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第七話「狙われた翼 後編」
第二章「共闘」・③
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※ ※ ※
「・・・オラティオンさん・・・って・・・あの島で会った親子の怪獣・・・ですよね・・・?」
観覧車から見下ろす景色の中で、クロがまとまらない思考を必死に整理しようとしているのが視える。
・・・あの子は何事にでも一生懸命で・・・少し眩しくすらある。
「無関係な生き物を巻き込むなんて・・・ひどすぎる・・・!」
隣にいるハヤトは、苦虫を噛み潰したような顔をして、何か自分に出来る事を探そうと頭を悩ませている。
・・・少し危なっかしいけれど、本当に優しい子だわ。
きっとそんなところも含めて、クロはハヤトに似たのね。
『・・・・・・』
二人の間には、その様子をじっと見つめているシルフィ。
・・・彼女の思考だけは、どれだけ眼をこらしても視えない。
最後まで正体は判らなかったけど、「ハヤトを守る」という意思には一片の曇りもなさそうだし・・・余計な心配はいらないかしら。
───そして、その輪に加わることなく、玄関の中で独りでいるカノン。
・・・こういう時は、自分の力が殊更憎くなる。視えなくていい心まで、視えてしまうから。
<余計な話をしてしまったわね>
・・・名残惜しいけれど、これ以上はダメ。
・・・・・・そうよ。いつもと同じ。今回だけ特別なわけじゃない。
いつもと同じように別れて、いつもと同じように見送られて、いつもと同じように・・・ふとした瞬間に思い出して──少しだけ、虚しくなったりして・・・・・・
<あの子は、私が助けに行く。自分の不始末は、自分で片付けるわ>
お別れなんて、いつもしてきた事じゃない。いい加減に、行かなくちゃ。
<・・・・・・それじゃあね、皆。良い人生を>
クロが、必死に私の名前を呼んでいるのが聴こえる。
ハヤトが、ぐっと涙を堪えているのが背中越しでもわかってしまう。
・・・もう振り返らないと決めて、翼を広げた。
ハヤトの家の商売道具に傷を付けるわけにいかないから、羽撃く前に少し体を浮かせて・・・
<ッ⁉>
一瞬、体がふらついたのが判った。
思った以上に、傷が癒えていない。
・・・それでも、行かなくちゃ。これ以上、あの子たちに迷惑はかけられない。
───あの陽だまりのように明るい場所を、陰らせてはいけない。
<・・・・・・ッ‼>
全身から力を絞り出して、観覧車の上から飛び立つ。
空中に躍り出た所で大きく羽撃き、一気に上昇──
そのまま後方に向かって力を放ち、前方へ一気に加速。
空気の抵抗もあって宇宙空間ほどの速度は出ないけれど、音よりは速く飛べる。
市街地に衝撃波を与えないよう海の上を行き、あっという間に沖合へ。
そのまま、空中で静止して、目の前を飛び交う「波」の嵐に向かって目を凝らすと───
<あれね・・・!>
思いの外早く、目的の「波」──JAGDの海上観測機が捉えている、ザムルアトラの探知反応を視認する。
・・・センサーを透過できるはずのアレがわざわざ姿を見せながら飛んでいるのは、あの子を抱えているからなのか・・・それとも、私に見せつけるためなのか・・・・・・
<・・・おそらく、両方ね。アレの電子頭脳は高度だけどサイテーだわ>
さて──後悔を振り切ろうと飛び出して来てしまったけれど、どう戦うべきかしらね。
アレを引き付けた状態でこの星を離れれば・・・いえ、駄目ね。
それじゃあ宇宙空間に適応出来ないあの子が死んでしまう。
・・・全方向から力を使って圧潰させるのも、あの子ごと潰してしまう事になるし、そもそも消費も激しいから暴走のリスクも高い・・・
<・・・本当に、最悪な手を使ってくれたわね・・・っ‼>
私があの子を見捨てられないという計算の上での行動・・・正直、手詰まりの感もある。
「次は、一緒に力を合わせて戦えば───」
<・・・・・・>
一瞬、先程聞いたクロの言葉が脳裏をかすめた。
・・・・・・我ながら、女々しいわね。
昨夜は自分で最後まで戦わなかったせいで、あの子を死なせかけたと言うのに。
・・・そうよ。さっき自分でも言ったじゃない。
<・・・・・・私は、選んだのよ・・・独りになる事を>
呟いた所で、真っ暗な海の彼方から迫る光が見えた。
豆粒ほどの大きさの光は、数秒と経たずに大きく、はっきりとした輪郭を形作る。
<来た・・・・・・‼>
JAGDの通信で、どんな姿になっているかは判っているつもりだったけれど・・・・・・
「実物」を目の当たりにして、御し切れない程の怒りが湧き上がってくる。
その歪な鋼の塊は、後ろ脚を推進器に、腕の一部を翼にそれぞれ変形させて、音速に届こうかという速度で飛行していた。
そして、その凄まじい風圧を前面で受けているのは・・・両腕を鋏に貫かれ、鉄の仮面に頭部を包まれた、見るも無惨な姿のあの子──
二台は文字通り、強制的に「合体」している状態だった。・・・・・・最悪の二人羽織ね。
<早く助け出さないと・・・!>
アレは、私の姿を捉えたら、必ずこちらを捕まえようとしてくるはず。
私自身を囮にする事で、隙を突いて赤の力でアレの本体を引き剥がしてしまえば・・・・・・
<・・・でも・・・あの子の体はその痛みに耐えられるの・・・・・・?>
思わず自問する・・・けれど、今は迷っている時間はない。接敵まで、あと10秒。
一か八かの賭けでも、やるしかないわ!
