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第二話「英雄の資格」
第二章「狩人の罠」・⑦
しおりを挟む「ッ⁉」
スピーカーから一際大きなヤツの鳴き声が聞こえたかと思うと、得意のジェット噴射を小刻みに行い、四方八方へ無軌道に動き回り始めた。
こちらに狙いを定めさせないつもりか!
「小癪な───ぐぅッッ!」
突如右へ飛んだかと思うと、水中ドローンの接続ワイヤーを掴んで引っ張り、こちらの体勢を崩してくる。
すると次の瞬間には、八本の触手がまるで溝を伝う液体のように這い回り、<モビィ・ディックⅡ>の艦体をあっという間に鷲掴みにした。
「ほっ、本艦に──と、取り付きました!」
そのまま、再び艦体がガクンと揺れる。エレベーターで下降している時と同じ感覚──
自分ごと、この艦を深海へ引き摺り込んでいるのか!
「なんてこったッ! このままヤツのディナー会場へご招待されるって事かよ!」
「・・・・・・」
「フェネストラ」の由来である「窓」の中の溶解液は、吸盤からも分泌される事が判っている。
<モビィ・ディックⅡ>はNo.002対策のため、艦の外郭に特殊コーティングが施されているものの──。
完全に防ぎきれるわけではなく、摩擦で塗装が剥がれた所に溶解液が触れれば、そこからたちまちに融かされてしまう。
そのために距離を保って戦っていたのだが・・・敵もまた、得意の接近戦に持ち込むための作戦を持っていたというわけか。
「ヤツの溶解液がコーティングを突破してきたら・・・一巻の終わりですッ!」
「・・・・・・万事、休す」
「・・・・・・チィッ!」
隊員たちに、かつてない程の不安が広がっているのが見える。
無理もない。太平洋のど真ん中で、巨大なタコに船ごと包み込まれて巣へ運ばれているのだ。
「キリュウ隊長」
私を呼ぶ声がして、マクスウェル中尉と──
・・・・・・いや、マクスウェル副隊長と、目が合った。
消えぬ灯火を宿した、「猟犬」の目だ。
「・・・やれるな?」
「えぇ。あの夜から──最期まで貴女に付いていくと決めましたので」
確かな意志を受け取って、私は立ち上がり、一つ、息を吐いた。
「総員傾注ッッ‼」
突然の大声に、前方のコンソールに腰掛ける三人が驚きながら振り向いた。
「・・・・・・何だ貴様らッ! その腑抜けた面はッ‼」
そして、その顔に思い切り水でもかけてやるつもりで罵倒する。
「前のひょろ長隊長の下ならいざ知らず、この私──「猟犬」の前でその体たらく──! 給料泥棒はタコのエサにしてやる! ハッチを開けてやるから今すぐに溶かされて来いッ‼」
大声でまくし立てる。最初はぽかんとしていた三人も、たちまちに顔を伏せた。
床を見ながら、悔しさに歯噛みしているのが手に取るように判った。
「柵山少尉! 貴様は動物学のエキスパートだろ! 驚いてばかりいずにヤツの行動を予測し、作戦行動の一つでも提案してみろ!」
「は、はいぃッ!」
「竜ヶ谷少尉! 射撃しか能がないくせに2発も魚雷を外したな! 貴様の安月給じゃ1本弁償するだけで破産だぞヘタクソッ!」
「ぐっ・・・い、イエス・マム・・・」
「ユーリャ少尉! 自分の操縦にばかり目が行き過ぎて竜ヶ谷少尉のサポートが疎か過ぎる! 魚雷発射管は貴様と同じで前しか向けないポンコツなんだ! 考えてハンドルを切れ!」
「・・・・・・イエス・マム」
マクスウェルが、隠れてクスリと笑ったのが見えた。
全く──損な役回りだ。
「・・・・・・だが、それでも貴様らは私の誇りだ。一昨日の作戦では大爆発の直前になってもなお任務を投げ出す事無く実行し・・・そして今日も──想定外の敵によく対処している」
「「「っ!」」」
三人が、揃って顔を上げた。
「・・・さて。年下の小娘にこれ以上叱られたくなければ、とっとと仕事をしろ子犬どもッ!タコ野郎を食らいつくし、生きて帰るぞ‼ 全員でだッッ‼」
六つの目に、火が灯った。
それは悔しさからか──それとも───。
「・・・・・・」
中尉が、目で労をねぎらってくる。気恥ずかしさを感じて顔を逸らし、前を見据えた。
「行くぞ───! 総員、反撃開始ッッ‼」
「「「「イエスッ‼ マムッ‼」」」」
艦体はなおも引っ張られ、深海へと向かっている。
このままどこまでも引っ張られるわけにもいかない。<モビィ・ディックⅡ>の耐久性は勿論の事、潜水病の危険もある。
もう十分にタンカーからも引き離した。ここからは、早々に方を付けなければ!
