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(82)SIDE:奏太
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それからはおやつを食べたりしながら、家の中でゆっくりと過ごすことにした。
おそらく明日には発情期が完全に明けるので、引っ越しを少しずつ進めようということになり、二、三日は慌ただしいものになりそうだからである。
そうは言っても動くことになるのは僕なので、斗輝は大学に行くなり、仕事をするなりしてもらったらいいだろうと提案した。
すると、いきなりムギュウッと鼻を摘ままれる。
「いひゃい!」
割と容赦のない力だったので、ジワリと涙が滲んだ。
僕の鼻は早々に解放されたけど、ジンジンと鈍い痛みは続く。
「なに、するんですか……」
鼻をさすりながら彼をチロリと睨んだら、ギロリと鋭く睨まれた。
「俺がどれほど奏太を大事しているのか、少しでも離れたくないと思っているのかという話は、散々したよな?」
至近距離で美形に睨まれ、僕はビクンと体を震わせる。
「は、はい……」
アルファは番のオメガを盲目的に溺愛することやアルファの習性の一端を、この数日かんでたくさん聞かされてきた。
それでも、僕の理解はまだ浅いもの。
鼻をさすりつつコクンと頷いたら、斗輝の顔がスッと近付いてくる。
さらに近い距離で見る美形の鋭い表情は、迫力があって結構怖い。
――でも、かっこいい。斗輝って本当に綺麗な顔をしてるなぁ。
ビクビクとドキドキを同時に味わっていると、彼が大きくため息を吐いた。
「だったら、どうして俺と一緒に引っ越し作業をしないんだ? この俺が、奏太と離れられる訳がないだろ」
斗輝が常に僕と一緒にいようとしてくれているのは、ちゃんと分かっている。
だけど、なんだか申し訳なくて、僕との別行動を提案したのだ。
それなのに僕の気遣いは空回りで、かえって斗輝の機嫌を損ねてしまった。
「……ごめんなさい」
鼻から手を放し、シュンと俯いた。
すると、斗輝がギュウッと僕を抱き締める。
「怒ってないよ」
その言葉に、伏せていた顔をパッと上げた。
さっきまで鋭く僕を睨んでいた目は、柔らかい弧を描いている。おまけに、クスクスと楽しそうに微笑んでいる。
あまりの変わり方に、僕はパチクリと瞬きを繰り返した。
「怒って……、ないんですか?」
彼の目付きは鋭かったし、僕の鼻を摘まんだ力はけっこう容赦がなかったのに。
どうにも信じられなくて彼をジッと見つめていたら、鼻先にやんわりとキスをされた。
「本当に怒ってない。あれは、奏太への教育ってところかな」
「教育?」
言わんとしていることにピンとこなくて、僕はさらに瞬きを繰り返す。
首を傾げていたら、斗輝はコツンと僕と額を合わせた。
「そうだ。奏太はアルファである俺の言動をなかなか理解できないみたいだから、少し手荒な方法で分からせていこうと思ってな。あんな風にしていたら、そのうち奏太は嫌でも分かってくれるんじゃないかと。奏太が分かっていないような発言をしたら、この先も同じように鼻を摘まむからな」
そして、斗輝はまた僕の鼻先にキスをした。
「だが、少しやり過ぎた。ごめんな」
優しい声で囁きながら、彼はうっすらと涙に濡れる僕の目尻に自分の唇を静かに押し当てる。
僕はその感触にフッと頬を緩ませ、静かに首を横に振った。
「痛かったんですけど、理由が分かったので、むしろ嬉しいくらいです」
彼は穏やかな眼差しで、僕を見つめる。
綺麗な黒曜石の瞳を見つめ返し、僕は話を続ける。
「だって、それだけ斗輝は僕に本気だってことでしょう? ちょっとくらい強引なことをしても、僕を手放したくないってことですよね?」
「ああ、その通りだ。奏太には、俺がどれだけ愛しているのかを、しっかり心に刻み付けてほしい」
間髪を入れずに返ってきた言葉に、僕は緩やかに目を細めた。
「なので、平気……、いえ、鼻が痛いのは嫌なんですけど。そのくらいしないと、僕はアルファの斗輝のことを本当の意味で分からないと思うんです。それに、手荒といっても、鼻を摘まむだけですよね? こんなの、ちっとも手荒じゃないですよ。これが殴られたり蹴られたりしたら、さすがにひどいと思いますけど」
