救うべき命

川砂 光一

文字の大きさ
2 / 3

第2話

しおりを挟む
 それから、俺は大きな怪我なく敵を倒してゆき、一週間ほどたった。
 最近、ゲーム内の自分が強化されているという実感を得ていた。以前よりも、速く動けるし、力も強くなった。高所から飛び降りた際に受けるダメージも、小さくなった。銃撃の威力も増した気がする。
 仕事の休み時間、俺は先輩に話しかけられた。
「なんかお前、最近疲れてるよな。腹が減っては戦はできぬ。ちゃんと飯食ってないんじゃないか?」
「ちゃんと食ってますよ」
 俺は答える。
「早起きは三文の徳。最近、起きるのが遅いんじゃないか?」と先輩。
「いえ、遅くないですよ」
 俺はまた答える。
「そうか。まあ、過ぎたるは猶及ばざるが如し。頑張りすぎんなよ」
 そう言って、先輩は去っていった。
 確かに、最近母が倒れてから、気を張り詰めて、疲れ気味かもしれない。しかし、デバロで優勝して、母の病気の治療費を得るまでは、気を引き締めていこう。俺は自分に言い聞かせた。

 数日後、この日もデバロの時間が近づいていた。
 昨日デバロで負った傷が痛むが、参加しないと脱落になってしまう。今日の試合も頑張ろう。俺は、リビングから自室へ向かおうとした。
 その時、母が突然苦しげな呻き声を上げた。見ると、胸を押さえてうずくまっている。
「母さん、大丈夫?救急車を呼ぶよ」
 俺は言った。
 しかし、母はこう言った。
「大丈夫、救急車は呼ばなくていいよ……。私は自室で休むよ……」
「本当に大丈夫?かなり苦しそうだけど」
「本当に大丈夫だから……」
 母はそう言うと、自室へと行ってしまった。本人は大丈夫と言っているが、心配だ。俺は、救急車を呼ぶかどうか迷った。
 ふと時計を見ると、二十時間際。やばい、デバロが始まる!俺は慌ててデジタル空間へと入っていった。

 試合が終わると、俺は母の部屋の前に行った。すると、母の声が聞こえた。
「救急車が必要です」
 救急車を呼んでいるのだろうか。住所・症状・年齢・名前・連絡先などが続いた。そして、電話を切ったようだ。
 俺は声をかけた。
「母さん、大丈夫?」
 すると返事が返ってきた。
「やっぱりしんどくなったから、救急車を呼んだよ」
 しばらくして救急車が到着し、母は病院に搬送された。

 それから約一週間後、母はすでに退院していた。しかし、今回再び母が入院したことによって、早くデバロで優勝しなければいけないという気持ちが、俺の中で強くなっていた。
 俺は敵を倒してゆき、自分を強化していた。
 プレイヤーの人数もずいぶん減り、今では二十人ほどだった。優勝まで、もう一踏ん張りだ。
 今日もデバロの試合が始まった。
 俺は敵を一人倒すと、腕輪を見た。すると、自分のすぐ近くに敵がいることが、示されている。
 俺はその敵を見つけると、素早く銃を撃った。
 しかし、それは敵に当たらず、銃は消えてしまった。デバロでは、銃は弾切れすると消えるのだ。
 すると、敵が言った。
「お前は銃を撃つとき、慌てすぎたようだ。やはり、急がば回れだな」
 そして、その敵は銃を向けてきた。俺はとっさに物陰に隠れた。
 敵の追ってくる足音がする。武器が落ちていないか、辺りを見回したが、見つからない。
 敵の声がする。
「相手が武器を持っていないうちが、勝つチャンスだ。時は得難くして失い易し。奴が武器を手に入れる前に、とどめを刺そう」
 俺は必死に逃げた。しかし、飛び出した崖の先端に、追い詰められてしまった。俺は武器を持っていない。
「さっさと攻撃しよう。『兵は神速を貴ぶ』と言うからな」
 敵はそう言うと、銃を向けてきた。
 万事休すか。そう思った瞬間、俺は自宅の自室に戻っていた。今日の試合が、終わったようだ。助かった。
 しかし、デバロの試合は、前回の状況から始まる。明日の試合は、俺が崖に追い詰められた状況から始まるのだ。あの状況では、おそらく俺は負けてしまうだろう。どうしよう。俺は考えた。
 そして、あることに気がついた。俺を崖に追い詰めた敵は、やたらと、ことわざを使っていた。そして俺の職場にも、ことわざを多用する先輩がいる。あの敵の正体は、職場の先輩なのではないだろうか。そうだとすれば、俺がデバロで優勝するためには、明日の試合が始まる前に、先輩を殺さなくてはいけない。
 あの先輩には世話になった。
 俺は今の仕事に就きたての頃、右も左もわからなかった。しかし、わからないことを人に聞いていいのかもわからず、とても不安な日々を過ごしていた。
 そんなとき、その先輩が話しかけてくれた。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。わからないことがあったら、何でも聞いてくれ」
 そう言われて、俺の心は一気に軽くなった。それからというもの、俺は、仕事に関してわからないことがあると、その先輩に相談するようになった。先輩も、俺のことを気にかけてくれた。そんな先輩を殺すのは、ためらわれる。
 しかし、母の命を救うためには、手段を選んではいられない。俺は、その先輩を殺害することにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

処理中です...