「た、隊長! 提案があるのですが──!」
「言ってみろ」
額に汗をにじませながら、柵山少尉は顔に見合わぬ強気な作戦を提案してきた。
「・・・成程。実に私好みだ。それで行こう」
「ありがとうございますっ!」
少し発破をかけてやればこの通り。
前任のキャンベル隊長は、部下の強みを活かそうというタイプでなかったのは中尉から聞いている。
しかし、未曾有の敵に立ち向かうのに必要なのは、常識やマニュアルにとらわれない自由な発想と、卓越した技術──そして何よりも、どんな絶望に在っても決して諦めない、不屈の心だ。
ここにいる全員が、その資格を持っていると私は信じる──!
「作戦開始だッ! やれ! 竜ヶ谷少尉!」
「アイ・マム! ユーリャ! 合わせろよッ!」
「・・・無論」
No.002の足がかかっていない艦首上部の垂直発射魚雷艦から、「特殊鋼弾頭魚雷」が一気に発射される。
「特殊鋼」とは即ち──ジャガーノート・No.005の硬質化した体組織だ。
<クイィィィ───ッ‼>
狙った通りに、その全てがヤツの「窓」に突き刺さり、その表面にヒビを入れる。
超密度で圧縮された多層の角質である「特殊鋼」は、一瞬では溶け切らない。
これで楔は打ち込まれた。後は───
「機雷モード設定完了! 爆破まで、3──2──1──!」
ヒビを入れた箇所に、機雷モード──つまり自爆モードに切り替えた水中ドローンが吸着した。
出番を待つユーリャ少尉が身構える。
「0ッ‼」
ズン、と視界が揺動する。
この艦に搭載された爆薬の中で最も高威力のものだ。これで割れなければ────
<クイイイイィィィァァァアアアアア───ッッ‼>
「・・・今ッ!」
敵の悲鳴を合図にして、ユーリャ少尉が「マニューバ・タンク」の「前部ジェット」を最大出力で噴射した。
「上下機動」ではなく「空中機動」の名を冠するのは、この<モビィ・ディックⅡ>が水中に於いて立体的な機動を行う事を目的とした兵器であるからだ。
あくまで人の乗った潜水艦と戦うためでなく、生物であるジャガーノートと戦うための兵器なのだ。
そして・・・科学が生んだ空舞うクジラは今──漏れ出した溶解液をバックで躱し、怯んだNo.002の戒めをも解く事に成功したのである。
「「エレクトリック・アンカー」射出ッ!」
艦の左右にある展開式射出口から、ジェット推進の刺突貫通錨が目標の皮膚を穿ち、刺さる。
「返し」のついたツメが展開されると同時、鋼線を伝って、ヤツに高圧電流が流れ込む!
