恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第二章「JAGD地底へ‼ ファフニール発進せよ‼」・⑦

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『──キリュウ少佐っ! こちらは終わりましたぁ~っ!』

「ご苦労。こちらもいま済んだ。・・・敵の増援はなさそうだな」

 「ニードル・シューター」の弾を装填しつつ・・・テリオに一度広域スキャンをさせてから、カルガー少尉に返事をする。

『どうやら僕らの出る幕はなかったようですね』

 柵山少尉のやや残念そうな声が聴こえた。

 反対側のハウンド3も一匹も逃さなかったようだな。

不敢相信信じられない・・・噂にハ聞いてタケド、キリュー少佐、ホントに最前線デ戦うノネ・・・普通ハ隊長ガ前ニ出るナンテ有リ得ないヨ・・・』

 次いで、心底驚いている様子のピン少尉の声も聴こえてくる。

 自分のスタイルが少数派な自覚はあるんだが、椅子にふんぞり返って指示を出すのはどうも性分に合わない。

 ・・・間違いなく、師事した人間が徹底した現場主義だったせいだな・・・。

『ウチの隊長は不死身だから・・・』

「私は普通の人間だ馬鹿者」

 間を置かずに出た柵山少尉の軽口を窘めつつ、腕の端末に目をやる。

 体感通り、気温・気圧・酸素濃度・・・全て地上と大きな差異はないが・・・メーターは、既にこの場所が地下3000メートル地点である事を示していた。

 ──改めて、周囲をぐるりと見渡す。

 例の光るコケがびっしりと天井や壁に生えているせいで、照明はもはや必要なさそうだ。

 「地下に潜るほど明るくなる」など、出発前の私が聞いたら鼻で笑っただろうな。

「目的地まであと少し・・・この先はドローンの調査も及ばなかった、完全に未知の領域だ!総員、気を引き締めて行くぞ!」

『『『『アイ・マム!』』』』

 ──目的地である地下4000メートル・・・

 それは、「灰色の男」の組織の基地に残されていたデータにおいて、「地底世界」と記されていた場所だった。

 ヤツらも、No.005に仕込んだ追跡装置によってその存在を知っているだけで、未だ調査が出来ていないという、まさに前人未到の世界───

 ・・・こんなにも早く調査隊が編成されたのは、案外、例の組織がJAGDよりずっとジャガーノートに関する研究が進んでいる事への危機感と対抗意識ゆえ・・・なのかも知れないな。

『間もなく、地下3500メートルを超えます!』

 先頭に戻った<グルトップ>から、柵山少尉の声が飛んで来る。

 鬼が出るか蛇が出るか──息を呑んだのと同時、ピン少尉の裏返った声がこだました。

我的天呢なんてこったッ! ・・・な、なんダこレ・・・⁉』

『これは・・・ッ⁉ トンネルの先に、巨大な空間があります・・・ッ‼』

 俄には信じがたい報告を受けてから、数秒後・・・なだらかにカーブを続けていたトンネルの先に──確かに、広大な空間がひろがっているのが見えた。

『地下にこんな場所があったなんて・・・! 驚きですわ・・・!』

『うっ、嘘でしょ・・・? マジで別世界じゃん・・・・・・』

 オープンチャンネルに、皆の驚く声が溢れる。

 光るコケがいたる所に自生しているせいか、一面が青白く着色されているかのように見えるこの空間──「地底世界」は・・・何とも形容し難い様相を呈していた。

 一番近い表現をするなら鍾乳洞の筈なのだが・・・天井から氷柱のように石が伸びている箇所もあれば、逆に大きく抉れて真っ暗闇になっている箇所もある。

 地面からはキノコのように上部に笠のついた巨大な岩がいくつも屹立していたり、何かの生物のコロニーを思わせる繭状の形成物が群れをなしていたりもする。

 一言に纏めようとするならば、「混沌」という言葉が一番適切かも知れないな・・・

「ひとまず密集陣形に切り替えて、全周囲を警戒しつつ進むぞ! どこから何が出てくるか予想もつかない! 決して油断するな!」

 あえて声を張って指示を出すが・・・返事は、皆どこか上の空だった。

 トンネルの出口から続く地面はなだらかな坂になっており、広大な空間を見渡しながらも、どんどん視点が下がっていく。

 坂を下り終えると、やや凹凸のある地面がずっと遠くまで続いているのが見え、改めてこの「地底世界」の広さを思い知った気持ちになる。

 よくよく観察すれば、本来は茶色やら白やらで構成されているのであろう岩石群を照らす青白い光は、どこかメイザー粒子の光にも似ている気がした。

『・・・気温・気圧は、先程までと全く変わりませんね。一番心配していた酸素濃度も地上よりほんの少し薄いくらいですし・・・何なら人間が住む場所として使えますよ、ここは』

 柵山少尉も、いつもより少し饒舌だ。おそらくは、いち研究者として世紀の大発見に立ち会えた感動に打ち震えているのだろう。

 ・・・だが、無事でいるとは言え、今さっきNo.005の群れに襲われた事を忘れてはならない。

 我ながら何とも無感動な人間だとは思うが・・・私がこの隊において果たす役割はそこにあると自覚しているからこそ、まさに今この時、気を抜くことは許されないはずだ。

「現状、高エネルギー反応はなし、か・・・そこらの横穴からNo.005が出て来てもおかしくなさそうだがな・・・」

 ぽつりと呟いた独り言に、テリオが反応する。

『No.005が発する反応は微弱ですから、遮蔽物の多いこの空間では発見が遅れる可能性があります。最新型の近接計測器を装備しているこの<ヘルハウンド>や<ファフニール>ならまだしも、<グルトップ>では近づかれるまで判らないかも知れません』

「・・・そうだったな」

 先程の戦闘で壁から突然出てきたNo.005の存在を即座に察知できたのも、計測器のお陰だろう。

 やはり、陣形はある程度密集させておた方が良さそうだ。

「全員、センサーだけに頼るな。目視でも常に周囲を確認して──」

 そう注意を促そうとして──ぞわり、と粘っこい嫌な感覚が首筋を撫ぜた。

「・・・ッ⁉」

 ・・・まただ・・・! 今度は間違いない・・・ッ!

 今のは、明確に私に向けられた──「人間の殺意」だ・・・・・・ッ‼

『──えっ? あっ、あれっ⁉ あれえぇっ⁉』

 そこで、オープンチャンネルにカルガー少尉の素っ頓狂な声が響いて──

<ギュオオオオオオオオオオッッ‼>

 同時に、大轟音を立てながら、<ファフニール>のドリルが高速回転を始める。

『なんでっ⁉ こっ、コントロールが効かないっっ⁉』

 瞬間・・・殺意を向けた者が、何をするつもりかを察した。

「テリオッ‼ 前進だッ‼」

 即座にヘルメットのバイザーを下ろし、ニーグリップで体勢を固定する。

 そして、テリオの操作によって<ヘルハウンド>の車体が急発進したのと、ほぼ同時──

 <ファフニール>の巨体が、こちら目掛けて突っ込んで来た。
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