恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第三章「星の降りる日」・⑨

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       ※  ※  ※


「───ゲホッ‼ ゲホ・・・ッ‼ うっ、うぅぅ・・・っ‼」

 突然、身体の中の「熱」が引いて・・・薄らいでいた意識が戻ってくる。

『・・・! 良かった・・・ようやく抑えられた・・・!』

 徐々にはっきりとしてきた頭の中に、シルフィのほっとした声が響いた。

 ・・・どうやら、またしても相棒に助けてもらったらしい。

「ゲホッ! ・・・あ、ありがとう・・・シルフィ・・・」

 ひとしきり噎せた後、ジンジンと痛む身体を億劫に思いながら・・・何とか、立ち上がった。

<グオオオオオオオオオオオォォォォォオォオオオォォオ‼>

 と、そこで・・・唐突に球体の外から聴こえてきた咆哮に、目を丸くする。

「えっ・・・⁉ 今の声は・・・まさか・・・‼」

 確信と共に目を向けると──そこにはやはり、怪獣態となったクロの姿があった。

 つい先程、あんな死闘を繰り広げたばかりなのに・・・いったいどうして・・・⁉

「クロ‼ すぐに戻るん──」

<<<アハハハハハハハハハハ‼>>>

 咄嗟に出た叫びは・・・三重奏となった嗤い声に遮られる。

 ぞっとして、クロの視線の先を追うと・・・そこには、彼女の巨体よりもさらに2、3回りは大きな・・・黒い三つ首の龍の姿があった。

 そして、その巨大な両腕に、見覚えのある「眼」を見つけて──

 僕は、この恐ろしい存在の正体を察し・・・息が詰まる。

「あの・・・怪獣は・・・いったい・・・・・・」

 震えた声で呟くと・・・隣にいたティータが、僕の手をぎゅっと握りながら、答えた。


「在るべき軌道みちから外れた、よこしまなる星辰ほし───邪辰・ラハムザードよ・・・・・・」


 その名を口にした、ティータの手も・・・僕と同じように、震えていた。

 ・・・・・・それほどまでに・・・は、危険な怪獣だという事なんだろうか・・・・・・

「ッ! 一本角・・・ッ!」

 と、そこで、クロが先に仕掛けて──同時に、カノンの口から声が漏れる。

 カノンは今にも飛び出して行きたそうだけれど・・・彼女もまだ、全快には程遠い。

<グオオオオオオオオオオオォォォォォッ‼>

 牙を剥き出しにして、真っ直ぐに黒い龍──ラハムザードへと駆けていくクロの瞳に、理性の光はなく・・・明らかに、冷静さを欠いていた。

<<<アハハハハハハハハハハハ!>>>

 他方、突進を待ち構えるラハムザードは、やはり愉しそうに嗤っている。

 さっきの黒い怪獣と同じ・・・いや、それ以上に空虚で邪悪なその声を聴いて、僕は必死になってクロに退くように懇願する。

 けれど・・・僕の叫びは、今の彼女には届いていないようだった。

<<<アハハハハッ‼>>>

 ───そして、嫌な予感は的中する。

 接近と共に、クロはラハムザードの身体に噛み付こうとするが・・・

 その動きは完全に読まれており、巨大な「眼」の付いた塊のような右腕が、ゴオッ‼と音を立てて振るわれた。

「・・・えっ・・・・・・?」

 同時に僕は、絶句する。

 何故なら・・・ラハムザードが腕を振るっただけで・・・数万トンはあるはずのクロの身体が、羽のように飛ばされて──500メートル以上離れた所にある「よこはまコスモワールド」の大観覧車に、叩き付けられてしまったのだから。

「ウソ・・・だろッ・・・?」

 至る所から火花を散らしながら、ネイビーの巨体と共に倒れていく観覧車を見て・・・

 あのカノンでさえも、目を見開いたままその場に立ち尽くしてしまう。

「・・・・・・クロ・・・! お願いだ・・・! もういい・・・! もういいんだ・・・ッ‼」

 気付けば、両の眼からは止め処なく涙が溢れていた。

 息を切らすクロの身体は、既に傷だらけで・・・鎧の発熱も一向に止まる気配がない。

 もはや満身創痍の状態にも関わらず・・・敵は、きっと今までのどの怪獣よりも強大で、凶悪な存在なのだ。

 これ以上戦えば──きっと、クロは───!

