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第六章 さくらヶ丘第一団地・解体騒動顛末記⑦
説明会は、結局「持ち帰らせていただきます」のオンパレードで終わった。
でも、空気は確かに変わった。
少なくとも、「団地側は何も言わないからスムーズに進むだろう」という前提は、崩れた。
管理人棟に戻ると、お千代が縁側で待っていた。
いつもの場所に、いつもの姿勢で座っている。でも、その表情には、わずかな満足げな色が浮かんでいた。
「ここからが本番よ」
お千代が、静かに言った。
「説明会は、あっちの『儀式』。こっちはこっちで、『団地の儀式』をやる必要がある」
「儀式?」
凛が、首をかしげる。
「要するに、『ここはまだ生きてる』ってことを数字以外で見せる場よ」
お千代は、団地見取り図とカレンダーを広げた。
几帳面な字で、びっしりと予定が書き込まれている。
「団地祭り、団地カフェ、紙芝居、子ども会、商店街の半額セール――全部まとめて、『さくらヶ丘第一団地・大感謝祭』として一日でやるの」
「一日で!?」
凛の声が、裏返った。
「やるなら派手なほうがいいでしょ」
お千代は、ふっと笑った。
風鈴の精が、嬉しそうにくるくる回る。ガラス玉が、きらきらと光を反射させる。
「祭り! またお祭り!」
「自治会長さんたちも乗り気になると思うよ。『解体前に一発ドカンとやったるか!』とか言いそう」
由梨が笑う。
「解体前って言わないで」
凛は抗議しつつも、胸が少し高鳴るのを感じていた。
ドキドキする。緊張する。でも、ワクワクもする。
――ここで暮らす人たちが、自分たちの手で「今」を見せる場。
それを、自分たち管理人見習いが中心になって準備する。
怖くないわけがない。人前に出るのは、今でも苦手だ。
でも、ワクワクしないわけでもない。むしろ、胸が躍る。
「その日、市の人と公社の人と、デベロッパーの担当者を招待するわ」
お千代が、さらっと続けた。
「机の上の資料だけじゃ分からない、『団地の空気』を吸ってもらう」
「空気で解体止まります?」
凛が、半信半疑で尋ねる。
「空気を侮っちゃダメよ」
お千代の目が、鋭く光った。
「ここまで来ると、『土地の空気』はほとんど私みたいなものだから」
土地のあやかしの言葉には、妙な説得力があった。
凛は、思わずごくりと唾を飲み込む。
「で、あやかしたちは?」
由梨が、興味津々という顔で尋ねた。
「もちろん総出よ」
お千代は、にやりと笑った。
「ただし、あくまで『ばれない範囲で』ね。人間の目と脳が処理できる程度に」
「……ですよね」
凛は、遠い目になった。
この状況でガチ心霊現象をお見舞いしたら、逆効果だ。
「風鈴ちゃんは、人を呼ぶ役」
お千代が、指を折りながら説明し始める。
「靴鳴らしは、お年寄りの転ばないように足元を鳴らす役。狐は、エレベーターを止めない役。紙芝居おじさんは、子どもたちを飽きさせない役。ポスティング妖怪は――」
「チラシですか」
凛が、先回りして言う。
「そう。今回に限り、正式に仕事を与えます」
「ひぃっ……光栄すぎて紙が破れそうです……!」
物置から、ポスティング妖怪の感激の声が聞こえてきた。
でも、空気は確かに変わった。
少なくとも、「団地側は何も言わないからスムーズに進むだろう」という前提は、崩れた。
管理人棟に戻ると、お千代が縁側で待っていた。
いつもの場所に、いつもの姿勢で座っている。でも、その表情には、わずかな満足げな色が浮かんでいた。
「ここからが本番よ」
お千代が、静かに言った。
「説明会は、あっちの『儀式』。こっちはこっちで、『団地の儀式』をやる必要がある」
「儀式?」
凛が、首をかしげる。
「要するに、『ここはまだ生きてる』ってことを数字以外で見せる場よ」
お千代は、団地見取り図とカレンダーを広げた。
几帳面な字で、びっしりと予定が書き込まれている。
「団地祭り、団地カフェ、紙芝居、子ども会、商店街の半額セール――全部まとめて、『さくらヶ丘第一団地・大感謝祭』として一日でやるの」
「一日で!?」
凛の声が、裏返った。
「やるなら派手なほうがいいでしょ」
お千代は、ふっと笑った。
風鈴の精が、嬉しそうにくるくる回る。ガラス玉が、きらきらと光を反射させる。
「祭り! またお祭り!」
「自治会長さんたちも乗り気になると思うよ。『解体前に一発ドカンとやったるか!』とか言いそう」
由梨が笑う。
「解体前って言わないで」
凛は抗議しつつも、胸が少し高鳴るのを感じていた。
ドキドキする。緊張する。でも、ワクワクもする。
――ここで暮らす人たちが、自分たちの手で「今」を見せる場。
それを、自分たち管理人見習いが中心になって準備する。
怖くないわけがない。人前に出るのは、今でも苦手だ。
でも、ワクワクしないわけでもない。むしろ、胸が躍る。
「その日、市の人と公社の人と、デベロッパーの担当者を招待するわ」
お千代が、さらっと続けた。
「机の上の資料だけじゃ分からない、『団地の空気』を吸ってもらう」
「空気で解体止まります?」
凛が、半信半疑で尋ねる。
「空気を侮っちゃダメよ」
お千代の目が、鋭く光った。
「ここまで来ると、『土地の空気』はほとんど私みたいなものだから」
土地のあやかしの言葉には、妙な説得力があった。
凛は、思わずごくりと唾を飲み込む。
「で、あやかしたちは?」
由梨が、興味津々という顔で尋ねた。
「もちろん総出よ」
お千代は、にやりと笑った。
「ただし、あくまで『ばれない範囲で』ね。人間の目と脳が処理できる程度に」
「……ですよね」
凛は、遠い目になった。
この状況でガチ心霊現象をお見舞いしたら、逆効果だ。
「風鈴ちゃんは、人を呼ぶ役」
お千代が、指を折りながら説明し始める。
「靴鳴らしは、お年寄りの転ばないように足元を鳴らす役。狐は、エレベーターを止めない役。紙芝居おじさんは、子どもたちを飽きさせない役。ポスティング妖怪は――」
「チラシですか」
凛が、先回りして言う。
「そう。今回に限り、正式に仕事を与えます」
「ひぃっ……光栄すぎて紙が破れそうです……!」
物置から、ポスティング妖怪の感激の声が聞こえてきた。
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