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第五章:「大陸到着」

第65話 「苦悩する最弱」

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 未だに廃墟と化した街に彼の泣き声が木霊している。

皆がその様子を黙って見ている。

「全員……敵国の生き残りを集めろ!」

「「はい!」」

そう言って、少年の部下達は生き残っている兵士達を一列に並ばせて、座らせた。

まさか…
俺は嫌な予感が頭を過ぎったが、その予感が当たらないで欲しい…

「一体何をする気だ?」

「決まってるだろう!!」

そう言って、少年は剣を抜き、もう既に項垂れている隊長に剣を突き付けた。

このままでは同じ悲劇が繰り返されて行くのでは無いか…?

俺は咄嗟に、少年を説得しようとした。

「やめろ。そんな事をしても、この戦争は終わらない。それに…兵士であれ、無抵抗の人間を殺すのは――」

「お前…俺達を敵に回す気か?周りを見てみろ!これはコイツらが、お前が行動の結果だぞ!無抵抗の人間を殺したんだぞ!!処刑して当たり前では無いか!?…冷静になれ…今なら間に合う…俺達の国の為に仕えないか…?」

復讐をしたい気持ちは痛い程分かる…

確かにこの兵士達がしたのは、惨たらしい。

もし、逆の立場なら…

色々な思いが頭の中を駆け巡り、それぞれに答えを見い出せない。

一体正解はなんだ?

復讐する事か…?
だが、ここで彼らを殺したところで解決にはならないのでは……
根本的な解決をするにはどうしたら良いんだ…

それにここで敵を殺したからと言ってこの戦いは終わる訳では…

かと言って…俺はどちらの国の味方で、どちらの国の敵という訳では無い。

色々な考えが巡り、それに頭を悩ませる。

だが、その中でも一つだけ思う事はあった。
この戦争を
そんな事を思っていた。

少年は俺の思いなど知る由もなく、剣を天高く振り上げた。

俺はその様子に、咄嗟に手をかざし召喚した。

再び焔黒の騎士は現れると、少年の剣を弾き飛ばした。

「!?」

少年はいつの間にか、握っていた剣が無くなっている事に驚いた表情を見せた。

――貴様っ!

――何をするんだ!正気なのか!?

部下の兵士達は、俺の取った行動に怒りを顕にした。

「お前…気は確かなのか!?」

「俺はどちらのでもでも無い…」

そんな時…バルバラが俺を遮る様に、少年に近寄って言った。

「ふふっ、どうしてもこの兵士達を処刑する――と言うのなら…」

『魔王である私が相手しよう』

その言葉に、みな絶句した。

沈黙が暫く続いた後に老人が呟く様に話し始めた。

――彼女の来ているローブの紋章…もしかしてとは思っては居たが…あの話は本当だったのか…――

その言葉に少年は、怒りを交えながら聞いた。

「なんだその話はっ!?」

――大昔だ…戦火の度に魔王が現れ、お互いの国のいくさを止めると…

その言葉に、バルバラは微笑んだ。

「ふふっ、そうだ…それに魔王だけでは無い…サモン最弱も居る」

そう言って、バルバラは俺の方を見て微笑んだ。

その微笑みはまるで、俺が先程抱いていた気持ちを見透かしている様に。

その言葉に少年は舌打ちをした。

「全員かかれ!!どちらでも良い!やれ!」

その掛け声と共に、生存者を探していた兵士達は、手を止め、剣を抜いた。

「何をするのですか!即刻命令の撤回をっ!勝てるはずがありません!それに彼らの言っている事も分かるでしょう!敵国との和平交渉も――」

そう言って老人は少年の前に立った。

「五月蝿い!黙れっ!!」

そう言うと腕を上げると老人の頬を叩いた。

少年の行動に俺達は呆気に取られてしまった。

老人は頬を抑えて、倒れる様に座り込んでしまった。

――この戦争を終わらせるのは貴様『魔王』などでは無い!我らオルドヌング帝国だ!『和平』では無い!『勝利』だ!!――

彼の言葉に兵士達は襲い掛かってきた。

焔黒の騎士は、剣を構え直し、迫り来る兵士達の中に踏み込んだ。

騎士は一瞬で、兵士達を突き抜ける様にしたのも刹那。

兵士達が握っていた剣は、宙を舞い。

それぞれが地面に深く突き刺さり。
兵士達は力無く、地に伏していった。

少年は驚きの表情を浮かべたが、すぐさま怒りを顕にした。

「この国に敵対するものは全て殺す!例え魔王でも…!」

そう言って、弾かれた剣を手に取った。

「おやめください!」

「黙れ!」

老人の言葉に耳を貸すことなく、騎士に向かっていった。

騎士は構えるだけで、微動だにしない。

それはまるで、彼を待ち受けるかの様だ。

少年は近寄り、騎士に剣を振り上げた瞬間、少年の動きは止まった。

顔は恐怖を浮かべ、額から汗が流れ、身体全体が震えている。

後ろで見ていた老人も同じく怯えている。

少年は振り上げていた剣を下ろすと、その場にへたり込んだ。

騎士は剣を振り払い、鞘に収めると俺達の方を向き直した。

兜から覗かせるその瞳には、両目とも焔が立ち上っている。

騎士は俺達の方へ歩み寄った。

間近で見たその瞳の中には、片目には『オラクロ家』の紋章と、もう一方の片目に『バルバラ』の紋章が刻まれていた。

そして騎士は頷いた。
まるで、「みな殺してはいない、安心してくれ」と言わんばかりに。

その後、騎士はその姿を消して行った。

俺は老人の元へと歩いて行った。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ありがとう…」

俺は手を差し伸べ身体を引き起こした。

老人は一呼吸すると、俺達の方を見据えて話し始めた。

「こんな事を言うのも畏れ多いですが、私からお願いがあります」

老人はまた深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。

「魔王様達の力を持ってこの戦争を止めて下さい。争いのせいで、民の命も兵の命も奪われた…家族を失い、愛しき人を失い…」

そう言って、老人は俺の手を握った。

「ふふっ、サモン?どうする?」

もうあの様に人が悲しむ姿も見たくない。

彼はずっと、弟の亡骸を抱き締めている。

「バルバラ…この戦争を止めるにはどうしたら良いんだ?」

「ふふっ、簡単だ」

「両方の国にとって『悪』になるんだ」

俺は驚きのあまり、聞き直してしまった。

「あ、悪だって!?」

「ふふっ、誤解するな。戦争と言うものは相手を敵と見なすところから始まる…私達が、互いの国から見て『悪』と思われれば良いんだ…」

言っている事は分かるが…

そんな…実際にそんなに上手くいくのだろうか?
本当に戦争は終わるのだろうか?

「――上手くいくのか?」

その言葉に、バルバラは俺の顔を見て微笑んだ。

「ふふっ、敵の敵は味方と言うだろう?それに――」

――『私は『魔王』だぞ?』――

その言葉がとても頼もしく思えた。

そして手を握る老人の方を向き直して答えた。

――この戦争を止めてみせます――
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