50 / 54
第六章 さくらヶ丘第一団地・解体騒動顛末記⑨
しおりを挟む
そして、祭り当日。
朝から、さくらヶ丘第一団地はざわざわしていた。
中庭には、色とりどりの旗と、紙の提灯が飾られている。赤、青、黄色、緑。風に揺れて、光を弾いている。
テーブルが並べられ、その上には駄菓子やら焼きそばやらたこ焼きやら。湯気が立ち上り、いい匂いが漂っている。
集会所の前には、「さくらカフェ 本日限定オープン」の看板。手書きの文字が、温かい。
レコード屋から流れる昭和歌謡が、いつもより少し大きい音量で中庭を包んでいる。懐かしいメロディーが、空気を満たす。
「すご……」
凛は、中庭の真ん中でぐるりと見渡した。
目に映る光景の全てが、キラキラと輝いて見える。
普段は人がまばらな時間帯にも、もう何十人もの住人が集まり始めている。子どもたちは屋台の前を走り回り、自治会のおじいちゃんたちは盆踊りのやぐら(今回は簡易版)を眺めている。
「完っ全に、祭りだね」
由梨が、団地Tシャツ(自治会長がノリで作った)を着て、腕まくりをしている。
白地に赤い文字で「さくらヶ丘第一団地」と書かれた、ちょっとダサいけど愛着の湧くデザイン。
「りん、スタッフ証つけて。迷子対応頼む」
「迷子出る前提なんだ……」
「団地の祭りに迷子はつきものだからね」
風鈴の精が、中庭の上空をくるくると回りながらチリンチリンと鳴いている。その音が、ベランダまで届く。
音に誘われて、ベランダから顔を出す人もいる。「何かやってるの?」と興味津々な表情。
「そういや、例の『お客さんたち』は?」
由梨が、辺りを見回す。
「来たよ」
凛が、顎で入口の方を指す。
そこには、スーツ姿の人々の姿があった。
市の再開発課の課長と若手職員。住宅公社の担当者。そして、デベロッパーのプロジェクトマネージャーらしき人物。
全員、一様に気まずそうな顔をしている。
無理もない。ついこの前、「老朽化した限界団地」とプレゼンした場所に、招待されて来るのだから。どんな顔をしていいか分からないのだろう。
「ようこそ、さくらヶ丘第一団地へ」
お千代が、いつになくきっちりしたスーツ姿で出迎えた。
濃紺のスーツ。パールのイヤリング。髪は低い位置できちんとまとめている。
地味な色合いなのに、不思議と存在感がある。まるで、土地そのものが人の形をとって立っているような、圧倒的な気配。
「管理人の千代と申します。今日は、『いつも通り』プラス『ちょっと特別』な団地を、見ていってくださいね」
その声は、穏やかだけれど有無を言わさぬ力強さがあった。
「は、はぁ……」
再開発課長は、若干押され気味だ。
そのときだった。
「うおっ!?」
課長が、つまずきそうになった。
すかさず、階段の踊り場のほうからコツコツと靴の音が鳴る。
靴鳴らしが、絶妙なタイミングで「ここ段差あるよ」と教えてくれているのだ。
課長はバランスを崩しかけたが、なんとか踏みとどまり、苦笑した。
「すみません、ちょっと段差が……」
「いえいえ。古い建物ですからね」
お千代は、さらっと言う。
その表情には、微かな笑みが浮かんでいた。
――こういう小さな「事故未遂」が、今日はやけに多かった。
エレベーターが止まりそうになるたび、階数表示盤の狐が「異常なーし」と内部で配線をいじり、スムーズに動かし続ける。
子どもが走って転びそうになるたび、風鈴の精が「そっち行かないで」と鳴いて、注意を引く。
迷子になりかけた子どもは、なぜか紙芝居おじさんのところに辿り着き、物語に捕まって大人しくなる。
人間だけの力では、ここまでスムーズにはいかなかったかもしれない。
あやかしたちが、見えないところで必死に支えている。
朝から、さくらヶ丘第一団地はざわざわしていた。
中庭には、色とりどりの旗と、紙の提灯が飾られている。赤、青、黄色、緑。風に揺れて、光を弾いている。
テーブルが並べられ、その上には駄菓子やら焼きそばやらたこ焼きやら。湯気が立ち上り、いい匂いが漂っている。
集会所の前には、「さくらカフェ 本日限定オープン」の看板。手書きの文字が、温かい。
レコード屋から流れる昭和歌謡が、いつもより少し大きい音量で中庭を包んでいる。懐かしいメロディーが、空気を満たす。
「すご……」
凛は、中庭の真ん中でぐるりと見渡した。
目に映る光景の全てが、キラキラと輝いて見える。