<オオォォォ・・・ッ‼ オオオオオオオオオォォォォ・・・ッッ‼>

 しかし、どれだけ叫んでも・・・クロは、立ち上がろうとするのを止めない。

『・・・ッ! ダメだ・・・! やっぱり・・・今のクロは・・・抑えられない・・・!』

 シルフィも、強引に彼女を鎮めようとしてくれているみたいだけれど・・・それも上手くいかないようだ。

 胸の結晶から漏れるオレンジ色の粒子が、虚しく空気に溶けていく。

「やめてクロ・・・っ! 本当に・・・死んでしまうわっ‼」

 僕の手を握ったままのティータもまた、何とかクロに届くようにと、悲痛な叫びを上げる。

 けれど、彼女の涙を持ってしても──今のクロを止めるには、足りなかった。

<オオオオオオオオォォォォォォォォォ・・・ッッ‼>

 低い唸りと共に・・・鎧の表面に浮き上がった赤いラインが、一気に右手に収束し・・・その掌を、白色の剣へと変える。

 次いで・・・クロは、グンと右半身を引いた。

<グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ‼>

 同時に、再び真っ直ぐにラハムザードへ向かって駆け出していく。

 黄昏時の薄暗い空に、白い残光が尾を引いて伸び・・・黒い龍へと迫る。

<<<アハハハハハハハハハ!>>>

 すると・・・あろう事か、ラハムザードは嗤いながら──

 クロのこの決死の一撃を、躱す事も防御する事もなく・・・そのまま、受け入れたのだ。

「何のつもりだ・・・⁉」

 思わず漏れた疑問の答えは・・・意外に早く、訪れた。

<オオオオオオオオオオオオオォォォォッ‼>

 黒い巨体に突き刺さった右手を介して、クロの身体から高熱が流し込まれていく。

 通常であれば、伝わった熱が敵を内部から破壊し・・・その全身を粉砕するのが、彼女の必殺技たるライジングフィストの特徴だ。

 ・・・だが、今───

<<<アハハハハハハハハハッ‼>>>

 その一撃必殺の攻撃を食らっているはずのラハムザードは・・・全くの無傷だった。

 むしろ、クロから伝わった赤いラインが体表を走る度、その輝きが巨体に飲み込まれてしまっているようにも見える。

 ・・・さらに、事態は・・・それだけでは終わらなかった。

<───ッ⁉ オオォォ・・・ッ⁉ グオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ‼>

「なっ、なんだ・・・⁉」

 気付けば・・・ラハムザードへと熱を伝えているはずのクロの右腕に、紫色のラインが走っていたのだ。

 その模様は、激しい炎を噴出させながら──逆に、彼女の身体を侵食していく。

<<<アハハハハハハハハハハ‼>>>

 そして、たまらず手を離したクロの隙を・・・ラハムザードは見逃さなかった。

 三つの首が別々に動くと、それらは蛇のようにクロの身体に巻き付いて──あっと言う間に、両腕と胴体とを拘束してしまう。

 クロは激しく全身を動かして抵抗するも、絶望的なまでの力の差があるのか・・・首の一本すら、外す事が叶わない。

「クロっ‼ まずいっ‼ 早く戻るんだっ‼」

 聴こえていないと判っていても、そう叫ばずには居られなかった。

 すると・・・拘束されたままのクロは、暴れるだけでは脱出は不可能だと悟ったのか──

 苦し紛れにもう一度右手へと熱を収束させ・・・二の腕に巻き付いた首に、その掌を突き刺した。

 ・・・・・・しかし、これが、ラハムザードの逆鱗に触れてしまったらしい。

<<<アァ────ハハハハハハハハハハハッッ‼>>>

 一際大きな笑い声が響くと──黒い巨体の表面に、紫色のラインが浮かび上がる。

 そして、その輝きは・・・クロの右腕に巻き付いた首へと、収束していく。

「まっ・・・‼ まさか・・・っ‼ やめろおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっ‼」

 これから何が起こるのかを察して──僕は、声を限りに叫んだ。

 ・・・けれど、無力な僕には・・・何も・・・変える事が出来なかった───


<グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアァァァッッ⁉>


 悲鳴と共に──クロの右腕が・・・

 これまで・・・何体もの怪獣から僕たちを守ってくれた彼女の腕は・・・今、鈍い音を立てて、地面に落ちてしまった。

 アスファルトを焦がすそれは、もう、ぴくりとも動かない。

「こんなの嘘だ・・・嘘だよ・・・‼ あっ、あぁ・・・ああぁぁあ・・・っ‼」

 血の一滴も噴き出ない、ドロドロになった傷口は・・・

 その腕が二度と元の身体に戻る事がないのだと、そう告げている気がして───


「うわあああああああああああぁぁぁぁあああぁぁあああっっっ‼」


 僕は・・・自分自身のあまりの無力さを、嘆きながら・・・・・・

 裡から発する絶望に駆られるままに、情けない悲鳴を上げる事しか出来なかった───


                       ~第十三話へつづく~
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