恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第十一話・プロローグ

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◆プロローグ


「隊長、お疲れ様で──おや? その紙袋は・・・?」

 司令室の扉が自動で開くのと同時に、マクスウェル中尉が首を傾げるのが見えた。

「あぁ、<ヘルハウンド>のパーツと一緒に届いた「インド土産」だ」

 駆け寄ってくれた中尉の手を借りつつ、両腕いっぱいに抱えていた紙袋をデスクに下ろす。

 どの袋もぎっしりと中身が詰まっていて、結構な重量があった。

 ラムパール社の黒服から受け取った際にざっと中を見た感じ、お菓子やらティーバッグやら酒瓶やら・・・スーベニアショップの棚をまるごと袋詰めしたようなラインナップだ。

「へえぇ~すんげぇ量! 例の、隊長の妹さんからですか?」

 いつの間に近づいていたのか・・・竜ヶ谷少尉は、上官に出遅れた事に何ら悪びれる事なく、意気揚々と紙袋の山を漁り始めた。

 二重の意味でため息を吐きつつ、質問に答える。

「そうだ。全く・・・忘れた頃に急に送ってくるあたり、あの子らしいと言うか・・・」

「妹さんなりに、少しでも地元の良いところを味わって欲しかったのでは? 先日は日本でのNo.005ガラム大量発生の件もあって、現地をすぐに離れる事になりましたし」

 竜ヶ谷少尉とは対照的に、席から動こうともしない柵山少尉が、ぽつりと口にする。

「・・・まぁ・・・確かにそうだな」

 トラブル続きだった「地底世界」の調査から、一ヶ月と少し───

 インドを発つ際、サラから「実際の挙動を確認した事で、<ヘルハウンド>の改善点が見つかりましたわ! 近いうちに改修したプログラムとパーツを送ります!」と言われていたのだが・・・

 いつも仕事の早い彼女にしては、随分時間がかかってしまったようだ。

 嘘泣き全開の謝罪ビデオメッセージも添えられていた事を鑑みると、この大量のお土産はサラなりの詫びでもあるのだろう。

 映像は10秒で切ったのであくまで予想だが。

「きっと忙しいんでしょうねぇ。本局上層部の鶴の一声で、「地底世界」の第3次調査隊が急遽編成されてるみたいですし」

「・・・・・・どこでそれを知ったかは聞かない事にしよう」

 袋の中を覗く松戸少尉がさらっと口にしたそれは、私でさえ今朝知った機密事項はなしだった。

 彼女は本当に優秀だが、やはり油断出来ないじゃじゃ馬だな・・・・・・

「・・・いつも腰の重いJAGDにしては、異例の事態」

 そして澄ました顔で呟きながら、ユーリャ少尉もお土産の物色に加わる。

 ・・・まさに、少尉の言う通りで、この件に関しては異例続きとしか形容出来ない。

 事実、ろくにサンプルも回収出来ずに逃げ帰った手前、多少の叱責は覚悟していたにも関わらず、本局からは「多数の新種発見」を称賛されてしまったのだから。

 例の組織に遅れを取っている事に上層部が焦っている、というセンがいよいよ濃厚になって来たが・・・

 「地底世界」については、迂闊に踏み入るべきではないとも思う。

 あの場所には、直接顛末を見届けたNo.016ガラジンガーNo.017ガラカータナはともかく・・・

 No.005を操っているように見えた、もう一体の「雷王」──No.018レイバロンもいるのだ。

「・・・・・・」

 先日の調査の後、テリオが解読したデータを詳しく調べた結果・・・

 「雷王」という名称は、中国の秘境に棲む民族に伝わる、「世界の終わりが近づく時、二本の角を持つ「雷駕龍レイジャロン」と、四本の腕を持つ「雷暴龍レイバオロン」という巨大な二体の竜が永き眠りから目覚め、「王の座」をかけて戦う」──という伝説が元になっているらしい。

 そして例の組織では、発見した石版とこの伝説とに共通点を見出し、各地の伝承を虱潰しらみつぶしに調べ上げた結果・・・ゴビ砂漠の地下に眠るNo.009レイガノンの存在に行き当たったというのだ。

 私は未だ「遺文レリック」に関しては懐疑的だが、地底世界でも微かにNo.009の鳴き声を聴いた気がして・・・あながち、全てが奴らの妄言ではないのかも知れないな、とも考えている。

