恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第三章「戦慄‼ 地底世界の真の覇者‼」・⑥

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       ※  ※  ※


「──隊長! 現在、周囲に高エネルギー及び熱源反応はありません!」

 計器類とのにらめっこを終えた柵山少尉から、報告が入る。

 横穴を抜けた先にあったのは──

 これまたあまり代わり映えのしない、青白い岩に囲まれた広々とした空間だった。

 ただ、最初に目の当たりにした場所とは違い、壁面に数々の・・・洞穴ほらあなが口を開けており、地面にもそこかしこに大小さまざまな穴が空いている。

 点在する穴の先はそのどれもがまるで光を吸い込んでいるかのように真っ暗で、どこに繋がっているのかを窺い知る事は出来ない。

 ・・・どうにも落ち着かない場所だ。

「柵山少尉とカルガー少尉は周囲の警戒、他の者は車両の点検にあたれ! 燃料や弾薬が不足している者は<ドラゴネット>の1号機から補給しろ! 20分後には出発するぞ!」

『『『『アイ・マム!』』』』

 本来ならもう少し時間を取って休息すべきだが・・・

 先程テリオに指摘された通り、No.005は反応が微弱なため、位置取りによっては接近されるまで気づけない可能性がある。

 生身で交戦した経験のある柵山少尉を見張りに置いたとは言え・・・ヤツらを相手に隙を見せれば、次にミンチにされるのはこちらだ。

 同じ場所に留まるのは得策ではないだろう。

 ───ただ、時間はないが・・・少しだけ落ち着いたこのタイミングで、一つ、どうしても片付けておかなければならない問題があった。

『マスター。<ドラゴネット>の2号機に「メイザー・ブラスター」用のバッテリーが積んであるそうですので、今から交換して参ります』

「・・・あぁ。判った」

 テリオにも手伝ってもらうつもりでいたが、どうやら間が悪かったらしい。

『それとマザーからの伝言で、<ファフニール>のプログラムチェックはもうすぐ完了するそうです。私の方も、出された「宿題」がそろそろ解けそうで──』

「・・・まずはさっさと交換を済ませて来い」

 今は、とにかく時間が惜しい。早々に話を切り上げ──右腿のホルスターにM9ベレッタを挿し、一度深呼吸をしてから──「彼」の所へと向かう。

 ・・・妹の手前、あまり血生臭い展開にはしたくない所だが・・・

 どうなるかは、相手次第だな・・・・・・


「──少し、いいか?」

「・・・・・・えぇ。構いません」

 <ファフニール>の傍らで、端末を操作していたルクシィ少尉に声をかけた。

 歩き出すと、何も言わずに後ろをついて来る。

 大きな車体に沿ってぐるりと半周して、皆から見て陰になっている所で立ち止まり・・・振り返って、問うた。

「・・・で、理由を聞こうか」

「・・・・・・何の、ですか?」

「そんなの───私をき殺そうとした理由に決まっているだろう」

「・・・・・・・・・」

「工作は得意だが、殺気を隠すのは苦手なようだな」

 別に、何かの物証があるわけでもない。

 単純に「勘」でカマをかけてみただけで、本心ではJAGDの中にあんな蛮行に及ぶ者がいるとは思いたくなかった。

 ・・・が、しかし───

「・・・・・・元から・・・隠すつもりはない・・・‼」

 ──やはり、私の「勘」は悪い方向にばかりよく当たるらしい。

 少尉は言い訳する素振りさえ見せずに、鋭い目つきで応えた。

 すかさず体の陰に隠した右手で、ホルスターに入ったM9の安全装置を解除する。

「こんな所まで来て私の暗殺とは、実に真面目な男だな。・・・目的は何だ?」

 グリップを握り・・・声だけはつとめて冷静に、会話を続ける。

 タイミングからして、「灰色の男」の組織の者かと思っていたが──

 こちらへ憎悪を向けてくる彼の口から出たのは、全く想像していなかった名前だった。

「「ジャグジット・クマール」──この名に聞き覚えはないかッ‼」

「・・・? ・・・ジャグジット・・・どこかで・・・・・・」

 その名を聞いた途端、記憶の片隅から何かが脳裏を掠めようとして──


「お前が殺した───俺の兄の名前だ‼」


 ルクシィ少尉の発した怒号に、思考を遮られた。

 彼は腰の後ろから、やや過剰とも言える装飾の施された拳銃を取り出し、構える。

「ッ! その銃は・・・!」

 こちらに銃口を向けたそのS&Wリボルバーに・・・・・・私は、見覚えがあった。

 そうか・・・ジャグジット・・・・・・「ジャグジット・クマール・グプタ」だ・・・・・・!

