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第三話「進化する生命」
第二章「地底世界の王」・⑦
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※ ※ ※
「き、桐生さん──っ⁉」
鉄パイプを構えた姿勢のまま、思わず問い返してしまった。
聴こえてきた声を頼りに建物の中に入って・・・今、僕が背にしてる男の子──
逃げている途中でお母さんとはぐれてしまったという「ミツルくん」を連れ出そうとした所で、怪獣に襲われたと思ったら──
「どうしてここに、桐生さんが・・・?」
・・・というか、今の鮮やかな手付き・・・明らかに、一般人の動きじゃないよね・・・?
「ど、どうしてと言われると・・・」
元から険しかった表情が苦々しい色を含み、さらに殺傷力を増した。
・・・非常に申し訳ない感想だけど・・・後ろにいるミツルくんには見せない方が良さそうだ。
「そ、それを言ったら君こそ・・・どうしてここに?」
「えっ、いや・・・それはそのぉ・・・」
今度は、僕が答えに窮する番だった。
目を逸らすが、視界の外で突き刺すような視線を感じる。
まるでいま桐生さんが手にしているナイフを喉元に突き立てられているようだ。
「まさか・・・この施設の関係者だったのか・・・?」
殺気が、増した気がした。きっと僕が悪人だと思われているに違いない。
決して悪い事をしようとしていたわけではない事を弁明したい──
がしかし、何故こんな所にいるかを説明する事も、当然出来るはずがない。完全に、手詰まりだった。
「う・・・ひぐっ・・・うわあああああん!」
と、張り詰めた空気を割くように、背中から泣きじゃくる声が聴こえた。
ミツルくんが顔をくしゃくしゃにして泣いている。
・・・・・・何となく気まずくなって、桐生さんと顔を見合わせ、お互いに構えを解いた。
桐生さんはナイフを腰の後ろにしまい、僕もさっき拾った鉄パイプを地面に置く。
「とりあえず・・・事情を聞くのは後だ。ここは危険だ。早く出よう」
「そう・・・ですね。とりあえず、そうしましょう・・・」
振り返り、中腰になってミツルくんの頭をよしよしと撫でる。
・・・これはしばらく泣き止まないなぁ・・・と、こめかみを掻こうとして──頭の中で、声がした。
『ハヤト! 壁の向こうに、いる!』
「っ‼」
警告に従い、ミツルくんをすぐさま抱きかかえて、後方に跳ぶ。
「ハヤト、どうし───」
<ガアァッ!>
桐生さんが何事かと言いかけて、カラスのような声が、耳に届く。
たった今までミツルくんが腰掛けていた瓦礫の上に、怪獣が一体飛び乗る。
すると、それに続いて、瓦礫の後ろから新たに三体が姿を現した。
「───目を瞑れッ!」
最初の一体が瓦礫に乗った瞬間に、既に桐生さんは次の行動を開始していた。
右手を素早く左の二の腕に伸ばし、そこから筒状の物体を引き出した。
かけられた言葉から、それが何であるかを察し、ミツルくんの目を覆いながら、僕自身も目を瞑る。
目を閉じる直前、桐生さんが手に持った筒を、地面に投げつけるのが見えた。
間違いない───閃光手榴弾だ!
<ガアアアァ───ッ‼>
真っ暗の視界の中、怪獣たちの狼狽える声と、次いで、パン! という破裂音が聴こえた。
「ハヤト! その子と一緒に隠れていろ!」
名前を呼ばれ、目を開ける。
桐生さんは、目を潰されてわけもわからず全身を振り回し暴れる怪獣たちに、順番に銃を向け、銀色の弾を発射していた。
・・・よく見ると、放たれたそれは弾丸ではなく、円筒型の装置だった。
肌にそれが吸着すると、怪獣たちの体は痙攣し始める。
「あれは・・・!」
間違いない・・・あれはクロが僕の家の庭から連れ去られる直前、突然どこからか飛んで来た身体をしびれさせる装置だ!
