恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第一章「カノン暴走⁉ 寝台列車危機一髪‼」・⑥

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「・・・ねぇねぇ、あれ・・・」

「・・・コスプレかな? 今日なんかイベントあったっけ?」

 前方から歩いてくる奇特な格好の人物を見て、登校途中の女子中学生二人は思わずひそひそ話を始める。

 彼女たちの視線の先には──緑色の髪をツインテールに結び、大きな角の付いた飾りを頭につけて、おまけにへそ丸出しの服を着ている女性が居た。 

「・・・・・・アァンッ⁉」

「「ひゃあああぁぁっっ!」」

 好奇の視線に気付いた変な格好の女性──カノンがドスの利いた声を発すると、二人は悲鳴を上げながら一目散に逃げ出す。

「チッ・・・なんなんだよココは・・・・・・」

 ぶつぶつと文句を垂れながら・・・カノンは、あてもなく道を歩いていた。

 クロと違って普段から外に出ようともしない彼女は、足裏に感じるアスファルトの感触に違和感を覚え・・・何度も立ち止まっては足首を揺らし、その度にイライラを募らせていく。

「・・・・・・・・・チッ!」

 先日の海浜公園より濃く感じる潮の香りも、まばらに自分のすぐ近くを走る鉄の箱のけたたましい音も・・・全てが彼女の神経を逆なでするばかり。

 歩き始めてから10分足らずで、カノンは家を飛び出して来た事を後悔し始めていた。

「・・・・・・」

 ──しかし、少なくともあの瞬間は──あれ以上、誰かに優しい言葉をかけられる事に耐えられなかったのである。

 彼女の頭の中では、昨日の「失敗」と、夢で見てしまったあの日の悔しさと、謎の少女から告げられた信じがたい言葉と・・・様々な負の感情が、混然一体となって渦巻いていた。

 今まで、「悩む事」とは無縁であったカノンにとって、その未知なる負荷は尋常ならざるストレスであり・・・「自分がどうしたいのか」と言うとても単純な事でさえ、今の彼女には判らなくなってしまっていた。

