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第十二話「黒の記憶」
第三章「星の降りる日」・⑨
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「───ゲホッ‼ ゲホ・・・ッ‼ うっ、うぅぅ・・・っ‼」
突然、身体の中の「熱」が引いて・・・薄らいでいた意識が戻ってくる。
『・・・! 良かった・・・ようやく抑えられた・・・!』
徐々にはっきりとしてきた頭の中に、シルフィのほっとした声が響いた。
・・・どうやら、またしても相棒に助けてもらったらしい。
「ゲホッ! ・・・あ、ありがとう・・・シルフィ・・・」
ひとしきり噎せた後、ジンジンと痛む身体を億劫に思いながら・・・何とか、立ち上がった。
<グオオオオオオオオオオオォォォォォオォオオオォォオ‼>
と、そこで・・・唐突に球体の外から聴こえてきた咆哮に、目を丸くする。
「えっ・・・⁉ 今の声は・・・まさか・・・‼」
確信と共に目を向けると──そこにはやはり、怪獣態となったクロの姿があった。
つい先程、あんな死闘を繰り広げたばかりなのに・・・いったいどうして・・・⁉
「クロ‼ すぐに戻るん──」
<<<アハハハハハハハハハハ‼>>>
咄嗟に出た叫びは・・・三重奏となった嗤い声に遮られる。
ぞっとして、クロの視線の先を追うと・・・そこには、彼女の巨体よりもさらに2、3回りは大きな・・・黒い三つ首の龍の姿があった。
そして、その巨大な両腕に、見覚えのある「眼」を見つけて──
僕は、この恐ろしい存在の正体を察し・・・息が詰まる。
「あの・・・怪獣は・・・いったい・・・・・・」
震えた声で呟くと・・・隣にいたティータが、僕の手をぎゅっと握りながら、答えた。
「在るべき軌道から外れた、邪なる星辰───邪辰・ラハムザードよ・・・・・・」
その名を口にした、ティータの手も・・・僕と同じように、震えていた。
・・・・・・それほどまでに・・・アレは、危険な怪獣だという事なんだろうか・・・・・・
「ッ! 一本角・・・ッ!」
と、そこで、クロが先に仕掛けて──同時に、カノンの口から声が漏れる。
カノンは今にも飛び出して行きたそうだけれど・・・彼女もまだ、全快には程遠い。
<グオオオオオオオオオオオォォォォォッ‼>
牙を剥き出しにして、真っ直ぐに黒い龍──ラハムザードへと駆けていくクロの瞳に、理性の光はなく・・・明らかに、冷静さを欠いていた。
<<<アハハハハハハハハハハハ!>>>
他方、突進を待ち構えるラハムザードは、やはり愉しそうに嗤っている。
さっきの黒い怪獣と同じ・・・いや、それ以上に空虚で邪悪なその声を聴いて、僕は必死になってクロに退くように懇願する。
けれど・・・僕の叫びは、今の彼女には届いていないようだった。
<<<アハハハハッ‼>>>
───そして、嫌な予感は的中する。
接近と共に、クロはラハムザードの身体に噛み付こうとするが・・・
その動きは完全に読まれており、巨大な「眼」の付いた塊のような右腕が、ゴオッ‼と音を立てて振るわれた。
「・・・えっ・・・・・・?」
同時に僕は、絶句する。
何故なら・・・ラハムザードが腕を振るっただけで・・・数万トンはあるはずのクロの身体が、羽のように飛ばされて──500メートル以上離れた所にある「よこはまコスモワールド」の大観覧車に、叩き付けられてしまったのだから。
「ウソ・・・だろッ・・・?」
至る所から火花を散らしながら、ネイビーの巨体と共に倒れていく観覧車を見て・・・
あのカノンでさえも、目を見開いたままその場に立ち尽くしてしまう。
「・・・・・・クロ・・・! お願いだ・・・! もういい・・・! もういいんだ・・・ッ‼」
気付けば、両の眼からは止め処なく涙が溢れていた。
息を切らすクロの身体は、既に傷だらけで・・・鎧の発熱も一向に止まる気配がない。
もはや満身創痍の状態にも関わらず・・・敵は、きっと今までのどの怪獣よりも強大で、凶悪な存在なのだ。
これ以上戦えば──きっと、クロは───!
