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32、何度生まれ変わっても……

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 懐かしいグラハの間。

 変わらないと思っていた、アレンとエルティーナの関係が一夜で変わったあの日。

 エルティーナも、勿論アレンも、甘い檻の中に入ったままで、愛しい相手が誰のものにもなっていない現実が心地よく、それが異常であっても気づかないフリを続けていた。
 でもその歪な関係がいつまでも続く訳もなく、フリゲルン伯爵とカターナ王女によって壊された二人の歪な関係。

 王も王妃も、アレンの友でエルティーナの兄であるレオンでさえ、二人の関係には口を出せずに見守るしかなかった。


 男と女ではない、何処までも清廉な二人の関係を壊したくなかったのだ、あまりにも美しくて……。




「懐かしい…わ……」


 一歩足を踏み入れると、足元から風が舞い上がったように全身を遥か昔に運んでいく。

「懐かしいですね」

「うん? 懐かしいって、アレンは別に懐かしいって思わないのではないの? だってここに住んでいるのよね?」

 ティーナの不思議そうな顔を見て、ヴィルヘルムは破顔する。


「場所ではなく、エル様とこの場にいるのが懐かしいのです。舞踏会ではいつも一緒でしたから…………」

「そうか、そうよね!! 楽しかったわよね」

「……楽しい…ですか……。私はひたすらフリゲルン伯爵が憎いという感情しかないですね」

 色々開き直ったヴィルヘルムの正直な感想に、思わず吹き出す。


「ぷぅっ…ぷぅっ……」

「………エル様、大変可愛らしいですが、笑い事ではございません。あの時どれだけフリゲルン伯爵をぶっ飛ばしたかったか…」

 ヴィルヘルムが スゥーーと怒りモードに入っていても、悲しかなティーナにはヴィルヘルムからのヤキモチは嬉しいだけ。

 全く深刻にはならない。

 極寒の雰囲気を纏うヴィルヘルムを見ながら、申し訳ない気持ちよりも湧き上がる愛しさで、胸がはち切れそうな幸せをティーナに運んでいた。

(もう、アレンったら。なるほど、あの時、カターナ王女の事を言われて腹を立てたのではなくて、私にスキンシップをとるレイモンド様に腹を立てていたのね)

 うんっ、もう! アレンのヤキモチ屋さんっ!!


 二人の前世を懐かしむ会話を側で聞きながら、ウェルナーは隠す事なく大きな溜め息を吐き出す。


(……会場の落差が凄いな。ヴィルとエルティーナ姫が入ってきた時のあの感動に満ちた目からの、……恐れおののく今の目。
 ヴィル……お前はとうに終わった昔の人間にまで怒れる、そのエルティーナ姫への執着心、どうにかならないのか? 恐いぞ)


 グラハの間は、音楽だけが流れている。ヴィルヘルムとティーナを見て皆が時を止める。


 真っ白な軍服を着こなし。
 陶器のように白い肌。
 左右対称で人か否かを問いたくなるような顔面。
 その肉体を緩やかに流れる宝石を砕いたような銀色の髪。
 まるでツリバァ神を彷彿とさせる究極の美を惜しげも無く晒しているアレン姿のヴィルヘルム。


 そして、

 ブルッキャミアのドレスだろうと推測される美しい空色のドレス。
 ドレスから出ている腕も肩も透き通るシルク肌。
 ドレスに隠れた身体もその優雅な曲線美は想像するだけで身体を熱くさせる。
 妖艶な見目にもかかわらず、柔らかい色合いの金色の髪に。
 優しい色彩のブラウンの瞳は癒しをもたらし。
 力の限り抱きしめたいと思わすエルティーナ姫姿のティーナ。


