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妖怪正月 後
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「あらためて紹介しよう。コイツは御手洗智慧。智慧と書いてソフィア。俺の五歳上の姉だ」
「よろしくぅ」
妖怪たちは口を開けたまま呆然としていた。少女が家の主人である御手洗十三の血縁者であることは薄々察知していた。輪郭や造形がどこなく似ているし、妙に馴れ馴れしいことから近しい者だろうとは思っていた。
「しかし、姉とは異なり」五徳猫は心中でそう思った。
「智慧は一級の退魔師で各地を転々としている」
「特級だ。二年前に昇格した」
「どうでもいい」
姉弟で目を合わさず会話している。彼らの雰囲気から察するに仲が良いとは言えないと妖怪たちは気不味い空気を感じた。
「あ、あのぅ……」
「なんだドラ猫」
「いえ、ちょいと確認ニャんですが、智慧さんはおニャーさんのお姉さん?」
「そうだと言ったろ」
「はぁ」
五徳猫もおとろしも顔を見合わせてしまった。十三はどこが鈍いところがあり、なかなかこちらの心中を測れないことが多々ある。それは解っていたが、今回はあまりに酷い。
「なんだ、猫のクセに奥歯に物が詰まってるのか?」
十三が怪訝な顔をする。
「いやぁその。ずっと人間だと思ってましたけど、おニャーさんも妖怪の血が入ってるんですかニャ?」
「何をいう。俺は正真正銘の人間だ」
「じゃあ、本当のお姉さんじゃニャい?複雑な家庭事情でつながった義理の姉弟ですかニャ?」
「煩わしい事に血は繋がってる」
五徳猫は頭を抱えて言葉を選んでいる。おとろしはキャパを超えているのか頭から湯気が立ち昇っていた。
「十三。お前、鈍いところは変わらねえなあ」
「なんだ?何が言いたいのかさっぱり解らん」
「つまり、お前の様な三十過ぎのむさ苦しい男が弟で、この可憐な美少女が姉という構成に妖怪どもは疑問なんだよ」
妖怪たちは智慧の言葉に対し大袈裟であるがだいたい合っているという顔をした。
「はぁそういうことか。智慧、説明しろ」
「やだ。めんどい。お前がしろ」
十三はさも面倒くさいという顔で説明を始めた。
「智慧は退魔師だと言ったな。コイツは子供の頃にスカウトされて以来、学生をやりながら退魔師の仕事もこなしてきた」
「ほうそれはそれは」
恐ろしい、という言葉を五徳猫はすんでのところで飲み込んだ。
「で、ある時事故があってな。それ以来、見てくれてだけ歳をとらなくなったんだ」
「事故ですニャ?」
「人魚だよ」
智慧は酒を飲み干したのか、徳利逆さにして舌を突き出している。
「高校生の時に退魔師の師匠のお供である漁村に行ってな。そこで退治した人魚の血を誤って浴びちまったのさ。それ以来、見た目がずっと変わらない」
「なるほど、ですニャ」
人魚とは不老不死の妖怪である。非常に珍しい種族であり五徳猫やおとろしですら、その目で実物を見たことはない。
人魚には謎が多く、肉を食って不老不死になった者もいれば、血を飲んで死んだ者もいるという。どちらにせよ、もしも彼女が本当に十三の姉であれば智慧がなんらかの呪いを受けているのは明らかだった。
「まあ、しかし良かったですニャ」
五徳猫の突然の呑気な物言いに姉弟は驚いた。
「よかった?何が?」
「いえね。あっちはまた十三の複雑な家庭の事情で歳下の高校生をお姉さんと呼ばないといけニャいとか。はたまた十三がそういう特別な趣味ニャのかと思って」
「なんだぁ!?」
「いや、それだったら流石に気不味いというかこれから十三とどう接していいか解らないとこでしたが。妖怪絡みの呪いということなら安心ですニャ」
「なんでだよ。普通は逆だろ?」