「お前たちッ‼ どうしてもらった本人より先にお土産を物色してるんだッ‼」

 と、そこで、中尉の怒号に思考が中断され、意識が現実へと引き戻された。

「・・・別に構わないさ。どうせ一人では持て余す量だしな」

 ばつの悪い顔をした三人にそう声をかけてから、紙袋の山に目を移す。

 物量はあるが、さすがに機動課以外の全局員に配るには到底足りないだろう。

 ただ、ここにいる全員で分けたとしても、一人あたりの量が結構なものになる。

 私はお菓子もあまり食べないし、腐らせるより欲しい者に譲ってやった方が───

「!」

 そこまで考えた所で、ちょうど今から休憩だった事を思い出し・・・妙案が浮かんだ。

「・・・中尉。悪いが先に少しもらっていくぞ」

「はい! 勿論で──おい、タツガヤ少尉‼ 酒瓶から手を離さんかッ‼」

 再び怒号を上げる中尉をなだめつつ、焼き菓子をいくつか見繕って紙袋に詰め直す。

「これだけもらって休憩に行くとしよう。後は私の目のない所で好きに分けてくれ」

「さっすが隊長! 誰かさんと違って話がわかる!」

 竜ヶ谷少尉が手を叩くと、すぐさま隣から深い溜め息が聴こえた。

「・・・私がきちんと見張っておきますので、隊長は気兼ねなく休んで下さい」

「あぁ、ありがとう。・・・ただ、昨日太平洋に出現したというNo.019ナンバーナインティーンの事も気になるし、何かあれば遠慮せず呼び出してくれ」

「かしこまりました。──それでは、いってらっしゃいませ」

 言いながら中尉が敬礼すると、他の皆もそれに倣う。

 妙な部分ばかりきっちりしている事に、思わず口角が上がったのを自覚しながら・・・答礼し、司令室を後にした。

『──おや、マスター。お出かけですか?』

 通路に出ると、右耳に付けたイヤホンを介して、テリオが話しかけてくる。

 私は已むを得ない事情によって、平時であれば外出の際にはたとえ私用であっても<ヘルハウンド>に跨る事を義務付けられているが・・・今日は違う。

「あぁそうだ。だが、お前は大人しくしていろ。パーツの換装中だろう」

 そう──まさに今、<ヘルハウンド>はドッグの中で着替えている最中なのだ。

 つまり、今日・・・私は久々に、何人なんぴとの監視下にも置かれずに外出する事が出来るのである。

『かしこまりました。マスターのお役に立てないのは残念ですが、丸裸ネイキッドで外に出る訳にはいきません。ここはぐっと冷却水を呑む事にします』

 ・・・最後の一言は、文脈からしておそらく「涙を呑む」のと同義という事なのだろう。

 仕様もないバイクジョークを聴き流して──即座に、イヤホンの電源を落とす。

 そして、逸る気持ちを悟られないよう、ゆっくりと自室へ戻り・・・端末に目をやる。

「現時刻は、一三二〇・・・・・・よし・・・!」

 一つ、息を吐いて──私は決意した。

「今から・・・このお土産を、ハヤトにお裾分けしに行く・・・ッ!」

 ・・・勿論これは、最近会えてなかったから寂しくなっただとか、そういう女々しい動機による行動ではない。

 あくまで、幼馴染にして隣人である所の気遣いというやつだ。

 急ぎ私服に着替えながら、ネットで「すかドリ」のHPを確認すると、ちょうどこのあとライズマンの出演するステージがあると記載があった。

 ──休憩は八時間あるとは言え、あくまで業務中である事に変わりはない。

 連絡が来れば即座に出動しなければならないし、仮眠も取らなければならないから、外出した上に長居するなど以ての外・・・だが、幼馴染の雄姿を見てからお土産を手渡すくらいなら、少し長めの昼食をするのと大差ないだろう。

 それに、「すかドリ」は基地からほとんど離れていないから、遠出でもない。

 これはあくまで──昼食のついでなのだ。

「・・・・・・うむ」

 身支度と共に、完璧な理論武装が完了した事を自覚し、ついつい高揚する気分を──

 ・・・否、ともだちを冷やかそうと企むいたずら心を抑えながら──私は<ヘルハウンド>のキーをデスクに置いたまま、地上へと繋がる通路を目指した。


       ※  ※  ※


「ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ!」

 鍵をかけた扉を背にして、浅い呼吸を繰り返す。

 全身から吹き出す大量の汗が、暴れる心臓の動きに従って滝のように流れていた。

「・・・ッ!」

 するとそこで──閉ざしたドアの向こうから、微かに声が聴こえて来る。


「うふふふ・・・! どこですかぁ・・・? ハヤトさぁん・・・・・・っ!」
「ハヤト~どこだ~? あんまり姉ちゃんを困らせるなよ~?」
「ふえぇ~~ん‼ おにいちゃ~ん‼ どこいっちゃったのぉ~~⁉」


 それは、聴き慣れた声だったけど・・・普段からは想像も出来ないような声色だった。

 やっぱり今の彼女たちは、僕の知る皆とは全くの別人なんだ・・・!

「どうして・・・どうしてこんな事に・・・っ‼」

 思わず、強く下唇を噛む。

 ・・・でも、泣き言ばかり言ってもいられない。

「そうだ・・・! 僕が諦めたら、何もかも終わりだ・・・・・・ッ!」

 僕は、必死に気持ちを落ち着かせながら・・・現状を打破するヒントを探るべく、この悪夢のような出来事が起きるまでを、頭の中で整理し始めた───




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