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第二話「英雄の資格」
第二章「狩人の罠」・⑤
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※ ※ ※
「タンカーの海難事故──?」
イヤホンを端末に同期させてハンズフリーにし、フルスロットルで基地までの道を疾走する。
右耳からはマクスウェル中尉の緊張した声が聴こえてくる。
『はい。三浦半島沖10キロの地点で──発覚したのはつい五分前。そして同時に、そのすぐ近くから、No.006につけたトラッキングソナーの反応が検知されました』
「・・・・・・まさかそこまでヤツの接近を許すとは・・・ッ!」
思わず歯噛みする。しかし、後悔しても現状は変わらない。
とにかく今は、一刻も早く現着する事が先決だ。
「<モビィ・ディックⅡ>の発進準備はどうか!」
『現在、整備課に確認中です!』
「わかった! 私は直接ドッグへ向かう! 第四垂直昇降門を緊急解放!」
『アイ! マム!』
「機動部隊全員に第一種戦闘配置を通達! 再度命あるまで<モビィ・ディックⅡ>艦内にて待機せよ!」
『アイ! マム‼』
通信を終える。数十メートル先の信号が、黄色に変わった。
「・・・・・・っ!」
アクセルを絞り、加速する。
減速しないままに身体を深く倒し、滑り込むように交差点に入り、大きく右へ曲がる。
三笠公園のゲートをくぐり、そのまま横須賀基地の敷地内へ。
『随分無茶な運転をなさいますね、マスター』
「・・・どうせ君が補助するだろうと見込んでな」
『勿論。お役に立てて何よりです。それでは役立ちついでに一つお願いが』
「・・・連れて行けと言うんじゃないだろうな」
『さすがはマスター。お見通しでしたか』
事前の通達があった様子で、受付のゲートは開いていた。
そのまま道を突っ切り、跳ね上がった道路の「中」──ドッグへ直接繋がる地下通路を更にスピードを上げて進む。
「認可前の兵器を勝手に作戦に持ち込んだとあれば軍法会議ものだ」
『ご安心を。この<ヘルハウンド>はあくまで試作車。一切の武装は積まれておりません』
「後からどうとでも「辻褄」を合わせられる、と言いたいわけか?」
『私の製造目的は、マスターの任務を手伝う事。ここで置き去りにされては、マザーが私を造った意味がありません』
抑揚がなくとも、どこか懇願するような声色のように感じるのは、私の錯覚だろうか。
人工知能に明るくはない私だが、この声の主──<SX-006>と言ったか──が、何とか私の役に立とうとしている事は解る。
なにせ、サラの造ったものなのだ。
「・・・・・・スピーカーは必ずオフにしておけ。隊員たちにバレると面倒だ」
『了解──おっと、「アイ・マム」の方が?』
全く。隙を見せるとすぐこうだ。
「好きにしろ。君は軍人ではない」
『それでは。了解です。マスター』
抑揚のない声で返事が帰ってきた所で、通路の終わりが見えてくる。
通路奥の昇降台に乗って、ようやく下層にあるドックへと辿り着いた。
「桐生隊長! お待ちしておりました! 注水完了次第、いつでも出撃可能です!」
整備課員が一人近づいてきて、敬礼と共に報告してくれる。
「感謝する。ついでに、今から見る事は整備課長には秘密にしておいてくれ」
「えっ? は、はぁ・・・・・・なっ⁉」
彼がイエスを言い終わる前に、再びアクセルをかけ、<ヘルハウンド>に乗ったまま、ドックの縁から飛び降りる。
ハンドルを持ち上げ、開いたままの<モビィ・ディックⅡ>の貨物庫の扉目掛け、後輪から着地した。
リアサスペンションがグンと縮んで衝撃が吸収される。
ウイリーした状態から前輪が降りた所で、前後のブレーキを同時にかけながらハンドルを大きく左に切って車体を横にする。
左足も接地させて三点で着地の勢いを殺しきり、<ヘルハウンド>は無事貨物庫に収まった。
摩擦の影響で走った火花が、ブレーキ痕の灼き付いた床でパチリと跳ねる。
・・・後で多少の文句を言われるのは覚悟しなければなるまい。
『あえてもう一度言います。随分無茶な運転をなさいますね、マスター』
