恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
上 下
158 / 325
第七話「狙われた翼 後編」

 第一章「惜別」・③

しおりを挟む
       ※  ※  ※


「──そして、No.007を攻撃する素振りを見せたNo.011が突然動きを止め、その10秒後に地面に墜落してから、さらに58分20秒後・・・高エネルギーの波形は元のパターンに戻り、形態も初観測時と同じ状態に再び変化・・・その後、光の粒子になって消滅───」

『・・・・・・』

 画面に映る老人は、血の気の薄い唇をぐっと噛み締めながら、眉間を指で揉む。

「以上が、今回の顛末です」

『・・・・・・報告ご苦労だった。キリュウ少佐』

 大きく溜息を吐き、白髪に手で櫛を入れ、そう口にする。

 溜息の主の名は・・・「クェンティン・リバスター」。

 かつてはアメリカ国防省の重役、現在は JAGDの副総局長を務める傑物である。

『・・・まったく、判らない事だらけだな。現場ではいつもの事かも知れないが』

 この手の組織にしては珍しく、現場の苦労を知っているのが彼の美点だと私は思う。

『報告を急いてしまってすまない。各方面からの催促が度を越していてな』

 無理もない。米露中の「衛星消失事件」の犯人は、ほぼ間違いなくNo.013だ。

 おそらく、地球降下時に通ってきたのが、不運にも偵察衛星の渋滞地域だったのだろう。

 ・・・・・・とは言え、逆にそのうち一国の衛星のみが破壊されていたら、核ミサイルのスイッチが押されていた可能性もあると考えると・・・不幸中の幸いと言えるかも知れないな。

「いえ。それに・・・まだ我々の仕事は終わっていません」

『・・・キリュウ少佐。誰よりもジャガーノートと戦ってきた君に聞きたい。No.013は・・・再び現れると思うかね?』

 副総局長は、現場の者にしかわからない感覚・・・要するに、私の「勘」を聞きたいらしい。

 随分と重い期待だが、問われたからには答えねばなるまい。

「ほぼ、間違いないかと。・・・No.013には、およそ機械とは思えない執念深さがあります。この星に、No.011──ヤツの「獲物」が居続ける限り、必ず何度でも襲ってくるでしょう」

 No.013は「人類の手に負えるものではない」・・・と、No.011は言っていた。

 あらゆる金属を取り込み、それを自在に操り、おまけに大出力の荷電粒子砲まで備えた、体長100メートルの自律稼働ロボット・・・

 チープなSF映画の敵キャラクターか何かかと笑い飛ばしたいところだが、そんな化物を現実で相手取るのは我々JAGDなのだ。

『各国のジャガーノートに対する法整備からしても、核兵器の使用は難しいだろう。しかし、現状JAGDで使用可能な兵器の中に、No.013を殲滅し得るものはあるのか・・・』

「それに、問題はNo.013だけではありません。卯養島で観測された、赤いNo.011・・・あれがヤツの本性だとすれば、No.013以上の脅威に成り得ます。万が一核を使えたとしても、放ったミサイルが念動力で返され、各国の主要都市が破壊されれば、それだけで人類は滅亡です」