 そんな伝説の二人『白銀の騎士と王女』が手を取り合い入ってきたのだ。時間が止まるのは仕方ないというもの。



 誰も会話をしておらず、ヴィルヘルムとティーナを穴があくほど見続けているグラハの間にいる紳士淑女。

 皆の暑苦しい視線を感じ、ヴィルヘルムはティーナを抱き上げ腕の中にしまう。


「ふえっ?」

 変な声が出て咄嗟に口を手で覆うティーナ。
 まさか、今この場で抱き上げられるとは微塵も思っていなかったからだ。

「兄上、この不躾な視線をどうにかして頂きたい。エル様が穢れる」

「もう、アレンはまたそんな冗談言って! でも抱き上げられるのは『白銀の騎士と王女』のお話の再現演出みたいでいいわねっ」

 ティーナだけが楽しそうである。

『白銀の騎士と王女』の小説では、抱き上げてからの会話。抱き上げてからの移動。抱き上げてからのラブシーン。と一番多く描かれている二人の体勢。

 騎士らしい腕力を読者に伝える為と『白銀の騎士と王女』を分析する読者や学者はそう結論付けているが、実際にされていたとは微塵も思われていなかった。

 赤子であれば問題ないが、どれほど細い女性でも成人した人を、簡単に抱き上げ尚且つ腕に座らせるのは常識的に無理だからだ。


「………ヴィル……その振り切れた考え方どうにかならないのか………」


 恐怖から静まり返るグラハの間に、ウェルナーの低音で聞き取りやすい声が響きわたる。


「長らくお待たせした。今回のゲスト。男性の名はアレン。女性の名はエルティーナだ。『白銀の騎士と王女』の中から出てきたような姿で、今宵皆の目を楽しませてくれるだろう。
 物語に似せているように思われるが、二人はきっちり夫婦だからな。若い男女よ、間に割りこもうなどと思わぬように。
 さぁ!! 甘い幻想の世界を最後まで楽しんでくれ!!!」

 ウェルナーの高らかな宣言に、拍手が湧き上がる。


 次期国王になるウェルナーの、人を導く絶対的な統率力は、自然と従いたくなる。
 ヴィルヘルムに抱き上げられているティーナも皆と同じ気持ちで拍手を送り、心の底から尊敬の念を抱いた。
 しかし嬉しい反面、ウェルナーを見るたび優しい兄レオンを思い出さずにはいれなかった。


「……ウェルナー様、とても素敵…ね……」

「それはどう言う意味でしょうか?」


 辛うじてキレてないが、かなり危ない雰囲気のヴィルヘルムにティーナは苦笑。


「どう言う意味って。ウェルナー様って、お兄様に……似てるなぁって……。
 ねぇアレン。もしかしたらウェルナー様がお兄様の生まれ変わりだったりするかも?」


 何でもない風を装って話す声が、ティーナの声は震えてしまう。
 鼻の奥がツーンとし、涙声になっているのを誤魔化すように、ヴィルヘルムの肩口に顔を埋める。

 ウェルナーに軽く嫉妬していたが、ティーナからの心を開かれた甘えに気を良くしたヴィルヘルムは、正直な思いをティーナに伝える。


「違いますよ」

「……なんで違うって思うの?」

「違います。どうしてかとは言えませんが、兄上はレオンではないです。きっと本人にあえば分かります。レオンは…私の最初で最後の友ですから……」

「会ったら、分かるかしら……会いたいな……」

「会えますよ。探しに行きましょう、二人で」

「じゃあ、ラズラ様も探す!!」

「…………かしこまりました……」

「…アレン、嫌そうね…もうっ!!」 


 ティーナの不満がる心は、甘ったるい口付けでうやむやにされる。

 誤魔化しは口付けで、突如ヴィルヘルムから与えられた快感に酩酊する。昔から変わらぬその唇の感触は、今この世で巡り会えた互いを、確かめ合う儀式のようであった。


 皆のゴクッ……と唾を飲み込む音が耳に入り、ティーナは覚醒する。

 視界をアレンから広間に向けると、皆の目がキラッキラに輝いていて、変な気分を味わう。


「アレン…下ろして…」

「何故?」

「は、恥ずかしいから!! 」

「別に恥ずかしい事など ございません」

「……うぅぅぅ。嫌いになるから。しばらく口きかないわよ」

 ティーナの発言に、ヴィルヘルムは従順に従う。それを間近で見たウェルナーは、エルティーナ姫はやはり猛獣使いだと改めて思った。




 広場を見渡せば、なんと現『白銀の騎士と王女』の舞台俳優と女優も招かれていた。

 ヴィルヘルムとティーナが入ってくるまでは、白銀の騎士役俳優は女性らに囲まれて大変な思いをしていたのだ。

 ティーナは勝手に顔見知り感覚だが、向こうは初めて。舞台俳優として、こういう勝手に知っている風はいつもの事で対して気にしないが、今回は別。
 同じく隣に並ぶ王女役の女優もガチガチに固まっていた。


