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(10)先輩は暗殺者:5
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先輩と関わり合いたくないと訴えたにもかかわらず、事態はどんどん悪化の一途を辿っている。
連絡先の交換なんて、ごめんこうむりたい。
噂によると、先輩に好意を抱いている美人さんや可愛い子チャンたちは、躍起になって鮫尾先輩の連絡先を手に入れようとしているらしい。
先輩本人にどんなに頼んでも教えてもらえないので、先輩の友達に言い寄って、なんとか聞き出そうとしているそうだ。
だけど、先輩の友人たちは揃って口が堅いらしく、色仕掛けや泣き落としで迫られても、いっさい教えないとか。
そんな状況の中、万が一にも私が鮫尾先輩の連絡先を知っていると周囲にバレたら、それこそ嫉妬に駆られた美人さんと可愛い子チャンたちに吊るし上げられてしまう。
『なんでアンタみたいなちんちくりんキノコが、連絡先を知ってるのよ!? キノコはキノコらしく、森の奥でひっそり生えていればいいんだわ!!』
そんな理不尽な文句が今にも聞こえてきそうだ。ここはなんとしても連絡先交換を拒否しなくては。
とはいえ、単に「嫌です」、「無理です」と繰り返したところで、「俺も嫌」、「駄目」という言葉が返ってくるに決まっている。
とりあえず、この場を切り抜ければいいのだ。明日からのことは、その時にどうにかしよう。
私は目の前に差し出されている先輩のスマートフォンを、空いているほうの手でソッと押し返した。
「すみません、今日はスマートフォンを家に忘れてしまったので……」
軽く頭を下げ、曖昧に微笑んで見せる。
実はスカートのポケットに入っているけれど、馬鹿正直に教える必要はない。
「連絡先の交換は、また今度にしませんか? 私は数字やアルファベットを覚えるのが苦手なので、先輩にここで教えられても覚えられないと思うんです」
もう一度頭を下げれば、先輩はパチリと瞬きをする。
「それなら、番号教えて。ここで登録するから」
先輩は私の電話番号を聞き出す作戦に切り替えてきた。
しかし、それも想定内である。
私は申し訳ないといった顔を作った。
「とある事情がありまして、この前、いったん契約を解除したんです。それで新しいスマートフォンを親に買ってもらったんですけど、自分の電話番号はまだ覚えてなくて。ほら、私、数字を覚えるのが苦手って、さっき言いましたし」
――どうよ、この完璧な言い訳!
短時間で考えた割には、なかなか良くできた言い訳ではないか。すべて嘘っぱちだが、堂々と言い切れば、それらしく聞こえるはずだ。
心の中で自画自賛していると、先輩は残念そうに眉尻を下げた。
「分かった、今度にする」
そう言って、先輩は自分のスマートフォンをズボンのポケットに戻す。
眉毛だけではなく肩も下げてため息を零す先輩は、相当がっかりしているらしい。
もちろん、今度はない。それは、嘘も方便というものだ。
ここまで落ち込まれるといたたまれなくなるけれど、私は傷む良心よりも、平穏な学生生活を取る。
――あとは、この手を振り切って帰るだけだよね。
繋がれている手にチラリと視線を向けた瞬間、悲劇が起きた。
ジャー、ジャン♪
ジャー、ジャン♪
まさかのメール着信である。
――このタイミングでジョーズのテーマ曲とか、ありえないんですけど! あの、馬鹿アニキ! 空気を読め!