いくわよ・・・・・・3、2、1 ───
<いま──!>
そして・・・左瞳に意識を集中させ、力を発動させようとした、その瞬間──
巨大な鋼の弾丸は、私のすぐ横を通り過ぎていった。
<・・・・・・えっ・・・?>
思わず呆けた「声」が漏れる。白い煙を撒き散らしながら、光は再び小さくなっていく。
なっ・・・・・・何故・・・・・・⁉ アレの狙いは私のはずでしょう・・・⁉
噴煙は、一直線に伸びている。
JAGDで予測されていたように、真っ直ぐに横須賀基地へ向かったという事・・・? 私を無視して・・・? 一体、何のために・・・⁉
アレの中で、何かが変わったとでも───
<───まさ・・・か・・・・・・>
理解したくはないけれど・・・判ってしまった。
あの子を人質に取られ、人間を襲おうとする限り、私はアレを追わざる得ない。
そして、その状態で私を再び危機に陥れれば───それを助けようとする者が現れる───
<・・・アレは・・・私だけじゃなく・・・クロまで捕らえるつもりなんだわ・・・‼>
機械のくせに、あまりにも貪欲が過ぎる・・・!
私の行動を予測して、逃げられるリスクを承知の上で・・・より多くの「サンプル」を手に入れるために大胆な策に出た・・・!
目眩を覚えて体勢を崩しかけ・・・どうにか踏みとどまった。
<何とか・・・ッ‼ 何とかしなくちゃ・・・ッ‼>
弱気を奮い立たせるように翼を一つ撃って、全力で加速──噴煙の先端を追う。
逸る気持ちが、加速を支える力を乱す。思うように体を維持できない。
手足のように使えるはずの力が、掬っても掬っても零れていくように感じる。
───それでも、飛ぶ。よろめく度に羽撃いて、前へ、前へ。
・・・・・・そうよ、たとえ力尽きようと・・・・・・どうせ・・・どうせ私は・・・・・・
「・・・オラティオンさん・・・って・・・あの島で会った親子の怪獣・・・ですよね・・・?」
観覧車から見下ろす景色の中で、クロがまとまらない思考を必死に整理しようとしているのが視える。
・・・あの子は何事にでも一生懸命で・・・少し眩しくすらある。
「無関係な生き物を巻き込むなんて・・・ひどすぎる・・・!」
隣にいるハヤトは、苦虫を噛み潰したような顔をして、何か自分に出来る事を探そうと頭を悩ませている。
・・・少し危なっかしいけれど、本当に優しい子だわ。
きっとそんなところも含めて、クロはハヤトに似たのね。
『・・・・・・』
二人の間には、その様子をじっと見つめているシルフィ。
・・・彼女の思考だけは、どれだけ眼をこらしても視えない。
最後まで正体は判らなかったけど、「ハヤトを守る」という意思には一片の曇りもなさそうだし・・・余計な心配はいらないかしら。
───そして、その輪に加わることなく、玄関の中で独りでいるカノン。
・・・こういう時は、自分の力が殊更憎くなる。視えなくていい心まで、視えてしまうから。
<余計な話をしてしまったわね>
・・・名残惜しいけれど、これ以上はダメ。
・・・・・・そうよ。いつもと同じ。今回だけ特別なわけじゃない。
いつもと同じように別れて、いつもと同じように見送られて、いつもと同じように・・・ふとした瞬間に思い出して──少しだけ、虚しくなったりして・・・・・・
<あの子は、私が助けに行く。自分の不始末は、自分で片付けるわ>
お別れなんて、いつもしてきた事じゃない。いい加減に、行かなくちゃ。
<・・・・・・それじゃあね、皆。良い人生を>
クロが、必死に私の名前を呼んでいるのが聴こえる。
ハヤトが、ぐっと涙を堪えているのが背中越しでもわかってしまう。
・・・もう振り返らないと決めて、翼を広げた。
ハヤトの家の商売道具に傷を付けるわけにいかないから、羽撃く前に少し体を浮かせて・・・
<ッ⁉>
一瞬、体がふらついたのが判った。
思った以上に、傷が癒えていない。
・・・それでも、行かなくちゃ。これ以上、あの子たちに迷惑はかけられない。
───あの陽だまりのように明るい場所を、陰らせてはいけない。
<・・・・・・ッ‼>
全身から力を絞り出して、観覧車の上から飛び立つ。
空中に躍り出た所で大きく羽撃き、一気に上昇──
そのまま後方に向かって力を放ち、前方へ一気に加速。
空気の抵抗もあって宇宙空間ほどの速度は出ないけれど、音よりは速く飛べる。
市街地に衝撃波を与えないよう海の上を行き、あっという間に沖合へ。
そのまま、空中で静止して、目の前を飛び交う「波」の嵐に向かって目を凝らすと───