「わぁっ!!騎士様役と王女様役の人ですよねっ。素敵!! いつも舞台観てます。
 もう四回も観劇しました!!この間は、運命の乙女も当たって、あの時はドキドキしっぱなしだったんです!!」

 何度もいうがティーナは今はエルティーナ姫姿。ちょいちょい自分の美しさを忘れるのが、ティーナの悪いところだった。


「えっと……はじめまして。ですよ、流石に僕も貴女にお会いしたら忘れません……旦那様、迫力満点ですし…」

 旦那様という言葉にバフんっと真っ赤になったティーナは、アワアワ落ち着きがない。
 そんな可愛らしい態度のティーナに、ヴィルヘルムは耳打ちをする。


「…エル様、今はティーナ様姿ではなくエルティーナ姫姿です。ティーナ様姿でお会いした相手に、今の貴女では分からなくて当然ですよ」

「あっ、本当だわ」

 合点がいって、ヴィルヘルムと見つめ合いフニャと笑う。笑ったティーナの唇にチュッと音を立て口付けを落とし、しっかりして下さいとでもいうように、甘ったるい触れ合いを恥ずかしげもなくやってのける。

 こんな感じは毎度の事で、ティーナもすでに普通。ふふっ、と笑い合い、視線を戻す。


「ごめんなさい。はじめまして、ですね!! よろしくお願い致します!! ねぇねぇ、アレン。一緒に並ぶと双子みたい?」


 王女役の女優にピタッと引っ付く。

「まさかっ!! 全然似ておりませんわっ」


 顔を引きつらせながら話した王女役の女優は、恐縮しっぱなしである。
 似てないと言われ、しゅ~んとするティーナにヴィルヘルムは笑いがこみ上げる。

 硬質な美貌のアレン姿のヴィルヘルムの笑い顔に、まわりは腰を抜かす。
 俳優と女優も目が離せないでいる。そんな中でまたティーナだけが普通にぷりぷりしていた。


「何よ、アレン。笑わないで!!」

 ふんっと怒っているティーナにヴィルヘルムは耳打ちする。


「エル様、貴女が本物のエルティーナ姫であるのに、偽物に似てないと言われ、何故貴女が落ち込むのですか? 
 あまり可愛い態度を見せないで下さい。押し倒したくなります」

「……それとこれとは、別だもん……」


 ヴィルヘルムは耳打ちをやめ、真正面からティーナに質問をなげた。

「では、エル様、彼と私。似ておりますか?」


 ヴィルヘルムは、現在白銀の騎士を演じる彼を指差し自分と交互に差してみせる。

「ひいっ!!!」って声が聞こえてきそうな顔つきの俳優を見て、静かにティーナは「似てない」と発言する。


「エル様、あくまで彼らは舞台俳優。エル様のように濃厚で妖艶な色気はいりませんし、私のような騎士の肉体も必要ない。
 お世辞にも私をみて〝儚い美貌〟とは言えないでしょう?」


「「「「確かに………」」」」


 その場にいる全員が、納得とばかりに首を縦にふっている。


 そうなのだ、白銀の騎士のイメージは〝儚い美貌〟で、病を抱えながらも騎士になり、愛した王女を全身全霊をかけて守り抜くと書かれている。

 言葉にすれば成る程ほっそりした見目麗しい男性像だ。しかし実際は〝これ〟だ。本物の白銀の騎士アレンを見れば、儚いとは決して言えない。

 そしてその白銀の騎士に寄り添う王女は、優しく大人しげに書かれている。間違っても、他人の屋敷の隠し通路に忍び込み、寝込みの人間を裸にし、セックスに及ぼうとするパワフル令嬢とは書かれていない。

 華奢で折れそうなほど細く(あくまでアレンから見ればだ)触れ合いを躊躇すると記載にあるからか、実際よりはるかに、小さく幼く見える女性が王女役に抜擢されていた。

 実際のエルティーナ姫が、実は胸も尻も人より大きく、背も高いとは誰も思うまい。



「実際演じている僕が言うものではないですが、貴女達こそが『白銀の騎士と王女』の物語に近いと思いますよ」

 突然の俳優の賛辞に、隣に立つ女優もしっかり頷く。

「私達は役になりきる為、物語を読破し研究しております。特に相手役の彼女とは、よく話をします。
 舞台はあくまで魅せる為ですから、身長も体型も私ほどでちょうどいいのです。
 貴方のような極限まで絞り込まれた戦士の身体では、美しさより恐さが勝ちます。…でも本当の〝白銀の騎士〟は、貴方くらいの肉体美だったと思います」

