その香り。その瞳。

京 みやこ

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(61)SIDE:奏太

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 微笑みを浮かべている斗輝は、ふとなにかを思い出したように目を少し大きく開いた。
「そう言えば、奏太が玄関の扉を開けられないことについて、説明が中途半端だったな」
 確かに、その通りだった。
 僕がフラフラと家の中を探検していて、玄関の扉に手を掛けようとした瞬間に、後ろからものすごい勢いで抱き寄せられたのだ。
 それからリビングに運ばれ、色々話をして、今に至っている。
「そうですね。どういう原理なんですか?」
 尋ねる僕に、彼は目を細めた。
「実際に見てもらったほうが、分かりやすいか」
 僕を立たせた斗輝は、スルリと手を繋いでくる。指同士を絡め合う恋人繋ぎだ。
 この部屋が広く立派だとしても、玄関までの距離はたかが知れている。
 どうしてこんなことをしてきたのか不思議になり、僕は繋がれている手を見ながら首を傾げた。
 そんな僕の手を軽く引き、斗輝はゆっくりと歩き出す。
「奏太と、こうして歩きたかったんだ」
 さらに目を細めた彼が嬉しそうに囁き、指にキュッと力を込めた。
「そのうち、あちこちに出かけような。奏太は、どこに行きたい?」
 彼を見上げながら、僕は考える。
「そうですねぇ。原宿や渋谷に、一度は行ってみたいです」
 東京に住んでいるものの賑やかな場所に一人で出かける勇気がなく、今まで一度も足を運んだことはなかった。
 そういった場所はおしゃれな人が行く場所だから、田舎者の僕には近付きがたいのである。
 だけど、センス抜群な斗輝に服や髪形をコーディネートしてもらって、彼と一緒に出かけるなら、たぶん大丈夫だろう。

――だけど、別のことが心配かも。

 シンプルな部屋着なのに、魅力を余すところなく発揮している彼に視線に視線を送った。
 誰の目から見てもかっこいい斗輝だから、あっという間に周りの人が押し寄せてきて、囲まれてしまうかもしれない。
 そうなったら、買い物をしたり、食べ歩きをしたりするのはできないだろう。
 かといって、他にお願いできそうな人はいない。
 顔見知りと言えるほど親しくないけれど、清水先輩とは一応面識がある。まぁ、あの時の僕は発情期でグズグズになっていたから、面識とは言えないかもしれないが。
 しかし、清水先輩には既に番がいるのでお願いできない。
 上京以来なにかとお世話になっている二葉先生にも、やっぱりお願いできない。
 二人とも、すでに番がいるのだ。しかも、どちらもかっこいい。
 結果として、斗輝と出かけた場合と変わらないだろう。

――このままだったら、一生原宿にも渋谷にも行けないなぁ。

 しょんぼりした顔でため息を零したら、足を止めた斗輝が僕の髪にチュッとキスを落とした。
「どうした?」
 優し気に微笑んでいる彼に、ボソリと呟く。
「……斗輝がかっこよすぎるので、一緒に出掛けられません」
「奏太?」
 僕の言葉が理解できないらしく、彼は不思議そうな表情を浮かべてこちらを見つめる。
 そんな彼をチラリと見上げ、ふたたびボソボソと話し始めた。
「かっこいい斗輝を見た人たちが、大騒ぎすると思います。大学でも、しょっちゅう囲まれていますよね? 混雑している場所に行ったら、それはもう、大変なことになるはずですよ」
 すると、繋いでいる手を持ち上げられ、彼は僕の手にキスをした。
「それなら、出かける時はその付近一帯を立ち入り禁止にしようか?」
「……へ?」
「それだったら、周りのことが気にならないだろ? あまり長時間は無理だが、一時間程度なら可能だと思うぞ」
 平然と言ってのける彼の様子からして、澤泉の力を持ってすれば、割と簡単に成しえることなのだと伝わってきた。
 たかがお出かけに、そんなことまでする必要はないのだ。
 僕は慌ててブルブルと首を横に振る。
「別に、斗輝と一緒に出掛けなくてもいいんです。もうちょっと東京に慣れたら、僕、一人で行ってきますから」
 できることなら、斗輝と一緒にクレープを食べたり、スクランブル交差点を横断してみたかったけれど、僕たち以外を立ち入り禁止にするのは恐れ多い。
 それに、地元では味わえないゴチャゴチャした人混みも体験してみたかったので、立ち入り禁止では意味がない。
 ところが、斗輝の顔が不機嫌そうに曇った。
「奏太が一人で出かけるなんて、絶対に駄目だ。こんなに可愛い奏太を、あの人混みの中に歩かせる訳にはいかない」
「誰も、僕のことなんか気にしないですよ。『あー、こういうところに慣れていない田舎者がいるなぁ』って思われるだけですって」
 苦笑しながら言い返すと、彼の目は鋭さを増した。
「いや、この純真な目を見たら、誰だって奏太のことを欲しくなる。誰の目にも触れないように閉じ込めて、思いっきりかわいがってやりたくなるはずだ」

――それは、番の斗輝だから、そう感じるんじゃないかな?

 平凡すぎるオメガの僕なんて、まったく気にされないか、通行の邪魔だとしか思われないだろう。
 だけど、彼は本気でそう言っているのがヒシヒシと伝わってきた。
 それなら、斗輝には変装してもらうのはどうだろうか。
 変装と言っても、本格的なものではなく、サングラスをかけたり、マスクを着けたりする程度なのだが。
 ……と、考えたところで、それも駄目だと気付く。
 凛々しく整った顔立ちの彼がサングラスをかけたら、かっこよさが増すだけだ。
 そして、マスクを着けた場合、切れ長の目元に皆の視線が向いてしまい、やはり注目を集める結果となってしまう。
 なんだかんだで、どうしようもないということに気付いた。

――この先、斗輝と一緒にいるなら、そういうことにも慣れないといけないんだろうな。

 彼のかっこよさや品格は、覆い隠せるものではない。
 誤魔化そうとしたって、かえって彼の良さを引き立てるだけになるのだろう。
 僕は小さく息を吐き、斗輝に微笑みかける。
「分かりました、一人で出かけません」
 そう答えると、繋いでいる手を斗輝がグイッと引いた。
 勢いのままに彼の胸に飛び込むと、もう一方の腕が僕の背中に回る。
「嬉しい、奏太とデートができる」
 子供みたいに無邪気な声を出す彼に、「斗輝だったら、これまでに数え切れないほどデートをしてきましたよね?」と尋ねた。
 嫉妬ではなく、純粋な疑問だ。
 ところが、意外な答えが返ってくる。
「いや、俺自身がデートだと思うものは、今までにしたことがない」
 彼の話だと、知人の紹介などで断り切れずに誰かと出かけることはあったそうだが、斗輝の感覚としては、それはデートという甘い雰囲気のものではなかったという。
 たぶん、相手はデートのつもりで彼と出掛けたのだろうが、彼にはそういったものではなかったのだ。
「じゃあ、斗輝の初デートは僕ですか?」
「ああ、そうなるな。俺は水族館やテーマパークにも行きたいんだが、奏太はどうだ?」
 定番のデートスポットを挙げてくる彼がなんだか可愛くて、胸の奥が温かくなる。
「どちらも、いつかは行きましょう。あっ、夏は花火大会にも行きたいですね」
「それもいいな。奏太とのデート、楽しみだなぁ」
 心の底から楽しみにしている声が頭上に振ってきて、僕はさらに嬉しくなったのだった。
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