迂闊にもあれを触ってしまった僕は吹っ飛ばされてしまったけど、薄れていく意識の中で、知らない男の声が聴こえたのは覚えている。
そして、その後起こったのが──クロの怪獣化という、大惨事一歩手前の出来事だ。
・・・桐生さんは、クロを連れ去った男と、関係があるという事なんだろうか。
疑念を抱きつつも、ミツルくんと一緒に瓦礫の陰に身を潜めた。
『・・・まずいよ。隠れてる怪獣がいる。女の人の左後方』
「───ッ‼」
頭の中で声がして、勝手に身体が動き出していた。
僕には桐生さんみたいな達人のような技もない。
ほんのちょっと人より運動神経が良いくらいだ。ついさっき怪獣に襲われた時だって、泣き出したいくらい怖かった。
それでも、桐生さんが危ないと──声が聞こえた瞬間、頭で理解する前に──まるで本能がそうさせたかのように、僕の足は駆け出していた。
一度は手放した鉄パイプを拾い上げ、シルフィから教えられた方向へ突進する。
桐生さんは、三体目の怪獣にとどめを刺したところだった。意識は完全に前方に向いている。
左後ろの瓦礫の上に、一体の怪獣が身を乗り出し──桐生さんに飛びかかる───
「おぉぉッッ‼」
宙空に投げ出されたその体躯目掛けて、タイミングもバッチリのフルスイングが決まる──
さすがに押し戻せはしなかったが、動きを止める事は出来た。
「桐生さんッ!」
僕の叫び声で気付いてくれていたんだろう。呼びかける一瞬前には振り返っていた。
僕の方にぎょろりと目を向けていた恐竜の喉元に、瞬く間に三つの穴が空いた。
<ガッ! ガボボッ───>
血の泡で噎せた怪獣が、背中から地面に落ちる。
桐生さんは再び振り返って、痙攣していた最後の一体にとどめを刺した───
「・・・・・・まったく。危ない事をするんだな君は」
銃のスライドが後退しきった状態・・・ハルから聞かされた話だとホールドオープンと言っただろうか。
弾を撃ち尽くした銃をホルスターにしまい、桐生さんが背中越しに話しかけてくる。
「す、すみません・・・身体が勝手に・・・」
慌ててミツルくんの元へ駆け寄りつつ、ケガがないことを確かめる。
「だが・・・やるじゃないか。ジャガーノート相手に、大したガッツだ」
「ジャガーノート」というのは、あの怪獣の名前だろうか。
「き、桐生さんこそ・・・その・・・WHOの人にしては・・・何というか・・・」
言い淀むと、「参ったな」という顔をされる。
ほとんど表情が変わってないから、あくまで推測ではあるけど。
「すまない。あれは嘘だ。詳しくは言えないんだが、私は今のような危険な生物を──」
『───ハヤト! まだ一体いる!』
三度、頭の中で声がした。
桐生さんの後方に目を向けると──俊敏に駆け寄ってくる怪獣が、涎まみれの口を大きく開けて一つ鳴き──彼女に、飛びかかるのが見えた────
「アカネちゃんッ‼ 危ないッッ‼」
───僕は思わず、そう叫んでいた。
どうして下の名前が咄嗟に出てきたのか、自分でもわからない。
再び駆けつけようと踏み出した所で───桐生さんの唇が、動いた。
「───テリオッッ‼」
桐生さんがそう叫ぶと、ブオン!と唸りを上げるエンジンの音が聴こえ───
ガシャン! と大きな音を立てて──
ダークグレイのバイクが、ガラス窓を突き破り、怪獣へと突進──その身体を空中で弾き飛ばした。
<ガアァ───ッ!>
コンクリート片へと勢いよく叩きつけられ、怪獣の断末魔が途切れる。
粉雪のように舞ったガラス片の雨の中でも──桐生さんは、微動だにしていなかった。
そのまま着地したバイクはブレーキをかけながら車体を倒して翻り、桐生さんの背後で従者のように停止する。
・・・バイクには、誰も乗っていなかった。
僕は、眼の前で起こった何もかもが理解できないまま、ぽかんと口を開けて呆けてしまう。
「・・・驚かせてすまない。このバイクは特別製でな」
特別製にしたって特別が過ぎるとは思うけど、目の前で起こった事は間違いなく現実だ。
まぁ・・・妖精にも怪獣にも会っておきながら、勝手に動くバイク相手に驚くというのも今更と言われれば今更だけど・・・。
「というかハヤト・・・今・・・私のこと・・・」
「あっ! そ、そのっ・・・すみません・・・自分でも、どうしてなのか・・・」