<あれね・・・!>
思いの外早く、目的の「波」──JAGDの海上観測機が捉えている、ザムルアトラの探知反応を視認する。
・・・センサーを透過できるはずのアレがわざわざ姿を見せながら飛んでいるのは、あの子を抱えているからなのか・・・それとも、私に見せつけるためなのか・・・・・・
<・・・おそらく、両方ね。アレの電子頭脳は高度だけどサイテーだわ>
さて──後悔を振り切ろうと飛び出して来てしまったけれど、どう戦うべきかしらね。
アレを引き付けた状態でこの星を離れれば・・・いえ、駄目ね。
それじゃあ宇宙空間に適応出来ないあの子が死んでしまう。
・・・全方向から力を使って圧潰させるのも、あの子ごと潰してしまう事になるし、そもそも消費も激しいから暴走のリスクも高い・・・
<・・・本当に、最悪な手を使ってくれたわね・・・っ‼>
私があの子を見捨てられないという計算の上での行動・・・正直、手詰まりの感もある。
「次は、一緒に力を合わせて戦えば───」
<・・・・・・>
一瞬、先程聞いたクロの言葉が脳裏をかすめた。
・・・・・・我ながら、女々しいわね。
昨夜は自分で最後まで戦わなかったせいで、あの子を死なせかけたと言うのに。
・・・そうよ。さっき自分でも言ったじゃない。
<・・・・・・私は、選んだのよ・・・独りになる事を>
呟いた所で、真っ暗な海の彼方から迫る光が見えた。
豆粒ほどの大きさの光は、数秒と経たずに大きく、はっきりとした輪郭を形作る。
<来た・・・・・・‼>
JAGDの通信で、どんな姿になっているかは判っているつもりだったけれど・・・・・・
「実物」を目の当たりにして、御し切れない程の怒りが湧き上がってくる。
その歪な鋼の塊は、後ろ脚を推進器に、腕の一部を翼にそれぞれ変形させて、音速に届こうかという速度で飛行していた。
そして、その凄まじい風圧を前面で受けているのは・・・両腕を鋏に貫かれ、鉄の仮面に頭部を包まれた、見るも無惨な姿のあの子──
二台は文字通り、強制的に「合体」している状態だった。・・・・・・最悪の二人羽織ね。
<早く助け出さないと・・・!>
アレは、私の姿を捉えたら、必ずこちらを捕まえようとしてくるはず。
私自身を囮にする事で、隙を突いて赤の力でアレの本体を引き剥がしてしまえば・・・・・・
<・・・でも・・・あの子の体はその痛みに耐えられるの・・・・・・?>
思わず自問する・・・けれど、今は迷っている時間はない。接敵まで、あと10秒。
一か八かの賭けでも、やるしかないわ!
いくわよ・・・・・・3、2、1 ───
<いま──!>
そして・・・左瞳に意識を集中させ、力を発動させようとした、その瞬間──
巨大な鋼の弾丸は、私のすぐ横を通り過ぎていった。
<・・・・・・えっ・・・?>
思わず呆けた「声」が漏れる。白い煙を撒き散らしながら、光は再び小さくなっていく。
なっ・・・・・・何故・・・・・・⁉ アレの狙いは私のはずでしょう・・・⁉
噴煙は、一直線に伸びている。
JAGDで予測されていたように、真っ直ぐに横須賀基地へ向かったという事・・・? 私を無視して・・・? 一体、何のために・・・⁉
アレの中で、何かが変わったとでも───
<───まさ・・・か・・・・・・>
理解したくはないけれど・・・判ってしまった。
あの子を人質に取られ、人間を襲おうとする限り、私はアレを追わざる得ない。
そして、その状態で私を再び危機に陥れれば───それを助けようとする者が現れる───
<・・・アレは・・・私だけじゃなく・・・クロまで捕らえるつもりなんだわ・・・‼>
機械のくせに、あまりにも貪欲が過ぎる・・・!
私の行動を予測して、逃げられるリスクを承知の上で・・・より多くの「サンプル」を手に入れるために大胆な策に出た・・・!
目眩を覚えて体勢を崩しかけ・・・どうにか踏みとどまった。
<何とか・・・ッ‼ 何とかしなくちゃ・・・ッ‼>
弱気を奮い立たせるように翼を一つ撃って、全力で加速──噴煙の先端を追う。
逸る気持ちが、加速を支える力を乱す。思うように体を維持できない。
手足のように使えるはずの力が、掬っても掬っても零れていくように感じる。
───それでも、飛ぶ。よろめく度に羽撃いて、前へ、前へ。
・・・・・・そうよ、たとえ力尽きようと・・・・・・どうせ・・・どうせ私は・・・・・・
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