家に帰ると妻が二人になっていました。

竜胆

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家に帰ると妻が二人になっていました

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 春先のこと、僕が会社から帰宅し玄関ドアを開けると妻が二人になっていた。
 
姿形も色彩も少し首を傾げてこちらを見てくるのもそっくりな二人の妻がいた。
僕はとっても驚いて震える指先で二人の妻を指して言った。
「え、僕の奥さん?」
「「なんでしょう?」」
それは当たり前のように声を揃えて答えた。
 
「え、だからどっちが僕の奥さん?」
「「私が奥さんですよ」」
どちらも同じように微笑んで僕のカバンを取ったり背広を脱がしたり(器用に分担し合って)肩を押してリビングに連れて行ったりした。こうして僕は二人の妻と生活を始めることになったのだ。

 四人がけのダイニングテーブルの一辺に妻達が並んで座り、その向かいに僕が座った。
「つまり、君たちはどちらも僕の妻だと言い張るんだね?」
 
いつも通りの夕飯の席にいつも通りじゃない三人前の料理が並ぶ。
そんな中僕達は呑気に夕飯を囲っていた。僕は妻が(妻達がと言うべきだろうか?)作ってくれた好物のニシンの南蛮漬けを頬張りながら考え、こう妻達に問うた。

「じゃあ僕と妻しか知らないような事を質問するから一人ずつ答えてよ。じゃあ左の君、僕達の結婚記念日は?」
「12月15日でしょう?」
当たりだった。
 
「じゃあ右の君、僕の好きな魚は?」
「魚ならニシン。好きなチョコはマーブルチョコだよね?」
こちらも当たり。
魚は今まさに食べているニシンだったから、推理と思われない為だろうか、好きなチョコまで当ててきた。こんないい年した大人が可愛いチョコを好んで食べていると思われたくなくて、家の中でしか食べていないものである。妻しか分かりようがないのだ、二人とも悪戯げに笑って答えていた。やっぱり僕にはどちらが本物の妻か分からなくて顔をくしゃくしゃにしてしまった。
 
 夜、寝るときはどうするんだろうと思っていたら妻達は僕を挟んで二人用のベッドへ入った。少し狭かったが、春先のまだ肌寒い夜には両脇に妻がいると暖かいなと思った。

 朝目を覚ますとベッドには僕しかいなかった。

昨日は仕事に疲れた僕が見てしまった夢だったのだろうとダイニングに出ると、リビングに出ると妻が二人いた。
 
「………おはよう」
「「おはよ~」」
 
二人で朝の支度をしたのか朝食が何時もより立派で、クロックムッシュだった。チーズがいい感じに溶けてハムの塩気と合わさって美味しい。
 
「まだ二人だったんだね」
「「貴方が当てられるまでは二人だよ」」
「え、そうなの?」
クロックムッシュにブラックペッパーを振って味変をしながら僕は適当に「じゃあこっちが僕の奥さんかな」と言ってみた。
 
「「え~理由は?」」
どうやら理由と根拠が必要らしく。当然答えられなかった僕は笑う妻達を尻目に家を出て会社に向かうのだった。
僕には妻を養う責務があるためである。それも、昨日からは2人も。

 日中は社会の歯車の役を忠実に終え帰路。
ふと、帰り道に神社があることを思い出して、どうか妻の振りをしている者の化けの皮を剥がしてくださいとお祈りしに行こうと考えた。
その神社はお参りすると子どもの夜泣きがなくなるご利益があるという神社で、ちっとも僕の願いとは合っていなかったけど、こんな不思議なことは神様も一枚噛んでいても可笑しくないだろうと賽銭を入れ手を合わせて願った。
 
ーーーどうか、どちらが本物の妻かわかりますように。

境内には小さい子どもを連れた家族も見られた。僕はこんな時に妻と一緒にいるのが苦手で、一人で来て良かったなと思った。だって、僕達は子どもを持たないことを選択した夫婦だった。
前は他に猫を一匹飼っていた。ちょっとびっくりする程長生きした猫だった。僕の独身時代から飼っていて、僕達夫婦はそうやって穏やかに二人と一匹で連れ添って生活してきた。
ハッと、もしかして妻は猫が亡くなって淋しくなって増えてしまったのではないのかと思った。どちらかが妻でないのでなく、どちらも妻であるのかもしれない。
僕は神社から走って家へ帰った。
 
