あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる

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第三章 ベランダのSOS⑤

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「見習いです」
 凛が反射的に訂正する。

「見習いさん」

 男性は、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。その表情が、わずかに柔らかくなる。

「近所の目とか、迷惑とか考えると、どうしても言えなかった。……でも、正直、きつい。足も手も、思うように動かないし、病院に一人で行くのも大変だ」

 ぽつり、ぽつりと、本音がこぼれ落ちていく。堰を切ったように、言葉があふれ出す。
 凛は、それをただ聞いた。遮らず、急かさず、「聞いてますよ」という顔だけで受け止める。時々、相槌を打つ。それだけで十分だった。

(……あ、これ、得意かもしれない)

 凛は、ふとそう思った。
 人前でうまく話すのは苦手だけれど、誰かの話を聞くことなら、前から嫌いじゃなかった。就活でも、グループディスカッションで発言するより、誰かの話の「間」を聞いているほうが落ち着いた。面接で、相手の話に丁寧に耳を傾けることは、むしろ得意だった。
 それが、ここではちゃんと「役に立っている」気がした。自分の弱点だと思っていたものが、実は強みだったのかもしれない。

「ありがとうございます。話してくださって」

 男性の話が一区切りついたところで、凛がそう言うと、男性は少し照れたように笑った。

「……こんなに長く誰かと喋ったの、久しぶりだよ」

 その言葉に、凛の胸が痛んだ。

「私もです」

 凛は、正直に答えた。
 お互いに、変なところで似ているのかもしれない。孤独には、年齢も性別も関係ない。

「もしよかったら……」
 凛は、思い切って続けた。ここが正念場だ。
「地域包括支援センターに、一緒に相談してみませんか。ここらへん担当の。そういう『困った』ことの相談窓口、あるんです」

 管理人棟の書類棚で見たパンフレットを思い出す。お千代が「人間関係の怪異は、こっちも頼りなさい」と言っていたやつだ。あのパンフレットには、こういう時のための連絡先が書いてあった。

「私、電話するの苦手なので……一緒に、どうですか」

 思わず本音が漏れた。凛は、内心で「しまった」と思ったが、もう遅い。
 男性は、その言葉にふっと笑う。それは、今日初めて見る、心からの笑顔だった。

「しょうがないねぇ。見習いさんに付き合ってやるか」
「お願いします」

 凛も、笑顔になる。

 そのやりとりからだと、どちらがどちらを支えているのか、一見よく分からない。でも、かまわない。支え合いなんてだいたいそんなものだ。完璧な支援者なんて、この世にはいない。みんな、何かしら欠けている。だからこそ、支え合う必要がある。
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