「いやいや。あっちらも妖怪ですニャ。あっちとトロで足して四百五十歳ですニャ。たかだか歳をとらないくらいで、三十そこそこの小娘なんぞ。ニャハハハハ」
「ぬぬぬぬぬ」
おとろしも笑っている様だったが、人間たちには今ひとつ掴めていないようだった。
「はぁ。なんか気を遣って損したですニャ。智慧ちゃん。これもなんかの縁ですからニャ。これからは家族だと思って気安くさせてもらいますニャ」
「ぬぅぬぅ」
智慧は呆気に取られている様子だった。十三は姉の見たこともない表情に笑いを堪える事ができず吹き出した。
「なにがおかしい」
「姉貴よ、自分の顔を見たか?そんな面はガキの頃以来だよ」
妖怪たちも訳がわからず笑っていた。
「いいさ笑ってろよ。しかしお前らなあ。オレは退魔師なんだぜ?もちっとビビっても良いだろ」
「いやいや。さっきまでは何処の誰だか知らなかったし、もしかすると十三があっちらを追い出そうと寄越してるのかと思って怯えてたんですニャ」
「そんなことするか。というか、出ていかそうとしたって出ていかないだろうが」
「まあまあ。だから十三のお姉さんと知ってひと安心ですニャ。得体の知れないものは、人間でも妖怪でも怖いですニャ」
妖怪どもの呑気な物言いと表情。それに釣られて呆れながらも微笑む弟を見て智慧は胸の内に言い知れぬ気持ちが芽生えるのを感じた。それはちゃんとした温度のある気持ちであると同時に、なぜか彼女にとって不安を煽るものであった。智慧はその暖かい気持ちが単純に怖かった。
「どれ、もう帰るかな」
「なんだよ。もう行くのか。飯でも食っていけよ俺もまだなんだこれから作るよ」
立ち上がる智慧を十三が引き止める。
「いや、元から顔を見たら帰ろうと思ってたんだよ。ちょっと寄っただけなんだ。酒のせいで長居しちまった」
智慧が居間を出ていこうとすると足もとびおとろしがすり寄ってきた。
「ぬーぬーっぬー」
「おい、なんだよ!?ちょっと」
おとろしは犬がじゃれつく様に智慧の足から離れない。
「もう少しいたらどうだと言ってますニャ。あれだけ酒を飲んだら〆が欲しくなりますニャ」
「いや、もう腹は一杯だよ」
「なら食ったものを片付けていけ。その間に俺は飯を作る」
食っていけと言われるとかえって居づらいのだが、片付けろと言われると居る理由になってしまう。弟は、不器用ながら昔からこういう物言いが上手い。
智慧が炬燵の上に散乱した寿司桶や徳利を片付けていると、五徳猫が台布巾を持ってきた。
「十三にはラーメンが良いと伝えましたニャ」
「ラーメン?なんだよ。それも『東京物語』か?」
「蒸し返さないで欲しいですニャ。そっちこそお茶漬けにしろとか言わないでくださいニャ」
「お前もしつこいねえ」
智慧はふと、いつの間にか口もとが緩んでいることに気が付いた。何年ぶりだろうか。誰かとこんなに会話したのは。
「此処は毒だな」
「ん?」
聞こえないように呟いたつもりが猫の耳を侮っていた。だがどうしてか。口が言葉を漏らしていた。
「こんな見た目だからな。同じとこに長く居られない。身分を明かしていちいち説明するのも面倒くさい。学生のフリをしてるのも、昼間からふらふらしてて声をかけらても、部活の剣道の試合だとか言って誤魔化せるからなんだ」
「人間は不老になっても不便ですニャ」
「全くその通りだぜ。見た目は変わらずとも精神的には歳を経てる。年々、身体と心にズレが生じているのを感じる。それに耐えられるほど人間は強くできていない」
智慧は遠くを見ながら淡々と喋っている。五徳猫は時々に短く相槌をうちながら頷く。
「ここ何年かは自分が大人なのか子供なのか。女なのか男なのか解らなくなってきてな。どんどん存在が曖昧になっていくのを感じてる。だから時々お袋に会いに来て世間話でもして、それでまた旅に出るってのをやっていたんだがな」
