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第二章 空き部屋は放したくない②
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「はい、朝ごはん。食べながら今日の予定を説明するわ」
お千代は手際よく、ちゃぶ台に朝食を並べていく。
焼き鮭。出汁巻き卵。煮物。味噌汁。見るからに、昭和のど真ん中を貫いたような献立だった。
こんなしっかりした朝食は、自宅にいた頃でも食べたことはない。
いただきます、と手を合わせてから、凛は箸を取り、鮭の身をほぐした。
「今日から本格的に、巡回と掃除をお願いするわね」
お千代は味噌汁をすすりながら、淡々と言った。
「それと……」
卓上カレンダーの端に、クリップで留められた一枚の紙があった。お千代はそれを取り出し、テーブルの上に広げる。団地の見取り図だった。
「四〇二号室に、新しい入居者が来るの」
「新しい入居者さん……」
凛は箸を止めて、顔を上げた。
「ええ。二十代の女性、一人暮らし。最近増えたタイプね。で、その四〇二というのが……」
お千代はペンを取り、見取り図の一角をコンコンと叩いた。四〇二号室は赤い丸で囲まれていた。まるで事故現場のように。
「問題の部屋なのよね」
問題の部屋。
その言葉には、不吉な響きがあった。
凛の脳裏に、テレビのワイドショーでよく聞くフレーズが浮かぶ。リフォーム業者泣かせの事故物件。孤独死があった部屋。幽霊が出ると噂される、いわくつきの物件——。
「あの、幽霊が出るとか……?」
恐る恐る尋ねると、お千代は少しだけ首をかしげた。
「そうねぇ、幽霊って言えば幽霊だし、そうじゃないって言えばそうじゃないし」
「日本語が霧です……」
「簡単に言うと、あの部屋そのものが、住人を拒否してるの」
お千代はぼりぼりと音を立てて漬物を噛みしめた。
「引っ越してきた人が、必ずすぐ出て行っちゃうのよ。鍵が壊れたり、水漏れしたり、急に転勤になったり。理由は毎回違うけど、とにかく長続きしない。どんな人が来ても、一か月もたないの」
凛は息を呑んだ。
それは単なる偶然ではないのだろう。あやかしだらけのこの団地では、偶然などというものはない。すべてに原因がある。想像の斜め上をいく原因が。
「原因はだいたい見当ついてるけどね」
お千代は白飯を口に運んでから、さらりと言った。
「……やっぱり」
「見当はついてるんだけど、部屋のほうが頑固なのよね」
部屋が頑固。
頑固な部屋。
家具の配置に絶対口出ししてくる、気難しいインテリアコーディネーターみたいなものだろうか。
「で、その四〇二に、今日、新しい人が入るの」
お千代は見取り図を指先で叩いた。
「あんたには、掃除と立ち会い、それから『ご挨拶』をしてもらいたいのよ、りんちゃん」
「ご挨拶って、入居者さんにですよね?」
「それと、部屋のほうにも」
「部屋のほう!?」
凛は思わず声を上げた。
朝から展開がヘビーすぎる。頭がついていかない。
「大丈夫よ」
お千代は、まったく説得力のない口調で言って、にっこりした。小学生を丸めこもうとしている母親のような適当な笑顔だ。
「あんたぐらいのほうが、案外うまくやれるのよ。変な空気を感じ取るの、得意でしょう?」
「褒められてるんでしょうか、それ」
「最大限に」
お千代は大きくうなずいた。
凛は、初日早々厄介な問題を押しつけられようとしていることを、直感的に悟った。
しかし、断るという選択肢はない。
ここが今の自分の居場所なのだ。
お千代は手際よく、ちゃぶ台に朝食を並べていく。
焼き鮭。出汁巻き卵。煮物。味噌汁。見るからに、昭和のど真ん中を貫いたような献立だった。
こんなしっかりした朝食は、自宅にいた頃でも食べたことはない。
いただきます、と手を合わせてから、凛は箸を取り、鮭の身をほぐした。
「今日から本格的に、巡回と掃除をお願いするわね」
お千代は味噌汁をすすりながら、淡々と言った。
「それと……」
卓上カレンダーの端に、クリップで留められた一枚の紙があった。お千代はそれを取り出し、テーブルの上に広げる。団地の見取り図だった。
「四〇二号室に、新しい入居者が来るの」
「新しい入居者さん……」
凛は箸を止めて、顔を上げた。
「ええ。二十代の女性、一人暮らし。最近増えたタイプね。で、その四〇二というのが……」
お千代はペンを取り、見取り図の一角をコンコンと叩いた。四〇二号室は赤い丸で囲まれていた。まるで事故現場のように。
「問題の部屋なのよね」
問題の部屋。
その言葉には、不吉な響きがあった。
凛の脳裏に、テレビのワイドショーでよく聞くフレーズが浮かぶ。リフォーム業者泣かせの事故物件。孤独死があった部屋。幽霊が出ると噂される、いわくつきの物件——。
「あの、幽霊が出るとか……?」
恐る恐る尋ねると、お千代は少しだけ首をかしげた。
「そうねぇ、幽霊って言えば幽霊だし、そうじゃないって言えばそうじゃないし」
「日本語が霧です……」
「簡単に言うと、あの部屋そのものが、住人を拒否してるの」
お千代はぼりぼりと音を立てて漬物を噛みしめた。
「引っ越してきた人が、必ずすぐ出て行っちゃうのよ。鍵が壊れたり、水漏れしたり、急に転勤になったり。理由は毎回違うけど、とにかく長続きしない。どんな人が来ても、一か月もたないの」
凛は息を呑んだ。
それは単なる偶然ではないのだろう。あやかしだらけのこの団地では、偶然などというものはない。すべてに原因がある。想像の斜め上をいく原因が。
「原因はだいたい見当ついてるけどね」
お千代は白飯を口に運んでから、さらりと言った。
「……やっぱり」
「見当はついてるんだけど、部屋のほうが頑固なのよね」
部屋が頑固。
頑固な部屋。
家具の配置に絶対口出ししてくる、気難しいインテリアコーディネーターみたいなものだろうか。
「で、その四〇二に、今日、新しい人が入るの」
お千代は見取り図を指先で叩いた。
「あんたには、掃除と立ち会い、それから『ご挨拶』をしてもらいたいのよ、りんちゃん」
「ご挨拶って、入居者さんにですよね?」
「それと、部屋のほうにも」
「部屋のほう!?」
凛は思わず声を上げた。
朝から展開がヘビーすぎる。頭がついていかない。
「大丈夫よ」
お千代は、まったく説得力のない口調で言って、にっこりした。小学生を丸めこもうとしている母親のような適当な笑顔だ。
「あんたぐらいのほうが、案外うまくやれるのよ。変な空気を感じ取るの、得意でしょう?」
「褒められてるんでしょうか、それ」
「最大限に」
お千代は大きくうなずいた。
凛は、初日早々厄介な問題を押しつけられようとしていることを、直感的に悟った。
しかし、断るという選択肢はない。
ここが今の自分の居場所なのだ。
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