考えていると一頭と目が合った。

名前は?と目で問うと
『 ショロトル 』
と頭の中で声がした。

ゆっくり竜に近づいて、「 ショロトル 」と呼ぶと、その碧い目の中の虹彩がきゅっと収縮した。


「ショロトルを貸してください。」
「な、名前を!」
「ああ、自分で名乗ってくれました。」

斎王とは、そういうモノであるというのに、やはり兵は不思議そうだ。


ショロトルに騎乗帯を付ける。
初め女性用の横乗り用の鞍をつけようとするので、赤くなって抵抗した。
(次回からは、ちゃんとズボンでこよう。)

心配する兵達ににこりと笑うと、鎧に足をかけて跨る。
スカートのような神官の衣装は伸びが悪く、ちょっとピンとしたが、無事に乗れた。
手綱を取って、ショロトルの首筋を優しく叩く。
「頼むよ。お前だけが頼りだ。」

軽く走り、ダク足にしたり、回ったりと様子を見る。
ショロトルはこちらが望む通りに動いてくれる。

シリンはいつのまにか斎王としての笑を忘れ、大きく口を開けて笑っていた。

ショロトルと仲の良いバルドルがソールを乗せて横に並び、かけくらべをする。
護衛の時の感覚を養う為か、他から三頭走ってきて、ショロトルを中心に菱形になったり一列になったりする。
竜の振動がももに伝わって、命を感じてとても幸せな気持ちになった。

竜に跨ったシリンは、白銀の髪がふうわり流れ、神話そのままだった。
庭師も台所の調理師も、下働きも、放牧場の外からその姿にうっとりと見惚れていた。
しおりを挟む

処理中です...