ダークファンタジア番外編

ノクターン

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第12巻番外編

アヤコさんのお楽しみ

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ここは虎の国である。

アヤコは今日、虎の国北西部の国境付近にある集落の宿の一室にいた。ここらは猫の一族が多く住んでいて、宿屋の経営も猫の一族がしている。この部屋にはベッドはない。大きなテーブルに椅子がいくつか、アヤコが商談のために改装した部屋である。

「おまたせいたしました。アヤコ様」
部屋を訪ねてきた男がいた。今日はこの男に会うために、アヤコはここにいたのだ。
「いえいえ、時間にはまだ間がありますよ。ようこそ」
アヤコは営業スマイルで男を出迎えた。

男の名前はグレイン、生粋の豹の男である。身長はそこそこ高く、筋肉もほどよい感じである。足もすらりと長い。金髪のオールバッグ、しかも結構な美男である。クールな感じのいい男なので、アヤコ的には結構タイプである。
「こちらをどうぞ。ノイトラールの名産品です」
男は布袋をアヤコに渡した。
「何かしら。あ、すごい。わーありがとうございます」
中に入っていたのは大きな干し貝柱だった。20個ほど入っている。
「前にお好きだとおっしゃっていたので」
「覚えていてくださったんですね。ありがとうございます」
アヤコは喜んで受け取っていた。

(この男のどこがいいかというと、見かけもいいんだけど、気配り! 気配りができる男なのよ。これがポイント高い!)
わざわざ手土産を持ってきてくれるというところも素晴らしい。グレインからは香水の匂いがしたが、これは一族特有の匂いを消すための香水である。他の一族の人に会うときにはよく使われるものである。いわゆる、マナーの一つであるが、虎の男はいっさいそういう気配りはしない。
グレインは年齢でいえば、120歳前後といったところである。男的にはちょうど油が乗っている頃である。

ちなみに、部屋の中には猛獣のごとくガットがひかえているので、アヤコがグレインとどうにかなる、なんてことは全くない。アヤコは完全に目の保養をしているだけである。
「ガット様、こんにちは」
グレインはガットに目を向けた。
「おう」
ガットはいつでも襲いかかりそうな体勢で座っていた。

「では、話に移りましょうか」
「はい」
その話というのは、商談である。アヤコは蚊取り線香を大量につくって豹の国にも卸しているのだ。この世界は自然にあふれまくっているので、虫に対する悩みは、世界共通の悩みともいえる。大量に作っているといっても、人の手作業なので、そう大量には作れないし、経費を引けばたいしたもうけでもないのだが、商売をする、というのがアヤコには楽しくて仕方ないのである。代金はお金であったり、時には物であったりする。大金を得るわけでもないし、ガットにすれば、なぜそんなめんどうなことをするのかわからないといったところではあるが、アヤコはその面倒なことを好んでしたがるタイプだった。城でぐーたらしているのは性に合わないのである。

今日は前回卸した蚊取り線香を新たに買ってくれる、というので、その話だった。虫除けグッズなどは、その国独自の物が主で、アヤコのように他国にまで売ろうとする者は珍しい。今売っているのは緑のぐるぐるした蚊取り線香ではなく、コーン型の物である。簡単な形でないとなかなか量産できないのである。どんな形でも、アヤコは「カトリセンコウ」という名前で統一している。
「7の月までに200セット、8の月までにもう100ほどお願いしたいんですよ。代金は……」
アヤコはグレインと頭を寄せて話し出したので、ガットはアヤコの真横に寄っていた。
「そうですねえ。これくらいなら、ちょっとガット邪魔」
アヤコはひっついてきたガットを肘で押している。

「それから、カトリセンコウをノイトラールに持っていって試しに使ってもらったんですよ。しばらく使ってみたいと言っていたので、そちらにとりあえず100セットほど卸してみませんか。うちの方に持ってきていただてもいいですよ。こちらで代金も立て替えますから」
「え? 本当ですか? じゃあ次回その分も持っていきますね」

アヤコはグレインと商談後は世間話などをした。グレインは知能も高そうな男なので、会話も楽しくてしょうがない。この世界で主に使われているのは銀貨である。銀貨にその国の動物の印が押され、銀貨の重さに決まりがあるのだ。金貨もあるが、金は貴重なので、あまり流通はしていない。銀貨や金の代わりに宝石をお金代わりに使うこともできる。その場合宝石の鑑定士がいなければ無理であるが、宝石の相場は年によって違うようだ。
「今年はブラックオパールの値がすごくあがってますよ。ノイトラールの占い師の話では、今年の縁起が良い色が黒だそうで、黒い宝石が人気なんですよ」
「へーじゃあ私も縁起がいいわね」
「そうですよ」
ガットがものすごく睨んでいるので、グレインは、「ではそろそろ失礼しますね」と席を立った。

「はい。またお願いします」
(グレイン君、また会ってね~やっぱり君最高にいいよ♪)
などとアヤコは心の中では思っていたが、顔には出さず、グレインを見送ったのだった。

「お土産ももらったし、カトリセンコウももっと売れそうだし、いやー楽しいね」
「ねー相手男じゃなくてもいいんじゃないの? なんでいつも男?」
ガットが横でアヤコを見ながらぶーたれている。
「女と商談なんてつまんないじゃない。ガットがいつも横にいるんだからいいでしょ。いなくたって別になにもしやしないわよ。彼が私に何かするわけがないじゃないの」
「アヤコちゃん綺麗だからあるよ」
「ないない。ノイトラールにまで私のカトリセンコウが! ラギ君にも教えてあげなくっちゃ。卸してしばらくしてからノイトラールに行ってみたい。どこに使われてるか気になるし。あそこの統治者の選挙、三年後だっけ? 私が出たいんだけどなあ。リンシャーンは絶対だめだって。すっごく面白そうなのにねえ」
聖地の対岸にある街、ノイトラールの統治者は、選挙で決まるのである。しかも、純粋な一族の者はなれない決まりなのだ。どの一族よりの者がなるかによって、いろいろと変わるらしいのだが、どう考えても楽しそうなので、アヤコは一度やってみたい、と前々から言っていたが、「無理です」の一言で終わっている。統治者になるとノイトラール在住になる。当然ガットもついてくる。それは面倒なので、アヤコもやっぱり無理かな、とは思っていた。

「アヤコちゃんは純粋な一族だからだめだよ」
「うーん、そこらは曖昧だわね。どうなるんだろう。混血でもないし、せめて、知り合いの誰かを送り込みたいんだけどね。虎の人って全然そういうのに興味ないんだからもー」
「興味ないねえ」
「選挙ってだけでも楽しそうじゃない。私が統治者になった暁には、とか演説したりしてさ」
「あれって最初からだれがなるか決まってるんでしょ?」
「うん。決まってるんだけど、演説とかやりたい」
「好きなだけやればいいじゃん。俺の前で」
「やだ。じゃあ行きましょう。作業場にも寄らなきゃ。これから忙しくなるわよー」
アヤコは楽しそうに部屋を出て行った。

「アヤコちゃんは数字の神様だから仕方ないなあ」
アヤコはガットに、「数字の神様は何か商売してないと弱っちゃうの」と言っているのだが、ガットはそれを信じていた。現に、商売ごとをしている時のアヤコはとても生き生きしている。

「かわいいんだからもー」
そんなアヤコを未だ溺愛しているガットだった。



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