「「猟犬」の役に立ちたいなら、これくらいは覚悟してもらおう。降りるなら今だぞ?」
『Wi-fiが通じるうちにバイク保険に入っておくことにします』
ヘルメットを脱ぎ捨て、手首の端末に呼びかける。
「着艦完了した。貨物庫の扉を閉め、出撃準備を開始しろ。私もすぐ司令室へ向かう」
返事を待たず、通信を切って振り返る。
「別命あるまで待機だ。いいな? つまらん冗談はなしだ」
『勿論、了解です。私はマスターの忠実なるしも──』
減らず口を締め切ろうと、勢いよくドアを閉めた。
「──すまない皆。遅れたな」
着艦してから2分後──。予備の制服に着替え、口元のリップを乱暴にウェットティッシュで拭き去って、<モビィ・ディックⅡ>の作戦司令室の扉を開ける。
通信を担当するため支局の司令室に残る松戸少尉以外の四人の隊員が、慌ただしく出撃の準備に追われている。
向けられた視線に「敬礼は無しだ」とジェスチャーし、艦長席に腰掛けた。
「・・・キリュウ隊長。ご指示を」
右後ろで、後ろ手を組んだマクスウェル中尉が控えた。
「──よし。注水開始!」
「アイ・マム・・・・・・水量25%──35%───」
操縦桿を握りしめながら、ユーリャ少尉がゲージを注視する。
艦内にいると実感が湧かないが、いま外では、全長97メートル・高さ45メートルの鉄のクジラを一刻も早く外へ出そうと、ドック内へ凄まじい勢いで海水を注入しているのだ。
「続いて、艦隊固定台収納後、第二、第三エンジン始動! 出撃用ゲート解放!」
「「アイ!マム!」」
水量が60%を超えた所で、艦体を下から支える固定台をドックの床下に収納。
温めていた第一エンジンに続き、サブの2つのエンジンにも火が入った。
「水量100%・・・!」
「システム、オールクリア!」
「出撃ゲート、解放完了!」
「・・・隊長、行けます」
最後に───一つ、息を吐いた。
「<モビィ・ディックⅡ> ───発進ッ‼」
「「「「アイ! マムッ!」」」」
声を揃えた応答の後、艦尾と「マニューバ・タンク」の合計三基のハイドロジェットが、ダークグレイの巨体を驚異的な速度で大海原へと押し出した。
「目的地への推定到着時刻は?」
「・・・推定、750秒」
トラッキング・ソナーの反応を感知してから、既に13分と43秒が経過していた。
不慣れな艦をこの短時間で出撃させられる極東支局の練度には頭が下がる思いだが、事態は一分一秒を争う。
敵は、既に五隻もの原潜を海の藻屑に変えてきた、体長100メートル以上のジャガーノートなのだ。
「全員の卓上モニターに、先日計測されたNo.006のデータを全て送る。時間がないが、目を通しておいてくれ」
ソナー計測による雑な復元画像だが、水中ドローンが捉えたシルエットが映し出される。
「なんだこりゃあ・・・⁉」
思わず竜ヶ谷少尉の口から声が漏れる。
そこには、前進翼戦闘機の機首を首長竜に挿げ替えたような、不可解な生物の姿があった。
「・・・・・・俗に言う「首長竜」の生き残りと断じるのは難しいですね・・・最大級のエラスモサウルスですら全長は14メートルですから、大きさが違いすぎます」
「・・・進化?」
「今は深海生物の歴史について議論している暇はない。コイツの死体を解剖する時にでもゆっくり語り合うとしよう」
脱線しかけた話題を戻し、口頭でも情報を読み上げる。
「改めて確認だ。No.006は既に米・露の原潜を合計五隻沈め、我々の追跡を躱し続けている狡猾なジャガーノートだ。100メートル以上の巨体ながら、かなり知能が高いと思われ、戦闘においては一瞬の油断が命取りとなるだろう。過去に計測された最大潜航速度は65ノット。この艦の最大出力こそ下回るが、生物がその速度を出しうるという驚異については常に念頭においておけ」
その場にいた全員が、息を呑むのが判った。
「海難事故に遭ったというタンカーは日本の海運会社・白鷺産業が運行する「しらさぎ丸」。全長は150メートル。乗組員の報告を盗み聞きしたところ航行中に「巨大な何か」にぶつかったために船底の一部を損傷。腹には石油をたっぷり溜め込んでいるだろう。火災による二次災害の可能性もある。No.006をタンカーから引き離すのが最優先だ。いいな!」
「「「「イエス・マム!」」」」