『・・・しかしそれでも戦うのが、我々の責務だ。私も、祈る以外に出来る事を探そう』

 固く唇を結んだまま、リバスター副総局長はもう一度大きく息を吐いた。

『No.011とNo.013について、現状判明しているデータを全ての支局に共有しておいてくれ。それと、<モビィ・ディックⅡ>はどうなったかね?』

「幸い司令室は無事でしたので、艦橋部分を収納させ、<潜水艦>モードで待機中です」

『わかった。卯養島には本局から調査チームを出そう。君たち極東支局は、作戦行動に備えて待機を頼みたい。経験豊富な君たちの力が、今は何よりも必要だ』

「アイ・サー。ご期待に添えるよう、尽力致します」

 しっかりと目を見つめ返し、迷いなく返答する。

 すると、少し逡巡して・・・リバスター副総局長がもう一言添えた。

『・・・No.013は、脅威であると同時に、「地球外文明の兵器」という人類のさらなる発展に貢献し得る存在でもある。良くも悪くもな。・・・・・・故に・・・』

「かしこまりました。には充分注意致します」

 先日No.005ガラムNo.008ガラムキングを呼び寄せるきっかけとなった秘密施設といい、ジャガーノートのサンプルは、どこの国も喉から手が出る程欲しがっている。

 既存の生態系から外れたヤツらの存在は、その全てが「未知なる科学兵器の原石」なのだ。

 ・・・勿論、メイザー兵器というを造ってしまったJAGDにも責任の一端はあるが。

『頼んだぞ、キリュウ少佐。・・・それでは引き続き警戒にあたってくれ』

 答礼したところで、映像が切れる。

 会議室を出ると、マクスウェル中尉が待っていた。

「お疲れ様です隊長。基地の司令室に全員を集めますか?」

 No.011とNo.013に関するデータを各支局の隊長たちへ送信しつつ、少し考える。

「・・・いや。このまま<モビィ・ディックⅡ>に戻って艦内で待機だ。ミーティングはどこでも出来る。今はとにかく、事が起こった場合に備えよう」

「アイ・マム」

 歩きながら、中尉の返事を背中で聞く。

 やる事は山積みだが、隊員たちの士気も心配だ。

 No.013に圧倒された挙げ句、再びヤツが襲って来る恐怖と戦い続けながら待機しなければならないのだ。

 会議の内容を共有次第、交代で睡眠をとらせて───

「隊長! ミーティングの前に、一言だけ。・・・・・・申し訳ありませんでした」

 思考の途中で、矢庭に中尉が頭を下げて来る。

 間違いなく、ジャガーノートとの共同戦線を張りたいという申し出をした事への謝罪だろう。

 No.011の暴れる姿を目にして、自分の浅はかさを恥じた・・・といったところか。

「やれやれ。本当に頭の固い男だな。言い出さなければ忘れたままだったというのに」

 冗談めかしてみるが、中尉の表情は硬いままだ。

「・・・中尉。今なら、私の言った事の意味がわかるな?」

「・・・・・・はい」

「なら、この件は不問だ。今は目の前の事に集中しろ」

「イエス・マム‼」

 中尉には強く言いながら──うちから突き出たトゲが、胸をちくりと刺したのが判った。

 ・・・・・・決して口には出せないが、やはり私にも未練があったらしい。


 No.011・・・・・・お前の本性は・・・どっちなんだ・・・・・・?


「! こちらマクスウェル・・・・・・わかった。いま隊長へ繋ぐ」

 くらもやがかった思考が頭を支配しかけたところで、中尉から通信が回ってくる。

 画面の表記を見れば、柵山少尉からだった。会議中かも知れないとおもんぱかって中尉にかけたわけか。

「私だ。どうした?」

『お疲れ様です。No.011が斬り落としたNo.013の残骸を調べてみて、いくつか判明した事があったので・・・ご報告をと思いまして』

 声色からすると、良いニュースではなさそうだ・・・が、しかし、聞かざるを得まい。

「・・・聞かせてくれ」

『No.013の身体は、鉄やチタンなど複数の金属が複雑に組み合わさった合金製の外骨格と、その中にある鋼線を束ねた疑似筋肉で造られているようです。ロボットとなると僕の専門外なのですが、関節の構造はカニに近いかと思われます。・・・それと───』

 そこで一度言葉を区切った。どうやら、ここからが本題らしい。

「──電子顕微鏡によって、残骸の表層及び内部に、極微小の人工物が発見されました。現状、稼働してはいませんが・・・十中八九、ナノマシンかと思われます」

 思わず、顔を覆いたくなる。本当に、チープなSF世界へ迷い込んだ気分だ。

 心を落ち着ける意図も含めて、一つ息を吐いてから、端末へ話しかける。

「・・・勝手な予想だが、金属を取り込んだり、体から新しい武器を出したりといった芸当も、そのナノマシンによるもの・・・という事か?」

『おそらくは・・・としか言えません。機械工学・・・それもナノ工学テクノロジーに関しては、ロボット以上に門外漢もいいところですから』

 ただ、と柵山少尉は付け足す。

『不気味なのは、外骨格の表層から一つ、内部から一つ、そして疑似筋肉の中から一つ・・・少なくとも3種類のナノマシンが発見された点なんです』

「・・・それぞれに、違った役割がある・・・?」

『仮説ですが・・・表層近くにあるナノマシンは外部から金属を取り込む役割、内部にあるナノマシンは身体を変形させる役割・・・と考えても、あと一つの説明がつかないんです』

 端末の向こうで、少尉がうぅんと唸った。

『腕を伸ばしてみせたのは、疑似筋肉の伸縮率を考えれば外骨格の変形だけで済みそうでして・・・あの光線を撃つための機構か、あるいは運動能力向上のためのものかも知れません』

 昆虫は素早く身体を動かすために、頭部以外にも「神経節」という第二の脳のようなものを持つという。

 そう考えると、体中に埋め込まれたナノマシン同士が中継機のような役割を果たして、反応速度を上昇させている・・・というのはおかしな話ではない。

「なるほどな・・・詳細な分析は専門家に任せる事にしよう。本局にデータを送っておいてくれ。話は私から通しておく。それと、残骸を今すぐ一切の電波を遮断した空間へ移してくれ」

 No.013が斬り落とされた残骸を無線で操作するような芸当を見せなかった以上、ひとりでに動き出す事はないと思うが、ナノマシンの正体が判らないうちは万全を期すべきだろう。

『アイ・マム!』

 返事を聞いたところで、ちょうど目の前に来たエレベーターに中尉と二人乗り込む。

 「ナノマシン」・・・まだ人類史では実用化には至っていなかったと記憶しているが・・・あれだけのロボットを造れる文明なら、組み込んでいない方が不自然と考えるべきか。

「どうにか・・・対応策を考えねばなりませんね」

「・・・そうだな」

 その一言を最後に、地下のドックへ向かうエレベーターの中を静寂が支配する。

 ・・・・・・「対応策を考える猶予があればいいが」とは、思っていても口に出せなかった。
しおりを挟む

処理中です...