「トドメだ! ヤツの土手っ腹にありったけブチ込めッッ‼」
「オルァ──ッ‼ 食らいやがれ───ッッ‼」
もんどり打っていたNo.002の全身の筋肉が、感電によって弛緩し──足の付根にある、真っ赤なクチバシを見せる。
体内へと繋がるであろうそこに、艦首発射管に詰まっていた全ての魚雷が殺到した。
<コオオオオオォォォ──クイイイィィィィ─────>
──爆発に次ぐ爆発。
嵐のように気泡が舞い乱れ、衝撃は激流となって、艦体を乱暴に振り回そうとする。
ユーリャ少尉が艦底尾翼を展開し、水平舵と合わせて、巧みに姿勢を制御し、保ち続ける。
──そして、爆発が収まった後──残った1番ドローンが、ヤツの息絶えた瞬間を捉えた。
「・・・・・・や、やった・・・?」
たっぷり数秒置いて、柵山少尉がポツリと呟く。
「おぉ・・・! おぉぉ・・・っ‼」
言葉にならない喜びを口にしながら、その場でガッツポーズを決める竜ヶ谷少尉。
「・・・勝利」
・・・・・・コレは驚きだ。ユーリャ少尉も、微笑む事があるのか。
「お疲れさまでした。キリュウ隊長。・・・これはまた昇進ですかね?」
「よしてくれ。これ以上偉くなったら嫁の貰い手がなくなってしまうだろう」
中尉が息を呑んだのが判った。・・・まぁ、今は問うまい。
せっかくの勝利に水を差すような無粋な隊長にはなりたくないからな。
<モビィ・ディックⅡ>・・・本当に素晴らしい機体だ。
そして、ここにいる極東支局の機動部隊員たち──誰一人欠けても、今日の勝利はなかっただろう。
JAGDの歴史で初めて、単騎での大型ジャガーノート撃破。
快挙という他ない結果を前に、思わず浮足立つのは仕方ない。しかし、これで任務は終わりではない。
「・・・君たち、勝利が嬉しいのは判るが、さっさと浮上して支局に帰還を───」
<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>
「なにッッ⁉」
突如として鳴り響く警報。モニターには、「高エネルギー反応探知」の文字。
馬鹿な! ジャガーノートはたった今倒して───
「こ、高エネルギー反応が、は、速さ65ノットで接近中!」
ま、まさか───!
「この波形──な、No.006ですッッ‼」
ありえない事態に、思考が一瞬停止する。
そして、その一瞬が命取りだった。
「緊急回───」
慌てて操縦桿を握るユーリャ少尉に目を向けた直後、突き上げられるような感覚とともに、艦長席が跳ね上げるように身体を襲った。
視界が急激に揺れて思考が白に埋め尽くされ、食いしばった歯を解いて息をしようとした途端、次は左からの圧を受ける。
岩礁にぶつけられたのだろうか。今までで一番大きな揺れが全員を襲った。
「あっ・・・がっ・・・」
「ぐぅぅ・・・・・・」
ユーリャ少尉が頭から血を流し、竜ヶ谷少尉は苦悶の表情で左肩を抑えている。
「な、なぜ・・・ヤツが・・・ここに・・・!」
マクスウェル中尉が、咄嗟に捕まった机の脚を支えにして立ち上がった。
「・・・・・・あ、あぁ・・・そんな・・・アレは・・・‼」
柵山少尉が、今しがた我々を襲った化け物が映ったモニターを指差す。
そこにいたのは、獰猛な歯の並んだ長い首を──尻尾のようにくねらせてこちらを嘲笑う、マンタのような巨大な怪獣だった。
「あ、あの復元画像・・・ぎゃ、逆だったんですか⁉」
「いや、違う。間違いなくあの時は───」
そこまで言って──気付いてしまう。
No.006の姿を捉えたあの時・・・「首長竜」のようだと思っていた姿は、尻尾を前にして泳いでいただけだったのだ。
つまり、ヤツはあの時────
「背後からつけていた我々を・・・ずっと見ていたと言うのか・・・・・・?」
自分という「エサ」をぶら下げ、獲物を誘い出し、あまつさえ他の獲物と争わせた上で・・・・・・最後に、全てを刈り取っていく───。
「全て・・・ヤツの罠だったんだ・・・・・・ッ‼」
<キシャアアアアアアアアアアアアアアアアア‼>
~第三章へつづく~
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