上 下
33 / 117

翼竜 よんじゃいました

しおりを挟む
早朝、禊と祈りを済ませて、シリンは竜の放牧場に向かう。
ラグナロワはすでに待っていた。

初め、ワタワタと挨拶に来ていた竜達は、何故か端に固まってこちらに来ない。
人は近づくなと言われているので、柵の外に鈴鳴りになっている。

嫌におとなしい竜をじっと見ている時、ラグナロワは耳に違和感を感じた。
痛い? いや、違う。
何か、圧迫感が。

戦士としてのカンで周りを素早く伺うと、はっと気がついた。

風が無い。
音が無い。
防音とは違う。
この場から、動きが全て消え失せ、キンとした無音が耳に痛い。

と、空の向こうから気配がする。

ばっと振り仰ぐと、遥か向こうに小さな点がある。
それがみるみる大きくなる。

あれは…竜だ!

端に固まった赤鬼竜と青鬼竜が、一斉に上をむいてヴオォォォ… と声を上げる。
それに驚いた人々が、上空に気が付いて指差した。

竜が飛んでくる。
巨大な体が十字型を描いて近づいて来る。

いた!
本当にいた!
翼竜がいた!

心の底からの感動に、はっと気がつくとラグナロワの目から涙が落ちていた。
神話の竜が此処にくる。

      ****

風で撒き散らされた石や砂埃の中に、竜はその大きな体のわりにふんわりと降り立った。
皮膜に覆われた翼をたたむ。
輿車竜より少し小型なのに、頭が大きい。
青銅色の体がキラキラ光っている。

走り寄ったシリンが手を伸ばすと、竜はくさび形の頭をさげた。
金と緑にキラキラ輝く大きな複眼にシリンの笑顔が映っている。その複眼のまわりを掻きながら、
シリンは声をかける。

「コンゴウ、あえて嬉しいよ。」

巨大な竜も喉の奥でクルクル音を立てている。
すでに騎乗帯も着けられていた。

「あ。」思い出したように手を止めてラグナロワを振り返る。
「王、これはコンゴウと言います。」
「そうか、美しい竜だな。」

「コンゴウ、こちらはラグナロワ王だ。
  一緒に乗せておくれ。」

翼竜は二人の間に割って入り、翼を邪魔にならないように回して、左の膝をかがめた。
シリンは差し出された脚の上にひょいと足をかけ、騎乗帯に跨った。
手を出してラグナロワを後ろに乗せる。

遠巻きに見守る人々を振り返ると、シリンは通る声で挨拶をする。
声の出ない人々にてを振ると、王に振り返る。

「さあ、参ります。」

しおりを挟む

処理中です...