 俳優の話に同意するように頷き、女優も思いを打ち明ける。


「えぇ。そして王女も私のような華奢な体型ではなく、年齢よりもずっとずっと、女性らしく豊満で匂い立つ肉体だったと思います。
 二人が初めて恋に落ちたのは、十七歳と八歳です。九つも年が離れているのに、彼らが肉体関係ありきの恋愛対象になるのは、やはりそれなりに女性らしい魅力が王女にあってだと思います。
 でなければ、幼女趣味の危ない殿方になってしまいますから、ふふっ。
 私みたいな解釈をする人は、今の所少人数ですが…」


 そう言って俳優と女優は、微笑み合う。ティーナとヴィルヘルムは、的確な彼らの意見を聞いて大変居心地が悪い。


 何気ない二人の会話にティーナは真っ赤。ヴィルヘルムも流石に恥ずかしいのか、口元を手で隠している。
 幼き頃、メルタージュ家での二人の濃厚な触れ合いは、他者から言われると赤面ものだった。

 その和やかな雰囲気をぶち破る人が、突如乱入してきた。


「ちょっと、邪魔よ。どいてくださらない?」


 ティーナとヴィルヘルム 俳優と女優を緩やかに囲み、彼らに癒されていた若者たちの眉間がキュッと歪む。

「わたくしが広間に入ったのに挨拶もなく、失礼だとは思いませんの? これだから身分のない方は」

 言葉の凶器とはこれだと確信出来るほどの暴言、ティーナの周りに集まっていた人らが、一歩一歩離れていく。

「申し訳ございません。少しはしゃぎ過ぎました」

 皆を代表してティーナが頭を下げる。それを見た俳優と女優も一緒に頭を下げた。ヴィルヘルムだけが乱入者を睨んでいた。

「わたくしは、ホルメン国のリリン王女よ」

 何故そんな上から目線? と思わすリリン王女の態度。ヴィルヘルムとの態度の差が凄い。リリン王女もまさかヴィルヘルム本人が前にいるとは思っていない。

「それが何だ」

「ヒィッ!!! ち、ちょっと、アレン!!!」

 ティーナは、ヴィルヘルムの腕を突く。


「あなた方、本来なら王宮に入ることも出来ない身分で、まるで自分達が本物の白銀の騎士と王女みたいに、おっしゃらないで。わたくしの前で恥ずかしくないの?」


(あっ、そうか。エルティーナ姫は…じゃなくてスピカ姫か、それはどっちでもいいわね。リリン王女が生まれ変わりって言われているんだった。
 まだヴィルヘルム様の事、諦めらきれないのね……素敵だもの、しょうがないか)


 どこまでも性格の良いティーナは、偽物が本物のようにふるまっても気にしない。
 本物か偽物かはティーナにとって、どちらでも良いのだ。ヴィルヘルムだけが分かっていれば、その他の評価は全く気にならない。

 人として少し考え方が幼いリリン王女は、アレンの(本当はヴィルヘルムの)態度に激怒する。

 元を正せば、この麗しい人が、王女の偽物であるティーナにべったりなのが、許せないのだ。
 本来ならその扱いはリリン王女がされて然るべきと、当たり前のように思っていた。


「貴方、サーベルをさげているからボルタージュの騎士ね。わたくしの護衛騎士になるなら、この場に残ってよろしくてよ」

 リリン王女の高圧的な態度に、ヴィルヘルムは更にその上からの態度で話し出した。


「遅刻して知らないだろうが、私は王太子推薦のゲストだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


 ギャッ!! 
 なんでそんな喧嘩腰っ!! 

 ウェルナー様は、ウェルナー様は!! あぁーーー目線をそらされた!! なんでーー!?


