ダークファンタジア番外編

ノクターン

文字の大きさ
88 / 119
第12巻番外編

アヤコさんのお楽しみ

しおりを挟む
ここは虎の国である。

アヤコは今日、虎の国北西部の国境付近にある集落の宿の一室にいた。ここらは猫の一族が多く住んでいて、宿屋の経営も猫の一族がしている。この部屋にはベッドはない。大きなテーブルに椅子がいくつか、アヤコが商談のために改装した部屋である。

「おまたせいたしました。アヤコ様」
部屋を訪ねてきた男がいた。今日はこの男に会うために、アヤコはここにいたのだ。
「いえいえ、時間にはまだ間がありますよ。ようこそ」
アヤコは営業スマイルで男を出迎えた。

男の名前はグレイン、生粋の豹の男である。身長はそこそこ高く、筋肉もほどよい感じである。足もすらりと長い。金髪のオールバッグ、しかも結構な美男である。クールな感じのいい男なので、アヤコ的には結構タイプである。
「こちらをどうぞ。ノイトラールの名産品です」
男は布袋をアヤコに渡した。
「何かしら。あ、すごい。わーありがとうございます」
中に入っていたのは大きな干し貝柱だった。20個ほど入っている。
「前にお好きだとおっしゃっていたので」
「覚えていてくださったんですね。ありがとうございます」
アヤコは喜んで受け取っていた。

(この男のどこがいいかというと、見かけもいいんだけど、気配り! 気配りができる男なのよ。これがポイント高い!)
わざわざ手土産を持ってきてくれるというところも素晴らしい。グレインからは香水の匂いがしたが、これは一族特有の匂いを消すための香水である。他の一族の人に会うときにはよく使われるものである。いわゆる、マナーの一つであるが、虎の男はいっさいそういう気配りはしない。
グレインは年齢でいえば、120歳前後といったところである。男的にはちょうど油が乗っている頃である。

ちなみに、部屋の中には猛獣のごとくガットがひかえているので、アヤコがグレインとどうにかなる、なんてことは全くない。アヤコは完全に目の保養をしているだけである。
「ガット様、こんにちは」
グレインはガットに目を向けた。
「おう」
ガットはいつでも襲いかかりそうな体勢で座っていた。

「では、話に移りましょうか」
「はい」
その話というのは、商談である。アヤコは蚊取り線香を大量につくって豹の国にも卸しているのだ。この世界は自然にあふれまくっているので、虫に対する悩みは、世界共通の悩みともいえる。大量に作っているといっても、人の手作業なので、そう大量には作れないし、経費を引けばたいしたもうけでもないのだが、商売をする、というのがアヤコには楽しくて仕方ないのである。代金はお金であったり、時には物であったりする。大金を得るわけでもないし、ガットにすれば、なぜそんなめんどうなことをするのかわからないといったところではあるが、アヤコはその面倒なことを好んでしたがるタイプだった。城でぐーたらしているのは性に合わないのである。

今日は前回卸した蚊取り線香を新たに買ってくれる、というので、その話だった。虫除けグッズなどは、その国独自の物が主で、アヤコのように他国にまで売ろうとする者は珍しい。今売っているのは緑のぐるぐるした蚊取り線香ではなく、コーン型の物である。簡単な形でないとなかなか量産できないのである。どんな形でも、アヤコは「カトリセンコウ」という名前で統一している。
「7の月までに200セット、8の月までにもう100ほどお願いしたいんですよ。代金は……」
アヤコはグレインと頭を寄せて話し出したので、ガットはアヤコの真横に寄っていた。
「そうですねえ。これくらいなら、ちょっとガット邪魔」
アヤコはひっついてきたガットを肘で押している。

「それから、カトリセンコウをノイトラールに持っていって試しに使ってもらったんですよ。しばらく使ってみたいと言っていたので、そちらにとりあえず100セットほど卸してみませんか。うちの方に持ってきていただてもいいですよ。こちらで代金も立て替えますから」
「え? 本当ですか? じゃあ次回その分も持っていきますね」

アヤコはグレインと商談後は世間話などをした。グレインは知能も高そうな男なので、会話も楽しくてしょうがない。この世界で主に使われているのは銀貨である。銀貨にその国の動物の印が押され、銀貨の重さに決まりがあるのだ。金貨もあるが、金は貴重なので、あまり流通はしていない。銀貨や金の代わりに宝石をお金代わりに使うこともできる。その場合宝石の鑑定士がいなければ無理であるが、宝石の相場は年によって違うようだ。
「今年はブラックオパールの値がすごくあがってますよ。ノイトラールの占い師の話では、今年の縁起が良い色が黒だそうで、黒い宝石が人気なんですよ」
「へーじゃあ私も縁起がいいわね」
「そうですよ」
ガットがものすごく睨んでいるので、グレインは、「ではそろそろ失礼しますね」と席を立った。

「はい。またお願いします」
(グレイン君、また会ってね~やっぱり君最高にいいよ♪)
などとアヤコは心の中では思っていたが、顔には出さず、グレインを見送ったのだった。

「お土産ももらったし、カトリセンコウももっと売れそうだし、いやー楽しいね」
「ねー相手男じゃなくてもいいんじゃないの? なんでいつも男?」
ガットが横でアヤコを見ながらぶーたれている。
「女と商談なんてつまんないじゃない。ガットがいつも横にいるんだからいいでしょ。いなくたって別になにもしやしないわよ。彼が私に何かするわけがないじゃないの」
「アヤコちゃん綺麗だからあるよ」
「ないない。ノイトラールにまで私のカトリセンコウが! ラギ君にも教えてあげなくっちゃ。卸してしばらくしてからノイトラールに行ってみたい。どこに使われてるか気になるし。あそこの統治者の選挙、三年後だっけ? 私が出たいんだけどなあ。リンシャーンは絶対だめだって。すっごく面白そうなのにねえ」
聖地の対岸にある街、ノイトラールの統治者は、選挙で決まるのである。しかも、純粋な一族の者はなれない決まりなのだ。どの一族よりの者がなるかによって、いろいろと変わるらしいのだが、どう考えても楽しそうなので、アヤコは一度やってみたい、と前々から言っていたが、「無理です」の一言で終わっている。統治者になるとノイトラール在住になる。当然ガットもついてくる。それは面倒なので、アヤコもやっぱり無理かな、とは思っていた。

「アヤコちゃんは純粋な一族だからだめだよ」
「うーん、そこらは曖昧だわね。どうなるんだろう。混血でもないし、せめて、知り合いの誰かを送り込みたいんだけどね。虎の人って全然そういうのに興味ないんだからもー」
「興味ないねえ」
「選挙ってだけでも楽しそうじゃない。私が統治者になった暁には、とか演説したりしてさ」
「あれって最初からだれがなるか決まってるんでしょ?」
「うん。決まってるんだけど、演説とかやりたい」
「好きなだけやればいいじゃん。俺の前で」
「やだ。じゃあ行きましょう。作業場にも寄らなきゃ。これから忙しくなるわよー」
アヤコは楽しそうに部屋を出て行った。

「アヤコちゃんは数字の神様だから仕方ないなあ」
アヤコはガットに、「数字の神様は何か商売してないと弱っちゃうの」と言っているのだが、ガットはそれを信じていた。現に、商売ごとをしている時のアヤコはとても生き生きしている。

「かわいいんだからもー」
そんなアヤコを未だ溺愛しているガットだった。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...