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第二章
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しおりを挟む村を出て、山間の旅路。常にゼロスの論理とリリアの感情は衝突続きだった。
特に顕著だったのが「食事」のときだ。
その夜も二人は小さな森の奥で野営をしていた。
焚火の炎がパチパチと音を立て、湿った木の葉を照らしている。リリアは、僅かな香草と、道中で狩った小さな獲物を使ってスープを作っていた
「はい、ゼロス。これ。温かいうちに食べなさいよ」
リリアは金属製の器をゼロスに差し出した。湯気が立ち上り、鼻をくすぐる。
ゼロスはそのまま器を受け取ったが、その動作は常に「エネルギー補給」のための儀式だった。
彼は、熱効率と栄養素のバランスを分析しながら、淡々とスープを飲んでいた。
『分析結果:塩分、脂質、炭水化物のバランスは基準値内。エネルギー効率は及第点』
「どう? 美味しい?」リリアは、自分の器のスープをすすりながら尋ねた。
「味覚データ上、特段の欠陥は見当たらない。『不味い』という負の要素はないと結論する」
リリアはため息をついた。
「もう! そういうことじゃないでしょう! 『美味しい』って、心が温かくなる、幸せな感じのことよ。あんたはいつもデータばっかり!」
リリアの言葉を聞いたとき、ゼロスの喉が、奇妙な反応を示した。
スープを飲み込んだ後、彼の舌の上に、熱と快感が溶け合った感覚が残っていた。
それは、単なるエネルギーの摂取ではない。
『感情データ:発生。名称:喜びの副次的要素。定義:特定の食品の摂取により、思考回路に継続を推奨される快感。暫定名称:ウマイ』
ゼロスは器をじっと見つめ、もう一口スープをすすった。再び、その感覚が来た。
「リリア。これは……」
ゼロスは言葉を選んだ。彼のシステムはまだ適切な「表現」を導き出せない。
「これは、『効率を向上させるボーナスデータ』として、優先的に再摂取すべき食品だと判断する」
リリアは目を丸くした後、とうとう笑い出した。
「ふふ、もう、それじゃまるで、『最高の餌』って言ってるみたいじゃない! でも、まあいいわ。あんたが食べ物をデータじゃなくて、『また食べたいもの』として認識できたなら、それも一歩前進よ」
彼女の笑顔が、焚火の光と重なって、ゼロスの網膜に焼き付いた。
その瞬間、ゼロスのシステムに流入したのは、リリアの笑顔から発せられた『幸福』の感情データだけではなかった。
彼の腹の底から、『もっと摂取したい』という食欲にも似た、リリアの笑顔を継続させたいという新たな衝動が湧き上がった。
『警告:システムコアに、リリアに対する『独占欲』に近い感情データを確認。優先順位、再設定を推奨』
彼は、自分が兵器として完璧な論理から、人間的な非論理的な感情へと、着実に侵されつつあることを自覚した。
そして、その欠陥が、もはや嫌悪すべきものではないということに、薄い恐怖を覚えた。
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