 関わりたくないに決まっているからだ。


「えっと、その。申し訳ございません!! 気分を害したなら、静かにしておりますの……で……」

 最後まで言葉を話す前に、ティーナは甘い果実酒を顔面からくらっていた。

(……今日は…よく飲み物をかぶる日だわ)


 この事態、ウェルナーも同様に思っていた。

「甘いわ」と思いながら、唇をペロリと舐めていたら、無表情のヴィルヘルムが顔に張り付いた髪をハンカチで拭いてくる。

「アレン、いいわ。自分でやるから…ふえっ、いいって!!」

 まるで聞く気がない。リリン王女に背中を向けているヴィルヘルムにティーナは「もうっ私じゃなくて、リリン王女の様子を伺って!!」と内心喚いていた。



「出て行きなさい!! わたくしの目が汚れるわ」


 シーーーンと静まり返る広間に、リリン王女の声が響いた瞬間ヴィルヘルムはその声を塞ぐ為か、嫌 殺すつもりで首を締め上げていた。

 キャーーァァーー!! 

 女性の悲鳴とともに、失神する女性、呆然と固まる者、逃げる者と広間は先ほどの華やかさを一瞬で消し去っていた。

 目の前の光景に驚愕し、僅かな時間 固まってしまったティーナ。はっ!!!と気づいた瞬間ヴィルヘルムの腕を掴んでいた。


「アレン!!! 何してるの!!! やめて!!!」


 ティーナの声さえヴィルヘルムには聞こえていない。リリン王女くらいならヴィルヘルムの腕力があれば瞬殺だが、一気に殺さないところを見ると、痛ぶるつもりが見て取れる。

 徐々に締まる首に恐怖し、涙や涎を出して喚いている。

 恐ろしい現実にティーナの手足は震えだす。それでも、これを止めれるのは私だけだと、腹に力を入れ〝エルティーナ王女としてアレンに命令を下した〟


「っアレン!!!!! 離しなさい!!!!!」


 ティーナの大音量の声が放心していた人と、ヴィルヘルムの奇行を終焉させた。

 ヴィルヘルムから解放されたリリン王女は床に崩れ落ち、喚きながら咳き込んでいる姿を見て、死んでないとほっとしながらも、まだヴィルヘルムの両腕を正面から拘束するのをティーナは止めなかった。



「…ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……死刑よっ!!…ゴホッ……」


 あれだけされても、阿呆なのかまだ高圧的な態度を改めないリリン王女。
 自国でも否定をされた経験がなく、誰もが自分のしもべと思っているから、わざとではなく これが彼女の平常運転なのだ。

 しかしこの態度はヴィルヘルムを、アレンに戻してしまう。


「…………死刑だと? ふざけるなっ!!!!!
 私が〝あれ〟を許したと思うのか!? 何が生まれ変わりだ!! お前の何をもって、エルティーナ様と言うっ!?
 お前が殺せといった彼女の遺体を見たか!?あの酷い姿にした奴を、私が愛すとでも思うのか!!
  何度殺しても、何度殺しても、私の怒りは治まらないっ!!! 」


 幼い頃からあまり感情を表に出さないヴィルヘルムの、この怒気には魂を震え上がらす。
 止めないといけないはずのウェルナーや、クラリス、ソード達、誰も動けない。

 ティーナだけが、冷静だった。


(…アレン………ごめんね、ごめんね……軽く考え過ぎてた!! ごめんなさい!!)

 アレンの心はすでに壊れていた。あの時、あの瞬間に。



「な、なんの事よ。誰の事を言ってるのかしらっ、勘違いも甚だしいわ」

 ヴィルヘルムの身体がギュッと締まったのが分かり、リリン王女はもう無視しようと決め、瞳を合わす為に名を呼んだ。


「アレン!!! 私を見て!!!」

 降りてきた視線に、ふわっと笑いかける。

「アレン、私は生きてるわ。生きてるのよ? 」


 ヴィルヘルムの両腕を掴んでいるから、動けない。動かさない、分かってもらうまで。
 そんなティーナの気持ちをもってしても、聞きたくないのか、ヴィルヘルムはティーナから視線を外す。

 涙が込み上がるのを必死に堪えながら、思いの丈をぶちまける。


「アレン、聞いて!! 私は誰も恨んでないわ!! 
 私を殺すよう仕向けたカターナ王女も、私の左腕を斬った人も、私を陵辱した人も、私の首を落とした人も。
 私は。誰も。恨んでないっ!!!」