 覚束ない足取りのまま道なりに歩いていた彼女は、いつの間にか通り沿いのコンビニの前に辿り着いていた。

 普段であればこの時間は利用客も多く、人の出入りも激しいはずだが・・・今、このコンビニの周囲には、不自然な程に人の気配がなかった。

 ・・・とは言え、外に出る事自体ほとんど初めてだったカノンは、その違和感に気付く事もない。

 空かせた腹をさすりながら、駐車場を通り過ぎようとして──

「──成程。あなたは今・・・迷っているのですね」

 この数日で声に、彼女は足を止めた。

 振り向くと──いつからそうしていたのか、駐車場の中央に、褐色の少女が立っていた。

「てっ・・・てめぇは・・・ッ‼」

 夢で見るようになってしまったあの少女が、再び目の前に現れ・・・動揺したカノンは、剥き出しの敵意を向ける。

 一方で少女はやはり、その迫力にたじろぐ様子はない。

「そんなに睨まないで下さい。・・・えぇと・・・見た目が気に入らないのでしたら──」

 スッ・・・と少女が右手を体の前で振る。

 虫でも追い払うかのようなその仕草と同時に──少女は、青年の姿へと一瞬で変わった。

「なっ・・・⁉」

 大きな白い布を体に巻き、右の手首に銀の腕輪を付けているという「格好」は変わらないが、背丈は倍近くになり、黒かった長髪は、真っ白の短髪になっていた。

 ただし・・・緑の光が差した青い瞳だけは依然変わらず、カノンを真っ直ぐ見つめている。

「どういう・・・事だ・・・⁉」

 カノンは目の前で起こった現象の意味が判らず、ただただ絶句するしかない。

「おや? この姿もお気に召しませんか。でしたら──」

 そんな驚愕の表情を不満と捉えた彼女・・・いや、彼は、再び右手を振った。

 すると、大きくなったシルエットは再び萎んで、少女の姿へ変わる。

 しかし今度は、肌が褐色からアジア系の黄がかった肌色に──

 そして・・・髪の毛は、緑の長髪へと変貌した。

「いかがでしょう? あなたの姿を真似てみたのですが」

 少女の身長は、カノンよりも2回りほど小さい。

 並ぶ姿はまるで姉妹のようだが、その関係は少なくともカノンの側からすれば好意的ではなく・・・

 不気味なほど自分に似た姿に、カノンは更に語気を強めた。

「フザケた真似しやがって・・・! てめぇは一体何がしてぇんだ・・・ッ‼」

 こめかみに青筋を立てながら、カノンが少女に向かい一歩近付く。

「簡単な事です。私は──あなたが「空席を埋める者」・・・「王」となるための、お手伝いをさせて頂きたいのです」

 すると少女もまた、カノンへと一歩近付く。

「昨日の戦い、お見事でした。少しお仲間の助けを借りていらっしゃったようですが、他の者を従えるのも「王」の器ならでは・・・。やはり、あなたこそが相応しい」

「・・・おちょくんのもタイガイにしろよ・・・ッ‼」

 カノンにとって、「失敗」だった昨日の事を掘り返されるのは、到底耐えられる事ではなかった。

 しかし、少女はあくまでカノンの行為を肯定する。

「馬鹿になどしていません。あなたが居なければ、もっと多くの命が失われていました。それに今・・・あなたは悩んでいる。すべての生命を救えなかった事を、悔いている」

 子を導く母のように・・・あるいは主にかしずく従者のように・・・少女は微笑みかける。

「迷い悩む事で、あなたはまた一つ成長します。あなたは、まだまだ強くなれるんです」

 そんな少女の微笑みに──どこまでも優しい言葉に──

 耐えきれず、カノンは怒りの形相を以て応えた。

「フザケた事ぬかしてんじゃねぇッ! アタシは・・・迷ってなんかいねぇ! アタシがすべき事はたった一つ──家族を守る事だけだ‼」

 カノンはある種無意識に、その言葉を口にしていた。

 同じ答えを返す事を躊躇ったのか、少女は少しの間を置いて・・・問いを返す。

「では昨日・・・あなたはなぜ、あの怪獣と戦ったのですか?」

「ッ・・・!」

 予想だにしなかった少女の言葉に、カノンは何も言い返せなくなる。

「昨日だけではありません。私は、あなたの戦いを見ていました。「悪魔の手」を討ち滅ぼした時も、宇宙そとから来た鉄の虫を屠った時も・・・。あなたは、か弱い生命を守るために戦う事の出来る素晴らしい方です。そう確信したからこそ、私はこうしてあなたの前に──」

「ちっ、違ぇ・・・! あれはただ・・・ヤツらが気に食わなかっただけだッ‼」

 自分の中にあった「芯」のようなものが根底から揺るがされているような感覚に、カノンはなかば悲鳴を上げるかのように叫び、少女の話を遮った。

「・・・やはり、あなたはまだ・・・迷いの中にいるのですね」

 頑ななカノンの態度に、少女は憐憫の情を含んでそう呟く。

「違ぇっつってんだろッ‼」

「──僭越ながら・・・私がほんの少しだけ、その迷いを晴らすお手伝いをしましょう。幸いにも今、「道」は開かれていますし」

 なおも食い下がるカノンを前に、少女は右手をゆっくりと持ち上げ──再び微笑む。


「あなたが会うべき者のもとへ──私がお連れ致します」


「ハァ・・・? 会うべき者って──」

 カノンが首を傾げたのとほぼ同時に・・・少女が右手を振るう。

 同時に──突然、カノンは自分の意識が遠のいていく感覚に襲われた。

「がっ・・・⁉ てっ・・・めぇ・・・! 何を・・・しやがった・・・ッ⁉」

 少女は問いには答えず、もう一度右手で空を払った。

 すると今度は、駐車場にあったトラックのコンテナの扉がひとりでに開き──カノンの体は、背後にあったそのコンテナの中へ、吸い寄せられるように倒れ込んでしまう。

「それでは、良き旅を──」

 揺れる視界の中で、カノンはコンテナの扉が勝手に閉じていくのを見て・・・最後の力を振り絞り、少女へ向かって叫んだ。

「待て・・・ッ‼ てめぇ・・・は・・・! 一体・・・・・・誰・・・なん・・・・・・」

 ──だが、最後まで言い終わる前に、無情にも扉は閉じられ──カノンは暗闇の中で独り、悔しさを噛みしめる。

「ちく・・・しょぉ・・・・・・」

 そして、必死の抵抗も虚しく・・・カノンの意識は途絶えた。

「・・・期待していますよ、レイガノンさん」

 少女は微笑みながら呟くと、三度みたび、右手を振るう。

 次の瞬間には、彼女の姿はどこにもなく──同時に、突然時が動き出したかのように、あたりに人の気配が戻ってくる。

 先程までの出来事を見た者はおらず・・・気づけば、この何の変哲もないコンビニは、いつも通りの光景を取り戻していた。

 そこで、一人の男が大声で電話をしながらトラックへ近づいて来る。

「悪ぃ悪ぃ! 少しトイレしてただけだって・・・えっ? コンテナの中身? 注文通り見てないよ! そのまま渡せってんだろ? 大丈夫! 指一本触っちゃいないって!」

 電話口であははと笑いながら、男は運転席に乗り込みエンジンをかけた。

 このトラックの行き先は、「横須賀海軍施設」───

 そして、荷物の送り主は──「ラムパール・コーポレーション 日本支社」であった。


                       ~第二章へつづく~
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