「お袋さんが亡くなってから帰る場所が無くなってしまった。そう思ったんですかニャ」
「猫め。見透かしたことを言う」
智慧は悲しそうに笑う。それが母を亡くした娘の顔なのか、人としての拠り所を失くした者の顔なのか。五徳猫にはわかりかねていた。
「十三が此処をお袋から引き継いだと聞いて、正直驚いた。奴はお袋を嫌っていたし。売っちまうかと思ってたから。まあこんな変な名前をつける親だからな。オレだって恨んでないことはない」
「確かに、人にしては変な名前ですニャ」
「アイツがなぜ此処に住んでるのか知りたかった。弟のこと何も知らないからな。だけど今日此処に来てお前らと暮らす奴を見て、オレには此処が温か過ぎると感じてしまった。一分でも長くいると妖怪退治が出来なくなっちまうくらい居心地が良い。だからもう、此処へは来ないよ」
五徳猫は片付ける手を止めて、智慧に擦り寄った。
「なんだよ。お前までおとろしの真似かよ」
「元々猫は擦り寄るものですニャ。ねえ智慧ちゃん。もっと十三を頼っても良いと思いますニャ」
「おいおい。猫が人間関係を説教するのか?」
「茶化さないでくださいニャ。十三は、一見ぶっきらぼうで他者を拒んでいるように思われがちですが、実はとても思いやりがある男ですニャ」
「くすぐってえなあ」
しかし智慧は言葉とは裏腹にとても優しい声を出している。
「十三は性根が良い。あっちも色々な人間を見てきたがあれほど真っ直ぐな奴は見たことがないですニャ。だからこそ智慧ちゃん。時々は此処に来て、飯を食って行ってくださいニャ。あっちは十三が嬉しそうにすると、なんだか胸が暖かくなるんですニャ」
智慧はとうに枯れてしまった涙がもしかすると再び流れ出るのではないかと思うくらい、胸が一杯になっていた。
「じゃあ、そうするかな」
その一言をようやく捻り出し、十三に黙って家を出て行った。
智慧が出て行った後の居間では十三と五徳猫、おとろしの面々が炬燵を囲んでいた。部屋の中にはうどんの湯気が立ち昇り、鰹節と昆布でとった出汁の良い匂いが漂っている。
「ラーメンと言ったのに。どうしてうどんですニャ」
「文句を言うな穀潰し。買い物にも行かないで偉そうするな」
おとろしは体毛で箸を器用に操りずるずるとうどんをすすって嬉々としている。
「ドラ猫」
「なんですかニャ」
「お前が飯を作るワケじゃないんだから、姉貴に時々来いだなんて勝手に言うな」
「ニャ!?」
五徳猫は驚いて出汁を噴き出し、炬燵布団を汚してしまった。
「汚ねえなあ。ホラ拭けよ」
台布巾を頭に乗せられても猫は呆気にとられていた。
「聞いていたんですかニャ」
「お前、人の褒め方のセンスねえなあ。悪口言われてるのかと思ったよ」
十三は淡々としながらうどんをずるずるとすすっている。
「ニャニャんと!十三はデリカシーがないですニャ!」
五徳猫は顔を真っ赤にしながら慌てて台布巾で顔を拭いている。
「まあなんだ。ありがとよ」
「……」
五徳猫は無言で頷くだけであった。
こうして、妖怪と人間の正月の夜は静かに更けていった。
五徳猫がうどんの出汁を吹き出す少し前。智慧は音もなく一軒家の玄関の扉を開けた。
ふと、彼女は何者かの気配を感じ向き直って深々と頭を下げた。
「親子二代で世話になるが、弟をよろしく頼むぜ。小豆とぎのおっさん」
智慧の言葉に玄関先の天井で静かにしょきしょき、と小豆の音がした。彼女はその音に微笑むと、また音もなく扉を閉めて立ち去っていった。
郊外の小さな古びた一軒家で、妖怪と人間が暮らす新しい一年が、また始まった。
終
「よろしくぅ」
妖怪たちは口を開けたまま呆然としていた。少女が家の主人である御手洗十三の血縁者であることは薄々察知していた。輪郭や造形がどこなく似ているし、妙に馴れ馴れしいことから近しい者だろうとは思っていた。