<オオォォォ・・・ッ‼ オオオオオオオオオォォォォ・・・ッッ‼>
しかし、どれだけ叫んでも・・・クロは、立ち上がろうとするのを止めない。
『・・・ッ! ダメだ・・・! やっぱり・・・今のクロは・・・抑えられない・・・!』
シルフィも、強引に彼女を鎮めようとしてくれているみたいだけれど・・・それも上手くいかないようだ。
胸の結晶から漏れるオレンジ色の粒子が、虚しく空気に溶けていく。
「やめてクロ・・・っ! 本当に・・・死んでしまうわっ‼」
僕の手を握ったままのティータもまた、何とかクロに届くようにと、悲痛な叫びを上げる。
けれど、彼女の涙を持ってしても──今のクロを止めるには、足りなかった。
<オオオオオオオオォォォォォォォォォ・・・ッッ‼>
低い唸りと共に・・・鎧の表面に浮き上がった赤いラインが、一気に右手に収束し・・・その掌を、白色の剣へと変える。
次いで・・・クロは、グンと右半身を引いた。
<グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ‼>
同時に、再び真っ直ぐにラハムザードへ向かって駆け出していく。
黄昏時の薄暗い空に、白い残光が尾を引いて伸び・・・黒い龍へと迫る。
<<<アハハハハハハハハハ!>>>
すると・・・あろう事か、ラハムザードは嗤いながら──
クロのこの決死の一撃を、躱す事も防御する事もなく・・・そのまま、受け入れたのだ。
「何のつもりだ・・・⁉」
思わず漏れた疑問の答えは・・・意外に早く、訪れた。
<オオオオオオオオオオオオオォォォォッ‼>
黒い巨体に突き刺さった右手を介して、クロの身体から高熱が流し込まれていく。
通常であれば、伝わった熱が敵を内部から破壊し・・・その全身を粉砕するのが、彼女の必殺技たるライジングフィストの特徴だ。
・・・だが、今───
<<<アハハハハハハハハハッ‼>>>
その一撃必殺の攻撃を食らっているはずのラハムザードは・・・全くの無傷だった。
むしろ、クロから伝わった赤いラインが体表を走る度、その輝きが巨体に飲み込まれてしまっているようにも見える。
・・・さらに、事態は・・・それだけでは終わらなかった。
<───ッ⁉ オオォォ・・・ッ⁉ グオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ‼>
「なっ、なんだ・・・⁉」
気付けば・・・ラハムザードへと熱を伝えているはずのクロの右腕に、紫色のラインが走っていたのだ。
その模様は、激しい炎を噴出させながら──逆に、彼女の身体を侵食していく。
<<<アハハハハハハハハハハ‼>>>
そして、たまらず手を離したクロの隙を・・・ラハムザードは見逃さなかった。
三つの首が別々に動くと、それらは蛇のようにクロの身体に巻き付いて──あっと言う間に、両腕と胴体とを拘束してしまう。
クロは激しく全身を動かして抵抗するも、絶望的なまでの力の差があるのか・・・首の一本すら、外す事が叶わない。
「クロっ‼ まずいっ‼ 早く戻るんだっ‼」
聴こえていないと判っていても、そう叫ばずには居られなかった。
すると・・・拘束されたままのクロは、暴れるだけでは脱出は不可能だと悟ったのか──
苦し紛れにもう一度右手へと熱を収束させ・・・二の腕に巻き付いた首に、その掌を突き刺した。
・・・・・・しかし、これが、ラハムザードの逆鱗に触れてしまったらしい。
<<<アァ────ハハハハハハハハハハハッッ‼>>>
一際大きな笑い声が響くと──黒い巨体の表面に、紫色のラインが浮かび上がる。
そして、その輝きは・・・クロの右腕に巻き付いた首へと、収束していく。
「まっ・・・‼ まさか・・・っ‼ やめろおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっ‼」
これから何が起こるのかを察して──僕は、声を限りに叫んだ。
・・・けれど、無力な僕には・・・何も・・・変える事が出来なかった───
<グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアァァァッッ⁉>
悲鳴と共に──クロの右腕が・・・熱で融かされ、捩じ切られる。
これまで・・・何体もの怪獣から僕たちを守ってくれた彼女の腕は・・・今、鈍い音を立てて、地面に落ちてしまった。
アスファルトを焦がすそれは、もう、ぴくりとも動かない。
「こんなの嘘だ・・・嘘だよ・・・‼ あっ、あぁ・・・ああぁぁあ・・・っ‼」
血の一滴も噴き出ない、ドロドロになった傷口は・・・
その腕が二度と元の身体に戻る事がないのだと、そう告げている気がして───
「うわあああああああああああぁぁぁぁあああぁぁあああっっっ‼」
僕は・・・自分自身のあまりの無力さを、嘆きながら・・・・・・
裡から発する絶望に駆られるままに、情けない悲鳴を上げる事しか出来なかった───
~第十三話へつづく~
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