恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・③

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『みんな~~! そろそろライズマンが来てくれるよ~! 準備はいいかなぁ~?』

「「「はあぁ~~~いっっ‼」」」

 息を切らしながら舞台袖に辿り着くと──ちょうど、スピーカー越しのみーちゃんの声と、それに返事をする子どもたちの元気な声が聴こえてくる。

「ぎっ、ギリギリセーフ・・・っ!」

 ・・・だけど、状況が状況だけに、やはり裏には人っ子一人いなかった。

 誰の助けも借りられないとは言え、何の「キッカケ」もなしに出ていく訳にもいかないので、先に音響ミキサーの所へ。

 「登場前BGM」とメモの付いたボタンを押すと、聴き慣れた音楽がステージ横のスピーカーから流れ出した。

『! よ~し! それじゃあみんなで呼んでみようっ! せ~~のっ!』

 即座にみーちゃんが反応し、会場に向かって呼びかけたのが聴こえてくる。

 「登場前SE」のボタン位置だけ確認してから、素早くマスクを被り、電飾のスイッチをオンに。

 じわりと顔に伝わってくる熱で──僕自身のスイッチも切り替わった。

「「「ライズマ~~~ンっっ‼」」」

 そして、子どもたちが呼ぶ声と共に音響ミキサーのボタンを押し、ステージの方から激しい効果音が鳴り響いたのと同時に・・・全力でダッシュ。

「ッ!」

 転がり込みながら舞台に躍り出て、「ヒーロー着地」のポーズをしっかりとキメた。

『やった~! ライズマンが来てくれたよ~~! 拍手ぅ~~‼』

「「「わぁ~~~~っっ‼」」」

 な、何とか間に合った・・・・・・と内心でホッとする。

 ・・・とは言ったものの、倉木兄弟もエミリーさんも居ない現状では、本来予定していた演目をやる訳にはいかない。

 みーちゃんが居てくれるとは言え、ライズマンひとりでどうしたものかと、思案を巡らせようとしたところで───

「ライズマンだー!」
「きゃ~~っ‼」
「かっこいいー!」

 マスクの隙間から、ぼんやりと・・・会場の子どもたちと数名の大人たちが次々に立ち上がり、我先にと一斉にステージに向かって走って来るのが見えた。

「・・・ッ!」

 し、しまった・・・! 今はみんな欲望のままに行動してしまうんだった・・・‼

 自分のあまりの迂闊さに、脂汗が滲んだ瞬間・・・スピーカーから声が響く。

『みんな元気いっぱいだね! ・・・あれ? どうしたのライズマン?』

 突然みーちゃんに呼びかけられ──アイコンタクトで、だと察した。

 内心ではドギマギしつつも、表には出さないよう注意しながら、何かを説明するようなジェスチャーをする。

『・・・うんうん。りょーかい! ねぇみんな! 聞いて聞いて! ライズマンが今からみんなの所に行って、太陽のパワーを分けてくれるみたいだよ!』

 みーちゃんの咄嗟のアドリブに、こちらへ雪崩込んできていた人たちは一斉に動きを止め、彼女の話に耳を傾ける。

『ライズマンはひとりひとりにしっかりパワーをあげたいから、ちょっとだけ待ってて欲しいんだって! よ~し! それじゃあライズマンとお約束出来るお友達は、「は~~い!」って元気よく手を上げてみよう! せーのっ!』