「しかし、姉とは異なり」五徳猫は心中でそう思った。
「智慧は一級の退魔師で各地を転々としている」
「特級だ。二年前に昇格した」
「どうでもいい」
姉弟で目を合わさず会話している。彼らの雰囲気から察するに仲が良いとは言えないと妖怪たちは気不味い空気を感じた。
「あ、あのぅ……」
「なんだドラ猫」
「いえ、ちょいと確認ニャんですが、智慧さんはおニャーさんのお姉さん?」
「そうだと言ったろ」
「はぁ」
五徳猫もおとろしも顔を見合わせてしまった。十三はどこが鈍いところがあり、なかなかこちらの心中を測れないことが多々ある。それは解っていたが、今回はあまりに酷い。
「なんだ、猫のクセに奥歯に物が詰まってるのか?」
十三が怪訝な顔をする。
「いやぁその。ずっと人間だと思ってましたけど、おニャーさんも妖怪の血が入ってるんですかニャ?」
「何をいう。俺は正真正銘の人間だ」
「じゃあ、本当のお姉さんじゃニャい?複雑な家庭事情でつながった義理の姉弟ですかニャ?」
「煩わしい事に血は繋がってる」
五徳猫は頭を抱えて言葉を選んでいる。おとろしはキャパを超えているのか頭から湯気が立ち昇っていた。
「十三。お前、鈍いところは変わらねえなあ」
「なんだ?何が言いたいのかさっぱり解らん」
「つまり、お前の様な三十過ぎのむさ苦しい男が弟で、この可憐な美少女が姉という構成に妖怪どもは疑問なんだよ」
妖怪たちは智慧の言葉に対し大袈裟であるがだいたい合っているという顔をした。
「はぁそういうことか。智慧、説明しろ」
「やだ。めんどい。お前がしろ」
十三はさも面倒くさいという顔で説明を始めた。
「智慧は退魔師だと言ったな。コイツは子供の頃にスカウトされて以来、学生をやりながら退魔師の仕事もこなしてきた」
「ほうそれはそれは」
恐ろしい、という言葉を五徳猫はすんでのところで飲み込んだ。
「で、ある時事故があってな。それ以来、見てくれてだけ歳をとらなくなったんだ」
「事故ですニャ?」
「人魚だよ」
智慧は酒を飲み干したのか、徳利逆さにして舌を突き出している。
「高校生の時に退魔師の師匠のお供である漁村に行ってな。そこで退治した人魚の血を誤って浴びちまったのさ。それ以来、見た目がずっと変わらない」
「なるほど、ですニャ」
人魚とは不老不死の妖怪である。非常に珍しい種族であり五徳猫やおとろしですら、その目で実物を見たことはない。
人魚には謎が多く、肉を食って不老不死になった者もいれば、血を飲んで死んだ者もいるという。どちらにせよ、もしも彼女が本当に十三の姉であれば智慧がなんらかの呪いを受けているのは明らかだった。
「まあ、しかし良かったですニャ」
五徳猫の突然の呑気な物言いに姉弟は驚いた。
「よかった?何が?」
「いえね。あっちはまた十三の複雑な家庭の事情で歳下の高校生をお姉さんと呼ばないといけニャいとか。はたまた十三がそういう特別な趣味ニャのかと思って」
「なんだぁ!?」
「いや、それだったら流石に気不味いというかこれから十三とどう接していいか解らないとこでしたが。妖怪絡みの呪いということなら安心ですニャ」
「なんでだよ。普通は逆だろ?」
「いやいや。あっちらも妖怪ですニャ。あっちとトロで足して四百五十歳ですニャ。たかだか歳をとらないくらいで、三十そこそこの小娘なんぞ。ニャハハハハ」
「ぬぬぬぬぬ」
おとろしも笑っている様だったが、人間たちには今ひとつ掴めていないようだった。
「はぁ。なんか気を遣って損したですニャ。智慧ちゃん。これもなんかの縁ですからニャ。これからは家族だと思って気安くさせてもらいますニャ」
「ぬぅぬぅ」