「・・・いいや。謝る必要はない。・・・昔、君は私の事をそう呼んでくれていたのだから」
「えっ・・・?」
弾かれたように桐生さんの顔を見ると──今度は間違いない。彼女は、微笑んでいた。
「その・・・・・・嬉しかったよ・・・」
目を細めたその顔を見て──ようやく───夢で見た少女と、目の前の彼女が、繋がった。
まだ何も思い出せないし、桐生さんは覚えてないと言ったけど──
あの時、あの場所で、きっと僕たちは一緒にいた。
そしてきっと──こんな笑顔を、分かち合っていた。
「───桐生さん、昼間はごめんなさい!」
僕は、頭を下げる。
「えっ? な、なんだ突然・・・?」
困惑する桐生さんに、改めて向き合った。
「僕・・・その・・・十年間、忘れたままの記憶が戻るかもって・・・舞い上がっちゃってて・・・久しぶりに会いに来てくれた桐生さんの事も考えずに、自分勝手にへこんじゃって・・・だから、ごめんなさい!」
どう考えたって場違いだとはわかっていたけど、言わずにいられなかった。
「・・・・・・いいや。私の方こそ、すまなかった。仕事を偽っていたのもそうだし・・・今の君に、昔の君のイメージを押し付けてしまっていた。私もその・・・舞い上がってたんだ」
・・・桐生さんも、「舞い上がる」事があるんだな、と純粋に驚いてしまう自分がいた。
「けど・・・君はやっぱり変わってなかったよ。良い意味で。困った顔して笑うくせに、無鉄砲で・・・優しくて。十年経っても、記憶がなくても、君は私の知っているハヤトだ」
そう言ってもらえると、何だか自信が湧いてくる。
記憶がないというのは、自分自身の変化を覚えていないという事でもある。
思い出が人を作るなら、それが欠けている僕は、みんなの知っている僕じゃないかも知れない・・・なんて悩んだ時期もあったから、余計に嬉しかった。
「むしろ私の方こそ・・・変わり果ててしまったな・・・」
自虐するように呟いて、顔を背けてしまう。
掛ける言葉は、どうしてか、迷わなかった。
「そんな! 桐生さん───かっこよかったです!」
「───っ!」
女性に向かって吐く言葉か! と自分の浅はかさを呪ったが、桐生さんは目を見開いた後で、もう一度笑ってくれた。
「・・・やっぱり君は、変わらないな」
桐生さんは、右の手袋を外し、差し出してきた。
「・・・立場上、自分については言えないこともある。それに、君の今ある記憶の中には、私はいない。・・・それでも・・・もう一度私と・・・「ともだち」になってくれないだろうか」
桐生さんの右手は、生傷だらけだった。
きっと、たくさんの修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。
たくさんの経験が、彼女自身が言うように、彼女を変えてしまったのかも知れない。
でも、差し出されたその手を、僕は知っている気がした。
だから──迷いなく、その手を握り返した。
「もちろん! 僕の方からも、よろしくお願いします・・・桐生さん!」
「・・・なんだって?」
笑顔で迎えるはずの瞬間に僕を襲ったのは、右手を戒める桐生さんの握力だった。
「あいたたたたたっっ! えぇっ? なんでッ? き、桐生さんっ⁉」
「・・・ともだちなら・・・もう少し、ふさわしい呼び方がある・・・んじゃ・・・ないのか・・・?」
「・・・・・・・・・あ、アカネ・・・さん・・・・・・?」
「・・・まぁ、及第点だな」
ぱっと手を離される。どうやら許してもらえたらしい。
「改めて、よろしくな。ハヤト」
桐生さ・・・じゃなくて、アカネさんは、そう言ってもう一度微笑む。
「あはは・・・よ、よろしくお願いします・・・」
思わず困った笑いが出たけど・・・仲直りできて嬉しい気持ちは、本当だった。
「っと・・・しまった。こんな事をしている場合ではなかったな。少し待っていてくれ」
アカネさんは、ヘルメットの左側に手をあてる。
・・・自分について言えない事もあると、彼女は言ったけど・・・それは僕も同じ。
ただでさえ、ずっと仲の良い親友たちにすら、隠し事をしているのだ。
秘密はお互い様でも、胸のどこかがもやっとしたまま・・・・・・ほんの少し、握られた右手に痛みが残っていた。