返事の威勢の割に、皆の顔は浮かない。
マニュアル通りに出撃したはいいものの、死地を前にして不安が押し寄せきたのだろう。
一昨日も今日も、ろくな準備もなしに駆けつけなければならないシチュエーション続き。
JAGDの長い歴史の中で、同じ支局の機動部隊がこの短期間に2度も作戦を行ったのは、当然ながら史上初だ。
「・・・・・・そう固くなるな。案外途中でパッと消滅するかもしれんぞ」
「・・・それなら楽なんですけどねぇ? でも今日は俺の<アルミラージ>がないですから」
「「俺の」とはまた大きく出たな竜ヶ谷少尉。君の家のガレージに置こうと思ったらいくらするか教えてやろうか?」
「・・・値段聞くと無茶しづらくなるじゃねぇっすか」
ふと交わされた軽口で、少しは雰囲気も軽くなっただろうか。
目を向けると、柵山少尉は先程送ったデータとにらめっこしている。
ジャガーノートは人類の脅威とはいえ、新種の生物である事もまた確かだ。興味をそそられるのは仕方あるまい。
『──桐生隊長! 聴こえますか! 松戸少尉です!』
「桐生だ。どうした?」
極東支局の司令室から通信が入ると、松戸少尉の焦った声が飛び込んで来る。
『現場に、海上保安庁のヘリと一緒に、マスコミの報道ヘリが向かっている模様です!』
「・・・・・・面倒だな」
『テレビ局のシステムをハッキングして、ヘリに帰投命令を出してみますッ!』
「頼んだ」
松戸少尉には早速頼る事になってしまったが、果たして効果があるかどうか・・・・・・。
・・・・・・とてつもなく、嫌な予感がする。だが、それでも行かなければならない。
ジャガーノートと戦えるのは、我々JAGDだけなのだから。
「・・・目標地点まで、推定100秒」
「よし! 緊急浮上! 1番、2番ドローンを発進させろ!」
「アイ! マム!」
いよいよ、対決の時が近づいていた。頼む。間に合ってくれ───。
現在位置は、三浦半島の沖10キロの地点。濁った海水の中から、海上へ向けて突き進む。
そして──午後の太陽の光が揺らめく海面に、巨大な黒い影が浮かび上がった。
「高エネルギー探知───ッ⁉ こっ──これはッッ⁉」
モニターを確認した柵山少尉の悲鳴にも似た声が、艦内に反響した。
「タンカーの海難事故──?」
イヤホンを端末に同期させてハンズフリーにし、フルスロットルで基地までの道を疾走する。
右耳からはマクスウェル中尉の緊張した声が聴こえてくる。
『はい。三浦半島沖10キロの地点で──発覚したのはつい五分前。そして同時に、そのすぐ近くから、No.006につけたトラッキングソナーの反応が検知されました』
「・・・・・・まさかそこまでヤツの接近を許すとは・・・ッ!」
思わず歯噛みする。しかし、後悔しても現状は変わらない。
とにかく今は、一刻も早く現着する事が先決だ。
「<モビィ・ディックⅡ>の発進準備はどうか!」
『現在、整備課に確認中です!』
「わかった! 私は直接ドッグへ向かう! 第四垂直昇降門を緊急解放!」
『アイ! マム!』
「機動部隊全員に第一種戦闘配置を通達! 再度命あるまで<モビィ・ディックⅡ>艦内にて待機せよ!」
『アイ! マム‼』
通信を終える。数十メートル先の信号が、黄色に変わった。
「・・・・・・っ!」
アクセルを絞り、加速する。
減速しないままに身体を深く倒し、滑り込むように交差点に入り、大きく右へ曲がる。
三笠公園のゲートをくぐり、そのまま横須賀基地の敷地内へ。
『随分無茶な運転をなさいますね、マスター』
「・・・どうせ君が補助するだろうと見込んでな」
『勿論。お役に立てて何よりです。それでは役立ちついでに一つお願いが』
「・・・連れて行けと言うんじゃないだろうな」
『さすがはマスター。お見通しでしたか』
事前の通達があった様子で、受付のゲートは開いていた。
そのまま道を突っ切り、跳ね上がった道路の「中」──ドッグへ直接繋がる地下通路を更にスピードを上げて進む。
「認可前の兵器を勝手に作戦に持ち込んだとあれば軍法会議ものだ」
『ご安心を。この<ヘルハウンド>はあくまで試作車。一切の武装は積まれておりません』
「後からどうとでも「辻褄」を合わせられる、と言いたいわけか?」