「この世界の誰よりもなによりも奏太を大事に想っている俺が、暴力を振るうなんて絶対にありえない」
またしても即答した彼に、僕は深く頷いて見せる。
「はい、だから平気です。この年になるまでオメガである自分にしっかり向き合ってこなかったですし、アルファのことや番のこともまるで分ろうとしていなかったんです。この機会に、きっちり教え込んでもらわないと」
彼に微笑みかけ、ソッと広い胸に凭れかかった。
「斗輝がこんな僕に呆れなくて、本当によかったです。面倒くさくなって捨てられても、仕方がないことなのに」
すると、長い指がまた僕の鼻を摘まむ。
今度はやんわりとした力だったので、まったく痛くなかった。
斗輝は僕の鼻から指を放すと、大きな手で優しく僕の髪を撫でる。
「捨てる訳がない。奏太の写真に一目惚れして、実際に会って惚れ直して、一緒に過ごしているうちにますます惚れ込んでいるというのに」
「……ありがとうございます」
僕は彼の肩口に顔を埋めながら、小さな声でお礼を言った。
自分に向けられる想いを言葉にされると、どうにも照れくさい。
それでも斗輝の深い愛情を感じることで、後ろ向きになりがちな性格の僕がいくらかでも前を向いていける。
お礼を口にした僕の髪に、斗輝が頬ずりをしてきた。
「馬鹿だな、礼を言うなら俺のほうだろ。奏太の何倍も面倒くさい男だぞ、俺は」
「斗輝のどこが面倒な人なのか、僕には分かりません」
優しくて努力家で才能にも魅力にも溢れていて、僕のことを本気で大切にしてくれている彼のことを面倒だと思う部分が見当たらない。
彼の肩に額を擦りつけたら、斗輝は僕の髪にチュッと音を立ててキスをする。
「奏太の頭の先から足の先まで独占したいと思っているこの俺は、この上なく面倒だと思うぞ。自分でも驚くほどの独占欲だ。だから、覚悟をしておけ」
耳に心地いい声で甘く囁かれ、胸の奥がフワリと温かくなった。
「はい、分かりました。また僕が後ろ向きなことを言ったら、ちゃんと怒ってくださいね」
僕がそう言ったら、斗輝の右手が僕のあご先をスッと持ち上げる。
「だが、怒るよりも奏太とキスするほうがいいな」
整った彼の顔がゆっくりと近付いてきて、唇がしっとりと重なった。
おそらく明日には発情期が完全に明けるので、引っ越しを少しずつ進めようということになり、二、三日は慌ただしいものになりそうだからである。
そうは言っても動くことになるのは僕なので、斗輝は大学に行くなり、仕事をするなりしてもらったらいいだろうと提案した。
すると、いきなりムギュウッと鼻を摘ままれる。
「いひゃい!」
割と容赦のない力だったので、ジワリと涙が滲んだ。
僕の鼻は早々に解放されたけど、ジンジンと鈍い痛みは続く。
「なに、するんですか……」
鼻をさすりながら彼をチロリと睨んだら、ギロリと鋭く睨まれた。
「俺がどれほど奏太を大事しているのか、少しでも離れたくないと思っているのかという話は、散々したよな?」
至近距離で美形に睨まれ、僕はビクンと体を震わせる。
「は、はい……」
アルファは番のオメガを盲目的に溺愛することやアルファの習性の一端を、この数日かんでたくさん聞かされてきた。
それでも、僕の理解はまだ浅いもの。
鼻をさすりつつコクンと頷いたら、斗輝の顔がスッと近付いてくる。
さらに近い距離で見る美形の鋭い表情は、迫力があって結構怖い。
――でも、かっこいい。斗輝って本当に綺麗な顔をしてるなぁ。
ビクビクとドキドキを同時に味わっていると、彼が大きくため息を吐いた。
「だったら、どうして俺と一緒に引っ越し作業をしないんだ? この俺が、奏太と離れられる訳がないだろ」
斗輝が常に僕と一緒にいようとしてくれているのは、ちゃんと分かっている。
だけど、なんだか申し訳なくて、僕との別行動を提案したのだ。
それなのに僕の気遣いは空回りで、かえって斗輝の機嫌を損ねてしまった。
「……ごめんなさい」
鼻から手を放し、シュンと俯いた。
すると、斗輝がギュウッと僕を抱き締める。
「怒ってないよ」
その言葉に、伏せていた顔をパッと上げた。
さっきまで鋭く僕を睨んでいた目は、柔らかい弧を描いている。おまけに、クスクスと楽しそうに微笑んでいる。
あまりの変わり方に、僕はパチクリと瞬きを繰り返した。