・・・アカネさんの隠し事には悪意がないと信じられるからこそ、余計に。
「こちらハウンド1。民間人二名を保護した。これからヘリに向かって──」
おそらく仲間と通信しているんだろう。アカネさんの声を背中で聞きながら、ひとりにしてしまっていたミツルくんの相手をしていると───
突然、建物が大きく揺れ始めた。
「うわああああああっ!」
「ミツルくんっ!」
覆いかぶさり、揺れが収まるのを待つ。
怪獣に襲われた後に地震だなんて、本当についていない。
地面に縫い付けられたように動けない時間が過ぎ、ようやく揺れが収まった。
「・・・・・・大丈夫? ケガはない?」
「・・・うん。ありがとう、お兄ちゃん・・・」
涙を浮かべながらも、感謝を伝えてくる。怖いだろうに、強い子だ。
絶対にお母さんの所に送り届けなくちゃ!と決意して───
「───何ッ⁉ 新たな高エネルギー反応だとッ⁉」
アカネさんが、大きな声を上げ、次いで、ズシン、と再び建物が揺れた。
「此処は危険だ! 外に出るぞッ‼」
急いでミツルくんを抱え、アカネさんの後に続く。
建物の揺れは、走っている間にも等間隔で続いていた。
確信にも似た嫌な予感が──冷や汗となって背筋を伝う。
「なん・・・だ・・・アレは────」
そして──建物を出た僕たちが見たのは、夜の暗闇に佇む、巨大な影だった。
~第三章へつづく~
「き、桐生さん──っ⁉」
鉄パイプを構えた姿勢のまま、思わず問い返してしまった。
聴こえてきた声を頼りに建物の中に入って・・・今、僕が背にしてる男の子──
逃げている途中でお母さんとはぐれてしまったという「ミツルくん」を連れ出そうとした所で、怪獣に襲われたと思ったら──
「どうしてここに、桐生さんが・・・?」
・・・というか、今の鮮やかな手付き・・・明らかに、一般人の動きじゃないよね・・・?
「ど、どうしてと言われると・・・」
元から険しかった表情が苦々しい色を含み、さらに殺傷力を増した。
・・・非常に申し訳ない感想だけど・・・後ろにいるミツルくんには見せない方が良さそうだ。
「そ、それを言ったら君こそ・・・どうしてここに?」
「えっ、いや・・・それはそのぉ・・・」
今度は、僕が答えに窮する番だった。
目を逸らすが、視界の外で突き刺すような視線を感じる。
まるでいま桐生さんが手にしているナイフを喉元に突き立てられているようだ。
「まさか・・・この施設の関係者だったのか・・・?」
殺気が、増した気がした。きっと僕が悪人だと思われているに違いない。
決して悪い事をしようとしていたわけではない事を弁明したい──
がしかし、何故こんな所にいるかを説明する事も、当然出来るはずがない。完全に、手詰まりだった。
「う・・・ひぐっ・・・うわあああああん!」
と、張り詰めた空気を割くように、背中から泣きじゃくる声が聴こえた。
ミツルくんが顔をくしゃくしゃにして泣いている。
・・・・・・何となく気まずくなって、桐生さんと顔を見合わせ、お互いに構えを解いた。
桐生さんはナイフを腰の後ろにしまい、僕もさっき拾った鉄パイプを地面に置く。
「とりあえず・・・事情を聞くのは後だ。ここは危険だ。早く出よう」
「そう・・・ですね。とりあえず、そうしましょう・・・」
振り返り、中腰になってミツルくんの頭をよしよしと撫でる。
・・・これはしばらく泣き止まないなぁ・・・と、こめかみを掻こうとして──頭の中で、声がした。
『ハヤト! 壁の向こうに、いる!』
「っ‼」
警告に従い、ミツルくんをすぐさま抱きかかえて、後方に跳ぶ。
「ハヤト、どうし───」
<ガアァッ!>
桐生さんが何事かと言いかけて、カラスのような声が、耳に届く。
たった今までミツルくんが腰掛けていた瓦礫の上に、怪獣が一体飛び乗る。
すると、それに続いて、瓦礫の後ろから新たに三体が姿を現した。
「───目を瞑れッ!」
最初の一体が瓦礫に乗った瞬間に、既に桐生さんは次の行動を開始していた。
右手を素早く左の二の腕に伸ばし、そこから筒状の物体を引き出した。
かけられた言葉から、それが何であるかを察し、ミツルくんの目を覆いながら、僕自身も目を瞑る。
目を閉じる直前、桐生さんが手に持った筒を、地面に投げつけるのが見えた。
間違いない───閃光手榴弾だ!