『私の製造目的は、マスターの任務を手伝う事。ここで置き去りにされては、マザーが私を造った意味がありません』
抑揚がなくとも、どこか懇願するような声色のように感じるのは、私の錯覚だろうか。
人工知能に明るくはない私だが、この声の主──<SX-006>と言ったか──が、何とか私の役に立とうとしている事は解る。
なにせ、サラの造ったものなのだ。
「・・・・・・スピーカーは必ずオフにしておけ。隊員たちにバレると面倒だ」
『了解──おっと、「アイ・マム」の方が?』
全く。隙を見せるとすぐこうだ。
「好きにしろ。君は軍人ではない」
『それでは。了解です。マスター』
抑揚のない声で返事が帰ってきた所で、通路の終わりが見えてくる。
通路奥の昇降台に乗って、ようやく下層にあるドックへと辿り着いた。
「桐生隊長! お待ちしておりました! 注水完了次第、いつでも出撃可能です!」
整備課員が一人近づいてきて、敬礼と共に報告してくれる。
「感謝する。ついでに、今から見る事は整備課長には秘密にしておいてくれ」
「えっ? は、はぁ・・・・・・なっ⁉」
彼がイエスを言い終わる前に、再びアクセルをかけ、<ヘルハウンド>に乗ったまま、ドックの縁から飛び降りる。
ハンドルを持ち上げ、開いたままの<モビィ・ディックⅡ>の貨物庫の扉目掛け、後輪から着地した。
リアサスペンションがグンと縮んで衝撃が吸収される。
ウイリーした状態から前輪が降りた所で、前後のブレーキを同時にかけながらハンドルを大きく左に切って車体を横にする。
左足も接地させて三点で着地の勢いを殺しきり、<ヘルハウンド>は無事貨物庫に収まった。
摩擦の影響で走った火花が、ブレーキ痕の灼き付いた床でパチリと跳ねる。
・・・後で多少の文句を言われるのは覚悟しなければなるまい。
『あえてもう一度言います。随分無茶な運転をなさいますね、マスター』
「「猟犬」の役に立ちたいなら、これくらいは覚悟してもらおう。降りるなら今だぞ?」
『Wi-fiが通じるうちにバイク保険に入っておくことにします』
ヘルメットを脱ぎ捨て、手首の端末に呼びかける。
「着艦完了した。貨物庫の扉を閉め、出撃準備を開始しろ。私もすぐ司令室へ向かう」
返事を待たず、通信を切って振り返る。
「別命あるまで待機だ。いいな? つまらん冗談はなしだ」
『勿論、了解です。私はマスターの忠実なるしも──』
減らず口を締め切ろうと、勢いよくドアを閉めた。
「──すまない皆。遅れたな」
着艦してから2分後──。予備の制服に着替え、口元のリップを乱暴にウェットティッシュで拭き去って、<モビィ・ディックⅡ>の作戦司令室の扉を開ける。
通信を担当するため支局の司令室に残る松戸少尉以外の四人の隊員が、慌ただしく出撃の準備に追われている。
向けられた視線に「敬礼は無しだ」とジェスチャーし、艦長席に腰掛けた。
「・・・キリュウ隊長。ご指示を」
右後ろで、後ろ手を組んだマクスウェル中尉が控えた。
「──よし。注水開始!」
「アイ・マム・・・・・・水量25%──35%───」
操縦桿を握りしめながら、ユーリャ少尉がゲージを注視する。
艦内にいると実感が湧かないが、いま外では、全長97メートル・高さ45メートルの鉄のクジラを一刻も早く外へ出そうと、ドック内へ凄まじい勢いで海水を注入しているのだ。
「続いて、艦隊固定台収納後、第二、第三エンジン始動! 出撃用ゲート解放!」
「「アイ!マム!」」
水量が60%を超えた所で、艦体を下から支える固定台をドックの床下に収納。
温めていた第一エンジンに続き、サブの2つのエンジンにも火が入った。
「水量100%・・・!」
「システム、オールクリア!」
「出撃ゲート、解放完了!」
「・・・隊長、行けます」
最後に───一つ、息を吐いた。
「<モビィ・ディックⅡ> ───発進ッ‼」
「「「「アイ! マムッ!」」」」
声を揃えた応答の後、艦尾と「マニューバ・タンク」の合計三基のハイドロジェットが、ダークグレイの巨体を驚異的な速度で大海原へと押し出した。
「目的地への推定到着時刻は?」
「・・・推定、750秒」
トラッキング・ソナーの反応を感知してから、既に13分と43秒が経過していた。