「怒って……、ないんですか?」
彼の目付きは鋭かったし、僕の鼻を摘まんだ力はけっこう容赦がなかったのに。
どうにも信じられなくて彼をジッと見つめていたら、鼻先にやんわりとキスをされた。
「本当に怒ってない。あれは、奏太への教育ってところかな」
「教育?」
言わんとしていることにピンとこなくて、僕はさらに瞬きを繰り返す。
首を傾げていたら、斗輝はコツンと僕と額を合わせた。
「そうだ。奏太はアルファである俺の言動をなかなか理解できないみたいだから、少し手荒な方法で分からせていこうと思ってな。あんな風にしていたら、そのうち奏太は嫌でも分かってくれるんじゃないかと。奏太が分かっていないような発言をしたら、この先も同じように鼻を摘まむからな」
そして、斗輝はまた僕の鼻先にキスをした。
「だが、少しやり過ぎた。ごめんな」
優しい声で囁きながら、彼はうっすらと涙に濡れる僕の目尻に自分の唇を静かに押し当てる。
僕はその感触にフッと頬を緩ませ、静かに首を横に振った。
「痛かったんですけど、理由が分かったので、むしろ嬉しいくらいです」
彼は穏やかな眼差しで、僕を見つめる。
綺麗な黒曜石の瞳を見つめ返し、僕は話を続ける。
「だって、それだけ斗輝は僕に本気だってことでしょう? ちょっとくらい強引なことをしても、僕を手放したくないってことですよね?」
「ああ、その通りだ。奏太には、俺がどれだけ愛しているのかを、しっかり心に刻み付けてほしい」
間髪を入れずに返ってきた言葉に、僕は緩やかに目を細めた。
「なので、平気……、いえ、鼻が痛いのは嫌なんですけど。そのくらいしないと、僕はアルファの斗輝のことを本当の意味で分からないと思うんです。それに、手荒といっても、鼻を摘まむだけですよね? こんなの、ちっとも手荒じゃないですよ。これが殴られたり蹴られたりしたら、さすがにひどいと思いますけど」
「この世界の誰よりもなによりも奏太を大事に想っている俺が、暴力を振るうなんて絶対にありえない」
またしても即答した彼に、僕は深く頷いて見せる。
「はい、だから平気です。この年になるまでオメガである自分にしっかり向き合ってこなかったですし、アルファのことや番のこともまるで分ろうとしていなかったんです。この機会に、きっちり教え込んでもらわないと」
彼に微笑みかけ、ソッと広い胸に凭れかかった。
「斗輝がこんな僕に呆れなくて、本当によかったです。面倒くさくなって捨てられても、仕方がないことなのに」
すると、長い指がまた僕の鼻を摘まむ。
今度はやんわりとした力だったので、まったく痛くなかった。
斗輝は僕の鼻から指を放すと、大きな手で優しく僕の髪を撫でる。
「捨てる訳がない。奏太の写真に一目惚れして、実際に会って惚れ直して、一緒に過ごしているうちにますます惚れ込んでいるというのに」
「……ありがとうございます」
僕は彼の肩口に顔を埋めながら、小さな声でお礼を言った。
自分に向けられる想いを言葉にされると、どうにも照れくさい。
それでも斗輝の深い愛情を感じることで、後ろ向きになりがちな性格の僕がいくらかでも前を向いていける。
お礼を口にした僕の髪に、斗輝が頬ずりをしてきた。
「馬鹿だな、礼を言うなら俺のほうだろ。奏太の何倍も面倒くさい男だぞ、俺は」
「斗輝のどこが面倒な人なのか、僕には分かりません」
優しくて努力家で才能にも魅力にも溢れていて、僕のことを本気で大切にしてくれている彼のことを面倒だと思う部分が見当たらない。
彼の肩に額を擦りつけたら、斗輝は僕の髪にチュッと音を立ててキスをする。
「奏太の頭の先から足の先まで独占したいと思っているこの俺は、この上なく面倒だと思うぞ。自分でも驚くほどの独占欲だ。だから、覚悟をしておけ」
耳に心地いい声で甘く囁かれ、胸の奥がフワリと温かくなった。
「はい、分かりました。また僕が後ろ向きなことを言ったら、ちゃんと怒ってくださいね」
僕がそう言ったら、斗輝の右手が僕のあご先をスッと持ち上げる。
「だが、怒るよりも奏太とキスするほうがいいな」
整った彼の顔がゆっくりと近付いてきて、唇がしっとりと重なった。
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