<ガアアアァ───ッ‼>
真っ暗の視界の中、怪獣たちの狼狽える声と、次いで、パン! という破裂音が聴こえた。
「ハヤト! その子と一緒に隠れていろ!」
名前を呼ばれ、目を開ける。
桐生さんは、目を潰されてわけもわからず全身を振り回し暴れる怪獣たちに、順番に銃を向け、銀色の弾を発射していた。
・・・よく見ると、放たれたそれは弾丸ではなく、円筒型の装置だった。
肌にそれが吸着すると、怪獣たちの体は痙攣し始める。
「あれは・・・!」
間違いない・・・あれはクロが僕の家の庭から連れ去られる直前、突然どこからか飛んで来た身体をしびれさせる装置だ!
迂闊にもあれを触ってしまった僕は吹っ飛ばされてしまったけど、薄れていく意識の中で、知らない男の声が聴こえたのは覚えている。
そして、その後起こったのが──クロの怪獣化という、大惨事一歩手前の出来事だ。
・・・桐生さんは、クロを連れ去った男と、関係があるという事なんだろうか。
疑念を抱きつつも、ミツルくんと一緒に瓦礫の陰に身を潜めた。
『・・・まずいよ。隠れてる怪獣がいる。女の人の左後方』
「───ッ‼」
頭の中で声がして、勝手に身体が動き出していた。
僕には桐生さんみたいな達人のような技もない。
ほんのちょっと人より運動神経が良いくらいだ。ついさっき怪獣に襲われた時だって、泣き出したいくらい怖かった。
それでも、桐生さんが危ないと──声が聞こえた瞬間、頭で理解する前に──まるで本能がそうさせたかのように、僕の足は駆け出していた。
一度は手放した鉄パイプを拾い上げ、シルフィから教えられた方向へ突進する。
桐生さんは、三体目の怪獣にとどめを刺したところだった。意識は完全に前方に向いている。
左後ろの瓦礫の上に、一体の怪獣が身を乗り出し──桐生さんに飛びかかる───
「おぉぉッッ‼」
宙空に投げ出されたその体躯目掛けて、タイミングもバッチリのフルスイングが決まる──
さすがに押し戻せはしなかったが、動きを止める事は出来た。
「桐生さんッ!」
僕の叫び声で気付いてくれていたんだろう。呼びかける一瞬前には振り返っていた。
僕の方にぎょろりと目を向けていた恐竜の喉元に、瞬く間に三つの穴が空いた。
<ガッ! ガボボッ───>
血の泡で噎せた怪獣が、背中から地面に落ちる。
桐生さんは再び振り返って、痙攣していた最後の一体にとどめを刺した───
「・・・・・・まったく。危ない事をするんだな君は」
銃のスライドが後退しきった状態・・・ハルから聞かされた話だとホールドオープンと言っただろうか。
弾を撃ち尽くした銃をホルスターにしまい、桐生さんが背中越しに話しかけてくる。
「す、すみません・・・身体が勝手に・・・」
慌ててミツルくんの元へ駆け寄りつつ、ケガがないことを確かめる。
「だが・・・やるじゃないか。ジャガーノート相手に、大したガッツだ」
「ジャガーノート」というのは、あの怪獣の名前だろうか。
「き、桐生さんこそ・・・その・・・WHOの人にしては・・・何というか・・・」
言い淀むと、「参ったな」という顔をされる。
ほとんど表情が変わってないから、あくまで推測ではあるけど。
「すまない。あれは嘘だ。詳しくは言えないんだが、私は今のような危険な生物を──」
『───ハヤト! まだ一体いる!』
三度、頭の中で声がした。
桐生さんの後方に目を向けると──俊敏に駆け寄ってくる怪獣が、涎まみれの口を大きく開けて一つ鳴き──彼女に、飛びかかるのが見えた────
「アカネちゃんッ‼ 危ないッッ‼」