非常に理不尽な文句を兄にぶつけつつ、私は右手でスカートの右ポケットに入っているスマートフォンを、上からガシッと押さえつけた。
放課後になるとマナーモードを解除する癖がついているせいで、私の嘘がバレてしまう。
必死の形相でギュウギュウと押さえつけるが、時、既に遅し。
「その曲……」
先輩は私の右手をジッと見つめ、スッと目を細めた。まるで相手の急所に狙いを定めた暗殺者のような目付きだ。……本物の暗殺者は見たことないけどね。
この場にないはずのスマートフォンが着信を告げたのだから、先輩が不審に思うのも無理はないだろう。
私の背中に、ダラダラと冷汗が伝わる。
――ど、どうしよう……。なんて言おう……
このまま黙っていたら、明かに先輩を騙していたことになってしまう。いや、事実そうなのだが、悪気があってのことではない。
とはいえ、この状況をうまく丸め込めこんでなかったことにしてしまえるような話術を私は持ち合わせていない。
盛大に顔を引きつらせ、私は震える唇をどうにか動かす。
「あ、新しい機種がめちゃくちゃ軽いので、ポケットに入れていたことを忘れていました……。はは、ははは……」
苦し紛れの言い訳だが、これ以上のことは言えない。
それでも乾いた笑いを零している私に、先輩は怒ったり呆れたりした様子は見せず、それどころか微かに笑う。
「これで、連絡先が交換できる」
「そ、そうですね。交換、できますね。は、はは……」
改めて差し出されたスマートフォンを退ける手立ては、私に残されていなかった。
結局、私はポケットから自分のスマートフォン取り出す羽目になる。
そして、当然のことながら、電話番号とメルアドを交換させられた。
美人さんと可愛い子チャンからすれば、喉から手が出るほど欲しい鮫尾先輩の連絡先。それを「交換させられた」などと言っては、容赦なく叩きのめされそうだ。
しかし私の心境としては、そう言うしかない。
私のスマートフォンの中に先輩の連絡先が登録されていることは、なにがあっても人に知られてはいけない。
平穏な学生生活を守るためには、たとえ仲良しの茜ちゃんと琴乃ちゃんにも言えない。情報はどこから漏れるか分からないのだ。
私はスマートフォンを右手でギュッと握りしめる。
――まるで、爆弾を抱えている気分だよ。とほほ……
がっくりうなだれていると、先輩は繋いでいる手にギュッと力を入れた。
ちなみに、連絡先交換をしている最中は手を放してもらえたけれど、終わった途端に目身も止まらぬ速さで、ふたたび繋がれてしまった。
何気なく顔を上げると、嬉しそうに微笑んでいる先輩と目が合う。
「これで、いつでも連絡が取れる」
「いえ、『いつでも』は、やめてください」
すかさず言い返してしまったのは、当然のことだ。
ところが、先輩はめげた様子もなく、左手でスマートフォンを弄り始めた。
程なくして、私のスマートフォンが着信を告げる。初期設定の呼び出し音を聞きつつ、膝の上に乗せたスマートフォンの画面に目を落せば、登録したばかりの番号が表示されていた。
その画面を、先輩も一緒になって覗き込む。
「俺だ」
――でしょうね。
私は心の中で突っ込んだ。
自分で電話をかけてきておいて、なにを言っているのだろうか。
呆れた顔でチラリと先輩を見遣れば、彼は私のスマートフォンを眺めながら、嬉しそうに口角を上げている
普段は大人びた表情が、子供のように無邪気に見えた。
――こんな顔もするんだ。
私との連絡先交換にそこまで喜ぶ理由がさっぱり分からないけれど、先輩のそんな顔が見られたのは、まぁ、悪くなかった。
連絡先の交換なんて、ごめんこうむりたい。
噂によると、先輩に好意を抱いている美人さんや可愛い子チャンたちは、躍起になって鮫尾先輩の連絡先を手に入れようとしているらしい。
先輩本人にどんなに頼んでも教えてもらえないので、先輩の友達に言い寄って、なんとか聞き出そうとしているそうだ。
だけど、先輩の友人たちは揃って口が堅いらしく、色仕掛けや泣き落としで迫られても、いっさい教えないとか。
そんな状況の中、万が一にも私が鮫尾先輩の連絡先を知っていると周囲にバレたら、それこそ嫉妬に駆られた美人さんと可愛い子チャンたちに吊るし上げられてしまう。
『なんでアンタみたいなちんちくりんキノコが、連絡先を知ってるのよ!? キノコはキノコらしく、森の奥でひっそり生えていればいいんだわ!!』
そんな理不尽な文句が今にも聞こえてきそうだ。ここはなんとしても連絡先交換を拒否しなくては。
とはいえ、単に「嫌です」、「無理です」と繰り返したところで、「俺も嫌」、「駄目」という言葉が返ってくるに決まっている。
とりあえず、この場を切り抜ければいいのだ。明日からのことは、その時にどうにかしよう。
私は目の前に差し出されている先輩のスマートフォンを、空いているほうの手でソッと押し返した。
「すみません、今日はスマートフォンを家に忘れてしまったので……」
軽く頭を下げ、曖昧に微笑んで見せる。
実はスカートのポケットに入っているけれど、馬鹿正直に教える必要はない。
「連絡先の交換は、また今度にしませんか? 私は数字やアルファベットを覚えるのが苦手なので、先輩にここで教えられても覚えられないと思うんです」
もう一度頭を下げれば、先輩はパチリと瞬きをする。
「それなら、番号教えて。ここで登録するから」
先輩は私の電話番号を聞き出す作戦に切り替えてきた。
しかし、それも想定内である。
私は申し訳ないといった顔を作った。
「とある事情がありまして、この前、いったん契約を解除したんです。それで新しいスマートフォンを親に買ってもらったんですけど、自分の電話番号はまだ覚えてなくて。ほら、私、数字を覚えるのが苦手って、さっき言いましたし」
――どうよ、この完璧な言い訳!