「ただいま」
「「お帰りなさい」」
 
今日も妻は二人で僕を出迎える。カバンと背広をそれぞれに受け取って、僕らはずらずらとリビングに向かって歩いた。

「ねぇ、もしかして君たちはどっちも僕の妻なんじゃないかな。分裂したで、ファイナルアンサー」
「「ハズレでーす」」
椅子に座った僕は、ダイニングからキッキンで手分けして夕飯を用意する妻を見つめて、問い掛けを投げた。妻達は僕に目もくれず手を動かして、クスクスと笑いながら声だけで否定をした。僕は僕で、そっかぁと言いながら先に出された缶ビールのプルタブを引いて飲んでいた。
 ソレは確かに僕の妻でない、という事実が発覚した割に穏やかな空間だった。
ソレが何なのか全く検討がつかないが、わるい何かではないと最初から感じていた。これは正しく妻な彼女も思っているんだろう。
妻はそういうお茶目なところがある。

三人で生活する日々がなんだかんだと続き、季節が変わる。


 夏になり、夜でもまだ暑い日が続いた。寝苦しい夜で普段は一度寝たら途中目を覚さない僕が偶々目を覚ました。両脇の妻はぐっすりと寝ていて、夜風に吹かれ舞い上がったカーテンから洩れる月の光がベッドを照らしていた。
 
月光を頼りにまじまじと観察してみてもやっぱり二人はそっくりだった。
 
 片方の妻の顔の辺りに網戸の隙間から入ったのか、虫が近寄った。羽音を聞いて無意識に身体が動いたのだろう、耳をピクリと動かして手をシャッと動かして妻は虫を払った。
 
その仕草に僕はピンときた。
いつだったか耳を故意に動かせるかと妻に話したことがある。僕の職場の忘年会の一発芸として耳を動かし、眼鏡を手を使わずにクイクイとさせてみせるという芸をした後輩がいたのだ。簡単そうに見えて真似をしようとやってみると、奥歯を噛み締めるばかりで耳は動かない。その席でも動かせた人は極々少人数だった。妻はできるだろうかとその話をしたことがある。
結果、妻は僕と同じで出来ない人間だった。二人して案外難しいもんだね、と笑い合った。そんな折に当時まだ生きていた飼い猫のミコが僕らの前で耳を得意げに動かしたのだった。タイミングが良くて、そうかミコは出来るのか!と二人して撫で回した思い出がある。
ミコはそんな人間達の気紛れを片手でシュっと猫パンチをして部屋の角に逃げていったのだった。
 
片方の妻の形をしているモノの頭を撫で、髪をなぞって首元をくすぐる。久しく感覚を忘れてしまった、ミコが好きだった撫で方。
 
「ミコ、ミコだったんだな」
グルグルと喉を鳴らし始めて、それはいつのまにか猫の姿になっていた。
 
にゃーん、と僕を見て鳴いて、ミコはしなやかにベッドから降りると網戸の方に向かっていき、驚くべきことに二本足で立って、手で網戸を開けて夜に消えていった。
夢のような出来事だった。


 朝になって朝食が三人前の用意であったから、二人で⒈5人前ずつにして食べていた。
僕は目の前の一人だけの妻にあれはミコだったんだねと言った。
「ようやく気がついたの」
と妻は笑って言った。
 
「何で君はミコが化けて、僕と過ごすことを許したんだい?」
もしかしたら僕はミコのことを妻と勘違いして本当の妻である君を追い出したりしたかもしれない。

「だってミコは貴方のことが好きだったから、それに私とミコはね、貴方が仕事でいない時、ずっとこの家で女二人、過ごしてきたんだから」
「そうか、だからあんなに息ぴったりだったのか」
僕が仕事に行っている日中、二人は随分楽しそうに家で過ごしていたようだった。

「ミコは私たちのことが心配で化けて出ちゃったのよ、きっと」
「‥‥成仏してくれるといいなぁ」
僕はしみじみとそう言った。
ミコにはすごく心配をかけてしまったようだから。妻はそんな僕を見て、首を傾げてこういった。
「成仏しないよ」
「え?」
「ミコは当分、成仏しない」
妻とミコは仲良しという話だと思ったら、女の確執があったのだろうか、僕は食事の手を止めてゴクリとツバを飲んだ。
 
妻が優しい笑顔で言った。
「だってミコは猫又になったもの」
 
「え?」
 
「あれ、尻尾が二股になってたの見てない?」
そういえば二本足で立っていたことの方に驚いていたけれど、よくよく思い出すと尻尾が二股になっていたかもしれない。
 
「その内、彼氏とか連れてくるかもね」
「猫又の?」
「ふふ、うん」
妻はやっぱり笑っている。スープに口をつけながらその口角が綺麗な弧を描いているのを僕は見逃さなかった。
僕達は穏やかにこれからも生活を続けなから、ミコがまた化けてくるのを待つらしい。
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