普段は人がまばらな時間帯にも、もう何十人もの住人が集まり始めている。子どもたちは屋台の前を走り回り、自治会のおじいちゃんたちは盆踊りのやぐら(今回は簡易版)を眺めている。
「完っ全に、祭りだね」
由梨が、団地Tシャツ(自治会長がノリで作った)を着て、腕まくりをしている。
白地に赤い文字で「さくらヶ丘第一団地」と書かれた、ちょっとダサいけど愛着の湧くデザイン。
「りん、スタッフ証つけて。迷子対応頼む」
「迷子出る前提なんだ……」
「団地の祭りに迷子はつきものだからね」
風鈴の精が、中庭の上空をくるくると回りながらチリンチリンと鳴いている。その音が、ベランダまで届く。
音に誘われて、ベランダから顔を出す人もいる。「何かやってるの?」と興味津々な表情。
「そういや、例の『お客さんたち』は?」
由梨が、辺りを見回す。
「来たよ」
凛が、顎で入口の方を指す。
そこには、スーツ姿の人々の姿があった。
市の再開発課の課長と若手職員。住宅公社の担当者。そして、デベロッパーのプロジェクトマネージャーらしき人物。
全員、一様に気まずそうな顔をしている。
無理もない。ついこの前、「老朽化した限界団地」とプレゼンした場所に、招待されて来るのだから。どんな顔をしていいか分からないのだろう。
「ようこそ、さくらヶ丘第一団地へ」
お千代が、いつになくきっちりしたスーツ姿で出迎えた。
濃紺のスーツ。パールのイヤリング。髪は低い位置できちんとまとめている。
地味な色合いなのに、不思議と存在感がある。まるで、土地そのものが人の形をとって立っているような、圧倒的な気配。
「管理人の千代と申します。今日は、『いつも通り』プラス『ちょっと特別』な団地を、見ていってくださいね」
その声は、穏やかだけれど有無を言わさぬ力強さがあった。
「は、はぁ……」
再開発課長は、若干押され気味だ。
そのときだった。
「うおっ!?」
課長が、つまずきそうになった。
すかさず、階段の踊り場のほうからコツコツと靴の音が鳴る。
靴鳴らしが、絶妙なタイミングで「ここ段差あるよ」と教えてくれているのだ。
課長はバランスを崩しかけたが、なんとか踏みとどまり、苦笑した。
「すみません、ちょっと段差が……」
「いえいえ。古い建物ですからね」
お千代は、さらっと言う。
その表情には、微かな笑みが浮かんでいた。
――こういう小さな「事故未遂」が、今日はやけに多かった。
エレベーターが止まりそうになるたび、階数表示盤の狐が「異常なーし」と内部で配線をいじり、スムーズに動かし続ける。
子どもが走って転びそうになるたび、風鈴の精が「そっち行かないで」と鳴いて、注意を引く。
迷子になりかけた子どもは、なぜか紙芝居おじさんのところに辿り着き、物語に捕まって大人しくなる。
人間だけの力では、ここまでスムーズにはいかなかったかもしれない。
あやかしたちが、見えないところで必死に支えている。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~
小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える--
クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。
「……うちに美人がいるんです」
「知ってる。羨ましいな!」
上司にもからかわれる始末。
--クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。
彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。
勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。
政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。
嫉妬や当て馬展開はありません。
戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。
全18話、予約投稿済みです。
当作品は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる