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第五章:「大陸到着」
第73話 「境遇」
しおりを挟むラーザの家の中は、驚く程質素なものだった。
家の中は必要最低限なものしか無く。
狩りで得た戦利品なども一切ない、唯一見つけられた戦利品と言えば動物の皮で出来た衣服だ。
「えへへ、意外とシンプルでしょ?全て猟で得た物は肉以外売ったりしているので、私に必要な物はあまり無いのです…もちろん、お肉も場合によれば売ったりしていますが…あ!その熊は…ん~とりあえずあそこに置いてて下さい」
俺の心を見透かした様に、ラーザはそう言って肩に掛けてあった弓や携えていたランプ、最初に持ってきていたロープも仕舞うべき場所に戻した。
一方、焔黒の騎士はラーザの指示に頷き、家の隣にある小屋の様な場所に行き、暫くして戻って来た。
騎士は再び床に飲み込まれるように、静かにその姿を消した。
「あの騎士、見た目より優しいんですね。最初は驚きましたが…」
今度はあまり驚きもせず、ラーザは俺にそんな事を言って笑うと鍋の方へと向かった。
鍋の中に煮込まれた料理が食欲をそそる匂いを出し、その匂いは家中に溢れている。
それにしても、少し上がった場所に家があるからだろうか?
思っていた以上に寒く感じる。
バルバラも同じ事を思っていたのだろう、腕を交差するようにして、自分で摩り暖を取っている。
「サモン?少し冷えないか?」
「そうだな…確かに冷える」
俺達の言葉を聞いたのか、ラーザは鍋をかき回しながら振り向き、申し訳ない表情を浮かべた。
「すみません!暖炉に火を点けて貰えますか?」
そう言われ、俺は居間にあった暖炉の方に向かい、火を灯そうとしたが…
肝心な『薪』が見つからない。
あるのは既に、消し炭となっている物だけだ。
その為、薪の場所を訊こうとした時、思い出した様にラーザは声を上げた。
「あぁ!!すみません!薪を切らしていたの忘れていました」
どうしようか…今から取りに行くのは危険だろう。
家の外は既に深い闇に包まれ、家の明かりと松明が唯一の光源となっている。
俺が暫くどうしようかと悩んでいると、バルバラが俺の背中を摩り、一つの案を出した。
「ふふっ、大丈夫だ。私に任せろ」
そう言うと暖炉の前に立ち、手をかざした。
すると”ぼっ”と言う音と共に、暖炉に一瞬で火が灯った。
「ふふっ、マグマだって出せるんだ。これぐらいは出来るさ」
そう言って俺に微笑みかけると、席に着いた。
座った後も、炎は揺らめき続け、決してその勢いが、緩まることはない。
そんな炎に俺は暫く見入ってしまった。
バルバラの炎は、俺の身体を温めて行き、暖かみの中になんとも言えない心地良さすら感じた。
「火が点いている…薪も無いのに…」
その言葉に俺は振り返った。
ラーザは食卓に料理を並べながら、暖炉の方を見てそんな言葉を漏らしている。
「ふふっ、暖かくなっただろう?」
「はい!ありがとうございます!」
「サモンさんも座って下さい。折角の料理が冷めちゃいますよ」
「はい、ありがとうございます」
そんな事を言われ、俺も同じくバルバラの隣に座った。
「ふふっ、どうだ?暖かいだろう?」
そう言って、少し自慢げに俺に微笑んだ。
「そうだな、ありがとう。おかげで体も温もったよ」
「ふふっ、良いんだ」
その言葉が嬉しかったのか、バルバラはニコニコと俺に微笑むと、料理に手を付け始めた。
口に料理を運び、味わう様に噛み締めると飲み込み込んだ。
「これは美味しいな!」
「本当ですか!?良かったです!お口に合うか心配だったので」
俺も料理に手を付けた。
確かに美味しい。
味付けも、濃くもなく、薄くもなく。
ちょうど良い味だ。
そう言えば、いつも宿屋とかで食べていたからだろうか…
外で食べる料理より、どこか暖かみを感じる。
「サモンさんはどうですか?」
「えぇ、とっても美味しいです」
恐らく狩りで得たお肉もあるが、獣の臭さも感じられず、美味しく食べる事が出来た。
「えへへ、こうやって誰かに料理を振る舞うのは久しぶりなんでとても嬉しいです」
そんな言葉と共に、不意に彼女の後ろにある机の写真が目に入った。
ここは聞いた方が良いのだろうか…
もし、暗い過去なら…
それに、もし聞いてしまって彼女の傷を抉る様な事はしたく無い。
俺が悩んでいると、彼女から話を始めた。
「実は私の父親は、狩りをしている時に不慮の事故で…母親は病気を患って今は街にある、診療所に入院しています」
「そうだったんですか…」
「えぇ、ですから、母親が留守の間は、私がこの家を守らなくてはなりません。それに…」
俺は黙って聞き入ることしか出来ない、気付けばバルバラも手を止めて話を聞いている。
「以前行った時に先生から言われたんです。『もう、長くは持たないかも知れない』と、母の病気は珍しい病気の様で…」
「具体的にはどんな症状なんだ?」
「先生が言っていたのは、次第に何も喋らなくなっていき記憶まで忘れていくと、それだけではなく身体の機能までもが失われていき、徐々に衰弱をして行く…と」
一呼吸置いて、ラーザは続きを話し始めた。
「ですが、先生は治す事も出来るかも知れないと…」
「それは本当ですか!?」
「えぇ、ですが医学書などにはそう書かれているらしいのですが…肝心な薬の元となる薬草が、これがまた、珍しいものでして…」
「…その薬草は?」
「『ゼーレ草』と言う物でして、どうやら暗く、湿っている場所に自生しているらしいのですが……そうでした!」
そう言って先程の机に向かい、引き出しから1枚の紙を出して来ると、俺に手渡した。
紙にはその草と思われる絵が描かれている。
「これがそのゼーレ草なのですが…私もここ一帯を探して回りましたが、見付からなくて…」
「すみません、突然こんな話をしてしまって、やはり一人で過ごしていると、不安と寂しくなってしまってつい…」
確かに一人で過ごしていると、寂しくなるだろう。 それに不安に苛まれながら、家族の事考えて、一人で過ごすと考えたら…
俺が思う以上に、彼女は大変だろう…
それは言葉に言い表せるものじゃない。
励ましの言葉すら、彼女には重圧としてのしかかるかもしれない。
それに旅の最中なら、このゼーレ草も俺達が見つける事が出来るかもしれない。
だが実際、請け負って見つかるかは分からない。
でも、こんな居たたまれない境遇に会う彼女に少しでも力になってあげたい。
俺はそんな思いが頭を過ぎった。
「預かっても良いですか?旅の途中に見つかるかも知れません」
その言葉に目を輝かせて、彼女は二つ返事をした。
「是非お願いします!」
「分かりました」
そんな会話を済ませると、バルバラがラーザに1つ質問を投げ掛けた。
気付けば、バルバラの前にあった料理は綺麗に無くなっている。
「ふふっ、ラーザはお母さんの病を治したらどうするんだ?」
その質問に難しい表情を浮かべ、暫く考え込んだ。
「んー、そうですね…私は…いずれはまだ見ぬ生き物を狩ってはみたいですね…」
そう言うラーザの表情は母親の話をしている時より、僅かだが笑顔が戻っている。
「ふふっ、まだ見ぬ生き物か…なら私も含まれるのか?」
「そんな事はありませんよ!こんなにも優しい『魔王様』を狩ろうだなんて!」
そう言って彼女は笑って手を振っている。
そんなラーザの表情には、出会った時同じ笑顔が戻っていた。
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