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おやすみ、いまだみしらぬシンデレラ姫

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 夜、寝る間際。あぁ今日もお姫様に出会えなかったと思う。僕は掛け布団を口元まで上げないと寝られない小さい子のような癖のため、そっと布団を持ち上げて意識が落ちるのをゆるゆると待つ。
とろとろと何か、考えていないとおちれない。
そんな、いつもの長い夜。

 幼い頃から母さんに「女の子はね、いつか王子様がとみんな願っているの」と教えてもらった。
絵本も、童謡も、僕が好きな映画達も、お姫様は色んなトラブルがありながらも最後には王子様が来てハッピーエンドだった。

 「僕がいつかお姫様を救って幸せにしてあげる」 そう母さんに言っていたのに、そんなことは起きず、段々と成長していった僕は、自分が王子様という身分ではなく普通の一般人だと気がついた。
更には女の子達の方が身長が伸びるのが速くて、やっぱり僕が王子様だという意識が薄れていった。

 でもまぁ成長して大きくなってもあのお姫様の映画達は好きで、新作が出る度に映画館に行ってはチェックしていた。
よく映画を見に行こうよって女の子にも男友達にも誘われるけど、これだけは一人で見に行った。
他の場所に行けば写真を撮って、撮られて、ネットにあげて、まあまあの反応がつくけど、これだけは僕の密やかな趣味だから誰にも共有しない。
自室のデスクの引き出しには、仮の板と底の板の二層になっていて、毎晩寝る前につける日記には映画の王子様がどんなに素晴らしいかを書いてある。そして一つシルクのハンカチが入っている。日中、体育でもっと真面目に走れだの言っていた先生も、親しい友人達も、誰も彼もそれを知らない。

 最近の悩みは映画の中でお姫様の描かれ方が変わってきていること。
王子様の手を取らないお姫様、手を取りつつ自身の声をあげて自らが王になるお姫様、これも時代背景なんだろうか。
僕は男尊女卑の思考はもってないし所謂若者ってやつだから昭和のオヤジのような態度だって取らないと心に決めているけど、そんな新しい女性の描かれ方がやけに心に残った。
 もちろん魅力的だと思う、社会にもっともっと女性が活躍していければ良いと素直にそう思う、本当だ。

ただ、何と言えば良いのか。
僕は、いや僕たち王子様はどうすれば良いのか分からないだけ。
いつだってお姫様を助けるための剣はあるのに周りはそんな事を知らず、戦のない武士の刀のように無用の長物になっている。
これを女の子達は平和だと笑うだろうか。

 そんな平和な世の中で剣を振るう機会がない僕は、おじいちゃんによくお前はなよなよしていて不安だと言われる。
ちょっと長めの茶髪と片耳につけた長いキラキラのイヤリングなんか特に不評だった。
右側だけ、髪を耳にかけて、キラキラのイヤリングがよく見えるように小首を傾げて微笑むのが友達には好評だったし、マチナカのスナップにも選ばれたのにおじいちゃんに言わせれば普通の男の格好ではないらしい。
そうやって決めつけるのが嫌いだ。別に完全に女の子しか着れないものを着ているわけじゃない。それはまた違うから。もし女の子の格好をするのなら僕はその日の気分で両性からグラデーションのようにその日の性別の立ち位置を決められるけど僕は例えるならば中性な気がする。わからないけど、
僕が着て似合うものが偶々緩やかな線を描いてるから「なよなよ」なんてさ、着こなせもしないのに着ているわけじゃないのに。そりゃあ僕だっていきがってる男が似合いもしないバスケットハットを被ってたりしたら、それ被る前に変える所あっただろって不快に感じる時だってある。僕だったら上手く着こなしているから良いでしょ。

服装のことは母さんいわく、若いから似合ってるわね、なんて、ちょっと的外れな褒め方を僕にした。
 家族にそういう反応をされて傷つかないかと聞かれれば、大丈夫、とだけ答えるんだ。思うに「なよなよ」はもうすぐ男に対しての侮辱発言にはなり得なくなるから。
女の子が変わっていくように、男の子だって時代に合わせて変わっている、きっと。
 ビランがヒーローになる時代だって来る。

ね、もしかしたら僕を助けたいお姫様か王子様の役割を持つ人がいるのかもしれない。

 多様性が言われ始めた世界だ。人々は無関心ではいられなくなった。虹色のフラッグを掲げる人々のパレードの意味を、今やこの国の殆どの人が知っている筈だ。
ただそれでも我が国の人々は自分とその周りの人に関わらない限りどこまでも無関心だった。けれどまぁ、じわじわと広まっている実感はある。
無関心の人は、左利きの割合ほどにその虹色の人がいることを知らない。ねぇ貴方の周りはなに効き?貴方はなに効き?好きな性別は何?貴方の自認は何?
貴方は、何?
僕は・・・

 また、朝が来る。気ままに揺れるブランコから勢いを借りて起きるような朝。
起きたのならきびきびと動き始めなくてはいけない、朝の時間は短いから。
おはよう、未だ見知らぬお姫様
僕がいま、東京のどこにいるか知っていますか? 探して、居るのでしょうか?
いつか、きっと、お目にかかれますよう。
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