短時間で考えた割には、なかなか良くできた言い訳ではないか。すべて嘘っぱちだが、堂々と言い切れば、それらしく聞こえるはずだ。
心の中で自画自賛していると、先輩は残念そうに眉尻を下げた。
「分かった、今度にする」
そう言って、先輩は自分のスマートフォンをズボンのポケットに戻す。
眉毛だけではなく肩も下げてため息を零す先輩は、相当がっかりしているらしい。
もちろん、今度はない。それは、嘘も方便というものだ。
ここまで落ち込まれるといたたまれなくなるけれど、私は傷む良心よりも、平穏な学生生活を取る。
――あとは、この手を振り切って帰るだけだよね。
繋がれている手にチラリと視線を向けた瞬間、悲劇が起きた。
ジャー、ジャン♪
ジャー、ジャン♪
まさかのメール着信である。
――このタイミングでジョーズのテーマ曲とか、ありえないんですけど! あの、馬鹿アニキ! 空気を読め!
非常に理不尽な文句を兄にぶつけつつ、私は右手でスカートの右ポケットに入っているスマートフォンを、上からガシッと押さえつけた。
放課後になるとマナーモードを解除する癖がついているせいで、私の嘘がバレてしまう。
必死の形相でギュウギュウと押さえつけるが、時、既に遅し。
「その曲……」
先輩は私の右手をジッと見つめ、スッと目を細めた。まるで相手の急所に狙いを定めた暗殺者のような目付きだ。……本物の暗殺者は見たことないけどね。
この場にないはずのスマートフォンが着信を告げたのだから、先輩が不審に思うのも無理はないだろう。
私の背中に、ダラダラと冷汗が伝わる。
――ど、どうしよう……。なんて言おう……
このまま黙っていたら、明かに先輩を騙していたことになってしまう。いや、事実そうなのだが、悪気があってのことではない。
とはいえ、この状況をうまく丸め込めこんでなかったことにしてしまえるような話術を私は持ち合わせていない。
盛大に顔を引きつらせ、私は震える唇をどうにか動かす。
「あ、新しい機種がめちゃくちゃ軽いので、ポケットに入れていたことを忘れていました……。はは、ははは……」
苦し紛れの言い訳だが、これ以上のことは言えない。
それでも乾いた笑いを零している私に、先輩は怒ったり呆れたりした様子は見せず、それどころか微かに笑う。
「これで、連絡先が交換できる」
「そ、そうですね。交換、できますね。は、はは……」
改めて差し出されたスマートフォンを退ける手立ては、私に残されていなかった。
結局、私はポケットから自分のスマートフォン取り出す羽目になる。
そして、当然のことながら、電話番号とメルアドを交換させられた。
美人さんと可愛い子チャンからすれば、喉から手が出るほど欲しい鮫尾先輩の連絡先。それを「交換させられた」などと言っては、容赦なく叩きのめされそうだ。
しかし私の心境としては、そう言うしかない。
私のスマートフォンの中に先輩の連絡先が登録されていることは、なにがあっても人に知られてはいけない。
平穏な学生生活を守るためには、たとえ仲良しの茜ちゃんと琴乃ちゃんにも言えない。情報はどこから漏れるか分からないのだ。
私はスマートフォンを右手でギュッと握りしめる。
――まるで、爆弾を抱えている気分だよ。とほほ……
がっくりうなだれていると、先輩は繋いでいる手にギュッと力を入れた。
ちなみに、連絡先交換をしている最中は手を放してもらえたけれど、終わった途端に目身も止まらぬ速さで、ふたたび繋がれてしまった。
何気なく顔を上げると、嬉しそうに微笑んでいる先輩と目が合う。
「これで、いつでも連絡が取れる」
「いえ、『いつでも』は、やめてください」
すかさず言い返してしまったのは、当然のことだ。
ところが、先輩はめげた様子もなく、左手でスマートフォンを弄り始めた。
程なくして、私のスマートフォンが着信を告げる。初期設定の呼び出し音を聞きつつ、膝の上に乗せたスマートフォンの画面に目を落せば、登録したばかりの番号が表示されていた。
その画面を、先輩も一緒になって覗き込む。
「俺だ」
――でしょうね。
私は心の中で突っ込んだ。
自分で電話をかけてきておいて、なにを言っているのだろうか。
呆れた顔でチラリと先輩を見遣れば、彼は私のスマートフォンを眺めながら、嬉しそうに口角を上げている
普段は大人びた表情が、子供のように無邪気に見えた。
――こんな顔もするんだ。
私との連絡先交換にそこまで喜ぶ理由がさっぱり分からないけれど、先輩のそんな顔が見られたのは、まぁ、悪くなかった。
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