不慣れな艦をこの短時間で出撃させられる極東支局の練度には頭が下がる思いだが、事態は一分一秒を争う。
敵は、既に五隻もの原潜を海の藻屑に変えてきた、体長100メートル以上のジャガーノートなのだ。
「全員の卓上モニターに、先日計測されたNo.006のデータを全て送る。時間がないが、目を通しておいてくれ」
ソナー計測による雑な復元画像だが、水中ドローンが捉えたシルエットが映し出される。
「なんだこりゃあ・・・⁉」
思わず竜ヶ谷少尉の口から声が漏れる。
そこには、前進翼戦闘機の機首を首長竜に挿げ替えたような、不可解な生物の姿があった。
「・・・・・・俗に言う「首長竜」の生き残りと断じるのは難しいですね・・・最大級のエラスモサウルスですら全長は14メートルですから、大きさが違いすぎます」
「・・・進化?」
「今は深海生物の歴史について議論している暇はない。コイツの死体を解剖する時にでもゆっくり語り合うとしよう」
脱線しかけた話題を戻し、口頭でも情報を読み上げる。
「改めて確認だ。No.006は既に米・露の原潜を合計五隻沈め、我々の追跡を躱し続けている狡猾なジャガーノートだ。100メートル以上の巨体ながら、かなり知能が高いと思われ、戦闘においては一瞬の油断が命取りとなるだろう。過去に計測された最大潜航速度は65ノット。この艦の最大出力こそ下回るが、生物がその速度を出しうるという驚異については常に念頭においておけ」
その場にいた全員が、息を呑むのが判った。
「海難事故に遭ったというタンカーは日本の海運会社・白鷺産業が運行する「しらさぎ丸」。全長は150メートル。乗組員の報告を盗み聞きしたところ航行中に「巨大な何か」にぶつかったために船底の一部を損傷。腹には石油をたっぷり溜め込んでいるだろう。火災による二次災害の可能性もある。No.006をタンカーから引き離すのが最優先だ。いいな!」
「「「「イエス・マム!」」」」
返事の威勢の割に、皆の顔は浮かない。
マニュアル通りに出撃したはいいものの、死地を前にして不安が押し寄せきたのだろう。
一昨日も今日も、ろくな準備もなしに駆けつけなければならないシチュエーション続き。
JAGDの長い歴史の中で、同じ支局の機動部隊がこの短期間に2度も作戦を行ったのは、当然ながら史上初だ。
「・・・・・・そう固くなるな。案外途中でパッと消滅するかもしれんぞ」
「・・・それなら楽なんですけどねぇ? でも今日は俺の<アルミラージ>がないですから」
「「俺の」とはまた大きく出たな竜ヶ谷少尉。君の家のガレージに置こうと思ったらいくらするか教えてやろうか?」
「・・・値段聞くと無茶しづらくなるじゃねぇっすか」
ふと交わされた軽口で、少しは雰囲気も軽くなっただろうか。
目を向けると、柵山少尉は先程送ったデータとにらめっこしている。
ジャガーノートは人類の脅威とはいえ、新種の生物である事もまた確かだ。興味をそそられるのは仕方あるまい。
『──桐生隊長! 聴こえますか! 松戸少尉です!』
「桐生だ。どうした?」
極東支局の司令室から通信が入ると、松戸少尉の焦った声が飛び込んで来る。
『現場に、海上保安庁のヘリと一緒に、マスコミの報道ヘリが向かっている模様です!』
「・・・・・・面倒だな」
『テレビ局のシステムをハッキングして、ヘリに帰投命令を出してみますッ!』
「頼んだ」
松戸少尉には早速頼る事になってしまったが、果たして効果があるかどうか・・・・・・。
・・・・・・とてつもなく、嫌な予感がする。だが、それでも行かなければならない。
ジャガーノートと戦えるのは、我々JAGDだけなのだから。
「・・・目標地点まで、推定100秒」
「よし! 緊急浮上! 1番、2番ドローンを発進させろ!」
「アイ! マム!」
いよいよ、対決の時が近づいていた。頼む。間に合ってくれ───。
現在位置は、三浦半島の沖10キロの地点。濁った海水の中から、海上へ向けて突き進む。
そして──午後の太陽の光が揺らめく海面に、巨大な黒い影が浮かび上がった。
「高エネルギー探知───ッ⁉ こっ──これはッッ⁉」
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