「君は・・・グプタ中尉の・・・」

「思い出したようだな・・・ッ!」

 彼の怒りの理由を悟って・・・思わず、グリップを握る手が緩みかける。

 ・・・だが、それでも──私はここで死ぬわけにはいかない。

「アカネ・キリュウ・・・‼ 兄さんの仇・・・ここで取らせてもらう・・・ッ‼」

 少尉の構える拳銃が、声と共に小刻みに震えているのが見えた。

 ・・・右へ跳びながら銃を抜き、手を狙って無力化しよう──

 そう判断した瞬間、実戦に慣れ親しんだ体は自動的に動き始める。

 左肩を引きながら上体をひねり・・・膝から力を抜こうとした、その瞬間──

「───銃を下ろしなさいッ‼」

 この張り詰めた空気に似合わぬ少女の声が、鼓膜を震わせた。


       ※  ※  ※


「サラ・・・! どうして此処に・・・ッ‼」

 アカネは青ざめた顔で、声のした方へ叫んでいた。

「勿論、お姉さまのピンチを察してに決まってますわ!」

 少女の持つ、華奢な体に不釣り合いなワルサーP99の銃口は、バーグへ向けられていた。

 突然現れた意外な人物に、バーグは困惑する。

「<ファフニール>への細工──見事な腕前でしたわ。・・・ですが、生みの親である私が此処にいたのが運の尽きでしたわね」

 我が子の暴走という有り得ない事態に内心気が気でなかったサラは、No.015から逃げ果せるや否や、即座に<ファフニール>のプログラムチェックを開始しており──

 そして、つい1分前・・・細工を施した者が僅かに残した痕跡から犯人を割り出し、取るものも取り敢えず、この場所へ駆けつけて来たのであった。

 ──が、しかし。サラの取った行動は、その天才的な頭脳に則った理性的なものとは言えず、むしろアカネに自分というハンデを課してしまったに過ぎなかった。

「・・・ルクシィさん。素晴らしい腕を持ちながら、どうしてこんな事を・・・」

 サラは本当に残念そうに、バーグへ話しかける。

 ・・・だが、現実の「説得」が映画やドラマのように感動的な展開を呼ぶとは限らない事を、アカネは知っていた。

 彼女は視線をバーグに向けたまま、サラを一刻も早くこの場から遠ざけるべく、出来る限り優しい口調を意識して声をかける。

「・・・サラ、私は大丈夫だ。だから、そのまま少しずつ後ろへ──」

 が、しかし・・・アカネが話しかけた直後──突然、3人の体を大きな震動が襲った。

「きゃあああっ‼」
「う・・・っ!」

 全員の視界が大きく揺れ、サラは尻餅をつき、バーグも反射的に姿勢を低く下げる。

 一方のアカネは腰を落として耐えようとするが・・・

 揺れの最中、不運にも地面に亀裂が入り、足元の一部が沈み込んで──体勢を崩してしまう。

「しまっ・・・」

 ──その隙を、バーグは見逃さなかった。

 左側5メートルの位置にいたサラへと一足飛びで距離を詰め、か弱く握られていた拳銃を叩き落とすと、彼女の細腕を掴んで拘束する。

ッ・・・!」

「サラッ‼」

「・・・この子に危害を加えるつもりはない。・・・代わりに・・・大人しく殺されろ・・・ッ!」

 再び、バーグはアカネにS&Wの銃口を向けた。

 アカネの危険を察したサラは、何とか拘束を逃れようとするが──

 しかしそこで、状況は更に混沌とした様相を呈する事になる。

<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>

 睨み合う両者の腕時計型端末から──同時に警告音が鳴り響いた。

 次いでアカネの端末から、柵山の声が発せられる。

『隊長! 5キロほど先の横穴から、No.008ガラムキングが2体現れました!』

 通信相手の置かれた状況を知らない彼は、続けざまに状況を報告していく。 

『双方とも、秩父に出現した個体よりは小さめで、体高は40メートル程・・・雌の取り合いか縄張り争いなのか、No.008同士で戦ってます! ・・・こちらにはまだ気付いていないようですが、この距離だと時間の問題かと!』