智慧は呆気に取られている様子だった。十三は姉の見たこともない表情に笑いを堪える事ができず吹き出した。
「なにがおかしい」
「姉貴よ、自分の顔を見たか?そんな面はガキの頃以来だよ」
妖怪たちも訳がわからず笑っていた。
「いいさ笑ってろよ。しかしお前らなあ。オレは退魔師なんだぜ?もちっとビビっても良いだろ」
「いやいや。さっきまでは何処の誰だか知らなかったし、もしかすると十三があっちらを追い出そうと寄越してるのかと思って怯えてたんですニャ」
「そんなことするか。というか、出ていかそうとしたって出ていかないだろうが」
「まあまあ。だから十三のお姉さんと知ってひと安心ですニャ。得体の知れないものは、人間でも妖怪でも怖いですニャ」
妖怪どもの呑気な物言いと表情。それに釣られて呆れながらも微笑む弟を見て智慧は胸の内に言い知れぬ気持ちが芽生えるのを感じた。それはちゃんとした温度のある気持ちであると同時に、なぜか彼女にとって不安を煽るものであった。智慧はその暖かい気持ちが単純に怖かった。
「どれ、もう帰るかな」
「なんだよ。もう行くのか。飯でも食っていけよ俺もまだなんだこれから作るよ」
立ち上がる智慧を十三が引き止める。
「いや、元から顔を見たら帰ろうと思ってたんだよ。ちょっと寄っただけなんだ。酒のせいで長居しちまった」
智慧が居間を出ていこうとすると足もとびおとろしがすり寄ってきた。
「ぬーぬーっぬー」
「おい、なんだよ!?ちょっと」
おとろしは犬がじゃれつく様に智慧の足から離れない。
「もう少しいたらどうだと言ってますニャ。あれだけ酒を飲んだら〆が欲しくなりますニャ」
「いや、もう腹は一杯だよ」
「なら食ったものを片付けていけ。その間に俺は飯を作る」
食っていけと言われるとかえって居づらいのだが、片付けろと言われると居る理由になってしまう。弟は、不器用ながら昔からこういう物言いが上手い。
智慧が炬燵の上に散乱した寿司桶や徳利を片付けていると、五徳猫が台布巾を持ってきた。
「十三にはラーメンが良いと伝えましたニャ」
「ラーメン?なんだよ。それも『東京物語』か?」
「蒸し返さないで欲しいですニャ。そっちこそお茶漬けにしろとか言わないでくださいニャ」
「お前もしつこいねえ」
智慧はふと、いつの間にか口もとが緩んでいることに気が付いた。何年ぶりだろうか。誰かとこんなに会話したのは。
「此処は毒だな」
「ん?」
聞こえないように呟いたつもりが猫の耳を侮っていた。だがどうしてか。口が言葉を漏らしていた。
「こんな見た目だからな。同じとこに長く居られない。身分を明かしていちいち説明するのも面倒くさい。学生のフリをしてるのも、昼間からふらふらしてて声をかけらても、部活の剣道の試合だとか言って誤魔化せるからなんだ」
「人間は不老になっても不便ですニャ」
「全くその通りだぜ。見た目は変わらずとも精神的には歳を経てる。年々、身体と心にズレが生じているのを感じる。それに耐えられるほど人間は強くできていない」
智慧は遠くを見ながら淡々と喋っている。五徳猫は時々に短く相槌をうちながら頷く。
「ここ何年かは自分が大人なのか子供なのか。女なのか男なのか解らなくなってきてな。どんどん存在が曖昧になっていくのを感じてる。だから時々お袋に会いに来て世間話でもして、それでまた旅に出るってのをやっていたんだがな」
「お袋さんが亡くなってから帰る場所が無くなってしまった。そう思ったんですかニャ」
「猫め。見透かしたことを言う」
智慧は悲しそうに笑う。それが母を亡くした娘の顔なのか、人としての拠り所を失くした者の顔なのか。五徳猫にはわかりかねていた。
「十三が此処をお袋から引き継いだと聞いて、正直驚いた。奴はお袋を嫌っていたし。売っちまうかと思ってたから。まあこんな変な名前をつける親だからな。オレだって恨んでないことはない」
