あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる

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第三章 ベランダのSOS②

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「風鈴ちゃん、またここ?」
 凛が上を見上げて尋ねる。

「うん、あの部屋。ずっと『ヘルプ』って鳴ってる感じ」
 風鈴の精が、三階のベランダを指すように、きらりと揺れた。その音色には、切羽詰せっぱつまったものがある。

「『助けて』ってこと?」
「そう。ここんところ、ずっと、ずっと」

 風鈴の精の言葉に、凛は喉元がきゅっと締まる感じがした。胸の奥に、重いものが沈んでいく。

 風鈴の「音」が分かるようになってきた自分が、ちょっと怖い。管理人見習いになってから、こうした不思議な力が少しずつ身についてきた。でも、聞いてしまったものは仕方がない。知ってしまった以上、知らないふりはできない。

「……ちょっと確認してくる」
 凛が言うと、由梨が心配そうな目で見る。

「一緒に行こうか?」

 由梨のさりげない思いやりが嬉しい。
 少し迷ったが、凛はうなずいた。

「大丈夫。これはたぶん、『人間』のほうの仕事だから」

 あやかしだけじゃなくて、人間コミュニティの問題。それももちろん管理人の仕事のうちだ。
 人間の問題に向き合うのは、正直、怖い。あやかしなんて可愛いものだ。人間相手のほうが、よほど怖い。

 でも――管理人見習いだし。
 逃げ続けたら、いつか自分を嫌いになりそうだ。
 これは仕事。立ち向かわなくては。

「なにかあったら呼んで。あたし、階段の下でスタンバってるから」
「うん、ありがと」

 凛は由梨に掃除道具を渡すと、三階へと階段を上がった。一段一段、足が重い。踊り場で靴鳴らしが心配そうにコツコツ鳴く。その音は、まるで「大丈夫?」と聞いているようだった。

「大丈夫、ちょっと行ってくるだけ」

 自分にも言い聞かせるように、凛はつぶやいた。胸の鼓動が、少しだけ速い。

     ◇

 三階の廊下は、昼間だというのに、少しだけ空気が重かった。
 日差しは十分に差し込んでいる。なのに、なぜか暗い印象を受ける。それは物理的な暗さではなく、心理的な重さだった。空気そのものに、何か淀んだものが漂っている気がする。

 問題の部屋の表札には、サインペンで「田中」と苗字だけが書かれている。走り書きに近い、雑な感じの文字だ。表札は少し色あせていて、長い年月ここに住んでいることを物語っていた。

 凛はドアの前に立った。インターホンに伸ばした指が、少し震える。心臓の音が、自分でも聞こえるくらい大きい。

(……嫌がられたらどうしよう)

 「うるさい」「余計なお世話だ」とか言われたら……。
 人に拒絶されたり、冷たくあしらわれたりするのはキツい。子どもの頃、友達だと思っていた子たちに、すげなくされた。その時の記憶が、今でも凛の心に深い傷として残っていた。

(それでも、押すのが仕事)

 凛は、えいやっと指を伸ばした。もう、後戻りはできない。
 ピンポーン。
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