───僕は思わず、そう叫んでいた。
どうして下の名前が咄嗟に出てきたのか、自分でもわからない。
再び駆けつけようと踏み出した所で───桐生さんの唇が、動いた。
「───テリオッッ‼」
桐生さんがそう叫ぶと、ブオン!と唸りを上げるエンジンの音が聴こえ───
ガシャン! と大きな音を立てて──
ダークグレイのバイクが、ガラス窓を突き破り、怪獣へと突進──その身体を空中で弾き飛ばした。
<ガアァ───ッ!>
コンクリート片へと勢いよく叩きつけられ、怪獣の断末魔が途切れる。
粉雪のように舞ったガラス片の雨の中でも──桐生さんは、微動だにしていなかった。
そのまま着地したバイクはブレーキをかけながら車体を倒して翻り、桐生さんの背後で従者のように停止する。
・・・バイクには、誰も乗っていなかった。
僕は、眼の前で起こった何もかもが理解できないまま、ぽかんと口を開けて呆けてしまう。
「・・・驚かせてすまない。このバイクは特別製でな」
特別製にしたって特別が過ぎるとは思うけど、目の前で起こった事は間違いなく現実だ。
まぁ・・・妖精にも怪獣にも会っておきながら、勝手に動くバイク相手に驚くというのも今更と言われれば今更だけど・・・。
「というかハヤト・・・今・・・私のこと・・・」
「あっ! そ、そのっ・・・すみません・・・自分でも、どうしてなのか・・・」
「・・・いいや。謝る必要はない。・・・昔、君は私の事をそう呼んでくれていたのだから」
「えっ・・・?」
弾かれたように桐生さんの顔を見ると──今度は間違いない。彼女は、微笑んでいた。
「その・・・・・・嬉しかったよ・・・」
目を細めたその顔を見て──ようやく───夢で見た少女と、目の前の彼女が、繋がった。
まだ何も思い出せないし、桐生さんは覚えてないと言ったけど──
あの時、あの場所で、きっと僕たちは一緒にいた。
そしてきっと──こんな笑顔を、分かち合っていた。
「───桐生さん、昼間はごめんなさい!」
僕は、頭を下げる。
「えっ? な、なんだ突然・・・?」
困惑する桐生さんに、改めて向き合った。
「僕・・・その・・・十年間、忘れたままの記憶が戻るかもって・・・舞い上がっちゃってて・・・久しぶりに会いに来てくれた桐生さんの事も考えずに、自分勝手にへこんじゃって・・・だから、ごめんなさい!」
どう考えたって場違いだとはわかっていたけど、言わずにいられなかった。
「・・・・・・いいや。私の方こそ、すまなかった。仕事を偽っていたのもそうだし・・・今の君に、昔の君のイメージを押し付けてしまっていた。私もその・・・舞い上がってたんだ」
・・・桐生さんも、「舞い上がる」事があるんだな、と純粋に驚いてしまう自分がいた。
「けど・・・君はやっぱり変わってなかったよ。良い意味で。困った顔して笑うくせに、無鉄砲で・・・優しくて。十年経っても、記憶がなくても、君は私の知っているハヤトだ」
そう言ってもらえると、何だか自信が湧いてくる。
記憶がないというのは、自分自身の変化を覚えていないという事でもある。
思い出が人を作るなら、それが欠けている僕は、みんなの知っている僕じゃないかも知れない・・・なんて悩んだ時期もあったから、余計に嬉しかった。
「むしろ私の方こそ・・・変わり果ててしまったな・・・」
自虐するように呟いて、顔を背けてしまう。
掛ける言葉は、どうしてか、迷わなかった。
「そんな! 桐生さん───かっこよかったです!」
「───っ!」
女性に向かって吐く言葉か! と自分の浅はかさを呪ったが、桐生さんは目を見開いた後で、もう一度笑ってくれた。