「「「はぁ~~~いっ‼」」」

『わぁ~! すごい! みんな元気いっぱいだねっ!』

 ・・・さすがはみーちゃんだ。あっという間に会場の空気を変えてしまった。

「ナイスアドリブだったでしょ? それじゃ、私がアテンドするね♪」

 みーちゃんは一時的にマイクを切り、小声でそう言いながらウインクを飛ばして来る。

 とてもキノコの影響下にあるとは思えない、素晴らしい仕事っぷりだ。彼女には本当に助けてもらってばかりだなぁ。

 ・・・まぁ、今日に限って言えばみーちゃんがアナウンスしちゃったせいでこうして奔走する羽目になった訳だけど・・・それは一旦置いておく事にしよう。

「ライズマンきたー!」
「こっちむいて!」

 そして、みーちゃんに先導してもらい、ステージから降りる。

 既にステージ前には人だかりが出来ていたものの、押し合い圧し合いの状態にはなっておらず、ほっとした。

「かっこいい~!」
「あくしゅして~!」

 ライズマンにかけられる声に応えつつ、握手や、胸のライズコアから力を分け与えるジェスチャーをしながら、順番にお客さんの元を回っていく。

 ここに来るまで、かなり過酷な試練を乗り越えなければならなかったけど──

 今、こうして子供たちの笑顔に迎えてもらえた事で、その甲斐もあったのかも知れないなと思えた。

 ・・・まぁ、漏れなく全員の頭にキノコ生えてるのは、画的えてきにアレだけども・・・・・・

「きゃーっ! 近い近いっ!」
「もうホント顔よすぎてむり! ヤバイ!」

 握手を求めてくれる人の中には、大人のお客さんもいる。

 普段は遠巻きに眺めるだけの方も多いんだけど、今日はキノコの影響か、積極的に子供たちに混じっている印象だ。

 ひとりひとりにしっかり対応していると、一際ひときわ 熱のこもった声援をもらう。

「いっ‼ いちゅも応援してましゅぅっ‼」

 ありがたいなぁ・・・・・・って、よく見たら山田さんじゃないか・・・何してるの・・・・・・

「は~い、ありがとうございま~す」
「ひょぎひぃっ⁉」

 がっちりと握手したまま離そうとしない山田さんを、みーちゃんが自然な流れで引き離す。

 山田さん、そんなにライズマンと握手したかったんだ・・・今度さりげなく機会を作るようにしよう・・・

 なんて考えていると、ふと、誰かの呟きが耳に入る。

「ん~? なにあれ~?」

 近くにいた子どもがそう口にして、周囲の人たちもつられて後ろを振り向いたのがぼんやりと見えた。

 ・・・嫌な予感とともに、僕もその視線を追うと───

<───ピムムウゥ・・・>

 果たして、客席の入り口に立っていたのは、くだんのキノコ怪人だった。

 僕を追ってきた訳ではなく、ただ迷い込んで来ただけのように見えるけど・・・

 その恐ろしい見た目を認識してしまったせいか、途端に何人かの子供たちが泣き出してしまう。

<・・・! ピムムム・・・ッ⁉>

 すると、キノコ怪人は大きな声に驚いて、両腕を高く上げて威嚇するようなポーズを取った。

 必然、子供たちは余計に怖がり、周囲にどんどん恐怖が伝播していく。

 ・・・このままでは、まずい・・・!

 そう考えた瞬間──僕の体は動き出していた。

 涙を浮かべる子供たちの前に躍り出て、キノコ怪人の前に立ち塞がる。

 先程、一対一で向かい合った時には怖くてたまらなかったのに・・・

 不思議なもので、このスーツを着ていると、「逃げなくちゃ!」なんて考えは微塵も浮かんで来なかった。

「ライズマン・・・まもってくれるの?」

 そして、涙を浮かべた女の子に問いかけられ・・・振り向き、頷く。

 ・・・そうだ。たとえ、目の前にいる怪人がだとしても・・・

 今の僕は、子供たちの夢と笑顔を守る──太陽の使者・ライズマンなんだ・・・‼

「ッ!」

 決意を新たにして・・・全身に力を漲らせ、ファイティングポーズを取った。

「ライズマーン‼」
「まけるなー‼」
「がんばれぇー‼」

 途端、子どもたちがワッと湧いて、全力の声援が背中に届く。

<ピムムゥ・・・!>

 キノコ怪人は甲高い声を上げながら、体を大きく見せようとしているのか──さらに両腕を広げてこちらを威嚇してくる。

 狭い視界でも、その迫力は十分だ。

 しかしこちらも退く訳にはいかない。両の拳を強く握り、じりじりと距離を詰めていく。

 すると、向かって来るとは思わなかったのか、キノコ怪人はたじろぎ、同じ分だけ後退した。

 よし・・・! まずはこのまま建物の外に追い出そう!

 そう決意して、座席にぶつからないよう注意しながら、さらに接近する。

<・・・ピムウゥッ!>

 すると、後退を続けていたキノコ怪人が、不意に立ち止まって雄叫びを上げた。

 刺激しすぎたか⁉

 ──後悔した時には既に遅く、怪人が隆々とした両腕を前に突き出すと、途端にその先端が糸状に解けて伸び・・・

 瞬く間に、「鞭」へと変化を遂げる。

 接近していたのが仇となり、回避が間に合わず・・・振るわれた鞭は、防御した僕の左腕にしなって絡みついた。

 そして、「しまった!」と思った瞬間──その違和感に気付く。

 あ、あれ・・・? 何か・・・引っ張る力が・・・めちゃくちゃ軽いような・・・?