 ティーナの発言は人々の目を見開く内容。察しのいい者達は今の会話で、何の意味かを理解する。


「……私は………それでも……許せない………」

「アレンがそんなんだから。前世ばかりに囚われているから、未だにこの姿なのよ!!
 終わったことよ、貴方が終わらせたのよね? 彼らにもまだあるはずだった生を奪った。貴方の行動は決して肯定は出来ない!!でも……。でも会えたわ!!また、会えたのよ!!
 ボルタージュの神々が、もう一度アレンに会わせてくれた!! 記憶を持って生まれ変わって、貴方に会えた……
 愛してるわ。愛してる。お願いだから、ヴィルヘルム様に戻って!! 私をティーナに戻してっ!!」


 ティーナの必死な物言いに、ヴィルヘルムは俯いてしまう。長い銀色の髪が愛しい人の顔を隠し、入っていけない境界線のようにティーナとヴィルヘルムの間を塞ぐ。

 今この時に掴んでいる腕を離した瞬間に、ヴィルヘルムがいなくなってしまう恐怖がティーナの脳を支配する。


(……無理なの?…終わらせれないの?)

 どうしたらヴィルヘルムの中に巣食う、アレンの壊れた心を修復出来るのか、ティーナには分からない。

 自分を責めていた時、声が聞こえる。



「えっ!! ? 君は………」


 白銀の騎士と王女の騎士役の俳優が、思わず口から感想が出たのだろう。彼に目を向ければ、驚愕に見開かれた瞳と合わさう。

 振り向いた先、遅れてついてきた髪、その髪が金色でないのに気づく!! まるで魔法が解けるように、金色の髪がゆっくりと茶色に変化していく。

 アレンの心が動いた証拠。ティーナは嬉しくて、叫ぶ。


「アレン、アレン!! 見て、髪がっ!!」

 ティーナの呼びかけに応じたヴィルヘルム。辛く悲しそうな顔が愛しくてたまらない。
 もう一息、あと少しで変われる。アレンが喜ぶこと。魂を縛ればいいのだ。


「アレン!! エルティーナの金色の髪とアレンの銀色の髪はとても似合うわっ。でも見て!! 茶色の髪には、ヴィルヘルム様の太陽の様に濃い金色の髪が似合うと思うの」

 自身の髪を一房握り、ヴィルヘルムの目の高さまで上げ、満面の笑みを浮かべ宣言する。

「元に戻ったら、ヘアージュエリーを作りましょ!! 来世も貴方と一緒にいたいわっ!!
 ラズラ様から教えてもらった魂を縛るヘアージュエリーを、ティーナの茶色の髪と、ヴィルヘルム様の黄金の髪で。きっと凄っっっっっっく、美しいわっ!!!!」


 宣言が終わると同時に、ヴィルヘルムの魔法も解けていく………。


 星屑のような宝石のような銀色の髪は、光り輝く黄金にその姿を変え。

 陶器のように白い肌は健康的な肌色に。

 色のないアレンの姿で唯一の色をもつアメジストの瞳が、悲しみの中に喜びを見つけ、エルティーナが大好きな兄と同じエメラルドグリーンの瞳に変わっていく。

 瞬きをすれば一生の後悔となる、そう全員の気持ちが一つになる二人の〝奇跡〟。




 互いが本当の姿に戻り、硬く硬く抱き合う。


 喚いていたリリン王女。放心していた青年達。ウェルナー含むヴィルヘルムの親族ら。皆が、ティーナとヴィルヘルムの〝奇跡〟に釘付けになっていた。


 奇跡は本当だったと………。



 いやぁ~良かった良かった、の空気の中、現白銀の騎士役の俳優はあり得ない現実に真っ青だった。
 それを側で見ていた王女役女優のヴァネッサは、くすくす笑いながらフローランの肩を叩く。


「ねぇ、フローラン。運命の乙女で選ばれたエルティーナ王女様に、あの時、口付けしなくて良かったわね!! やっぱり貴方って 運がいいわっ  ふふふっ」

「あははははっ、冗談きついよ……」




「彼氏の前で口付けは駄目だよ」そう言って彼女を拒み握手だけにした自分を、心の底から褒めてやりたかった。


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