 柵山の報告内容を裏付けるかのように、獰猛な叫び声と小刻みな震動が遠くから伝わって来ていた。

 先程の大きな揺れも、No.008たちの争いによって起こったものだったのだ。

 ・・・そして、僅かな休息すら打ち破らんとする凶報を受けて──

 アカネは、躊躇なく通信に応答した。

「了解だ。総員、聴こえていたな! 補給作業を切り上げ、車両へ搭乗しろ! No.008の出方を伺いつつ、来た道を戻って一旦入り口まで後退する‼」

 ──バーグは、唖然としていた。

 今まさに銃口を突き付けられているにも関わらず、部隊へ指示を出す彼女の姿に。

「き、キリュウ・・・! 貴様っ・・・! 状況が判って──」

「ルクシィ──いや・・・グプタ少尉ッ‼」

 歯噛みしながら凄みを利かせるバーグに対し・・・

 アカネはあえて、本人が口にしなかったファミリーネームで、彼を一喝する。

「・・・・・・ッ!」

 今のバーグには、その言い回しの真意を理解する事は出来なかったが・・・

 一片の怖れもなく、真っ直ぐに自分を見据える紅い瞳に──彼は思わずたじろいだ。

「──貴様こそ・・・状況が判っているのかッ‼ 貴様は今、何をしているッ‼」

「な、何を・・・だって・・・?」

 今のアカネは、銃を持っていない。

 反撃されるより早く、バーグは彼女を撃てるはずだった。

「ジャガーノートが出たんだぞ! JAGDの一員である我々の前に・・・ジャガーノートが出たんだ! 貴様は・・・その意味が判らないのかッ‼」

 ・・・だが、バーグの体はぴくりとも動けない。

 強き意志の宿った双眸が、彼を縛り付けにしているからだ。


「少尉! 貴様は誰で──何のためにここにいるッ! それを見誤るなッ‼」


 一歩、進み出て・・・己を殺そうとしている相手に、アカネは問うた。

「あっ・・・・・・あんたは・・・っ‼」

 緊張と、憎悪と・・・形容し難い感情とが綯い交ぜになって・・・バーグの頭はパニックを起こしていた。

 目の端からは涙が伝い、既に流れていた汗と混じって落ちる。

 つい数分前までは、目の前の女を撃つだけで目的は果たされるはずだったが──

 今の彼には、引き金を引く事も、銃を下ろす事も出来なくなっていた。

「・・・・・・ルクシィさん・・・・・・」

 一秒ごとに早くなる呼吸と、唇の隙間から漏れる嗚咽・・・もはや復讐者の体裁を保てていないバーグの姿は、サラの憐憫を誘った。

「私に弾丸をブチ込みたいなら後でいくらでも話を聞いてやる! 私は逃げも隠れもしない! だが、今は──貴様が本当にすべき事を考えろ‼」

 自分を殺そうとした事を責める事はせず、あくまでJAGDの上官として・・・バーグのもとへ向かっていく。

 迷いない彼女の歩みに、バーグはさらに動揺し──ついに、後ずさった。

「うっ、うるさい・・・! 俺は・・・! 俺は兄さんを殺したお前を・・・ッ‼」

 言いながら、なおもじりじりと彼の足は後退して──

 そしてその途中で、足元からピシッ、と音が鳴った。

「えっ・・・?」

 二人分の体重がかかった瞬間、先程の揺れで脆くなっていた地面は呆気なく崩れ去り・・・

 バーグの体は、サラを抱えたまま──底の見えない奈落へと吸い込まれる。

「うわああああああああぁぁぁぁっ‼」

「きゃああああああああああぁぁぁっっ‼」

「サラッ‼ ルクシィ少尉ッ‼」

 アカネは咄嗟に駆け出し、手を伸ばすが──あと一歩のところで、届かない。

 悲鳴と共に・・・二人の姿は、暗闇の中に消えた。
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