<・・・・・・ピム? ピムムム?>

 ・・・おそらくは、腕を使って僕の体ごと振り回してやろう、というつもりだったんだろう。

 しかし実際には、キノコ怪人のパワーは子どもに腕を引かれる程度のもので・・・

 僕はほとんど力を入れていないにも関わらず、綱引きで圧勝していた。

「あぁっ!」
「ライズマンまけないでー!」

 子どもたちから、ステージで大ピンチに陥った時ばりの応援が投げかけられる・・・が、むしろ形勢が不利なのはキノコ怪人の方だ。

 いや、見た目だけなら絶対判らないんだけども。

 ・・・急に心苦しくなってきたけど、状況が状況だし・・・やるしかない、よね。

「ッ!」

 左腕を手前に引いて、怪人の鞭をピンと張った状態にすると、いつもステージでそうするように、右手を高く掲げ──なたのように振り下ろした。

<ピムムウゥゥゥッ⁉>

 すると・・・左腕に絡みついていた鞭は、ブチン!と音を立ててちぎれ飛ぶ。

 ・・・ただ打撃を加えるだけのつもりだったのに・・・何という脆さ・・・・・・

「ライジングチョップだー‼」
「すっげー! かっこいいーっ‼」

 キノコ怪人の見た目に反した防御力のなさに呆気にとられていると、後ろから大歓声が聴こえて来る。

 ・・・気持ちは嬉しいけど、内心はすごく複雑だった。

<ピムムウゥ・・・ッ!>

 するとそこで、怒り心頭に発した様子のキノコ怪人が、こちらへ突進してくる。

 ・・・お客さんを背にしている以上、そもそも後退すると言う選択肢はない。

 怪人が近づいて来た所で、一足飛びに距離を詰めて肉薄した。

<ピムムッ⁉>

 両腕を振り上げていた怪人は、突然ふところに飛び込んで来た僕に驚き、一瞬硬直する。

 その隙を逃さず・・・左手で右腕全体を押し出すようにして、肘打ちを放った。

<ムムグウッ・・・‼>

 衝撃で怪人は軽く宙に浮き、くぐもった声を上げながら後退あとずさる。

 予想していた通り、見た目に反して体重が軽い・・・というか、そもそも「中身がない」ような感じだ。もしかしたら、本当に外側しかないハリボテのようなものなのかも。

 ・・・ただ、僕からすれば少し重い風船を相手にしているような感覚でも、向こうには痛覚がある訳で・・・そう考えると、途端に申し訳ない気持ちになってくる。

 ・・・・・・でも、今はお客さんの安全が第一。

 今この瞬間は、心を鬼にする事に決めた。

「ッ‼」

 右脚を後ろにして構え・・・軸にした左足で跳び上がり、腰を捻って振り向きながら、右脚を背中側に大きく回して空中で飛び蹴りを放つ──ローリングソバットをお見舞いする。

<ピイィムウウウゥゥゥゥッ⁉>

 威力の乗った足底は、キノコ怪人の胸にめり込んで・・・その巨体を勢いよく吹っ飛ばした。

「きゃーっ‼」
「ライズマンさいこー!」
「おっふ・・・尊い・・・ぐふふ・・・」

 お客さんは大盛り上がりながら・・・やり過ぎてしまった事を即座に後悔する。

 やっぱり、暴力を振るうのは苦手だ。

<ピ、ピムウゥ~~~ッ‼>

 動きには出さないようにしつつ、内心で意気消沈していると・・・

 10メートルほど先に落下していたキノコ怪人が、立ち上がるやいなや反転。建物の外に向かって逃げていった。

「やったぁ~! ライズマンが勝ったよ~! みんな拍手ぅ~!」

「「「わあぁ~~っ‼」」」

 声援に応えて振り返り、ガッツポーズをしながら大きく頷く。

 ・・・この場は何とか乗り切ったけど、外でパニックが起きてないか心配だ。

 一か八か、伝わってくれる事を願いながら、みーちゃんにアイコンタクトをしつつ、客席の出入り口の方へ一瞬顔を向ける。

「! ・・・みんな! ライズマンは、今の敵を追いかけなくちゃいけないみたい! さみしいけど、みんなでまたね~って見送ろう! いくよ~! せ~~のっ!」

「「「またね~~っ‼」」」

 さすがはみーちゃんだ・・・!

 心の中で、今日何度目になるか判らない感謝と賛辞を述べながら・・・会場のお客さんたちに向かって大きく手を振り返す。

 「またね」の声に混じってかけられる「ありがとう」と「がんばって!」の言葉に、勇気と元気をもらいつつ──

 僕はキノコ怪人を追って、出入り口へと駆けた。
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