「・・・やっぱり君は、変わらないな」
桐生さんは、右の手袋を外し、差し出してきた。
「・・・立場上、自分については言えないこともある。それに、君の今ある記憶の中には、私はいない。・・・それでも・・・もう一度私と・・・「ともだち」になってくれないだろうか」
桐生さんの右手は、生傷だらけだった。
きっと、たくさんの修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。
たくさんの経験が、彼女自身が言うように、彼女を変えてしまったのかも知れない。
でも、差し出されたその手を、僕は知っている気がした。
だから──迷いなく、その手を握り返した。
「もちろん! 僕の方からも、よろしくお願いします・・・桐生さん!」
「・・・なんだって?」
笑顔で迎えるはずの瞬間に僕を襲ったのは、右手を戒める桐生さんの握力だった。
「あいたたたたたっっ! えぇっ? なんでッ? き、桐生さんっ⁉」
「・・・ともだちなら・・・もう少し、ふさわしい呼び方がある・・・んじゃ・・・ないのか・・・?」
「・・・・・・・・・あ、アカネ・・・さん・・・・・・?」
「・・・まぁ、及第点だな」
ぱっと手を離される。どうやら許してもらえたらしい。
「改めて、よろしくな。ハヤト」
桐生さ・・・じゃなくて、アカネさんは、そう言ってもう一度微笑む。
「あはは・・・よ、よろしくお願いします・・・」
思わず困った笑いが出たけど・・・仲直りできて嬉しい気持ちは、本当だった。
「っと・・・しまった。こんな事をしている場合ではなかったな。少し待っていてくれ」
アカネさんは、ヘルメットの左側に手をあてる。
・・・自分について言えない事もあると、彼女は言ったけど・・・それは僕も同じ。
ただでさえ、ずっと仲の良い親友たちにすら、隠し事をしているのだ。
秘密はお互い様でも、胸のどこかがもやっとしたまま・・・・・・ほんの少し、握られた右手に痛みが残っていた。
・・・アカネさんの隠し事には悪意がないと信じられるからこそ、余計に。
「こちらハウンド1。民間人二名を保護した。これからヘリに向かって──」
おそらく仲間と通信しているんだろう。アカネさんの声を背中で聞きながら、ひとりにしてしまっていたミツルくんの相手をしていると───
突然、建物が大きく揺れ始めた。
「うわああああああっ!」
「ミツルくんっ!」
覆いかぶさり、揺れが収まるのを待つ。
怪獣に襲われた後に地震だなんて、本当についていない。
地面に縫い付けられたように動けない時間が過ぎ、ようやく揺れが収まった。
「・・・・・・大丈夫? ケガはない?」
「・・・うん。ありがとう、お兄ちゃん・・・」
涙を浮かべながらも、感謝を伝えてくる。怖いだろうに、強い子だ。
絶対にお母さんの所に送り届けなくちゃ!と決意して───
「───何ッ⁉ 新たな高エネルギー反応だとッ⁉」
アカネさんが、大きな声を上げ、次いで、ズシン、と再び建物が揺れた。
「此処は危険だ! 外に出るぞッ‼」
急いでミツルくんを抱え、アカネさんの後に続く。
建物の揺れは、走っている間にも等間隔で続いていた。
確信にも似た嫌な予感が──冷や汗となって背筋を伝う。
「なん・・・だ・・・アレは────」
そして──建物を出た僕たちが見たのは、夜の暗闇に佇む、巨大な影だった。
~第三章へつづく~
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