【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

文字の大きさ
99 / 211
悠久の王・キュリオ編2

違和感と記憶の向こうで

しおりを挟む
「…………」

 キュリオは時折視線の絡む幼子を見つめながら夜明けを待った。
 彼が眠ったのはほんのわずかの時間でアオイもまた同じだったため、正直彼女を連れていくか迷っていた。

(……離れている間にアオイにもしものことがあったらそれこそ……)

 柔らかな綿の感触が大好きなアオイは、キュリオの顔の傍で体を横たえながら楽しそうに寝具と戯れること数時間。
 まったく睡眠時間が足りていないのは明らかだったが、眠っていないこと以外は普段と変わらぬ彼女の様子にひとまず安堵する。手を伸ばして頬を撫でると、極上の笑みを向けてくれるアオイを溺愛せずにはいられない。

「お前を心の底から愛しく想う」

(アオイのためなら私は鬼にでもなろう……)

 大概の親は子のためなら命をかけるかもしれない。
 しかし、このキュリオの言葉の裏には多くの犠牲さえ厭わないことが本音として隠されている。その対象が悠久の民であるとは思えないが、後に起きる運命の日にアオイへの愛が故に何を選択するか――? 今となってはその想像さえもはや難しくはない。

「へへっ」

 キュリオの声に目を細めて笑うアオイ。
 この時が永遠であればと願うのはアオイとて同じだった。

(アオイもおとうさまが好きです。きっとだれより……)

 首元に顔を埋めてくる甘い感触に幸せを感じながらキュリオはアオイを強く抱きしめた。

「今日はきっと良い一日になる」

 自分に言い聞かせるように囁いたキュリオは、アオイを抱いて湯殿へと向かった――。


 そして数時間後。
 夜明けの日の光を背にしたキュリオとアオイは大空を羽ばたいて<初代王>のもとへと向かった。
 
”良い朝だね。そして……ようこそ悠久のプリンセス”

 キュリオに抱かれてこちらを見つめる幼い瞳。千里眼で見る彼女より何倍も愛らしく、その手に抱くキュリオが羨ましくなるほどに美しい……珠のような娘だった。
 <初代王>の彼が記憶している中でも悠久にプリンセスが存在していたことはない。歴代のどの王にも后(きさき)はおらず、娘もいない。この世界の王は血筋によって選ばれるわけではないため、世継ぎ問題は発生しないのだ。
 そして、養子を迎えた王もいなかったため、この王が異例尽くしであることに間違いはない。

 相変わらずこちらからその御尊顔を拝見することは叶わないが、アオイはその異質な彼に驚くこともなく大人しくキュリオに抱かれている。

「貴方がおっしゃっていた可愛い子の名はアオイです。私の愛のすべてと言っても過言ではありません。アオイ、ご挨拶できるね?」

 キュリオの言葉に頷いたアオイを地面へと下ろすと、ワンピースの裾を握って頭をさげたアオイの柔らかそうな水蜜桃色の髪がサラサラと風に揺れる。

「んちは」

”こんにちはアオイさん。いつ見ても君はお行儀の良い可愛い子だね”

 片膝を折ってアオイと視線を合わせた彼が微笑んでいるであろうことはその柔和な雰囲気から伝わってくる。

「……」

 だが、あまりにも”可愛い”を連呼され、彼にアオイを取られはしないかと不安に駆られたキュリオは挨拶を済ませた彼女を早々に抱き上げた。
 キュリオが彼女を地に下ろして抱き上げるまでわずか数秒の出来事である。

”……過保護にも程があるのではないか?”

 あまりに早い戯れの幕引きに、<初代王>の声には呆れのようなものが滲み出ている。

「過保護のどこが悪と?」

”ふふっ”

 キュリオの真剣な眼差しに、立ち上がった彼は楽しそうに笑っている。 
 
”こんなにもひとりの人間に入れ込んだ王を見るのは初めてだ”

「……正直自分でも驚いておりますが、これはアオイに出会わなければ知り得なかった感情なのです」

 キュリオはアオイを抱きしめながら自分を見つめるように静かに言葉を紡いだ。

”そうだね。出会ってしまったものは仕方がない。それが君たちの運命なのだろう……”

「……?」

 語尾を下げた<初代王>の声色に違和感を抱いたキュリオだが、徐々に高くなる朝日に眼下では集まりつつある従者たちが視界に入った。

”さあ、皆が君たちを待っている。もう行くといい”

 <初代王>の声に見送られ、羽ばたいたキュリオは拭えぬ違和感を抱いたまま降下していく。

「…………」

 キュリオの肩越しに神秘的な光に覆われた青年を見上げているアオイ。どんどん離れて互いの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている青年の姿が見える。

(どこかで……おあいしたことがあるような……)

 いつの記憶かはわからない。
 眠っている間に出会ったのか、キュリオの寝室なのか、それとも……自分ではない誰かの遠い記憶なのか――。

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo
ファンタジー
【★♪★♪★♪★本当に完結!!読んでくれた皆さん、ありがとうございます★♪★♪★♪★】 気づけば異世界、しかも「ただの数学教師」になってもうた――。 大阪生まれ大阪育ち、関西弁まるだしの元高校教師カイは、偶然助けた学園長の口利きで王立魔法学園の臨時教師に。 魔方陣を数式で解きほぐし、強大な魔法を片っ端から「授業」で説明してしまう彼の授業は、生徒たちにとって革命そのものだった。 しかし、なぜか公爵令嬢ルーティアに追いかけ回され、 気づけば「奥様気取り」で世話を焼かれ、学園も学園長も黙認状態。 王子やヒロイン候補も巻き込み、王国全体を揺るがす大事件に次々と遭遇していくカイ。 「ワイはただ、教師やりたいだけやのに!」 異世界で数学教師が無自覚にチートを発揮し、 悪役令嬢と繰り広げる夫婦漫才のような恋模様と、国家規模のトラブルに振り回される物語。 笑いとバトルと甘々が詰まった異世界ラブコメ×ファンタジー!

処理中です...