「確かに、人にしては変な名前ですニャ」
「アイツがなぜ此処に住んでるのか知りたかった。弟のこと何も知らないからな。だけど今日此処に来てお前らと暮らす奴を見て、オレには此処が温か過ぎると感じてしまった。一分でも長くいると妖怪退治が出来なくなっちまうくらい居心地が良い。だからもう、此処へは来ないよ」
五徳猫は片付ける手を止めて、智慧に擦り寄った。
「なんだよ。お前までおとろしの真似かよ」
「元々猫は擦り寄るものですニャ。ねえ智慧ちゃん。もっと十三を頼っても良いと思いますニャ」
「おいおい。猫が人間関係を説教するのか?」
「茶化さないでくださいニャ。十三は、一見ぶっきらぼうで他者を拒んでいるように思われがちですが、実はとても思いやりがある男ですニャ」
「くすぐってえなあ」
しかし智慧は言葉とは裏腹にとても優しい声を出している。
「十三は性根が良い。あっちも色々な人間を見てきたがあれほど真っ直ぐな奴は見たことがないですニャ。だからこそ智慧ちゃん。時々は此処に来て、飯を食って行ってくださいニャ。あっちは十三が嬉しそうにすると、なんだか胸が暖かくなるんですニャ」
智慧はとうに枯れてしまった涙がもしかすると再び流れ出るのではないかと思うくらい、胸が一杯になっていた。
「じゃあ、そうするかな」
その一言をようやく捻り出し、十三に黙って家を出て行った。
智慧が出て行った後の居間では十三と五徳猫、おとろしの面々が炬燵を囲んでいた。部屋の中にはうどんの湯気が立ち昇り、鰹節と昆布でとった出汁の良い匂いが漂っている。
「ラーメンと言ったのに。どうしてうどんですニャ」
「文句を言うな穀潰し。買い物にも行かないで偉そうするな」
おとろしは体毛で箸を器用に操りずるずるとうどんをすすって嬉々としている。
「ドラ猫」
「なんですかニャ」
「お前が飯を作るワケじゃないんだから、姉貴に時々来いだなんて勝手に言うな」
「ニャ!?」
五徳猫は驚いて出汁を噴き出し、炬燵布団を汚してしまった。
「汚ねえなあ。ホラ拭けよ」
台布巾を頭に乗せられても猫は呆気にとられていた。
「聞いていたんですかニャ」
「お前、人の褒め方のセンスねえなあ。悪口言われてるのかと思ったよ」
十三は淡々としながらうどんをずるずるとすすっている。
「ニャニャんと!十三はデリカシーがないですニャ!」
五徳猫は顔を真っ赤にしながら慌てて台布巾で顔を拭いている。
「まあなんだ。ありがとよ」
「……」
五徳猫は無言で頷くだけであった。
こうして、妖怪と人間の正月の夜は静かに更けていった。
五徳猫がうどんの出汁を吹き出す少し前。智慧は音もなく一軒家の玄関の扉を開けた。
ふと、彼女は何者かの気配を感じ向き直って深々と頭を下げた。
「親子二代で世話になるが、弟をよろしく頼むぜ。小豆とぎのおっさん」
智慧の言葉に玄関先の天井で静かにしょきしょき、と小豆の音がした。彼女はその音に微笑むと、また音もなく扉を閉めて立ち去っていった。
郊外の小さな古びた一軒家で、妖怪と人間が暮らす新しい一年が、また始まった。
終
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こんにちは(^_^ゞ
読みたかった物語です。いま、読むことができてとても幸せです!
こちらは☆やハートをつける機能がないですし、
私はほとんど感想文を書かない(f(^_^;)じつは書けない人なのです)ですが
これからも たくさん読ませていただけましたら幸いです。
みるく♪様
感想ありがとうございます!
こちらカクヨム版より加筆させていただいて新たに生まれ変わった物になります。
感想やレビューも嬉しいですが、読んでいただけるだけで最高です。ありがとうございます♪